18 3属魔法
「第1から第6まで、全小隊配置につきました!!」
「斥候の情報によるとアンサン聖池沿岸に野営の跡あり。あの距離まで近づけていることからしてほぼ間違いなく巫女の関係者であることは間違いないかと」
時刻は明け方。ワレスから丸一日をかけてこの場所にたどり着いた30名以上の兵士がアンサン聖池の方向を向き、池から一番近い森に展開していた。
「この距離でもこの魔力……沿岸に近寄りでもしたら魔力中毒になること間違いなしだな」
アルナが倒木の上に立ち、広大な聖地を見つめる。その腰では聖具である魔剣が存在感を放っていた。
「……この森でアイラ皇女、そしてサクライという男を迎え撃つのだな」
聖盾カイカンを地面に突き立てたコリンがその下で同じくアンサン聖池を見つめる。
「ビビったか? コリン」
「……まさか。ただの確認だ」
しかしその声は硬い。この作戦の要である魔法攻撃に対する防御は全てコリンに一任されているのだ。そりゃ緊張もするだろう。
だがきっとコリンは完璧にその責を果たす。そういう男だこいつは。
(だからこそ、俺たちは確実にアイラ皇女とあの男を捕えなければならない)
お互いが無傷で終わることは無いだろう。あちらには狼の聖獣がいる。あれをどれだけの犠牲で抑える事ができるかが勝負だ。
第1小隊、第2小隊はアイラ皇女を、第3小隊はサクライを。そして第4、第5、第6小隊が協力をしてあの魔獣の対処にあたる。
アルナは総指揮、前線で戦いながらそれぞれのサポートに入る予定だ。コリンは基本的に魔獣に対する部隊の近くで戦ってもらうことになっている。
「昨日の大地震はやはりアイラ皇女達によるものだと思うか?」
「……どうだろうな。無関係では無いと思うが」
昨日の夕方頃、今まで感じたことの無いレベルの揺れが大地を襲った。今アルナが立っているこの倒木もその地震によって倒れたものだろう。幸い部隊への被害は無かったが、あの揺れでは恐らくヤイタ、そしてワレスへの被害は甚大だ。戻るか戻らないかの選択で今はこちらが最優先だと判断してくれた部隊の皆は、残してきたもの達に対する不安を押し殺してここにいる。
「さっさと終わらせて帰るぞ」
「……あぁ」
これ以上の被害を出さないためにも、俺達は失敗する訳にはいかない。アイラ皇女を捕らえたからといって地震が収まるわけでは無いだろう。しかしカルム様にはきっと何か考えがあるのだ。巫女なしでもこの世の平穏を保っていける何かが。
「とりあえず動きがあるまで配置を崩さず待機だ!! 今のうちに休んでおけ!」
「「「「「「
決戦の時はもうすぐそこまで迫っている。
アンサン聖池祭壇前。サクライ、アイラ、ギンの2人と1匹は支度を整え、朝霧がかかって見えない池の向こう岸を見つめていた。
「追っ手、いると思うか?」
「ウガメルの話では向こう岸の森の方から微弱な人間の魔力を複数感じたらしい。恐らくその者達がそうなのだろう。ご主人、どうする?」
「迂回しようにもここを離れるには絶対に森は通らなきゃいけないもんな」
目の前にはぬぼーーっとこちらを見つめるウガメルが浮いている。帰りも俺達を運んでくれるらしい。
「ウガメルさん、よろしくお願いしますね」
しゃがみこみ、優しくその頭を撫でるアイラ。何も反応は示していないが心無しかウガメルが嬉しそうにしているような気がしなくもない。
昨日のペースなら3時間後には向こう岸に到着する。そこからは次の目的地、西の四方祭壇トウトウ聖丘への旅の始まりだ。顔布の端から見えるアイラの顔には少しの不安が浮かんでいるように見える。
「ギンの話だと向こう岸の森から複数の人間の気配がするらしい。多分、追っ手だ」
「そうですか……。追っ手がいると知った上で対峙するのは初めてですね」
確かに今までの戦闘は全てこちらが襲われて仕方なく戦っていた。しかし今回はほぼ確実に、こちらに敵意を持つ者達が待ち構えていると知った状態だ。
そう自覚した瞬間高いところに支え無しで立ったような不安に襲われそうになる。
(ダメだ……俺が不安な顔をしてたら)
笑顔を作り、アイラの横にしゃがみこむ。
「こっちに飛んでくる魔法はぜーーんぶ俺が消しちゃうからさ。だからアイラは逃げる為だけに魔法を使ってくれればいい」
この子は本当に優しい。山賊に襲われた時だってアイラの実力を持ってすれば無傷で切り抜けることも可能だったはずなのだ。例え自分を殺そうとしていようと、自分の愛する国の国民達に魔法の切っ先を向けることを躊躇いを感じている。
ならば俺にできることは1つ。全ての攻撃を防ぎきり、反撃を必要としないくらいの速度で離脱する。アイラに誰かを傷付けさせないように。
「ギン、頼むな」
「任せろご主人。私に追い付けるものなどこの世には存在しない」
