19 分断

「みんな無事か!!」

「ええ!」

「うむ!」

 

 突然の魔法による雨霰。霧で陸がよく見えていなかったのだが、ウガメルとギンのおかげで気がつくことができた。ウガメルの水弾と桜花で全てを防ぎきれたはずだ。

 

「ったく……不意打ちとはやってくれるな」

「恐らくですが、向こうからはこちらの影が見えていたのかと。位置の正確な把握のため、今霧をはらいます」

 

 手袋を外し構えるアイラ。しかし、

 

「いや、その前にギンに乗っちまおう。霧に紛れていた方がいいだろ」

「うむ。ご主人、小娘早くしろ」

 

 頷きあってから、伏せたギンの背中に2人でまたがる。荷物は既にギンに括りつけ済だ。

 

「ここまでさんきゅなウガメル。あとはやられないように逃げてくれ」

 

 俺たちをここまで運んできてくれたお魚に労いの言葉をかける。まあこの聖魚にそんな心配は無用な気がするが。

 何しろ昨日の今日でこんなピンピンしているのだ。聖獣ってすげえな。

 

「それでは私が霧をはらいます! それと同時にギンさんは牽制用の魔法を射出して走り出してください!!」

「承知した! 左に突っ切るぞ!」

 

 ギンがぐぐっとかがみ、その口に黒い魔力が溜まっていく。

 

「いきます!! サクライは防御お願いしますね!」

「任せろっ!! いくぞ2人とも、3! 2!」

 

 さあ、いよいよだ。無血逃走、決めてみせる!!

 

「「「1!!!」」」

 

 アイラを中心に暴風と呼べるレベルの風が巻き起こり、周りの霧を吹き飛ばした。それと同時にギンが跳ね、森に向かって黒弾を吐き出す。

 

「ぬおおおおおおおッ!!!」

 

 その時野太い声が響き渡り、1番前にいた大柄な兵士がこちらに向かって盾を構え仁王立ちをしているのが見えた。俺の腰に手を回していたアイラの身体が強ばる。

 

「ッまさかあれは……!! いけない避けてギンさん!!」

「なに?!」

 

 アイラが悲鳴に近い声を上げる。しかしギンはもう陸に向かって跳躍していた、何が来るのかは分からないが方向転換は不可能だ!!

 

「ギン! そのままアイラを連れて西に向かえ!!」

「ご主人?!」

「サクライ! なにを!!」

 

 突如腰に回していた手を解かれたアイラとギンが驚きの声を上げた。

 何が来るのか分からないが、ギンの背中からは防ぎきれないとアイラが判断したんだ、とれる行動はひとつしかない!!

 ギンの背中の上でぐっと踏ん張り、黒弾の軌跡を追うように宙に身体を投げ出す。

 

「桜っ花あああああああっ!!」

 

 叫びながらギターを鳴らす。俺の左手から桜の花が咲き誇るのと同時にギンの黒弾が盾に着弾したっ……。

 

 ドンッッッッ!!!

「っぐっうあっっ?!」

 

 次の瞬間、俺は左手に伝わる恐ろしい衝撃のまま空中を反対に舞っていた。

 一体……何が起こった?

 

「サクライィっ!!」

「小娘!! ご主人の捨て身の防御を無駄にするな!! 走り抜けるぞ!!」

 

 そのまま俺は池に落下する……と思われたが。

 

 ドッッッ。

 

「ぐっ……はっ……!」

 

 俺らが離脱した後もまだ浮いていたウガメルに受け止められる。その背中を滑り、半ばで止まった。怪我が無いことを確認しながらゆっくりと立ち上がる。

 

「いててっ……。なんなんだ……今のは」

 

 ギンの黒弾があの男の盾に着弾したと同時に俺の視界が真っ黒に染まり吹き飛ばされていた。

 跳ね返したのか? あの魔法を。

 

「ご主人駄目だ!! 伏兵に阻まれた! こっちも戦闘に入る!」

「くそっっ……!!」

 

 ギンの声が頭に響く。

 ウガメルの背中からそちらを見やると色とりどりの魔法が飛び交い、爆発していた。その中をアイラをのせたギンが走り回っている。俺達が戦わずに逃げようとすることも把握済ということか……!

