20 決着
「なるほど……ここまで来てる時点で相手は相当無理をしているという訳ですね」
「ああ、多分このままここで待つだけでも奴らはどんどん消耗していくはずだ」
少し下がり森の方に集合した兵士達を遠目に見ながら話し合う。魔力の濃い土地は普通の人間が長居するには辛い環境なのだ。対してこちらは全員が耐性を持っており、ここで粘ることには問題が無い。
「ならば留まるか? しかしそれでは現状は何も変わらないぞご主人」
「ああ、その通りだ。いずれにしろ、俺達はあいつらをどうにかして無力化しなくてはいけない」
ギンの言葉をアイラに伝えた後頷く。いくら奴らがここに長居できないとはいえ、少し引いたところで待ち伏せられていたら結局同じことの繰り返しになる。戦わずして逃げることはもう不可能だと思った方がいい。
「アイラは奴らについて何か知ってるのか?」
「はい、一応彼らはウライの中では名のある兵士なので」
アイラが頷いてから説明してくれる。
「それぞれの部隊を率いていた2人は聖盾カイカンを持つワレス憲兵長のコリン、魔剣ロウカルを持つヤイタ憲兵長のアルナ。どちらも過去のライバーン戦役の英雄と呼ばれる人物です」
「ライバーン戦役?」
初めて聞くワードだ。
「はい。ウライ神聖帝国建国の時代よりこの国に仇なしてきた謎の勢力……私達は仮称"影"と呼んでいる組織が12年前、総力を上げて突如ライバーンへと攻めてきました。今までにも小競り合いはありましたが、ここまで大きな戦いは初めてだったんです。当時の親衛隊やライバーンの憲兵隊、訓練兵、各地からの援軍の方達の尽力によってなんとか首都を守り抜くことはできましたがその犠牲は大きく、戦いに参加した兵士の8割の兵士が亡くなりました。……現在のウライの兵士達が軒並み若い方ばかりなのはここに原因があります」
「そんなことが……」
確かに親衛隊長だと言っていた男ナウラも、アルナもコリンも皆若く見えた。普通、そんな偉い立場の人間ならばかなり歳がいっていそうなものなのに。
「そしてその戦役の生き残り、戦果をあげたり大きく貢献した者達にはそれぞれに聖具が配られたのです。その中の2つがあの聖盾カイカンと魔剣ロウカル。どちらもとても強力な聖具です。……身をもって体感したとは思いますが」
「いや、本当にね……」
魔剣ロウカルの、魔力を物質化して留める能力には自動防御魔法を貫通されてえらい目にあった。聖盾カイカンの反射は攻撃能力さえ無いものの、こちらの攻撃が一切通らないためあれがある限り何をすることもできない。
「でもそうか、もともと王宮で管理してた聖具だからアイラは一目見てあの盾の能力を見抜けたんだな」
「はい……。ですがヤイタとワレスに近いアンサン聖池での戦い。この2人が出てくることはもっと早くに想定しておくべきでした。申し訳ありません……」
「いやいや! 分かってたとして対処できたかはまた別だし、結果こうやってみんな無事なんだから気にするなって!」
アイラが頭を下げるのを慌てて止める。あの空中でのアイラの言葉が無ければあの場で全滅していてもおかしくなかったのだ。責める事など誰にできよう。
「はい……ありがとうございます。名誉挽回の為にもここからはそれぞれの聖具について説明させていただきますね」
ちらりと森の方を伺うがこちらに何かをしてくる気配は無い。これはこれで不気味だが、時間をもらえるのはありがたいことだ。
「魔剣ロウカル。これは魔力を短時間物質化させる魔法が備えられた聖具です。一見使いにくそうに聞こえる聖具ですが、アルナの鎖のように変幻自在な物理的武器として使用したりと使い手によってその本当の力を発揮する聖具になります」
「あ、あの鎖自体は聖具の魔法じゃないんだな。物質化させるのだけが魔法か」
