第20話 次なる物語

 バトルの繰り広げられる20分間、雷斗ライトは必死に手を動かしながらも、画面に綴られる両者の文章に目を釘付けにされていた。

 軍人から研究員にメインキャラが切り替わった相手側と、平凡な大学生の「執行人」の語りが続くこちら側。互いのキャラクターの攻撃は拮抗し、一進一退の攻防が続いたが、どちらも相手のライフをゼロに削り切るには至らなかった。

 そして終幕。両者の作品のポイントは――。


《《……文章も話運びも上手だったよ。お題の消化もお見事だったし、SF知識の暗示引用アリュージョンもイヤミがなかった。きっと、どちらか選んでって言われたらキミのほうを推す読者さん、たくさんいると思う》》


 速水はやみに穏やかな視線を向け、紫子ゆかりこは語る。その声が当人に届かないことを知らないはずがないのに、それでも優しく教え諭すように。


《《強いてキミの敗因を探すなら……お話が群像的すぎて特定の人物に感情移入できないこと、勢いで入れてきたタイムトラベルが唐突すぎたこと、結末がよくわからないまま終わっちゃったこと……それくらいかな》》


 ライティングポイントとキャラクターポイントは互角。そしてストーリーポイントは……互いに上限に触れるごく手前のところで、僅かな差を付けてこちらの勝ち。

 あと少し何かが違えばひっくり返ってもおかしくない、薄氷はくひょうの勝利だった。


「あと一歩及ばなかったか……。いや、ゲームのAIでなく、人間の評議員が審査していたら、一歩どころじゃなかったかもしれないな」


 速水は筐体の前に立ち尽くしたまま、ちらりと雷斗に目を向けてきた。


「キミのこの作品……深く考えさせられる話だ。ボクの作品がただ読者をニヤリとさせるだけの作りなのに対し、キミのは読者に思索までも促している。……悔しいが、完敗を認めるしかないよ」


 すっと向き直った彼にそう言われ、雷斗も初めて彼と紫子の作品の本質的な違いを理解した。

 ロボット三原則というものを使って、皮肉を織り込んだ物語で読者をあっと言わせに来たの速水に対し……紫子の作品は、似たような皮肉でオチを付けた上でなお、読者に何かを考えさせる結びになっていたのだ。

 ゲームの上でのポイント差は僅かであっても、結局、紙一重のように見えるこの差こそが、容易には越えられない天才作家の壁なのかもしれない。


(……なんか、よく分かんねーけど。スゲーんだな、小説って)


 雷斗が素直に紫子に向かって言うと、彼女はふふっと優しく笑った。


《《お話をお話で終わらせない。読者に、社会に、考えさせる余地を残す。全ての小説がそうである必要はないけど……物書きにはこんなこともできるんだって、ライトに知ってほしかったから》》


 暖かい日差しのように心に差し込む彼女の声は、子供のようにはしゃぎ回っているときの彼女よりも、さらに楽しそうに聞こえた。


「ライトくん」


 松葉の声に雷斗は振り向く。彼女は眼鏡の奥の綺麗な瞳でまっすぐ雷斗を見つめ、にっこりと微笑んできた。今まで見た中で一番の笑顔だった。


「格好よかったよ」

「っ……あ、ああ、どうも」


 たちまち雷斗の心臓はバクバクと高鳴り、変な生返事しかできなくなる。

 それを見てさらにくすりと笑う松葉と、胸の動悸を押さえて深呼吸する雷斗。戦いに敗れた速水だけが、ひとり冷静に話を進めてくれた。


「敗れはしたが、清々しい気分だ。橘香きっかさんへの憧れの気持ちがなくなることはないけど……約束通り、彼女になってほしいという話は引っ込めよう」


 両手を軽く広げて彼は言った。どこまでも気取った空気に変わりはなかったが、イケメンぶりを見せつけるようなその笑顔が、不思議と今は爽やかに見えた。

 雷斗は深く息を吐いて、松葉を見た。彼女もちょうど顔を向けてきて、ぴたりと目が合った。


「……よかったじゃん」


 雷斗の言葉に、松葉はこくりと小さく頷くだけ。速水本人の手前、彼女が「この人と付き合わなくて済んでよかった」なんて無遠慮に言ったりしないのは、もう雷斗にも分かりきったことだった。


《《……とにかく、これで一件落着だね。ライトの青春はここから始まるのかもしれないけどー》》


 雷斗と松葉の二人をニヤニヤ笑いながら見て、紫子が余計な茶々を入れてくる。お前なぁ、と脳内で声を上げかけたそのとき、出し抜けにイケメンナルシストがぱちんと指を鳴らした。