 

「ギン!! この際仕方ない、殺さないくらいに相手を撃退するんだ! 俺もすぐそっちに行く、相手の攻撃食らうなよ!!」

「無理な注文をしてくれるっ……!」

 

 相手も自分達も傷つけずに離脱するというプランは早々に破綻した。早く合流しなくては!

 

「ウガメル! 俺のこと、陸まで飛ばしてもらうことできるか?」

 

 返事は無かったが、目の前の噴気孔がパクパクと動く。それを確認して直ぐに陸の方へ走り出した。

 

「いっくぞおおおおおぉっ!!」

 

 ブシュウッッッ!!!!

 

 俺がジャンプしたのと同時に噴気孔から水弾が射出され、俺の背中に命中する。自動防御魔法によって阻まれた魔法の勢いだけを受け取り、陸に向かって跳躍した。

 

「む……!!」

 

 ギンとアイラの方へ向かおうとしていた熊のような男がこちらを振り向く。

 

「こんにちは……っと! 光槍っ!!」

 

 着地と同時にギターをかき鳴らし、盾男に光槍を飛ばした。

 

「ふんっ」

 

 バシュンッ

 しかし光槍は男が構えた盾に軽く防がれてしまう。

 

 (なんだあの盾……っ! 魔法を受け止めてる?!)

 

 確かに今の光槍はイメージが足りない弱いものであったことには間違いない。それでも魔法は魔法だ、ただの盾で受け止められるものなのか? しかも男はよろめきすらしなかった。

 

「……第3小隊、かかれ」

「「「「「了解ヤーッ!!!」」」」」

 

 男の号令で5人の兵士がこちらへと詰めてくる。アンサン聖池の魔力を気にして森の方に待機していたのかと思ったが……! 短時間なら大丈夫なのか?

 

「くそっ……! お前らの相手してる場合じゃ……っ」

「悪いがここで死んでもらおう。お前の生死は問わぬとのアルナ様の命令でな」

「くそっ……!」

 

 バチリッと兵士の1人が斬りかかってくる。自動防御魔法で刃をくらうことは無いが、これではあちらに近づくことができない。

 

「素人1人に5人の兵士さんが相手してくれるとは光栄だねっ……」

 

 言いながら放った光の魔力は敵の後方から飛来した2発の魔法により相殺される。

 魔法使い2人が後衛で剣士3人が前衛……本気でこちらを殺る気だ。

 

「素人などと……笑わせるな。そんな風に全ての攻撃を防いでおいて、よく白々しくもっ!」

「ぐっ……! だーーーっ!! 確かにこれはこの世界では強い魔法みたいだけど別に俺が意識して使ってるわけじゃねえんだ……よっ!!」

 

 再び斬りかかってきた剣士を腕を振り払って引かせる。そこにすかさず光の弾を打ち込み距離をとった。

 しかし息を着く間もなく俺に向かって魔法が撃ち込まれる。

 

 ドドッ!!

 

「くっ……ダメージは無くても衝撃はあるしびっくりするし恐いんだからな!! これ!!」

「知るか!! なんで剣も魔法もノーダメージで受けられんだお前!!」

 

 自動防御魔法で全てを防ぎ切り、左手を相手に向け素早くイメージを練る。想像するのはさっきアイラに協力してもらって作った三又の槍……!!

 

「お返しだ……っトライデント!!!」

 

 ギュルルッと光の魔力が集まり、俺の左手から三又の槍が生成される。そのまま腕を振り抜き剣士に向けて放った。

 

「くっ……!?」

「させんっ……!!」

 

 そこに走り込んでくるのは先程の熊のような大きな男。トライデントの射線に入り、盾を構える。その盾が一瞬光を発したように見えた。

 

 ズガキンッ!!!

 

「うおっ……?!」

 

 光の槍は盾によって弾き返され、俺の頭の横を飛び去っていった。

 直撃したら頭から後ろに吹き飛んでかもな……。むち打ちくらいにはなりそうだね。

 

「……今のはいい魔法だった」

「そりゃどうも……」

 

 こんなことでも、褒められるとちょっと嬉しい。

 

「……今ここを離れる訳にはいかぬようだな」

 

 盾男が盾をずらしこちらを見据える。少し息が上がっているか?