つまりあの雷の鎖自体はアルナの魔法だということ。ワレスでの戦いを思い出して身震いする。
「そして聖盾カイカン。魔力を反射する魔法が備えられた聖具になります」
「ああ、本人も言ってたよ。おかげでせっかく生み出した新しい魔法も綺麗に跳ね返されちまった。チート聖具だよなあれ」
「……自動防御魔法を持つご主人には言われたくは無いと思うぞ」
そりゃごもっともだ。ギンにだってこれが無ければ絶対に勝てなかった。
「しかし何もかもをノーリスクで弾ける訳ではありません。カイカンの反射は受けた魔法と同等の魔力を消費して行います。つまりそれは強力な魔法を反射すればするほど消耗していくということ。長期戦には向かないんです」
「なるほど! それであいつ光槍とかは反射しないで防いでたのか……! 野郎、跳ね返すまでもないとか適当な理由つけやがって。信じて落ち込んじまってたよ畜生」
「それに加えて、受けた魔法そのものは反射できるのですがその魔法の衝撃は全て持ち主に伝わります。つまり強力な魔法であればあるほど大きく魔力を消費し、かつダメージを負うということ。コリンがあそこまで身体を鍛えているのはそこに理由があるのでしょう」
あの熊のような身体には理由があったのか……!!
トライデントを跳ね返したあと少し息が上がっていたコリン、あれはトライデントのダメージをしっかりと受けていたということだ。
「じゃあ、反射でしか防げない威力の魔法を撃ち続けていればいずれは無力化できるって理解でいいのか?」
「はい。ですが反射された魔法は威力がそのままです。万が一それを受けてしまえば……」
「こっちが危ない……か」
やはり厄介な盾である。
牽制程度の弱い魔法ではそのまま防がれてしまい、反射を使わなければならない強力な魔法を放ったらそれの防御か回避に全力を出さなければならない。
「実際、ライバーン戦役を勝利に導いたのは敵魔法使い5人による3属の大魔法を反射し敵軍を跡形もなく消し飛ばしたカイカンです。コリンはその反射により全治半年の怪我を負い、生死を彷徨うことになりました」
「5人による3属魔法……?! 本当に英雄じゃんコリン……かっけえな」
そんなものが首都に撃ち込まれていたとしたら、どうなっていたのだろう。
俺とアイラの2人ですらあの威力だったのだ。5人でひとつの3属魔法を作り上げるとなればそれは一体どれほどの……。身を呈して国を守りきったコリンはまさに英雄と呼ばれるに相応しい人物だ。
「自動防御魔法と桜花がどこまで強力な魔法まで防げるかが分からないのがネックなんだよな……」
コリンからどんなに強力な魔法を跳ね返されようとそれを俺が防げるのであれば問題ない。俺が常に1番前で戦っていればいい話だ。
今まで受けた中で1番強力な魔法は恐らくウガメルの水の柱だろう。腕が折れるかと思うほどの衝撃ではあったが魔法自体のダメージは全く受けなかった。
「……過信は禁物です。サクライはいつも自分から魔法にその身を晒しにいきますが、もし自動防御魔法が発動しなければ怪我では済まないかもしれないんですよ? 全ての作戦を自動防御魔法中心に組み立てるのは賭けのようなものなんです」
「小娘の言う通りだ。ご主人は我々全員を守るために桜花なる防御魔法を使うが、本来ご主人だけが助かるためなら自動防御魔法だけで事足りる。ウガメルの時も先程の我の魔法の反射にしても、一歩間違えればご主人は死んでいた可能性だってあるんだ」
「う……それはそうだな……」
アイラ、ギンの女性陣2人にプチ説教をされて小さくなる。純粋に俺を心配してくれているだけに何も言い返せない。
「……とはいえ、サクライの桜花に頼らなければ今ここに私達がいることは無かったのも事実です」
「そんなレベルで貢献できてるかは自信無いけどもね……。みんなで協力してくぐり抜けてきたんだ」
