21 英雄

 それは一瞬の出来事だった。

 

 アイラとギン、そしてウガメルによって追い詰められたコリンとその後ろの兵士達。

 投降勧告をするアイラの前にその心が折れたかと思われたその瞬間。

 

 

 

 空から光が落ちた。

 

 

 

「アイラーーーーーーーっ!!!!!」

 

 その光はコリン、兵士達。そしてアイラ、ギン、ウガメルをも飲み込み破裂、衝撃波のようにこちらを煽る魔力の余波を自動防御魔法が防いでいた。

 

「い、一体……何が……っ!!」

 

 魔法なのか? だとしたら誰が?

 アルナはそこで無力化してあるし、コリンは膝をつき立ち上がることもできなかったはずだ。

 兵士が? しかし自分達をも巻き込んでいるように見えた。そんなことをする理由が無い。

 いや、考えるのは後だ。今はとにかくアイラ達の無事を確かめないと……っ!!

 

「くすくす……投降なんて誰が許したのかなあ〜〜? 命令はアイラ皇女の生け捕り。どんな手段を使おうともそれをこなすのがお前達兵士の役割だよね?」

「……及び腰」

 

 どこかから少女のようなふたつの声が聞こえてくる。この魔法を放った魔法使いか……!

 

「くっ……」

 

 駆け寄って安否を確かめたい……。だが今の魔法をもう一度撃たれその直撃を受けてしまえば俺の自動防御魔法で防げるのか検討もつかない。

 

(そ、そうだ! ギン、ギン! 無事か!)

 

 心の中でギンに呼びかける。

 しかしどれだけ呼びかけても返事は無かった。心臓が冷たい手で握られてしまったかのような感覚に吐き気を覚える。

 

 やがて戦場に似つかわしく無い優しい風が吹き、砂煙を押し流していった。

 

「あ、あぁ…………っっ!!」

 

 爆心地はまるで丸いボールを落とした砂場のように半球状に抉れ、ひび割れたその外周には、

 

「アイラ!! ギン!! ウガメルっっ……!」

 

 陸に打ち上げられ半身が溶けて骨が見えてしまっているウガメル。その後ろに倒れ込むアイラとギンがいた。

 

「う、そ、だろ……」

 

 そんなはずは無い。

 作戦は完璧だったんだ。俺がアルナを無力化し、3人がコリンを削って投降勧告をする。そしてそのまま西へ離脱。

 作戦は……、

 

「俺の、せいだ」

 

 この作戦を立てたのは俺。あの魔法を防ぐことができたのは恐らく俺しかいなかった。俺があの3人のそばにいれば……っ。

 

「う、あぁ……ああっ……」

 

 視界にスモークがかかり、胃が掴まれるような感覚に陥る。心臓は痛いほど脈動し、目の前の現実を受け入れろと告げてくる。

 

「はっ、はぁっ……アイ、ラ……」

 

「あれ〜〜? 誰だオマエ? そんなとこにもいたのか」

「……生存者」

 

 先程の少女達の声がした。

 弾かれるようにその声の方向、森の上空に顔を向ける。

 果たしてそこに声の主達はいた。小柄な身体を黒いローブに包み、その顔はここからでは伺うことができない。2人寄り添うように手を繋ぎ、空中に静止していた。

 

「ん〜〜? その手に持っているのは……」

「……楽器?」

 

「っ……?!」

 

 その目に射抜かれただけで足が竦んだ。

 猛獣と対面してしまった草食動物はこのような気持ちを抱くのだろうか。圧倒的なプレッシャー、力の差を感じさせる視線にその場に縛り付けられる。

 

「ナウラの話では〜確か」

「……楽器型の聖具の男」

 

 こいつら、俺を知っている?