かっこいいことを言いながら甘えるように頭を擦り付けてくるギンの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。ギンがいなければ、きっとこの旅はとっくに終わっていた。運命とは不思議なものだ。今なら誰かが言っていた、人と人、人と獣、その全ての出会いには意味があるという言葉をそのまま信じることができるだろう。
「さあ、いくぞ。目指すは無血逃走だ!!」
「はい!」「ワウ!!」
俺達はこの世界を、この国に住む人々を救うために旅をしているのだ。それを傷つけていては意味が無い。山賊の時のような自分にはもうならないとそう決めたんだ。
誰も傷付けさせない。傷つけない。
ウガメルの背中に搭乗すると、音もなく滑るようにその巨体は移動を始めた。対岸に着くまでは時間があるはずだが全員に緊張感が走る。
「そうだ。向こうに着くまで魔法について久しぶりに聞いてもいいか? 久しぶりって言ってもたった数日なんだけど」
ライと旅をしながら魔法について教わっていたのがもう遠い昔のことのように思えた。あまりにも沢山のことが起こりすぎたのだ。良いことも、悪いことも。
「はい、もちろんです。とは言っても基礎は口では伝えてしまいましたし、何をお話しましょうか」
アイラが頬に手を当てて考え込む。ここまで俺は魔法とはなにか、1属魔法、2属魔法について。固有結界の概要、昨日の魔力の固着化などをアイラの話を聞いて学んできた。
俺はまだ自動防御魔法とその発展、光の1属しか自分の意思で使うことができない。固有結界は歌ったら出た……という感じなので例外だ。今教わるとしたら何について聞いたらいいのだろう。
「まだ教わってないことで、魔法についての重要なことってあるか?」
「そうですね……。それでは3属魔法についてお教えしましょうか」
「3属?」
1属魔法は1つの属性の魔力をイメージで形にして撃ちだす。2属魔法は複数の魔力を複合させ属性における有利不利を無くし、どの属性に対してもフラットに撃ちあうことができる……というものだったはずだ。
「3属ってことは3属性を組み合わせるのか? ……でも2属魔法でも3つ以上属性組み合わせてることあるよな?」
アイラの治療魔法や、俺の自動防御魔法は色々な属性を複数かけあわせていたはずだ。俺は別にそれを意識してやっている訳では無いが。
「ええ、3属魔法に加わる要素。……それは人です」
「人……術者ってことか?」
アイラが頷く。
「サクライ、試しに光槍を練ってみてください」
「光槍? 分かった」
単純ないわゆる槍を頭に思い描きながら左手を前に出す。肩から下げたギターをジャランと鳴らしてやると光が手の先に集まっていき、細い槍を生み出して行った。
アイラは俺の横に立ちその右手を俺の左手に重ねる。ドキリとしたのも束の間、
「おおっ……?!」
光の槍はアイラがウガメルに対して放った三又の槍と似た形に姿を変えていき、より大きく鋭く研ぎ澄まされていった。俺でも見て分かるほどの大量の魔力とイメージが光槍を変化、いや進化させている。
「更にこんなこともできます」
「っ?! お、おい……」
アイラが指と指を絡めるように手の甲から左手をぎゅっと握りこんでくる。それはまるで恋人同士の手の繋ぎ方のようで彼女の温かさが全て流れ込むように伝わってきた。
「はっ……」
「ん……おお?!」
ぐっとアイラが気合いを込めると三又の槍をツルにかけるように、バキバキと音を立てて氷でできた1.5メートル程の弓が生み出されていった。光の槍を矢とした巨大な弓矢の完成である。
「かっけえーーーー!!」
興奮して叫ぶ俺にふふと笑いながらアイラが説明してくれる。
「これが3属魔法です。複数人で協力することによって複数のイメージ、属性を掛け合わせることができるので1人よりも遥かに強力な魔法を放つことができるんですよ。ある一定の魔力量、規模を超えたものは大魔法と呼ばれます」
「大魔法……」
アイラが俺の手を導いて照準を右に、霧の向こうに霞んで見える岩場に合わせる。
「撃ってみてください」
「あの岩場にか……? 届くとは思えないが」
光槍は遠距離というよりは近距離から中距離で威力を発揮するというイメージがある。俺がそのように思っているということはこの魔法はそのように発現するはず。アイラのイメージと魔力が加わって3属魔法となり、これがどのように変化するのか……。
「じゃあいくぞ……っ!」
ジャランっと勢いよく弦をかき鳴らすと氷の弓がそのツルをギリギリと引き絞り、進化した光槍がより強い光を発していく。
「今です! この魔法の名前を!」
「はっ?! え、あっと……
「なんと安直な……」
呆れたようなギンの声が聞こえた気がしたが、それを切り裂くように限界まで引き絞られた弓がその張力を解き放った!