 

「コリン様、お手を煩わせ申し訳ありません! しかし我々にはお構いなく、魔獣の元へ行ってください。今はアルナ様が相手をされているはずです」

「……いや、今はこの男の相手が先だ。相手の実力を見誤るな。1小隊しかこの男の相手に回さなかったのはアルナの采配ミスだ」

 

 再び盾を構え直した男の後ろで兵士達が剣を、腕を構える。

 魔獣云々ってのはギンのことか。聖獣様が随分禍々しい言われ方になったものだ。

 

「こちらでも魔獣魔獣と煩く叫ばれているぞ。ご主人、こいつら殺して良いか?」

 

 駄目だって。抑えてください聖獣様。

 拗ねたような声で俺に尋ねるギンにはまだ余裕がありそうだ。チラリとそちらを見れば、氷魔法と黒い魔法があちこちで炸裂しているのが確認できた。

 

「……サクライとやら。何故お前はアイラ様の逃走を助ける」

 

 不意にコリンと呼ばれていた大男がこちらに話しかけてきた。

 

「アイラ? 誰のことだか分からないね」

「…………」

 

 少し誤魔化してみるがコリンは無言でこちらを見つめている。睨みつけるでもない、本当にただ疑問を解消しようという顔だ。

 

「……どうもこうも。お前は目の前に困っている自分より若い女の子がいて、それを無視できるのか?」

「……ふん、お前が聖地の魔力に耐えられていることからして巫女の関係者であろうことは分かっている」

 

 まあ、そう思われるよねえ。でも本当にただ偶然召喚されてきたとこにいただけなんだけどな……。

 

「……だがその答え、青いながらも嫌いでは無いぞ」

「そ、そうか……」

 

 満足気なコリン。

 なんか調子狂うな……。オクライ山の親衛隊長とか森での山賊くらい理性無しで飛びかかってきてくれた方が思いっきりやれるんだけど。

 コリンという男、凄いいい人オーラ出てるんだもん。

 

「お前の答えに免じてひとつ教えてやろう。この聖盾カイカンは魔法を跳ね返す聖具、この先お前の魔法がこちらに通じることは無い」

「聖盾カイカン……」

 

 なるほど、魔法反射ね……。

 

 あれ? 俺の自動防御魔法より強ない? アイラはこの聖具を知っていたから、あの時ギンの魔法を受け止めに来た男を見て避けろと言ったんだな。

 

「ふ、ふん。そうか、だが関係無いね。事実お前は全ての魔法を跳ね返していないじゃないか」

 

 そう、コリンが反射を使ったのはギンの黒弾とトライデントに対してだけ。他の魔法は受け止めていた。

 

「……なに、跳ね返すまでも無かったということだ」

「…………」

 

 俺の光槍はあんなもんじゃないし!! イメージ練る時間が無かっただけだし!!!

 地味に傷ついたわ!!!!

 

「……さて、そろそろ話は終わりだ。殺すことは難しそうであるが故、生かしたまま捕らえる」

「できるかな? お前らに」

 

 ニヤリと笑ってみせる。

 

 …………どうしよう。悔しくてハッタリかましてみたはいいものの、ここからはノープランだ。魔法は全て防がれるか弾かれる。攻撃がこちらに通ることはなくてもこれではジリ貧だ。その間にもアイラとギンは追い詰められていく。

 コリンが盾の能力を教えたのはこうして俺を絶望させるためか。

 かくなる上は……。

 ギターを構えると相手に緊張が走ったのが分かった。……この状況を打開できることができる魔法がひとつだけある。

 

 固有結界。

 

 これを使えば何人いようと関係なく制圧が可能だろう。多分聖具の盾も関係無い。……だが。

 

 ──帝国には、固有結界の展開は相手の固有結界に対してのみ可能とする。という法律があるんです。

 

 アイラが言っていた。そのため訓練以外で固有結界を見たことは無いと。そんな抑止力の為の兵器のようなものをあっさりと使ってしまっていいのだろうか。

 それに俺は今、アイラの仲間と見なされている。もし俺が自分から固有結界を使ってしまえば、アイラに悪評がたつのではないか。

 ただでさえ巫女としての立場が危ういのだ。それだけはできない。

 

 (あと、こいつらがワンコーラスを歌い切らせてくれるとは思えないしな……)

 