 

「なんか分かんないけどカルム様、話を聞いた時珍しく驚いてたよね〜?」

「……珍しい」

 

「カルム……?!」

 

 アイラの兄であり皇太子であるクーデターの首謀者、カルム・エルスタイン。こいつらはその直属の部下か。この強力すぎる魔法もそれなら説明がついた。

 アイラ達は相変わらず動く気配が無い。カルムの部下であるなら連れ戻す対象を殺してしまうとは考えづらい。恐らく怪我はしていても命に別状は無いはず。

 ……ウガメルが陸へと飛び魔法からアイラ達を守ってくれたのか。死ななかったとしてまともに食らっていれば致命傷を負っていたのは間違い無いだろう。

 

 睨み合っていた兵士達は見るに堪えない姿になっていた。アイラ達を殺さないために直撃を避けた結果、光の塊はコリン達、兵士の直上に落ちたのだ。

 身体の形を保っている者はまだいい方で、ほとんどが人としての形をなさない程に溶かされてしまっていた。

 

「なんて……ことを……っ」

 

 俺達は兵士達をなるだけ傷付けないように指揮官に絞って戦いを挑んでいた。それを嘲笑うような目を覆いたくなる景色がクレーターの中には広がっていた。

 

「どしよっか〜〜? アイラ皇女を連れ戻せば任務は完了だけど、カルム様の脅威になりそうなモノはここで排除しといた方がいいかな?」

「……うん」

 

 自分達の作り出した虐殺跡になど興味のない風に2人の少女は視線をこちらに向けたまま話し合っている。

 やるなら……今しかないっ……。

 

「うあああああああああああああっ!!!!!!!!」

 

 ジャランッッ!!!

 絶叫と共に右手を空中の2人に向け、ギターを鳴らす。

 イメージするのは空中のあの二人をも貫ける光の槍……っっっ!!!

 

「トライデントォォォォっっっ!!!!!!!」

 

 ギュルルッと収束した光の魔力が三又の槍を造り出し、尾を引きながら高速で奴らに迫っていく。

 

「「朝夜挟ちょうやきょう」」

 

 しかしそれは黒いローブの少女2人が繋いでいない片方の手を差し出し呟いた瞬間にその目の前に現れた光と闇の隙間に吸い込まれ消えてしまった。

 

「あはは〜〜っ!! びっくりした! 突然大声出すから何事かと思ったよ〜〜!!」

「……どきどき」

 

「な、んだよそれ……」

 

 防ぐでも弾くでもない。

 光の槍は文字通り消えてしまった。

 

「じゃあこっちもお返しするねっ! ナウラを負かしたっていうその力で楽しませてよ〜〜!」

「……いく」

 

「っ……!!」

 

 2人が繋いでいた手を離したと思った次の瞬間、目の前に頭ほどの大きさの無数の黒と白の魔力の玉が迫っていた。

 

 ドドドドドドッッッッ!!!!!!!!

 

「あははははははっ〜〜!!! 逃げないなんて何を考えてるの!!」

「……愚鈍」

 

 地面はまるでモグラ叩きの機械のように深く抉れ穴だらけになっていた。これを喰らえば人間などあっという間に蜂の巣になってしまうだろう。しかし俺には。

 

「あれ〜〜?」

「……!」

 

「…………っ」

 

 自動防御魔法がある。

 

「っかし〜な〜? 手を抜いたつもりは無いんだけどなんで無傷なの? キミ」

「……賞賛」

 

「っはあ……はあ……」

 

 自動防御魔法は魔力のダメージは通らない。がその衝撃はある程度伝わってくる。頭の上からバスケットボールを思いっきりぶつけられたような魔法の雨だった。

 今まで人から与えられた魔法でここまでの物理的な衝撃を受けたのは初めてだ。こいつらは、やばい。

 

「どんな魔法だか知らないけど〜凄いじゃん!! あのナウラを追い返しただけあるよ!!」

「……脳筋馬鹿」

 

「くっ……」

 

 どうする? 

 手を繋ぎ空中に浮かぶ2人の少女。ここから撃つ魔法は全てがあの光と闇の魔法に吸われてしまうのだろう。物理的な攻撃なら通じるかもしれないが遥か上空に浮かぶ奴に拳は届かない。例え俺に羽があったとしても先程の魔法の掃射によって撃ち落とされて終わりだ。

 

「あれ〜?? うってこないの?? 次は何をしてくれるか楽しみにしてるんだけどっ!!」

「……絶望?」

 

 どうする、どうする、どうするっ……!!