ズバンッッッ!!!! と鼓膜が吹き飛ぶような音を立てて、三又の光の槍は霧のカーテンを引き裂き目にも止まらぬ早さで一直線に岩場に吸い込まれていく。
ゴパッッッ!!!!!
遠く離れた場所なのにも関わらず着弾時の爆音が聞こえてきた。光槍氷弓は人の大きさ以上の岩が集まる岩場を広く抉り粉塵と化し、小さな隕石でも落ちたのか? というレベルのクレーターを生み出していた。
「………………」
「………………」
嘘ぉ……?
「これが3属魔法です……。す、少しやりすぎましたね……」
横を見るとアイラが冷や汗を流していた。主犯なのにドン引きしないで欲しい。
「聖地……こんなふうにしちゃっていいのか?」
「だ、大丈夫です……ここまで来る……というか来れる人は巫女かそれに匹敵する魔力耐性を持つ人だけですから……」
頼りないなあ……。
「ご主人、小娘のことを怒らせるなよ……」
ギンまで少し引いていた。
だってこれはもはや対人じゃなくて攻城兵器のレベルだもん……。
「と、とにかく!! これで分かりましたよね!? 3属魔法っていうのはこれ程強力なものなのです」
「ああ……うん。でもあれだな、こんな威力の魔法がこれだけ簡単に撃てちゃうのは怖くないか? 例えば山賊とかがこんなの使ったとしたら……」
俺たちを襲った山賊がこのレベルの魔法を使っていたとしたら……俺はアイラとライを守りきれていただろうか?
「ああ、それは大丈夫です。この3属魔法、今私はサラッとやりましたがかなり緻密な魔力コントロールと当人同士の魔力の相性が必要なんです。ウライ親衛隊の魔法部隊の者達でも一部が使えるかといったレベルなので山賊程度が簡単に扱えるものでは無いです」
「そか……やっぱりアイラってめちゃくちゃ凄いんだな」
そんな高難易度の魔法を打ち合わせ無しに即興でサラッと発動させてしまうのだから。……威力調整はミスってたけど。
「……ちなみに固有結界を扱える魔法使いは3属魔法を発動できる魔法使いより遥かに少ないです」
「そ、そうなんだ……?」
俺が召喚された時のことを思い出す。
出会ったばかりの素性の知れぬやつがいきなり固有結界を発動したら、そりゃ氷姫も驚くわけだ。
「だからほんとはサクライに固有結界について教えて貰いたいくらいなんですよ?」
「ん……。アイラは固有結界を……?」
俺の遠慮がちな問いにハッキリと首を振るアイラ。
「……使えません。こればかりはサクライの魔力を貸してもらって無限に魔力があったとしてもどうにかなるものじゃないんです」
「そうなのか? アイラに前聞いた感じだと、とにかく魔力が大量に必要だから使える人が少ないってイメージだったけど」
──実は問題はそれだけではありません。あれは人1人の限界量の魔力を使って発動される魔法。魔力が尽きれば人は死んでしまう。それはつまり、使い所を誤れば自らを殺すことになるということなんです。
アイラはオクライ山を下る時にそんな風に話していた。だからてっきり魔力量がネックになっているものだと。
「それは間違っていません。実際私はサクライの魔力を借りなければ習得できたとしても発動できないでしょう」
「そうなんだ……固有結界っていうのは何がそんなに難しい魔法なんだ?」
「分からないんですよ。何をどうしたら自分の心象風景を現実に呼び出すなんてことができるのかが」
「まあ確かに……」
そうやって聞くと割と無茶苦茶なことをしているもんだ。
そもそもの魔法が術者のイメージをベースにしていることからその究極系と考えれば理解はできる。だがこういう魔法を作りたい、こういうことがしたいという想像では無く、自分の心の内をそのまま現実に現す。それは言葉で説明できるようなことでは無いのかもしれない。
「……これはお兄様から聞いた話ですが」
「……カルム皇太子か」
カルム皇太子、この国最強の魔法使いだと言われている男。固有結界までも使いこなすのか。
「お前はどれだけ自分を持っている? と一言だけ」
「自分を持っている……」
それはどういう意味での言葉なのだろうか。あの祭壇裏部屋で感情を殺していたアイラに対して俺は、彼女には自分が無いと表した。しかしそれはアイラが巫女として産まれてしまったことに原因がある。
(そんなの……どうしようも無いじゃないか)
産まれた時からそう生きることを決定づけられて育てられ、どんな目にあっても弱音を吐かずに生きてきた。そういう周りの環境がアイラという人間を作ったんだ。
そんなことが兄という立場で分からないのだろうか。……そんなはずは無い。
(それともその言葉の持つ意味は全く別のところにあるのか?)
