庭には

 …我に返った。いや目が覚めていたのか?気づいたらぼんやりと窓の外を眺めていた。様々な看板が流れていく。

「不幸な厄払い役」

「フロアの不足」

「アセロラバズーカ」

冷暖分布タイトル回収

「はんぶんをナンセンス」

 とかなんとか。VRで見る動画サイトってこんな感じになったりして…。

 …ああそうだ、眠ってしまっていたようだ。今どこだここ?…ざぽざぽ駅で止まった。良かった、ちょうど次が降りる駅だな。

 少し離れたところには猿が座っている。食べている吊り革はバナナ味だろうか。

 …よし、降りる準備をしようか。といってもスポーツドリンクを片手に持って、携帯電話は…持っているな。鍵もある。さっきの本も持っている。

 服と髪の毛を適当に整えてふらふらとドアの近くでスタンバイ。

 もうすぐ開く。

 …ごたごた駅に着いた。足元を確認して電車から降りる。

 地面に着地して頭を上げると目の前には大きな門。それと奥には大きなお屋敷があった。

 背後にいた黒く大きく長い車がバンッと言ってドアを閉め、そのままブウンと喋って発車していった。運転席には普通よりもやや小さなゴリラが乗っていたように見えた。人間よりは大きいのだけれど。

 さて。お屋敷に入る前にインターホンをパチと押す。また会ったね、さっき振りだ。パチはちょっと不安そうな表情で押した。

 クイズに正解した時のようなインターホンの音が鳴る。たまに不正解の方もあるよね。あとはコンビニに入った時の音とかもある。

「あの、私も歌ヶ維さんのお屋敷に入っていいんですか?なんにも連絡していないですし、そもそもあんまり知らないんですけど…。」

「まぁいいんじゃないかな、ふわりは優しいし。あとお嬢様口調の練習中だし。」

「く、口調の練習中とは…?」

 インターホンからズザズザと音が鳴った。

「ごきげんよう雲宮さま。…そちらの女性はご学友の方で…ですの?」

 ちょっとたどたどしい喋り方がノイズ交じりに聞こえてくる。

「やぁふわふわ、うーんそうだな…学友というか、いい友達だよ。」

「そ、そうです、お友達の片霧です…えへへぇ…。」

 パチがインターホンに向かって微笑んでいる。…残念ながらカメラはそっちじゃないんだ…。

 インターホンの上の方にある灰色の半球のカメラを見る。赤く小さな光がピカピカとゆっくり点滅している。中で勤務しているミヤマクワガタと目が合った。お疲れ様です。

「ふふ、片霧さまもようこそ…。今、門を開きますわね。お出迎えいたしますわ。」

 門がゆっくりと開く。おや、この門も横にスライドして開くのか。なるほどね。

「あぁ、お願いするよ。ところで後ろで何か焦げていないかい?マイク越しに危険そうなにおいが…。」

「わ、これ…大丈夫ですか?」

 ついでに灰色っぽい煙も出てきている。そういえば料理も最近練習し始めているんだったな。

 煙をつかんで食べてみると…。少し苦くて甘いような。パチも食べているが、どうやらこの味は苦手なようでぷるぷると震えている。

 苦い味が苦手。違和感を感じる。重言を重ねて言っている。

「あぁいけない!あ、ええと…それでは二階のキッチンにいらっしゃ…いらして…いらしてくださいまし?」

「わかったよ。…それじゃあ入ろうか。」

 インターホンからザザッと音が鳴った。通話が切れたのだろう。煙も同時に止んだ。キッチンでは止んでいないだろうけどね。

「た、確かにちょっと練習中でしたね…。うーん、『来てください』の謙譲語…?」

 難しい顔をしているパチと一緒に歌ヶ維さんの敷地にイン。お屋敷の扉までは…百メートルから二百メートルくらいあるように見える。この距離は来るたびに変わっている気がするな。わからん。