 そう、俺の固有結界は"伸ばして"という曲に紐づいている。歌いきる必要は無いのかもしれないが、少しは歌わなくてはいけないだろう。

 戦闘中に相手が突然歌いだして、それを放置するだろうか? マク〇スじゃあるまいし、兵士が歌を聴いて感動して戦いをやめるなんて展開は期待できない。いや、頭がおかしくなったと思われて距離を置かれるかもしれないが……。

 

「……俺ってほんと……」

「……どうした、突然落ち込んで」

「いや、なんでもないよ……」

 

 落ち込むより先にこの状況をどう打開するかを考えよう。魔法以外で俺にできることを考えるんだ。

 走ってアイラ達と合流する? いや、それは厳しいだろう。目の前の6人が俺を逃がしてくれるとは思えない。

 それならさっきのようにウガメルに飛ばしてもらうか? ……それも厳しいだろう。そんな難解なことを後ろの池にいるウガメルに一瞬で伝えて実行できるとは思えない。

 

 (ん……?)

 

 6人をじっと見て気がつく。コリンはじっとこちらに向けて仁王立ちをしているが、後ろの兵士達は肩で息をしていた。

 何故だ? 今は何もしていなかった。息を整えるには充分の時間があったはず……。

 

 (まさか……)

 

 ──……ふん、お前が聖地の魔力に耐えられていることからして巫女の関係者であろうことは分かっている。

 

 ──……えぇ。ゆっくりと近づいてきたのである程度は耐えられます。

 

 こいつらはアンサン聖池の魔力にあてられているのか? この世界の人間は魔力が濃い場所に留まり続けると魔力中毒のような症状を引き起こすとアイラから聞いた。もしこの聖地の魔力が他の地割れから吹き出した魔力なんかと比べ物にならない程濃いのであれば。

 

「ついてこれるかなっ……!」

「……なにっ」

 

 身体を翻して池に向かって駆けていくこちらには何も無いが、こっちに来てしまえば……!

 すかさず魔法が2発飛んでくるがそれは自動防御魔法があるので無視だ。しかも最初に食らったものよりも威力が明らかに下がっている。後ろを振り返っても6人はそれ以上追ってくることは無かった。

 

「ははーんなるほどね……そこが限界か」

 

 兵士達が明らかに動揺している。

 これでは逃げることはできないが少なくとも向こうから何かをされることは無いわけだ。

 

 (ギン、聞こえるか? 奴らはアンサン聖池に一定以上近づくことができないし長居もできない。一旦そこを離脱してこっちに合流するんだ!)

 

 心の中で呼びかけてみる。

 

「承知した。小娘を連れて直ぐにそちらに行く」

 

 

 

 

 

「ガウゥッ!! グルルルァッ!!」

「はぁっ……氷槍!!」

 

 時は少し戻りサクライが黒弾を防ぐ為に飛び出し、2人が西の方の伏兵と会敵し戦闘が始まった時刻。

 氷魔法とギンの魔法で近づけさせないようにはできているが、如何せん敵の数が多すぎる。後から合流してきた敵も合わせれば20人以上はいるのでは無いか。

 

「ギンさんっ……魔法来ます!!」

「グアアッ!!」

 

 一瞬にして練り上げた魔法を同時に発射し、迫り来る魔法を撃ち落としていく。残してきてしまったサクライのことがとても気にかかるが、今はこちらもそれどころではなかった。

 

 ドドドドドドッ!! と魔法同士が相殺し合い爆発する。しかし数が多く撃ち落としきれないっ……!

 

「グルルゥアッ!!」

 

 ギンが跳躍し、その魔法をかわす。慌てて背中に捕まり振り落とされぬように踏ん張った。

 

「魔法部隊、、次弾用意!! 絶対に魔獣を逃がすな!!」

 

 前線で指示を出している赤髪の男、見たことがある。確か名はアルナ、ワレスで憲兵長を務めているはずだ。だとすればあの男がサクライの自動防御魔法を貫通してダメージを与えたという聖具、魔剣ロウカル使いか。

 

 (自動防御魔法を持つサクライであのダメージ、私達が受ければひとたまりもありませんね)

 

 アルナはまだ魔剣を抜いていない。ならば好機は今しかないだろう。

 

「ギンさん、私が後ろの兵士を牽制します。あの赤髪の男に殺さない程度の魔法を撃つことはできますか?」

「ワウ!」

「ありがとうございます……いきます!!」

 

 右手と左手を合わせるようにして魔力、イメージを一瞬で練り上げる。

 

「氷礫雨!!」

 

 発声と同時に腕を広げるように振り払う。胸元で生まれた無数の氷の粒がアルナの後ろに展開している兵士達を襲っていった。あちこちで悲鳴が上がる。

 

「グワァッ!!」

 

 すかさずギンが大きく口を開けて先程より弱い黒弾を撃ちだした。こちらを見据えるアルナが魔剣の柄に手をかけた……!