俺にできることは防御のみ。攻撃は女性陣に頼りきりである。
「本当に神様も与えるべき能力を理解してるよな。これが無きゃ魔法が使えない俺なんて一瞬で肉塊にされちまう」
神、GJ。できることならもうちょい魔法を使いやすくして欲しかったけどね。
「さて、話を戻しましょう。どうやってあの兵士達を無力化して通り抜けるか……ですが」
アルナにコリン、魔法使いと剣士が合わせて30人ほど。大してこちらは2人に1匹、圧倒的な人数不利である。
「殺しては駄目なら四肢を使い物にならなくしてしまうのはどうだ? それなら追ってこれまい」
「ダメだ。あの人たちも本来、アイラからすれば守らなきゃいけない人達なんだ。そんな風に傷つけてしまったら今後アイラが正式に巫女となった時に遺恨が残ってしまう」
ギンの提案は正しい。でもそれじゃダメなんだ、より完璧な誰も大きくは傷つけない完全勝利を目指さないと。
「やはり1番の障害であるコリンをどうにかしないことには突破は難しいですよね……」
やはり反射されることは前提でそれを防ぐ方向で立ち回るしか無いのか……。
「小娘と
「ん……それはそうなんだよな」
そう、2つ以上の魔法を同時に違う方向から撃てばどちらかを食らわせることはできるだろう。しかしそれにも問題がある。ギンの言葉をアイラに通訳した後、
「でもそれだと俺がいない方に反射をされた時、カバーが間に合わないんだ」
「そうですね……相手がなりふり構わず詰めてきた時に各個撃破されてしまう可能性もあります」
俺たち側は全員無傷で逃走できるのがベストだ。危険を犯すのは最終手段だろう。全員が黙って考え込んでしまったそんな時、ふと思い出したようにギンが話しかけてきた。
「そういえばあの剣の聖具を持った赤髪の人間は大分我々に恨みを抱いていたようだぞご主人」
「赤髪……アルナってやつか」
ワレスの街で俺を捕らえようとしたが失敗し、ここまで追ってきたことから執着されているとは思っていたが……。
「あの人間の話では周りにいた部下はかなりの人数が死んだらしい。我の魔力を受けたのだから当然ではあるがな」
「っ……そう、か」
一瞬目の前が暗くなる。あの時ギンは俺を助けるために周りの兵士を魔力により薙ぎ払った。そうしなければ今頃俺はここにいなかっただろう。
しかし間接的にでも人の命を奪ってしまったという事実は俺の心に重くのしかかってきた。
「……サクライ? 大丈夫ですか」
「あぁ、ごめん。今は目の前の状況だな」
心配そうに覗き込むアイラに頷いて返す。
「ご主人、我はご主人に後悔や懺悔をして欲しい訳では無い。わざわざ今それを告げたのはどんな些細な情報でもこの場を切り抜けることに繋がると考えたからだ。取り違えるなよ」
「……だな。すまん」
ギンの厳しい言葉に顔を上げる。
そうだ、後悔しようと失われた命は戻らないんだ。それならばその者達の命を無駄にしないためにも俺は生きていかなければならない。
「ギンから今、アルナが俺に恨みを抱いていることを聞いた。それで1つ思いついた作戦があるんだが──」
「チッ……。奴ら、何を考えてやがる……」
アンサン聖池沿岸までサクライ達が引いてから15分ほどが経った。こちらから見える範囲では大きな動きは見せていない。自分達も森まで引いて魔力に当てられた身体を回復してはいるが、イライラと湧き上がる焦れったさは止まらない。
「なあコリン! もう全員で攻め込まねえか? 一瞬なら大丈夫だろ!」
「……駄目だ。聖地の近くは奴らのフィールドだ、もしそれが奴らの作戦だった場合対処不可能だ」
「クソっ……国に仇なす犯罪者共が……」
奴らは予想通り戦闘を避けて逃走を図った。それを妨害したところまでは良かったのだ。それが突然の撤退。訳が分からない。逃げることを諦めたのか?