 アイラとギンがいなければ俺はこんなにも無力なのか。例え相手の攻撃が通じなかったとしてそれが何になる。きっとアイラとギンならこの状況でも有効打を考え相手に対して放つことができるはずなんだ。

 今俺が使える魔法は光槍、トライデント。自動防御魔法に桜花。あまりにもできることが少なかった。

 だが俺が諦めたらアイラはどうなる。これ以上傷つけられることは無くても捕らえられて皇帝と同じように牢に入れられてしまうだろう。そんなことを認める訳にはいかなかった。

 

「はあ〜〜……。もういいや、つまんない」

「……倦怠」

 

 2人が俺から視線を逸らす。

 そして繋いでいない片方の手をアイラ達の方へと向けた。

 

「キミが遊んでくれないから〜〜。アイラ皇女で遊ぶね」

「……命令は生け捕り」

 

「なっ……やめろっっ……!!!!」

 

 走る。

 俺が……俺が盾にならなきゃアイラが……!!!

 

「あははははは〜〜っ!! 頑張れ頑張れ!」

「……でも間に合わない」

 

 体力など気にしない全力疾走をしても間に合わない。俺は離れすぎていた。

 

「「朝夜挟」」

 

「っやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」

 

 スバンッッッッッ!!!!

 

 呟いた2人の間から現れたのは俺が先程放ったトライデント。敵を倒そうと放ったその槍が守ろうとした人達に牙を剥いていた。

 しかもその威力も速度も俺が放ったものより増しているように見える。

 瞬間移動でもしない限り間に合わない……!!!

 

「あ、あぁ……やめろ、やめてくれっ……ぇ!!」

 

「あははははははっやめな〜〜い!!」

「……鑑賞」

 

 そしてその槍は真っ直ぐにアイラ達の元へと吸い込まれ……

 

 ギインッッッッッッ!!!!!!

 

「え?」

「……あ」

 

 真っ直ぐに2人の元へと跳ね返された。

 

 シュバッッッッ!!!!!!

 

 直撃するかに思われたそれは僅かに上へ逸れ、少女達のローブのフードを吹き飛ばすに留まった。

 

「あ、あああああああっ〜〜〜〜!!!!!!!???!!」

「……眩しい、眩しい、眩しい」

 

 フードの下から現れたのは黒い髪と白い髪の少女達。

 その顔を片手で覆い、動揺している様子だった。

 

「な、にが……?」

 

 分からないが今がチャンスだ。

 全力で走ってアイラ達の元へ、そこにいたのは。

 

「……遅いぞ、サクライ」

 

 聖具、聖盾カイカンを掲げたワレス憲兵長コリンだった。

 

「っ……お前……どうして」

 

 しかしその身体は肌が焼け爛れたようにボロボロになり、立っているのもやっとといった様子だった。そんな状態で自分のことを顧みずアイラ達を助けたのだ。

 

「……俺はウライ神聖帝国に仕える兵士だ……。その皇女殿下が危険に晒されているのなら護るのはとうぜ……ごふッッ……」

「コリンっ……!!」

 

 倒れかけるその巨体を駆け寄り支える。

 するとコリンは息も絶え絶えといった様子で俺の目を真っ直ぐに見据え口を開いた。

 

「……お前が何者なのか、何のためにアイラ皇女の逃走を助けているのかは分からない……。だが……ゴホッゴホッ!!」

「おい! しっかりしろ!」

 

 そこで咳き込み血を吐き出すコリン。

 しかしその目は真っ直ぐに俺を射抜き続ける。

 

「……だが、俺にはどうしてもお前が自分の利益や何かの為にアイラ様を連れ回しているようには見えない。先程の問いの答えが嘘では無いと直感で感じる……」

「……ああ」

 

 ──どうもこうも。お前は目の前に困っている自分より若い女の子がいて、それを無視できるのか?

 

「……1度護ると決めたのならば貫き通せ、諦めるな、弱音を吐くな。護ると決めた自分だけを信じ続けろ、その為なら何を切り捨ててもいい」

「お前……」

 

 この男は。国を、皇族を護ると決めたその時からその為だけに生きているのだ。

 ライバーン戦役の際、その身を呈して大魔法を跳ね返し帝国を守り抜いたことを思い出す。

 

「……ヤイタ狼にガーチョウは勝てない。それはこの世が作られた時から決まっている摂理だ」

「何を……?」

「……だが親のガーチョウがその子を護ること、逃がすことに全力を出した時。ゴフッ……それは本当に叶うことは無いのだろうか」

 

 そう言ってコリンは俺の支える腕を離れ立ち上がる。

 