 

「……雷鎖ァ!!」

 

 引き抜かれると同時に剣の軌跡をなぞるように雷の鎖がジャララララッと黒弾を弾こうとうねる。しかし黒弾は鎖を弾き、さらに迫った。

 

「まだまだぁ!!」

 

 アルナが剣を翻し、今度は上から下に切り裂くように振り下ろす。弾かれて尚そこにあり続けた雷の鎖がそれに従い再び黒弾を打ち据えた。

 ボッッッという音ともに黒弾が打ち落とされ、辺りがモウモウと土煙に包まれる。

 

「あれが……サクライの言っていた鎖の魔法。魔力の物質化を行う聖具の力ですか」

 

 魔力の固着化にも似た能力を持つ聖具、魔剣ロウカル。普通の魔法使いでは1撃目で相殺され2撃目で攻撃を食らってしまうに違いない。ギンの黒弾が強力だったおかげで相殺に能力を全て回させることができたのだ。

 

 (ギンさんに全力で魔法を撃ってもらえば相殺はできないとは思いますが……)

 

 それでは駄目だ、アルナが死んでしまう。

 魔法について小さい頃から勉強してきたアイラにはギンの魔力が、触れるだけで身体を蝕むほどの凶悪なものだと分かっていた。ここまで複雑な2属魔法、黒くなるほどの属性が練り合わされているのだ。もし中毒に陥ってしまえば中和は難しいものとなるだろう。そんな魔法をこの国を守る者達に放つことは出来なかった。

 しかしサクライがいない以上、全ての魔法を自分達で撃ち落とすしかない。ギンを警戒してか剣士達は一定の距離を保っているが、それもいつ崩れる均衡か。このままではこちらが消耗するのみ。

 土煙が風に吹かれ晴れていく……、

 

「……アイラ様!」

「っえ?」

 

 不意にアルナに呼びかけられ、思わず反応してしまう。

 不味った。この場所にいる時点でもうほぼバレているようなものではあるが、わざわざ自分からバラすことはないだろう。

 

「やはり……アイラ様なのですね。黒布で御顔は伺えませんが、その見事な氷魔法。間違えるはずもありません」

「…………」

 

 アルナは魔剣を構えたまま真っ直ぐにこちらを見つめている。

 ここで私に話しかけてくる意図は? お兄様の命で連れ戻しに来たのだとすれば説得でも試みるつもりか。ならば無駄だ。私は四方の祭壇を巡らなくてはいけない、それがひいては目の前の兵士たちの為にもなるのだから。……少なくとも私はそう信じなければいけない。

 しかしアルナから投げかけられたのは意外な質問だった。

 

「あの男……サクライとその白狼の聖獣は一体何者なのですか?」

「サクライ……?」

 

 思わずサクライを残してきてしまった方に視線をやる。そちらでは兵士達から池の方に魔法が飛んでいる様子が見えた。ということは生きているんだサクライは。

 確認してほっと胸を撫で下ろす。良かった……。

 

「大切ですか? あの男のことが」

「……何を言っているのですか」

 

 振り返り眉を顰める。

 アルナの発言の意図が分からない。何を狙っているのだこの男は。

 

「グルルルルル……」

 

 ギンも警戒した様子でアルナを睨みつけている。

 そんな心情を知ってか知らずかアルナが口を開く。

 

「その聖獣……いや、魔獣とあの男によって私の部下は大量に殺されました。生き残った者達も魔力中毒の後遺症により、もう今まで通りに生きていくことはできないでしょう」

「な、にを……」

 

 背中を冷たいものが流れた。

 アルナの部下を大量に殺した……サクライが?