「……あのサクライという男、お前が思っているより強いぞ」
「あん? 何言ってんだコリン。アイラ皇女と魔獣に比べりゃあんな一般人、大したこと無いだろ」
「……油断するな。奴は何かを秘めている。足元をすくわれるぞ」
「んだよコリン、ビビってんのか? お前ができないなら次は俺があいつの相手だ。部下達の御礼もしなきゃならねえしな」
コリンはサクライに何かを感じているようだがそんなことは関係ない、ワレスの時のように雷鎖で倒す。次こそは手加減無しで叩き潰してやるんだ。
それが、あいつらに殺られた奴らへの手向けにもなろう。
「……アルナ、お前は今何のために戦っている」
「あ? そんなのアイラ皇女を捕らえる為だろ」
「……そうでは無い。長い目で見ての話だ。訓練兵時代にお前はこの国を護ることに意欲を燃やしていた、出世など二の次だったはずだ」
「…………」
コリンの言葉に少し黙り込む。
ああ、そうだな。俺は変わったのかもしれない。いつからか頭の中には出世をしてヤイタを出ていくことばかりが浮かんでいた。訓練兵時代、ライバーン戦役を共に乗り越えたこいつから見れば今の俺は欲に塗れ醜く写っているのだろうか。
「俺は、俺の為に戦っている。誰かの為なんかじゃなくな」
コリンは咎めるだろうか。
変わってしまったと叱責するだろうか。
……それも仕方ない。奴はこの国を、人々を護ることを自分の生きる上での柱としている。そんなコリンから見れば俺はさぞ醜く写ることだろう。
しかしコリンから帰ってきたのは意外な言葉だった。
「……お前は強いなアルナ」
「あ……?」
「……俺はいつも考える。どうすれば全てを護れる、勝てない相手に対して最低限の犠牲で切り抜けることができると。それは決して与えられた任務に真正面から向き合っているということでは無い。保身なのだ」
盾越しにアンサン聖池を見つめるコリンの表情からは何を読み取ることも出来なかった。しかしその言葉はまるで自分を突き刺しているようで。
「……お前のような何があっても使命を全うしようとする力がこの国には必要なのだろう」
「何を言ってんだ、お前」
コリンが保身に走っている? そんな訳が無いだろう。いつも自分を犠牲にして仲間を守りきる鉄壁のコリン。誰よりも国に忠実に仕える男だ。
「……もし俺がこの盾を握れなくなった時はアルナ、お前がカイカンを使え」
「は……?」
コリンの何かを予感させるようなその言葉に言い返そうとしたその時だった。
「アルナ隊長、コリン副隊長!! 奴らに動きがありました! 魔法が来ます!!」
双眼鏡で偵察を行っていた兵士が鋭く叫ぶ。休憩していた兵士に緊張が走り、コリンが盾を構え前に踏み出した。
「来ます……ッ!!!」
「……全員俺の後ろに入れ!!!」
コリンのその声とほぼ同時にアンサン聖池の沿岸が光り、氷の礫と黒い魔力の塊がこちら目掛けて放たれた。
「コリンの反射と共に前線を上げろ!! 負傷兵は第6部隊と共に待機だ!!!」
しかしその魔法はこちらに届くことは無く
ドゴッッッッッ!!!!
「なっ……目くらましっ?!」
手前の地面を抉り爆発を起こした。
もうもうと立ち込める土煙で視界が失われる。
「逃がすな!!! 奴らはこれに乗じて先程と同じ方向に逃げるはず、俺はそっちの追撃に行く!」
叫びながら走り出した。絶対に逃がす訳にはいかないっ……!!