固有結界。
自分自身の心象風景を投影したまるで心そのものの様な空間。そこでは何もかもが思い通りになる。
でも、もし確固たる自分を持つことが習得に必要なことなのであれば俺なんかに使えるわけが無いのだ。勉強から家から、何もかもから逃げ続けてきた。楽に生きよう楽に生きようとしてきた俺に自分があるとはとても言えない。
ならば何故俺にはこの魔法が使える?
アイラの剣傷をあっという間に治してしまったあの不思議な世界。国で10人程しか使えないというこの魔法を俺は使えるのだ。
俺はギターが無ければ魔法など使うことができない。固有結界もこの聖具に備わった魔法なのか? それとも翻訳魔法と同じように、神とやらが俺に与えたんだろうか。
きっとアイラは固有結界を習得しようと血のにじむような特訓をしてきたに違いない。それをこんなにあっさり使ってしまっていることに、今更ながら申し訳ないような後ろめたさが生まれた。
(俺が持っていてアイラが持っていない、自分って……)
俺の沈黙を気にしたようにアイラが覗き込んでくる。
「……サクライ? あまり気にしないでください。どんなに優れた魔法使いだとしても固有結界は使えない方がほとんどなんです。中にはこの魔法は選ばれて産まれた者にしか使えない……なんてことを言う人もいます。考えて答えが出るような魔法では無いんでしょうね」
「……選ばれた者」
何度も考えてきたこと。
なぜ俺はこの世界に召喚されたのか。
ただの偶然だとはもう思っていない。ギターを聖具化され、魔法や自分を害するものからの絶対防御の魔法を与えられた。大地から無限の魔力を受け取り固有結界までを使うことができる。
神は何故、俺を選んだのか。
「……っあーーーーわからん!! 神も訳分からんアドバイスする皇太子も!」
「サクライ……」
イライラしてきた。どうして俺たちがここまで振り回されなければいけない? 確かに命を助けられたことには感謝している、だがそれとめちゃくちゃなキャスティングをされて異世界に放り出されることはまた全然別の話だ。
アイラにしたって、小さい頃から巫女として頑張って生きてきたんだ。全ての責任を押し付けやがって。最強の魔法だかなんだか知らねえが、使い方くらいサッと分かりやすく教えてやれよ!! 兄貴なんだろ?! ちなみに俺には無理だ! だってどうやって発動してるのか自分でも分かってないからね!!
