【執行人の一族 / 新 雷斗(左京紫子)】
中学校に上がる頃まで、僕は自分の父親が何の仕事をしているのか知らなかった。同級生達の家と比べても並外れて裕福な暮らし、それでいて一年に一度も仕事に出かける気配のない父。僕が美術の学校に行きたいと言ったら「あなたにそれは出来ないのよ」と悲しい目で告げてきた母。全てのことが一つに繋がり、僕の疑問が氷解したのは、世間で大注目を集めていた刑事裁判の判決言い渡しを
『――よって、量刑判定AIの合議により、被告人を死刑に処するを妥当と判断し、主文の通り判決する』
死刑というのは、犯罪者に対する最も重い刑罰だ。文字通り、国家の名のもとにその者の命を奪ってしまうのだ。
「二十年ぶりの死刑判決か……。まさか生涯で二回も仕事をすることになるとはな」
父はそう呟き、「いい機会だから」と僕に全てを教えてくれた。僕達の家系は代々、死刑執行のボタンを押すことを唯一の仕事として国家に雇われてきた「執行人の一族」なのだということを。このセキュリティ完備の高層マンションも、ガレージに並んでいる高級輸入エアカーも、母の豪華な服や宝石も、同級生の誰もが
「じゃあ、行ってくる」
「あなた、気をつけてね」
仕事に向かう父の背中を僕が目にしたのは、その時が最初で最後だった。
◆ ◆ ◆
自分もいつか人を殺す、ということに全く実感が持てないまま、僕は高校生になり、大学生になった。本当は美術を学びたかったが、僕の進路は国家によって制限されており、法学部以外の道を選ぶことはできなかった。また、アルバイトや投資活動を含め、僕達の一家は、国家の保障してくれる報酬以外に独力でお金を稼ぐことは禁じられていた。そしてもちろん、どんなに親しくなった相手に対しても、自分が執行人の一族であることを口外することはできなかった。
「ウゼェんだよ、バイト先のセクハラジジィ。マジ殺したいわ」
「わかるぅ。ウチもマジで店長殺してぇ」
そんな言葉を軽々しく吐き合う同世代の若者達の姿を見て、僕はふっとシニカルに口元をつり上げる。君達には人を殺すことなんて一生ないだろうに――と。
◆ ◆ ◆
そんな僕に初めての命令が下ったのは、僕が成人して二年目、大学三年生の冬のことだった。
僕は、セキュリティ・ポリスのヒューマノイド達に身柄を守られながら、政府所有の黒塗りのエアカーで
僕がその場ですることは一つだ。
「……へえ。この人、自分では一度も手を下していないんですね」
エアカーで拘置施設へ向かう
「
「ええ、まあ」
情報統制で表のニュースには出てこなかったようだが、その死刑囚は新興宗教の教祖として人知れず巨大な組織網を築き、信者達に命じて多くの殺人を行わせてきたらしい。実行犯となった信者は五十人以上、被害者は判明しているだけで二百人以上に及ぶというから、まさに今世紀を代表する凶悪犯罪といえる。
しかし、僕に下された執行命令が一件だけということは、直接手を下した信者達は誰一人として死刑判決を受けなかったのだろう。実行犯の罪のほうが教唆犯より軽く処断されるというのは、決して珍しいことではない。
エアカーが拘置施設に到着した。僕は施設長のヒューマノイドに引き合わされ、形式的な挨拶を受けた。
「よく来てくれました。本日は宜しくお願いします。ご存知の通り、我々機械には人を殺すことができませんので」
「承知しています」
僕は、あらかじめアナウンスされていた通り、誰の先導も受けることなく単身で処刑場へと向かった。
ロボットは人間を傷付けてはならないし、危険を
薄暗い一室の強化ガラスの向こうでは、既に麻酔で眠らされた教祖の男が、椅子に座らされ、首に縄を掛けられて、最期のその時を待ち続けていた。
「……化けて出てくれるなよ。これは僕が殺すんじゃなくて、国家が殺すんだからな」
父が生涯で二度だけ押したそのボタンに、僕も今初めて指を乗せる。
ガラスの向こうのあの男は、自らの手では誰の命も奪わぬまま、大量殺人の罪名で処刑される。ガラスのこちらに立つ僕は、人の命をこの手で奪いながら、国家の要人として生涯の暮らしを保障される。
直接手を下した者より命じた者の罪のほうが重いという理屈が正しいのなら――
――
難しいことを極力考えないようにするのが楽に生きるコツだという父の言葉を思い出しながら、僕はボタンを押した。
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