第9話 人事異動(下)
「八神警部?どうしてここに?」
返事を待つこともなく部屋に入ってきた不躾な男に、大和は不快感をあらわにする。
「その様子だと、まだ話は済んでいないみたいだな」
大和から睨みつけるような視線を送られても、峻は肩を竦めるだけだった。
「すまないな。もう少しで話は終わるから待っていてくれ」
課長にそう言われて、峻は「了解だ」と短く返す。
「さて、大和。今話した話は、本来表ざたにしてはならない、捜査一課の刑事といえども一介の警察官に話してはならないことになっている。にも関わらず話した理由がわかるか?」
「アリスから狙われているから保護をしてもらうためでしょう?」
しかし課長は、大和の答えを首を横に振って否定する。
「保護をしてもらう、というところは正しいな。だけどな、大和。私たちは君の警察官としての能力を買っているんだ。ただ保護の対象にするだけ、というのは惜しいと考えている」
「そりゃあどうも。それじゃあ、他にどんな方法があるっていうんですか?」
「簡単だ」
峻が答える。
「葛城大和刑事。君には移動をしてもらって、我々零課の所属になってもらう」
「なんですって?」
「もちろん、強制とは言わないさ。警察官を辞職して家族と一緒にどこか知らない土地へ行って、名前も変えて。生涯アリスから逃げ続ける生活を送る、なんていう生き方を望むこともできる」
「……俺は独身です。子供もいません」
警察官を辞める。そんなことができるわけがないし、しようとも思わない。
だが。保護対象者になるということは本来そういうことだ。その程度のことは大和も理解している。
かといって、無防備に捜査一課に居続ければ、いつかは再びアリスから狙われて命を落とすことになるのも、またわかりきっていることだ。
人の足元を見ている。そのやり方は卑怯だ。
だが。他に方法がないのもまた事実なのだろう。
「俺が零課に移動したら、アリスから狙われても助けてもらえる保証があるんですか?」
「保証はできない」
小さく首を横に振る峻に不快感を覚える。
しかし、と峻は続ける。
「だが。我々零課に所属する人間は全員、種を植えられた者で構成されている。捜査一課にいるよりは確実に、君を守ることができるだろう」
「全員が種を植えられている」
峻に続いて廊下を歩きながら、大和は小さくつぶやいた。
「いくら命を守ってもらうためだとはいっても、なんの力もない俺がそんな課にいても役に立たないんじゃないか?」
「いや、我々には君が必要だ」
大和の問いを、峻は否定する。
「正確に言えば、君でなくてもいいんだけどな」
「そうれはどういうことですか?」
「……なあ、大和。異能力者というのはどういう存在だと思う?」
「質問に答えてください!」
「この質問が、解答に繋がるんだ」
語気を強く問いただす大和を峻は微笑する。
「アリスか、それと同じ眷属を作ることのできる奴らの被害者、ですか?」
そう言われてしまえば、考えないわけにもいかずに大和はそう返した。
「被害者、か」
大和の答えを、峻は一蹴する。
「異能力者は、自分のわがままで世界を壊そうとした犯罪者だ。欲望だけで突っ走った愚か者だよ」
「そんなことは……」
そんなことはない。そう否定しようとする大和の頭に、殺された少女の姿が浮かぶ。
絶対的な、普通の人間ではどうあがいても勝てないどころか抵抗すらできない力を使って惨殺する。そんな許されてはならない欲望を抱く者が眷属だというのならば、峻の言葉を否定することはできない。
「少なくとも、警察並びに政府の人間は私たちのことをそうだと認識している。零課の人間はそういった種類の人間で構成されている、と。だからこそ、監視の目は必要だ。零課が暴走しないように見張る人間が」
そう言いながら峻は、大和の手に何かを渡す。小さな黒い板にボタンがついている何かを。
「これは?」
「押してみろ」
示されるままにボタンを押す。
すると、峻の首筋に電気が走る。放電が見えるほどの電気だ。
それを浴びた峻は、痛みにうめき声を上げ顔をしかめる。よほどの痛みなのだろう、自分の首を抑えて蹲ってしまう。
「八神警部!?なんだ今のは!」
「はぁはぁ……年寄りには厳しいな」
呼吸まで止められたのだろう。苦しそうに荒い呼吸をしながらも、ははは、と笑顔を向けてくる。
「私がチョーカーをしているのが見えるだろう?」
よろよろと立ち上がりながら、峻は自分の首を指し示す。襟に隠れていて見えていなかったが、確かに峻は黒くて細いチョーカーを付けている。
「これは零課の人間は全員付けている」
「身分証みたいなもの、じゃないんだよな?」
「ああ。管理官がそのボタンを押すと、近くにいる人間のチョーカーに電流を流す仕組みになっている。それを浴びれば今みたいになるし、しばらく能力も使えなくなる」
なるほど、と大和は思う。
異能力者がアリスと同じ程度に強大な力を持っている場合、彼らが一斉に暴れでもしたら世界は大混乱するだろう。それを止めるための力は必要であり、それがこのボタンでありチョーカーだということだろう。
「その管理官、っていうのは?」
「私たちを管理する者のことだ。当然それは、異能力者であってはならない。普通の、なんの力も持たない者でなければならないんだ。そうでなければ裏切られる可能性だって十分にあり得るからな」
峻は笑顔をやめて、真剣なまなざしを大和に向ける。そしてこう言い放った。
「零課の人間は、全員大罪を犯した犯罪者だ。大和君。君が私たちの管理官になるんだ」
その言葉に大和はわずかに狼狽するが。
「俺が管理官に、ですか?」
「そうだ。そして、管理官である以上私たち零課の人間は全員君の元に着くことになる。私たちのことは、そうだな。ペットだとでも思ってもらえるかな?」
「ペット?」
「なんだ、嫌かね?」
「嫌ですよそりゃあ」
「ならば手下でも下僕でも、まあ、好きに思うといいさ。とりあえずまずは、その敬語はやめてもらおうか」
確かに。自分の部下に敬語を使う、というのは間違っているだろう。
「わかりま……いや、わかった」
「まあ、おいおい慣れてくれればいいさ」
話しながら歩いていた峻が、ぴたりと足を止める。目の前には白塗りの扉があった。
「ここが零課の事務所だ」
「そうか。他に気を付けておくことは?」
「今のところはないな。散々脅すようなことを言ったが、みんな気のいい連中だ。ようこそ、零課へ」
そう言いながら。峻は扉を開いた。
終わった世界の鎮魂歌 佐城竜信 @keisuke0301
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