「よしっ、気分転換に体操するぞ!! アイラ!」
「た、体操……? あ、ちょっとサクライ……」
モヤモヤしすぎた思考を晴らすためにアイラの手を取って一緒に立ち上がり、某有名な体操の第一を始める。考えても仕方ないことは気にしない方が良い。どうせ答えなど今は出ないのだから。
「ほら! まずは伸びの運動から、1.2.3.4!」
「こ、こうですか……!」
「そうそう上手い上手い」
俺の見よう見まねで体操するアイラを見て笑いながら俺は心に決める。
……カルム・エルスタインは1度殴ろう。
アイラと俺の思考をここまで乱しやがって。というよりこいつがクーデターなどしなければそもそもこんな事になっていないんだし。
「拳を振り上げて目の前の人間を粉砕する運動〜」
「そんな物騒な運動があるのですか?!」
絶対にカルム皇太子を見返させてやろう。そのためにはもっともっと俺が固有結界のことを理解しなくてはいけない。戦いでは使うことを実質的に禁止されている固有結界。アイラに気が付かれないタイミングで研究してみよう。
アイラと一緒に腕を振りながら新たな目標を心に決めたのだった。
ついでに神に会うことがあったらそれも1発殴ろう。拗ねて向こうの世界に返して貰えなくならないレベルでね。
「なんだったんださっきのは……」
眉間に皺を寄せて霧のかかる池を見据える。アルナの後ろで持ち場に展開する兵士達も不安そうにしていた。
1時間半ほど前、アンサン聖池の向こうから大きな爆発音が聞こえた。遂にアイラ皇女達がやってきたのかと皆一斉に身構えたのだが、目を凝らしても霧が濃く姿は見えない。しかし確実に自然の音では無いその音に対して警戒を解く訳にもいかず、こうして臨戦態勢のままイライラと待機を続けていたのだ。
「……これも奴らの作戦かもしれぬな」
最前で盾を構えるコリンが重々しく呟いた。
陽動をかけ警戒させたまま相手の消耗を待つ。兵の士気が大きく関わる戦いにおいては有効な作戦だ。特に今回こちらの兵は寝ずの行軍と大地震により、肉体的にも精神的にも疲労している。これが奴らの作戦だとすれば、かなり有効に刺さっていると言わざるを得ない。
「くそっ……汚ねえ真似しやがって」
先程の爆音がもし魔法によるものだとしたらとんでもない威力のものに違いない。まるで雷が少し離れたとこに落ちたかのような音が響いてきたのだ。流石はアイラ皇女、氷姫の異名を持つ魔法使いだ。
アルナがアイラに直接謁見したのはたった1度。王から、今も腰に下げている聖具魔剣ロウカルを賜った時のみだ。あの時はウライ神聖帝国の帝王家が勢揃いし、国を守った英雄達を表彰していく中で先代の巫女トーカ様の横で小さくなっていた女の子という印象しか持っていなかった。しかしその後アイラ様は兄たるカルム様の後を追うように貪欲に魔法に関する知識を求め、今の実力を得た……と聞いている。
氷姫なんていう呼び方が広まった時には不遜ながら、親戚の娘が成長したことを知った時のような感情を抱いたものだ。そのまま何事も無く物事が運べば、きっと頼もしくウライを守る巫女となったに違いない。
それが今や連れ戻すためとはいえ一時的に敵対しているのだ。本当にこの世は何が起こるか分からないな。
「む……」
不意にコリンが声を上げた。盾を持ち上げ池の方を見る。
「どうした? 池になにか……」
言いかけてアルナも気がついた。霧の向こうから近づいてくる、巨大な影が見える……っ!?
慌てて振り返り、部下に激を飛ばす。
「全小隊迎撃用意!! なんだありゃ……!」
てっきり左右の岩場のどちらから来るものだと思っていたのがアテが外れた。まさかあの池を突っ切って来るとは。しかもあれはまさか……?
「ば、化け物魚……ッ」
誰かがそう呟き、部隊全体に動揺が広がる。
霧の中から現れたのは確かに化け物と表すに相応しい水生生物だった。見上げるような巨躯で滑るようにこちらに近づいてくる。そしてその背中には……ッ。
「魔法部隊!! ってえ!!!」
ドドドドドドッ!!!
アルナの号令で色とりどりの1属魔法が放たれる。12発の魔法は一直線に魚の背中に吸い込まれていった。
ブシブシブシュウッ!!!
何かが吹き出すような音を立てて魚の背中から水の弾丸が発射され、迫るこちらの魔法を迎え撃つ!
魔法を使う巨大な魚……、
「やはり聖獣……いや、聖魚か!! しかし無駄だっ!!」
飛来する魔法は12発、たった3、4発の魔法で防ぐことはいくら強力な魔法であろうと不可能!
「沈めえええっ!!」
「桜花ァァァァァァァっ!!!」
ふわりと。聖魚の背中で巨大な花が咲いた。
魚の背中から叫び声と弦楽器の音が響き渡る。
空中で12発のうち7発は水弾により相殺されたが残り5発は正確にその花を撃ち抜いた……!
ドドドドドッ!!
色とりどりの1属魔法が花弁に吸い込まれ、爆発する。聖魚が爆煙に包まれていった。
「命中!! 魔法部隊は2発目をすぐに撃てるように用意! 小隊はそれぞれの役割を忘れるな!」
奴は、奴らはこんな魔法じゃ倒せない。
「やはりお前がいるか……サクライィィィッ!!」
風に吹かれ煙が晴れた聖魚の背中には美しい白狼、黒い顔布を付けた人物、そしてその前でこちらに向かい左手を真っ直ぐ伸ばした憎きあの男がいた。
「奴らが陸に降りてからが勝負だ、絶対に逃がすな!!」
「「「「「「
こうしてアンサン聖池の聖魚までを巻き込んだ戦いは幕を開けたのだった。
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