「……俺はあの2人の相手をする。サクライ、お前はアイラ様とその狼を起こしできるだけ遠くへと逃げろ」

「でもお前、それは……っ!!」

 

 コリンは瀕死の重症を負っている。ここであの少女2人の魔法を跳ね返し続ければ確実に……。

 

「……馬鹿野郎。俺の次はお前だ、アイラ様を護ると決めたのなら最適解を選び続けろ。他の何にも構うな」

「っ…………!」

「……それに俺は護れなかった。自分の部下ですら」

 

 その声には深い哀しみが滲んでいた。

 この男はきっと部下を守り通すと、そう誓っていたのだろう。国も部下も全てを護ろうとしていたのだコリンは。

 

「……分かった。礼は言わないぞ」

「……ふん、任せておけ」

 

 コリンに背を向ける。

 熱い何かが零れそうになった。こんなにも他人のことを考えて自分を犠牲にできる人間がいるだろうか? 今まで俺は他人の為に、何かの為にここまで全力になったことがあっただろうか。

 

 すまない。

 

 その言葉を飲み込んでアイラ達の元へと駆け寄る。

 

 

 

 焼け爛れ骨が剥き出しになってしまっているウガメルの前で少しだけ目を瞑った後、アイラの元へ。

 

「アイラっ……! 大丈夫か? 起きられるか?」

 

 その肩を揺すりながら呼びかける。

 最初はガクガクと揺さぶられるだけだったがやがてその瞼を震わせた。

 

「ぁ……サク、ライ……?」

「良かった……! 痛むところはあるか?」

「一体……何が……? っ!!」

 

 支えられながら上半身を起こして息を飲む。

 

「ウガメルさん……?」

 

 ウガメルだったものを見て呆然と呟いた。俺も一緒に感傷に浸りたいところだが今はそういう訳にはいかない。

 ギンの元へと駆け寄りその身体に触れる。

 

「ギン、ギン……起きてくれ。お前の力が必要なんだ」

「グル……ゥワゥ……」

 

 少し揺すると呻きながらその目を開けた。

 

「ご主人……。これは先程の魔法によるものか」

「……あぁ。ウガメルが守ってくれたんだ」

 

 ギンがその目を伏せる。祭壇ではよく話していた様だし、思うところがあるのだろう。のそりとその身体を起こす。

 

「アイラ、ギン聞いてくれ。兵士達は空中の2人によって全滅させられた。狙いはアイラを連れ戻すこと、その為なら手段は選んでくれそうにない」

 

 俺が指し示した方向を見てアイラがハッとした。

 

「あの2人は……お兄様の側近の……」

「やっぱりそうか……。カルム様が云々って言ってたからそうじゃないかとは思ってたが」

「えぇ……。お母様の死後、王宮内に増えていった素性の分からないお兄様の部下のうちの2人です。クーデターの際にも多くの兵士をその魔法で……」

 

 クーデターの日を思い出したのか顔を歪める。

 

「今から俺達は全力であいつらから逃げる。殿は……コリンがつとめてくれる」

「っ……コリン、良いのですか……?」

 

 前に立つコリンのその身体の傷を見て息を飲むアイラ。悟ったのだろう、命を懸けて俺達を逃がそうとしているその決心を。

 

「……もちろんです。私達、いや。私はその為にこれまで生きてきたのですから。この命、アイラ様の為に散らすことができるのなら何と誇らしいことか」

 

 その大きな背中で俺達に語るコリンは、今まで見てきたどんな男よりもカッコよく見えた。

 

「……私が皇后となった暁には、貴方の名を後世まで語り継ぐことを約束しましょう」

「……あぁ。それはなんと畏れ多くも光栄なことか。このコリン、鉄壁の異名に恥じぬ働きを見せてみせましょうぞ」

 

 ガシャリとその盾を鳴らし、足を広げる。

 

「……さあ、行ってください。奴らがいつまでも待ってくれるとは思えませぬ」

「ああ。ギン、起きたばかりのところすまないがいけるか?」

「例え無理であったとしてもこれだけの者が我々の為にその命を張っているのだ。駆けてみせよう」

 

 俺達が乗りやすいように伏せてくれたギンにアイラと共に跨る。

 