 

「……正確にはサクライを助けに来たその魔獣の魔法によって、ですがね。だがあの男がワレスに入り込まなければ避けられた犠牲です」

「……それはとても痛ましいことです。亡くなられた方達は苦しかったでしょうね」

 

 そうか、ギンはサクライを助け出すために魔法を使ったんだ。それでアルナの部下達は魔力中毒に陥り亡くなった。

 

「医療魔法使いの数も足りず、中和も中々上手くいかず……。地獄の光景でしたよ」

「そう……ですか」

 

 思わず目を伏せる。その様子が目の裏に浮かぶようだった。本当に……苦痛だっただろう。

 でも、仕方がないことだったのだ。ギンがそうして助け出さなければサクライは殺されていたか捕まっていた。

 大切なウライの国民を殺めてしまったとはいえ、ギンを責める気には全くなれなかった。それに……、

 

「……中毒といえばサクライも貴方の魔法によって魔力中毒状態に陥っていました。私の中和があと少しでも遅ければもうこの世にはいなかったかもしれません。こちらだけに一方的に非があるとは言い難いのではないですか?」

 

 ギンが背中に乗せてサクライを連れ帰ってきた時、本当に危ない状態だったのだ。ギンが一直線に帰っていなければサクライは帰らぬ人となっていた可能性が高い。

 しかしアルナは気にした様子も無く、

 

「そうですか……惜しかったですね。あと少しのところで追撃を防がれてしまったので」

「っな…………」

「グワゥッ!!!」

 

 私は思わず絶句し、ギンは吠えた。

 

「当然のことではありませんか? 彼は我が国の皇女殿下を誘拐し連れ回っているようなもの。死罪でも生温いくらいです」

「ッ……サクライはそんなんじゃ」

 

 私が自分の意思で逃げ回り、サクライはそれに着いてきてくれているだけだ。しかしそんなことをここで説明しても理解してもらえるとは思えない。

 何も言い返せない自分に歯噛みする。

 

「ですが、今回はその仇討ちに来たわけではありません。あくまで我々の目的はアイラ様を連れ帰ること。カルム様もお待ちです」

「…………」

 

 やはり、目的は私だ。

 お兄様が全国に御触れを出したのだろう。ここにいるとどこから知ったのかは分からないが、その為にこんな大部隊を編成して来た。

 

「……ひとつ、取り引きをしませんか?」

 

 アルナが突然、思い付いたような声でそんなことを話しかけてくる。。

 

「取り引き……?」

 

 何を言い出すのだこの男は。唐突なことに警戒心を高めた。

 

「何、簡単な取り引きです。アイラ様が大人しく我々に従いライバーンまで帰ってくださるのであればあの男、サクライは見逃して差し上げようかと」

「ア、アルナ様?! それは……っ」

 

 後ろの兵士達に動揺が広がる。

 当然だ、逃走幇助は重罪。本来は罪人に適応されるものだが、その刑はとても重い。皇女の逃走幇助ともなれば先程アルナが言った通り、死罪でもおかしくなかった。

 

「流石にその魔獣は生かしておくことはできませんがね……。どうやって手懐けたのかは分かりませんが、ペットならまた飼えばいいでしょう」

「なっ…………」

 

 この男、めちゃくちゃだ。

 サクライを見逃すということは国家への反逆罪と見られてもおかしくない。確かに私を連れ帰ればそれくらいは帳消しになるかもしれないが。

 そしてギンさんを殺すという発言。そこからは全く人の心というものを感じられなかった。

 

「さあ! どうしますか? 我々と一緒に来るのか、来ないのか!!」

 

 剣を持ったままアルナが両腕を広げる。

 もう会話は終わりだ。後は私の返事次第。

 

 ……ついて行くことを選べばサクライが、大切な人が助かる。

 サクライが対峙している相手はギンの背中から見た、聖盾カイカンを持った男。カイカンは持ち主の魔力を込めることによって魔力を弾く盾となる。反射をする時に持ち主には受けた魔法の衝撃のフィードバックがあったはずだが、今のサクライはそれを利用して攻撃できるほどの威力の魔法は使えないだろう。

 つまり攻撃を食らうことは無くても追い詰められていくしかない、他の有効打は無いのだから。

 固有結界は歌うことがほぼ不可能なあの状況では使うことはできない。……それにサクライは私の言葉をしっかりと理解してくれているはず。そう簡単に固有結界を使うとも思えない。

 

 (でも……ついて行ってしまったら)

 

