百合に挟まれた犬
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
いつもと違う散歩コース
夕方の散歩の時間だオラアーッ!
リードを付けてもらって、お気に入りのコースへとご主人を引っ張ってく。
だが、ご主人はいつものコースを進まない。
向かうのは、ベンチのある公園だ。
理由はわかっている。
「こんばんはー。成田さん」
ボブカットの主婦が、チワワを連れて歩いてきた。
「あらー、こんばんは、柳さん。偶然ですねー」
ウチのご主人も、気さくにあいさつをする。
偶然なんかなもんか。待っていたんだぞ。
あんたを待っていたときのご主人なんて、警察の張り込みみたいだった。
「リンタローちゃんもお元気そうで」
「おかげさまでー。柳さんちのナッツくんも、楽しそうですねー」
柳さんが、ナッツなるチワワを愛でる。
オスなのに、メスの顔しやがったな。
腹を出して、すっかり服従状態だ。
飼い犬を挟んで、二人で話し込む。
話を聞きながら、オレは話に耳を傾けた。
ウチのご主人が話すのは、仕事の失敗談だ。ほとんど部下の尻拭いだが、自分がよくなかったと自虐する。
柳氏の家は、子供の成績が落ちた話をメインに話す。
しかし、のびのび生きたほうがいいと、本人は気にしていない様子だ。
オレはわかっている。
ウチのご主人がいつまでも独身な理由を。
柳氏を意識していることを、だ。
元美容師で、ご主人が客として入ったのが初めだ。
彼女が髪を切っている間、外でオレは待たされたっけ。
よく、見習いさんが面倒を見てくれた。
その見習いさんこそ、柳氏である。
ご主人の中に柳氏が埋まったのは、その頃だろうと思う。
「ペット飼いたい」という相談もしていた。
しかし柳氏がデキ婚。子育てのために美容院を辞めてしまう。
動物を飼う話も、妊娠を機会に立ち消えに。
子どもが大きくなって、柳氏はチワワを飼い始めたのである。
そこで、二人は再会した。
ちなみに、役所に保護された捨て犬だそう。
だから、ちょいヨボヨボなんだな。
冬休みになったら旅行しようぜというが、独り身ながら重要なポストにいるご主人が休めるかどうか。
それにしても、話が長いな。
かれこれ、三〇分はしゃべってるぞ。
一方、チワワはすっかり寝てしまっていた。
「あら、日が沈んできた。ゴハン作らなきゃ」
柳氏は子持ちだ。食事を用意しなければならない。
彼女を見送る、ご主人の寂しそうな顔と言ったら。
まったく、世話の焼ける。
「うわ、リンタロー!?」
ご主人のリードを、オレはムリヤリに引く。
秒で、柳氏に追いついた。
さすが、元陸上部インターハイ。
オレのサポートもいらなかったか?
「成田さん?」
「え、ああ、あの。お家まで、送ります! もう暗いし危ないから!」
もう少し、二人のデートを続けさせてやろう。
足元を見ると、チワワが微動だにしていない。
足止めしてくれていたのか。
「まったく、世話の焼ける」
チワワがつぶやいた。
百合に挟まれた犬 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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