「……お前は聖獣とすら言葉を交わすことができるのだな。本当に、不思議な男だ。お前なら或いはカルム様の御心を……」

「何か言ったか? コリン」

「……いや。アイラ様を頼んだぞ。サクライ」

「ああ!!」

 

 そして全員か宙に浮かぶ2人の少女を見つめた。フードが無くなったことによって大分動揺していたようだがそれほど大事なものだったのだろうか。

 

「この世界に私達以外に太陽も月もいらないよねいらないよねいらないよね〜〜?! 鬱陶しいなあ鬱陶しいなあ!!!!?!?」

「……まぶしまぶし」

「許せない許せない許せない。アイツらは殺しちゃおうよ〜!!!! メイ!!!」

「……そうだねラク」

 

 2人がこちらを見た。先程の楽しそうな面白がるような様子は無い。そこにあるのは明確な殺意だった。

 

「あれは相当高度な3属魔法です。瞬間的に自分の身体を空中に飛ばすのでは無く、その場に制止させる。魔力量も魔力コントロールも凄まじい領域に達していますね」

 

 アイラが冷静に分析をする。

 そうだ、彼女は魔法についてかなり詳しいはず。この状況を打開する策も何か思いつくかもしれない。

 いくらコリンが反射をしてくれるとはいえ、逃げた先に魔法を撃たれては意味が無いのだ。一瞬だとしても隙を作って脱出しなくてはならない。

 

「なるほど、だから常に手を繋いでんのか」

 

 アイラと3属魔法を放った時のことを思い出す。あれは本当に凄まじい威力だった。

 

「サクライが見た範囲でのことを教えて貰ってもいいですか?」

「ああ、あの2人には魔法が通じなかった。俺の魔法を光と闇の隙間? みたいなところに吸い込んで無効化しちまったんだ。しかもそれを後で増幅して吐き出すこともできるっぽい」

「光と闇の隙間……。それも3属魔法と見て間違い無いでしょう。私も一瞬のことであまり覚えてはいませんが、最初の光の塊を落とした時の魔力からして朝と夜の3属魔法ですね」

「朝と夜……か。一瞬手を離して俺に向かって白と黒の玉を大量に撃ってきたんだけどそれも朝と夜の1属魔法かな」

 

 穴だらけの地面の方を見ながら報告する。

 

「そうですね。この威力、1属魔法も3属魔法も大きな脅威と言えるでしょう。なんとか無力化するには……」

 

 アイラが考えこもうとしたその時、俺に向かって放たれたのと同じ大量の朝と夜の魔力の玉が雨あられと降り注いできた。

 コリンと2人、前に出る。

 

「ぬおおおおおおおおっ!!!!!」

「桜花ぁっっっ!!!!!」

 

 カイカンと桜花によって降り注ぐ魔法をいなしていく。跳ね返した魔法も追加で放たれた魔法によって撃ち落とされているようだ。この数を正確に。

 

「分かっていれば反射なんて引っかからないよねえ〜???!!」

「……単調」

 

 そして手を繋ぎ、もう片方の手を天に向ける。

 

「何か来るぞっ……!!」

 

「そんなに何もかも防げるのなら……これはどうかなあ〜〜〜〜っっっ?!」

「……殲滅」

 

 そして2人の身体から白と黒の魔力が立ち上った。

 

「「朝剣夜転ちょうけんやてん」」

 

 突如としてその手から天を突くような巨大な魔力の剣が生み出された。

 

「これは魔力の固着化っ……?! コリン、これは跳ね返せません!! サクライっ……!!」

 

「あはははははははははっ薙ぎ払うよ〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!!!!!」

「……ふぉりゃ」

 

 ゴオッッッッッッと振り下ろされた手と共に白黒の刃が薙ぎ払うようにこちらに迫る。

 

「ギンっ2人を連れて跳べっっっっ!!! 桜花ァァァァァッッッッッ!!!!!!!」

「グワゥッッッ!!!!」

 

 ギンの背中から飛び降りながらギターを鳴らし桜花を展開する。ギンは俺の指示通りアイラを乗せたままコリンの首筋を咥えて池の方へと跳んだ。

 そこに巨大な剣が到達する……!!!

 

 ガギヂィッッッッッ!!!!!!!!!!!!

 

「ぐっ……ううぅぅっっっ!!?!?」

 

 ドンッッッッッと右手に重みが伝わってきた。やばっ……踏ん張る足が滑る……!