 この旅は終わる。

 そしてお兄様は私をお父様と同じように牢に入れ、幽閉するだろう。そうなってしまえばもう巫女として覚醒したとしてもそのことを国民に伝えることもできない。本当にウライ神聖帝国の歴史と安寧は終わりを告げてしまうのだ。

 サクライが助かって、ギンさんは殺され、私は投獄される。それでは今まで何のために旅をしてきたのか……何のために私達が出会ったのか分からないでは無いか。

 当然サクライが元の世界に帰ることもできなくなってしまう。

 

 (元の……世界)

 

 そうだ、サクライはこの世界の住人では無い。ただ巻き込まれてここにいるだけなのだ。その彼がそのまま私のせいでこの世界に骨を埋めることなどあっていいはずが無い。彼にもきっと残してきた人達がいる。

 

 (ッ…………)

 

 それを考えると何故か胸が痛む。

 

 どうして……。

 私はサクライが帰ることができるのを望んでいないというのですか?

 

 それならばこのまま着いていけば……。お兄様に頼めばサクライと一緒にいることくらいはできるかもしれない……。

 

「私……私、は」

 

 口を開きかけたその時、ふと昨日の祭壇裏部屋でのサクライの言葉が蘇った。

 

 

 

 ──国のためとか世界のためとか巫女の為とか俺にはよく分かんない。所詮俺は外の人間だ。

 ──でもそんな中でも守りたいものが俺にもある。

 ──アイラには常に笑っていて欲しい。巫女とか関係ない1人の女の子として。そのために俺はここに今いるんだと思う。

 ──俺はアイラの為に召喚されてアイラの為に今を生きている……だから、

 ──俺の全てはアイラのものだ。この力も魔力も何もかも全て。

 

 

 

 ……ああ。私はなんて卑怯者なのだろう。こんなにも私のことを想ってくれている人を自分の勝手な望みでこの世界に縛り付けようとしていた。

 サクライが守ろうとしてくれている私の笑顔。そんな道を選んでしまったらもう二度と本当の意味で笑うことはできないだろう。

 彼が私のそばにいたいと望んでくれているから私は笑うことができる、前を向くことができる。

 私は……私は。

 

「アイラ様! ご決断を!!」

 

 朗々と叫ぶアルナの方に無言で手を差し出す。兵士達がざわつき、アルナの顔に満面の笑みが広がった。

 

「おぉっ……!! 来て下さるのですね! やはりアイラ様は理解してくださると思っておりましたよ」

 

 アルナが腰に剣を収め膝を着く。戦いは終わったと、そう確信して。

 しかし、

 

「氷槍」

 

 スバンッ!!! とその目の前に巨大な氷の槍が突き立った。

 

「……は?」

 

 ポカンとアルナがこちらを見上げる。

 

「これが私の答えです。あなた達についていくことはありませんし、ギンさんは殺させません。そしてサクライは……私が守ります」

 

 サクライのことを想う。

 あの声、顔、匂い、背格好、そしてその歌を。

 

 とくんっ。

 

 心臓がひとつ脈打つと共にパチッと左手の人差し指の指輪に静電気のような衝撃が走る。その瞬間、大量の魔力が自分に流れ込むのを感じた。これはサクライの……!

 

「ご、ご冗談が過ぎますよアイラ様……。何が不満なのですか?」

 

 青筋を浮かべて顔を真っ赤にしたアルナが、身体を震わせながらこちらを睨み据える。しかしもう私は迷わない。

 

「そうですね……強いて言うのであれば、エスコートの役不足ではないですか?」

 

 怒りを通り越して何かが切れてしまったようにあんぐりと口を開けるアルナ。

 その様子に少し痛快なものを感じながら左手を天に掲げると、頭上で吹雪が吹き荒れ始めた。

 

「さあ、私を連れ戻したいのでしょう? ……氷姫の魔法をその身に受けたい者からかかってきなさい」

 

 アルナが苛立ちのまま地面を拳で殴りつけ立ち上がる。

 

「こんっの……!! お前らァァァァァァァァッ!!! やっちまええええ!!!!!!」

 

 後ろで控えていた兵士達がアルナの号令で一斉にこちらに向かってくる。魔法部隊も次々に魔法を射出した。

 

「つむじ氷風」

 