 左右にはとてもきれいな…庭園と言うんだろうか。中世ヨーロッパみたいな…いやあんまり詳しくないのだけれど。とにかく広く大きな庭がある。

 右側には、大理石で出来ていそうな白い像や、トピアリーだったか、低木だったか。生垣かな。二メートルはありそうな背の高い生垣で作られた迷路がある。こちらもわからん。

 確かに植物や噴水とか、さらには草木や石で造られている像や時計や池、布団、蝋燭、ロボット、HDMIケーブル、フロッピーディスク、かまど、ベンチ…。いろいろある庭園の空間デザインはすごいが……説明するのが難しいな。『お屋敷 庭』とかで画像検索してほしい。すまない。

「あっ、ねぇねぇ雲宮さん、ここってもしかして迷路になっているんですか?」

 さっきまで難しい顔をして何か一人で考え事をしていたパチは、こんどは両眼をキラキラさせている。…ダイヤの2みたいに?

「あぁそうだよ。後で歌ヶ維さんに遊べるか訊いてみよう。たまに出口が無いことがあるらしくてね。」

 確かこの…、ええと、生垣の迷路はたまに配置を変えているらしい。ある意味無限に遊べる。というかこのランダムな広さの庭、手入れをするのがとても大変そうだ。

「な、なるほど…?」

「…おっとすまない、着信だ。」

 かけてきたのは…ラジカセか。

 …はいもしもし?…あぁそうだけど。…え、宣伝?まぁいいケド。…あー、不要な看板の回収ね。ざぽざぽ駅の近くに沢山あるんじゃない?あぁでもアレはアレで良かった気もするけれど。…それはさっき君が電車を降りた後に食べたな。渋くて良かったよ。…新型のイヤホンは…必要かも。じゃあそれを頼むよ。…あぁ、どうも。それじゃ。

 ラジカセによる宣伝とやらの通話が切れて、画面からイヤホンが飛び出てきたのを…上手くもう片方の手でキャッチ。ふむ、確かに腕はもう二本欲しくなってくるな。

 イヤホンは…とりあえず左ポケットに入れておこう。

「わ、イヤホンが出てきた。…電話していたらお屋敷に着いちゃいましたね。」

「そうだね。ごちゃごちゃと話していて申し訳ない。さて、中に入ろうか。」

 と、やや重い扉を開こうと…したのだが先に内側から開いた。こういうの意外と危ないよね。

「おー、いらっしゃい雲宮。それと初めましてよね、片霧さん。わたくしは歌ヶ維ふわりよ。是非ふわふわって呼んでね?あ、そういえば片霧さんの名前きいてないかもしれないわね。」

 と、迎えに来たのはスポーツウェアの歌ヶ維さんだ。首にはタオルを巻いている。これはまたキラキラしている。汗の光の反射とは別に何かキラキラオーラが出ているな。

「あ、えっと?初めまして、片霧パチです。あれっ?さっきと印象が…?」

 んん、言い忘れていたな。まぁいいか。今度から誰かにふわりを紹介するときにはこういうドッキリをしても良いかもしれない。

「そうね、単刀直入に言うと、歌ヶ維ふわりは『二人』いるのよ。わたくしは見ての通り運動が好きな方で、今キッチンにいる方が…勉強熱心な方ね。」

「え、双子ではなくて…?」

 パチは眼と頭をぐるぐるしている。顔は赤く、頭からは白い煙が出ている。頭上にはクエスチョンマークが沢山出てきている。いやまぁそうだ。すんなり納得できる方がおかしいか。クエスチョンマークを回収しながら説明しよう。

「ふわふわの言っている通り、二人いるんだよ。同一人物が。手が足りないんだったか。」

「まぁ…そうね。詳しい説明は後にして、とりあえず中に入りましょうか。」

「???」

 クエスチョンマークをパチに返す。パチのクエスチョンマークは結構もちもちしていた。これ柔らかくていいな。今度ラジカセに頼んでみよう。

 いざお屋敷の中へ。

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冷暖分布 雨天雨衣 @rainy_raincoat

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