「なっ……!!」「くそっ!!」
突如として氷の柱が何本も地面から生え、俺についてきていた兵士達の足を止めた。横目でそれをチラリと確認し、
(関係ねえっ! 俺1人でだって奴らを止めることくらい余裕だ……!!)
構わずより速く踏み込み加速する。
しかし土煙から抜け出しそこを走っていたのは、
「こっちだ!! 来いよ赤髪ぃ!!」
「なっ……お前は!?」
楽器を持って単身で駆けているサクライだった。
馬鹿な……ならばアイラ皇女と魔獣はっ?
「行けえアルナ!! こちらは俺が守り抜く!!!」
振り返ろうとした背中にコリンの声が刺さる。
ああそうだ、あいつに任せておけば何が来ようと大丈夫。カイカンを持ったコリンは鉄壁なんだ。
それより今は何としてもこの男を無力化してやる……!!
「調子に乗るなよ雑魚があああああああああああああッッッッッッ!!!!」
バヂバヂバヂィッッッ!!!
剣を鞘から引き抜く勢いで雷の針を10本放つ。それは真っ直ぐに走るサクライの横腹に吸い込まれ……
バチチチチッ!!!
「ふん、やはりこの程度では通じないか!!」
サクライの横に展開した花びらに全て防がれた。どういう原理の魔法だか知らないが相変わらず普通の魔法ではかすり傷すら与えられないようだ。
「ならばこれだっ……くらいやがれ雷鎖ァァァァッ!!!!!」
逆手に構えた魔剣ロウカルに魔力を込め、振り抜く。その軌跡をなぞるように雷の鎖がジャララララララッとサクライに迫っていく。奴の防御魔法は雷鎖の持続し続ける魔力を防ぎ切ることができなかった。魔獣が助けに入ったワレスからの逃走時1度防がれたが、今度は前回より出力を上げている。防がれたとて何度だって打ち込めばいい!!
残像が残るほどの速度で振るわれた鎖が奴の脳天を打ち付ける……っ!!
「いきますよギンさんっ!!」
「グワゥッ!!!」
ギンの背中に乗り、森の方へと走る。
1度目の目くらましの魔法が見事に刺さり、サクライはその隙に単身西の方向へ駆け出した。
残された私達の役割は陽動、少しでも多くの兵士をこちらに釘付けにする!!
サクライのことを考え、トクリと脈打つ心臓。左手人差し指の指輪から魔力が流れ込んできた。
「はああああああっ!! 氷柱連ッッ!!!」
土煙の中、サクライの追撃に走ろうとしている兵士達が辿るであろうルートに氷の柱を生やす。ほんの少しの足止めに過ぎないが無いよりはいいだろう。
「グルルルルルルルルルッゥ」
私を乗せたギンさんが走りながら魔力を口に溜めていく。牽制用に使った魔法より濃く魔力を練りこんだ、直撃してしまえば間違いなく無事では済まない威力の魔法だ。
「はああああああああああっ!!!!!!!」
呼応するように右手を頭上に掲げ、吹雪を起こす。
それを徐々に凝縮し、1つの形へと成形していく。イメージはサクライと共に放ったあの3属魔法、光槍氷弓。
あれを氷のみで再現してみせるんだ。
徐々に晴れゆく土煙の中心先頭にはやはりあの男、聖盾カイカンを構えたコリンがいた。
「勝負ですコリン!!!!」
「……アイラ様直々にお相手願えるとは光栄の極み……っ!!」
「グワァアアアアアアッ!!」
カッ!! と黒い光が輝き、凝縮された黒い魔力が
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」
雄叫びと共にカイカンが光を発し、顎を受け止める。
ガギンッ!!!!
一瞬の膠着の後、顎がこちらへと反射された。走る私達へと正確に迫ってくる黒い魔力の塊。
ここだっ…………!!