 

「凄いねその魔法〜〜〜〜っ!! これを受け止めた人って初めてだよ!! 教えて欲しいくらいだけど〜〜っ」

「……あっちいけ」

 

「ちょ、まっっ……!!」

 

 足が宙に浮く。や、ば……っ!!

 

 振りかぶられる巨剣の軌道のままにまるでボールのように打ち上げられる。胃がひっくり返りそうな浮遊感を感じながら明後日の方向に引き離されてしまった。

 

「あはははははははっ!!! 軽い軽い!!」

「……そのまま死んじゃえ」

 

「ぐっぅぶぅっっっ?!?!」

 

 ドドドドドドッッッッ!!!!!!

 と1属魔法の掃射が俺に行われる。それは俺にダメージを与えることは無かったがその勢いは空中の俺には殺せず。

 

 ダガンッッッッッ!!!!

 

「か……はっ……」

 

 地面へと叩き付けられ肺の中の空気が全て出ていった。激痛と共に意識が遠くなる……。

 

「あれだけやって魔法自体のダメージは0って何あれ〜〜。恐いんだけど……」

「……自信喪失」

 

 ここで気絶しちゃダメだ……っ!!

 もう一度これを放たれたらもうアイラ達に防ぐ手立ては無い。

 

「ぐ……うおおおおっ」

 

 なんとか身体を転がしうつ伏せから拳をついて立ち上がる。早く、近くへ……。

 

「健気だよねえ……でも、だぁめ〜〜!!」

「……もう、遅い」

 

 2人の少女は既に狙いをつけていた。

 

「じゃあ、サヨナラ〜〜!! 今度は跳ね返すことなんてできないくらいの魔法で葬ってあげるから!」

「……7割の本気」

 

「コリンッッ……!!」

 

 もはや間に合わない。頼みの綱はコリンのみだ。

 

 

 

「……思い出すな。あの時を」

 

 3属魔法を放とうと構える2人に向けて盾を構え腰を落とす。後ろにはアイラ皇女。もう逃げ場は無い。

 

「……もう昔の俺では無い。この時の為に身体を鍛え上げてきたのだ」

 

 この魔法を跳ね返せなければ全てが終わりだ。

 

「……ライバーン戦役の英雄の力、お前達に見せてやろう!!!!」

 

 聖盾カイカンが光を発する。

 それは今までの中で最も強い輝き、まるでコリンの命の輝きのようだった。

 

 

 

「……来いッッッッッ!!!!」

 

 

 

「「朝夜挟!!」」

 

 

 

 グパァッ!! と朝と夜に割れた空の境目から光の塊がゆっくりと姿を現す。それは果たして太陽か月か。恐ろしい程巨大な魔力の塊がコリン、アイラ、ギンを飲み込もうと速度を増しながら落下していく。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 コリンが雄叫びを上げ、カイカンが更に強い光を発した。その光は、落ちる光の塊を受け止める為にコリンの全身全霊の魔力を源としてカイカンそのものを拡張していく。まさに聖盾と呼ぶに相応しい姿であった。

 

「これが……聖盾カイカンの本当の姿……!?」

 

 アイラは目を逸らさない。目の前で自分を護る為に命を張る男のその姿を1秒たりとも見逃さぬように。

 

 やがて、光と光は接触する。

 

 この瞬間、世で最も大きな魔力同士のぶつかり合いであっただろう。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 ズッッッッと重さがかかる盾を全身で受け止めた。ここから押し返すっ……!!

 

「無理!! 無理だよぉ〜〜〜〜!! それはさっき雑魚を殲滅したやつよりも~~~~っと強いやつなんだから!! そんなボロボロの身体で跳ね返せるわけ無いでしょ〜〜っっ!!」

「……黙祷」

 

 仕事は終わったとばかりに騒ぎ立てる少女達。

 しかしコリンは全身の魔力を燃やし、立ち向かう。地面にめり込む足に、より力を込めた。

 

「……俺はコリン、影5人による大魔法を反射しライバーンを救った男だ。その時に比べれば……この程度ォォォォォッッッッッ!!!!!!!!」

 

「コリンっっ!!」

「コリン……ッ!!」

「グワゥッッッ!!!!」

 

「ぬおおおおああああああああああああああああああああああああッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 カイカンの光が赤く変化した。

 その色はまるでコリンの命の、魂の色。鮮血のように飛び散る魔力がやがて光の塊を押し返し始める。

 

「いけええええええええっっっっっ!!!!!」

「いって……!!」

「グワゥアアアアッ!!!」

 

「はあああああああああああああアアアアアアアァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 ボッッッッッッ!!!!!!