「ところでライトくん! ボクは素晴らしいことを思いついたのさ」

「え? 何!?」


 驚いて反応するそばから、彼はずいっと二人の前に歩み寄ってきて、思いもよらない一言を告げた。


「ボク達三人、チームを組まないか」

「へっ!?」

「キミほどの才能の持ち主がいるんだ。キミと橘香さんとボク、三人の力を結集させれば、優勝も夢じゃない」


 雷斗、松葉、そして自分を素早く指差して、速水はにかっと白い歯を見せて笑う。雷斗が五回ほど瞬きしてから松葉に目をやると、彼女もポカンと口を半開きにして固まっていた。


「……優勝って、何の」

「フフッ。見たまえ」


 速水は白い指でサクサクと携帯ミラホを操作し、雷斗と松葉の前にすっと差し出してきた。

 二人で顔を寄せて覗き込んだ、その画面には――


春風はるかぜ杯……?」


 薄紅うすくれないの地に黒の墨文字で書かれた、何かの大会の名前らしき題字が踊っていた。その下には、ご丁寧に「HARUKAZE CUP」とアルファベットも添えられている。

 大会のことは知らなかったが、その名前には勿論覚えがあった。


「春風って、まさか」

「ああ、キミも当然知ってるだろう」


 ワンピースにツインテール、あのお嬢様口調のアイドルの翡翠ひすいの瞳が雷斗の脳裏をよぎる。


「春風レイナ!」

「春風英治えいじ!」


 雷斗と速水の声は重なったが、口にした名前は異なっていた。


「ん?」

「え?」


 彼と一瞬顔を見合わせたところで、横から松葉がぽつりと言う。


「これって……ノベルバトルの大会でしたっけ。中高生限定の……」

「さすが橘香さん、よく知ってるね。そう、優勝チームの三人に書籍化デビューが確約される、若手作家への登竜門さ。……去年まではボクの力量に見合うチームメイトが見つからなかったが、今ならライトくんがいる」


 速水はすっと二人の前からミラホを引き上げ、声を弾ませた。


「高三のボクには今年が最後のチャンスだ。だけど、そんなことは関係ない。ライトくん、キミの活躍を見てみたいんだ。ルーベル賞作家・春風英治の名を冠した、この大舞台で!」


 テンションの極まった速水が雷斗の両肩をがっと掴んでくる。雷斗は困惑に飲まれ、ひたすらにぱちぱちと目をしばたかせることしかできなかった。


(え!? なに!? 春風えいじって誰? レイナのお父さん?)

《《あー、やっぱり……》》

(知ってんの!?)

《《そりゃあね。レイナちゃんに初めて会った時から、そうじゃないかなーとは思ってたよ》》


 雷斗が咄嗟に見た紫子の横顔は、懐かしい友達の近況を知って喜ぶ表情そのもので。


《《ふーん、春風先生、ルーベル賞なんか獲っちゃったんだ。まあ、彼ならそのくらいやってもおかしくないとは思ってたけど》》

(なに、どーいう関係?)

《《んー。春風先生はねー……》》


 一瞬だけひやりと冷たい微笑を見せて、幽霊は言った。


《《、かな?》》

「はぁ!?」


 反射的に声を上げた雷斗に、速水が「イヤなのかい」と畳み掛けてくる。


「いや、そーじゃなくて」

「承諾してくれるんだね!? 嬉しいよ! 橘香さんは大丈夫かな」

「え……わ、わたしも……ライトくんと一緒なら」

「ようし、決まりだ! ボク達三人、春風杯の優勝目指して頑張ろう!」

「え!? え!? なんで決まってんの!?」


 ハイテンションに憎めない笑みを見せる速水と、まんざらでもなさそうに頬を赤らめて微笑む松葉が、それぞれにライトの目を見ている。

 そして、例によってこの幽霊も……。


《《えっなに、大会出るの!? やるやる! ゼッタイやる! わぁい、また小説が書けるっ》》

(お前、それしかねーのかよっ!)


 多数決の結果は三対一。もはや雷斗に拒む余地がないことは明らかだった。


「はぁ……。じゃあ、まあ、ヨロシク……」


 速水が差し出してくる手の甲に、雷斗は全てを諦めて手を重ねた。もうどうにでもなれ、と思ったところで、ふわっと温かな松葉の手がその上に重ねられた。


「……一緒に頑張ろうね、ライトくん」


 初めての女子の手の感触にドギマギしながら、ライトは仮初めの恋人と、イケメン野郎と、美人幽霊の顔を見た。誰も彼も、小説を書くのが楽しくてたまらない者の目をしていた。


(……オレも)


 三者三様の物書き達の目を見ると、なぜか自然と背筋が伸びた。


(いつか……コイツらの仲間に入れるのかな)


 次なる物語の幕が開く予感に、どくんと胸が高鳴った。





(第二巻――「激闘!春風杯」編へ続く)

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ノベルバトラー ライト -新時代小説ゲーム戦記- 板野かも @itano_or_banno

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