「氷槍弓……ッ!!!!」
ビュッ!! と引き絞られた弓がその張力を槍に伝え音速に迫るかという程の速度で射出する。狙うのはこちらに向かってくる顎!!
カッッッッ!!! と宙空にて激突した2つの魔法が大爆発を起こす。目もくらむような爆発の中、コリンが体勢を立て直すのが見えた。
「今です……っウガメルさん!!!!!!!!!」
ギンの身体にギュッとしがみつくと彼女が急速に方向転換をし、サクライとは逆の方向に跳ねる。
そして私達がいた場所を水の柱が轟音を立てて貫いていった。
「なっっっ……!!?」
目を見開いたコリンがカイカンを構え、水の柱を迎え撃つ。
ズゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!
「なんっのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッ!!!!!!」
激突する柱と盾。その衝撃は大地を揺るがし空気すらも震わしていた。
「桜花ぁっっ!!!」
バシュッッッ!!!
サクライの脳天を割るかに思われた雷の鎖は弦楽器の音色と同時に現れた桜の花びらによって受け止め、包み込まれて消滅した。
「小賢しい魔法を……ッ!! その魔力、どこまで持つか試させてもらおう!! 雷鎖ァァァッ!!」
しかし防いだ瞬間には次の鎖が横から襲い来る。
「くっっ……桜花!!!」
なんとか桜花で受け止め消滅させたが、これは自動防御魔法で受けては駄目だ。前回はそれで貫通されて魔力中毒となりアイラの中和が無ければ死んでいたかもしれなかったところまで追い詰められたのだ。
まずは奴の魔力が尽きるまで桜花で鎖を受け止め続ける。魔力量比べなら俺が負けることは無いのだ。
しかし、
「オラオラオラオラァァァッ!!!! どうしたどうしたサクライ!! 防戦一方では俺には勝てないぞ!!」
「ぐっ……うっ……!」
バチッバチヂッバチッ!!
上から下から右から左から縦横無尽に襲い来る雷の鎖から身を守り続けるのにも限界がある。このままではいずれ……
「しまっ……!」
左下から伸びてきた鎖を防ごうと手を伸ばし足がもつれた。倒れかけることにより何とか交わし、体勢を立て直そうとするも上からは返す雷鎖が既に迫っている。
「桜っ……」
「遅いわあぁッッッ!!!!」
発動しようとしたが一足遅く、鎖が俺の胴体を打ち付けた。
バチィッ!!
自動防御魔法によって阻まれた鎖はしかし消えず俺に巻きついていく。
「終わりだ……サクライイイィィッッッ!!」
やられた……これで俺は動けなくなってしまう。アイラとギンだけでも上手く逃げてくれれば……。
「あ、れ?」
しかし雷の鎖は俺に巻きついているだけで何の刺激を伝えることもなかった。前回はこの時には既に雷の魔力を流し込まれ動くことすらできなかったのに。
「あん……?」
「ッ……!!」
理由は分からないが今俺に雷鎖は通じていない!! 反撃するなら今だ!!
大きく踏み込み真っ直ぐにアルナに向かい手を伸ばした。
「トライ……デントぉっっ!!!」
「なっ……?!」
ギターの開放弦が響き渡り、俺の目の前に光り輝く三又の槍が生まれていく。
「くらええええぇぇぇっ!!」
俺の声に呼応するように三又の槍は尾を引き、真っ直ぐにアルナの手元の魔剣ロウカルに吸い込まれていった。
ギィンッッッッ!!
「しまっ……!!」
目を見開くアルナ。ロウカルはその手を離れ回転しながらはるか後方へと飛んでいく。
「大人しくしていろ……っ!!」
硬直しているアルナに向かって走る。イメージはいらない、ただこの拳に光の魔力を宿らせるだけでいい!
「おりゃあああああああっ!!!!」
「んぶぅっ……!?」
ギターの音と共に拳を覆った魔力をアルナの顔に叩きつける。向こうの世界にいた時は格闘技は愚か、喧嘩すらもしたことが無かったので正しいフォームなんて分からない。
ただ目の前の男の顔に拳を入れるという意思だけに従って身体は動いた。
ボッッッッ!!!!!