 

「な、」

「……あ」

 

 光の塊はそれが当たり前であったように下へ下へと落ちようとしていた力を反転させ、宙に浮かぶ少女達の元へと帰っていった。

 

「ちょっとぉ?!」

「……あーあ」

 

 空中で破裂。爆散。

 世界が白一色に染まった。

 

 カッッッッッッッ!!!!!!

 

「きゃっ…………!!」

「ワゥッッッ!!!」

 

 爆風の中でアイラを抱え込み守るギン。

 

 コリンはその手を盾から離した。

 

「……護った、ぞ」

 

 全身の力を抜きふっと緩んだその笑顔は、コリンがずっと昔に何処かへ置いてきたものだったのかもしれない。

 

 やがて音も景色も空気すらも全てが白く染まり何もかもが光に包まれていく……。

 

 

 

 

 

「どう、なった……?」

 

 正常に戻った視界の中でアイラを、ギンを、コリンを探す。

 痛む身体を引きずって近づくとギンがこちらに向かって尻尾を振っていた。その丸めた身体の内側ではアイラが目を閉じていた。

 あの爆風を間近で受けたのだ。気絶してしまってもおかしくは無いだろう。

 

 ……良かった。無事だ。

 

「コリン……?」

 

 そしてコリンが立っていた場所には聖具、聖盾カイカンと。

 

 コリンだったものが広がっていた。

 

「っ…………」

 

 目を逸らすな。

 これが、俺達を生かすためにその責務を全うした男の最期なんだ。

 

 聖盾カイカンの魔法は魔力の反射。

 その強力な能力の代償は、跳ね返す魔法と同量の魔力を消費することと、その魔法の威力をそのままその身体に受けるというもの。

 

 自分の防寒マントをそっとコリンの上にかけて手を合わせる。

 コリン、お前は間違い無く英雄だった。

 あとは任せろ。お前が護りたかったものは全て、俺とアイラが護っていくから。

 だから、だから……。

 

「ありがどう……。ゆっぐり……ねむっでなぁぁ……!!」

 

 頬を熱いものが伝っていく。

 俺達はもう2人で生きているわけじゃない。命の上に今の俺達がいる。

 

「う、あぁああ……っ」

 

 やがて目を覚ましたアイラも俺の横に来て膝をつき、そっと手を合わせて涙を流していた。

 ありがとう、コリン。ウライの英雄。

 

 

 

 

 

「あ……ぁ〜〜?」

「……痛い」

 

 反射された魔法を受けた少女達は空中から地面に落ち、短い気絶から目を覚ましていた。

 

「ほんっっとサイアク〜〜……。咄嗟にあの楽器の男の魔法真似したから助かったけど直撃してたらいくらアタシ達でも危なかったねメイ」

「……でも完璧に真似できなかった……。ちょっと痛い」

 

 釣られた人形のような動作で起き上がる2人。

 

「本当だよ〜〜! あの魔法どうなってんの? あれをいちいち認識してから張ってるんだとしたら意味がわからない反射神経だよね〜〜」

「……そうじゃないとしたら……。いやそうだとしても……人間技じゃない」

 

 そして手を繋いですっと立ち上がった。その動作は身体の痛みを全く感じさせないものだった。

 

「この後しばらく動けなくなっちゃうからやりたくなかったけど。もうこうなったら仕方ないよね〜」

「……どんな魔法があっても関係ない。アイラ皇女は四肢を全部折って、他は……殺す」

「あはは〜〜メイを怒らせちゃうなんて悪いコ達! どうされちゃうんだろ! か〜わいそ!」

 

 そして2人で寄り添って笑う。

 

「私達2人に勝てるわけないんだよ〜〜?」

「……1番苦しんで死ぬ」

 

 握りあった手を真っ直ぐ目線の高さまで掲げ、そしてそっと呟いた。

 

「「固有結界・朝夜双光ちょうやそうこう」」

 

 世界が朝と夜に染まっていく。

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