 呟き、左手を向かってくるもの達に向ける。

 頭上で吹き荒れていた吹雪がやがて渦を巻き、局地的なつむじ風を生み出した。それは魔法も人も全てを飲み込み大きくなっていく。

 

「な、なんだこの魔力……ッ!! まさか本当に巫女に覚醒を……?!」

 

 アルナのその声すらつむじ風は飲み込む。

 もはや視界は吹雪のみ。近づけば飲み込まれると、兵士たちが距離を取り始める。

 

「お、お前ら! 怯むんじゃねえ! 見ろ、巻き込まれた奴も死んじゃいねえ。ハッタリだ!!」

「し、しかし! 我々にはどうすることも……!!」

 

 兵士達に広がる動揺はその場に足を縫い付けていった。これ以上近づいて来ることはないだろう。

 1人を除いて。

 

「雷鎖アアアアアアアアアァッ!!!」

 

 バリバリバリッと音を立てて雷の鎖が吹雪を一閃する。しかしその勢いは弱まることが無くむしろ魔力を吸収し、大きくなっていく。

 

「俺は、俺は……親衛隊に入ってこんな辺鄙な地を出ていくんだ……。その為に、必ずアイラ・エルスタインを連れて行くぅっっっ!!!!」

 

 再び振るわれる雷鎖。今度は先程より魔力を込められたより強力なものだ。

 

「ぐあああああああっ!!!!」

 

 吹雪の中に巻き込まれた者達が悲鳴を上げる。雷の鎖は吹雪だけでなく、中に巻き込まれた者達をも一閃していた。

 

「なっ……自分の部下ごと……!」

 

 慌ててつむじ氷風を解除する。

 ドサドサと投げ出されたもの達はピクピクと痙攣していた。

 

「流石は氷姫……。この数を一瞬にして無力化するとは」

「いや、今のは貴方の……」

 

 出世の為には手段を選ばない人間なのだこの男は。私を連れ帰りたいのもその為。そんな男に私はついて行かない。

 

「グルァッ!!」

 

 突如ギンが少量の魔力を吐き、アルナを牽制した。そしてそのまま後ろへ振り向き池の方へ、サクライの方へと駆けていく。

 

「ギンさん? どうしたのですか?」

「ワウッ!!」

 

 何を言っているのかは全く分からないがきっと何か考えがあるに違いない。とりあえずは任せてみよう。そう決めて背中にしがみつく。

 後ろから魔法が飛んでくるが、ギンには追いつけず後ろの地面を抉るばかりだ。

 

 そしてあっという間にサクライの元へ。

 

「グワフッ!!」

「よしよしありがとなギン。アイラもよく持ちこたえてくれた」

 

 ギンの頭をわしゃわしゃと撫でるサクライ。怪我をしている様子もない。

 

「サクライっ……良かった、無事で」

 

 ギンの背中から滑り降りその身体に飛びつく。

 

「っとと……?! どうしたんだアイラ一応今戦闘中なんだけど……」

「ごめんなさい、少しこうさせてください」

「……まあいいけどね? とりあえずこっちの兵士達は攻撃してくることはないし」

 

 ギンにしていたように私の頭を撫でてくれるサクライ。ああ、大好きな手だ。

 

「グワフワウワウ!!」

「ああ、そうだな。ここからが俺達の反撃だ」

「……ギンさんはなんて?」

 

 サクライとギンは念のように会話が伝わっているという。その会話に加われないのが少し寂しい。

 

「ん? ああ、実はこっちに来てもらったのは俺の提案なんだ。ここなら奴ら近づいて来れないし、魔法も全然弱くてって……なんか怒ってるの?」

「べーつにー」

 

 困惑した様子のサクライの胸にドンと頭を埋める。

 ギンさんだって女の子なんですよ? なんだか悔しい……。

 

 (悔しい……? 悔しいって何が……)

 

 これは嫉妬なのだろうか。でもなんでギンさんに嫉妬なんて……ライさんには嫉妬なんかしなかったのに。

 自分で自分の心が分からない。

 

「ま、まあいいや……。とりあえずはここは安置なんだ。アイラの方の兵士も合流しちゃうと思うけど、みんなで脱出する手段を考えよう」

「……はい!」

「ワウ!」

 

 こうしてお互いに引くことの出来ない戦いは第2幕へと突入するのだった。

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