拳と顔が接触した瞬間に円状に魔力が拡散し、アルナの身体を5メートルほども吹き飛ばす。そしてゴロゴロと地面を転がり止まった。
しばらく様子を見ても動く気配は無い。
「はあ、はあ……。とりあえずこっちはこれで大丈夫、か」
勝てた……。あとはアイラとギン、そしてウガメルが上手くやってくれるはずだ。
そう、この作戦は火力担当の1人と2匹がカイカンのフィードバックを利用してコリンを消耗させていくというものだった。それにはアルナを引き付け邪魔入りさせないようにする必要があったのだが、まんまと引っかかり無力化までできてしまうとは。上出来だ。
「頼んだぞ、みんな……っ!!」
魔力を反射する聖盾と、人1人より大きな直径を持つ水の柱の衝突。衝撃で周りの地面が大きく抉れていく。
「ぬおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!!!」
ジリ、と足が地面で滑りかける。駄目だ押されてはいけない。踏ん張れ、受け止めろっっ……!!!
滝を受け止めているかの様な衝撃が全身を襲い続ける。もっとだ……もっと魔力を込めるんだ!!
「オオオオオオオオッッッッ!!!!!!!」
喉から獣のような咆哮が漏れだし目玉が飛び出しそうになる。まだだ!! まだ足りないっ!!
真正面に撃ち返すのではなく、少し角度をつけて逃がすんだ。ミスは許されない。ここで自分が吹き飛べば後ろにいる大量の部下達が直撃を受ける。それだけは防がなければ……!!
「コリン様っ……!!」「我々の為に……」
「ウオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」
カイカンが眩い光を発した。
瞬間受け止めていた柱の重みは消え、水の柱はアンサン聖池上空へと反射される。
「……鉄壁のコリンを……舐めるな」
後ろで歓声が上がった。なんとか守りきったんだ。
しかしその直後、本来受けるはずであった衝撃、魔法のダメージが身体を襲う。
「ぐっ…………ぅはっっ?!」
「コリン様っ……?!」
身体を大岩に押し潰されたようなバラバラに砕けそうな痛みが全身を襲い、膝をつき倒れ込んだ。駄目だ……ここで倒れては……まだ、次の魔法が……。
その時戦場に凛とした声が響いた。
「ウライ神聖帝国を守りし兵士達よ!! これで魔法から身を守る術は無くなった! しかし私は貴方達をこれ以上傷つける気は無い。その剣を納め、投降せよ!!」
「アイラ……様」
後ろに白銀の狼と巨大な聖魚を従えこちらに向かって立つ黒い顔布をした女性。その姿は、顔が見えずとも圧倒的な存在感で自分がこの国の皇女なのだということを告げていた。
もう、いいか。
ここで投降すれば彼女達は恐らく我々に危害を加えることなく立ち去って行くはず。そのご慈悲を受けられるのであればここで……。
視線を横にずらせば向こうではアルナが倒れている。……あいつも負けたか。
サクライという男がこちらをじっと見つめている。あれも不思議な男だ。あの防御魔法といい只者ではないことしか分からない。
「……分かりました。我々は貴女様に──」
完全投降致します。
その言葉が続くことは無かった。
「「
何処からか響いた声と共に、突如空が2つに割れた。
森の上空、頭上の空が青空と夜空にぱっくりと別れその狭間からゆっくりと光が落ちる。
「な、にが……」
残った力で盾を上に構える。
皆を……部下を護らなくては……。
しかし光は落下しながら速度を増し、地上で破裂した。
消える視界の中で辛うじて分かったのは周りの部下達が悲鳴をあげることもできずに巨大な魔力に飲み込まれていったこと。
ああ、守れなかった。
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