悪虐非道な奴隷商人は今日も奴隷を虐待する事にした〜幼女エルフの私にはまず火責め、拘束、脅迫、水責めなどから始めるようですが、これってどう考えても大事に養われているだけですよね?〜

どこにでもいる小市民

第1話

 俺の名前はハンゲル。数多くいる奴隷商人の中でも子供の奴隷を専門に扱う悪虐非道な奴隷商人だ。さて、今日はまた新しく手に入れる予定の奴隷を虐待しようと思う。



「はじめまして、ハンゲルさん。ガザイス奴隷商店を営むオーナーのガザイスと言う者です。同じ奴隷商人のあなたが、本日はどのようなご用件で?」



 とある奴隷店……ガザイス奴隷商店を訪れた俺に、オーナーのガザイスが直々に挨拶をしてきた。



「なぁに、ここに来る理由は職業など関係なく理由は一つだろう? エルフの女の子がいると聞いた。見せて欲しい」


「値段は金貨2枚。失礼ですがお手持ちの方は……?」



 エルフという種族は珍しく高価なため、ガザイスも慎重そうに尋ねてくる。俺は懐に入った財布の袋を取り出した。



「見ての通りだ」


「これはこれは、失礼しました。おい、5番部屋の看守を呼んでこい!」



 ガザイスは後ろにいた秘書らしき女性を怒鳴りつけながら命令する。



「ハンゲルさんが購入予定のエルフの女の子ですが、現在は当店独自ルールの洗礼の最中です故、酷い状態であることをご了承ください」


「あぁ」



 ガザイスが軽く保険を掛けるようにそう言い出してきた。当然だが、俺はそのルールを知っている。奴隷の心を折るために、最初の1ヶ月はすごく酷い環境に置くのだ。こうする事で、従順な奴隷になる事ができる。



「そうですハンゲルさん、同じ奴隷商人の仲なんで伝えておきたい事があります。最近、裏の職業を営む私らのような奴らが騎士団にどんどん捕まっているらしいですよ」



 ガザイスが顔を近づけ、小声でそんな忠告をしてくる。



「ほう……初耳だ。用心しておこう。感謝する」


「いえいえ、商売敵とは言えこちらの奴隷をお買い上げいただけるんです。もうお客様と変わりませんよ。所で……エルフの女の子を求めるのは、お噂通りなんですか?」



 ガザイスが興味津々の瞳でそう尋ねてくる。俺に流れている噂だが色々ある。子供の奴隷しか買わないロリコン。飽きっぽく、買った奴隷は1ヶ月以内に処分されているなどなどだ。この事から付いた通り名は『悪虐非道な奴隷商人』。



「ふっ、あんな噂を当てにしてもらうのはやめてもらおう。私はただ子供が好きなだけだ」


「おおぅ……!」



 ガザイスも俺の言葉を聞き、どうやら先程の発言を改めるようだ。くっくっくっ……!



***



「こ、怖いよ〜…………お母さん……っ」



 私は暗い地下牢で足に枷をつけられ、豚の餌のような食事を出される生活をしていた。今はそれに耐えきれず、涙ぐみながら小さく呟いた所だ。


 私は森から少し飛び出して遊んでいた所を、奴隷商人に捕まってしまいここにいる。ガシャンッ、と思い扉の開く音が鳴る。


 誰かが入ってきたのだ。購入希望者かもしれない。もしくは私と同じような、新しい奴隷かもしれない。上記二つならまだマシだろう。一番最悪なのは……売れ残りの処分だった場合だ……。



「ほう……中々だな」


「ひっ……!?」



 いつもご飯と呼ぶのも嫌な食べ物を持ってくる看守と共に入ってきたのは1人の男の人だった。嗜虐的な笑みを浮かべ、ギョロリとした眼で私を隅々まで観察してくる。



「種族エルフ、名前フィリア。年齢9歳……中々だな。……金貨2枚だったな。高いし金貨1枚と銀貨95枚ならどうだ?」


「ハンゲルさん、こっちは金貨2枚でもギリギリなんすよ? 1銅貨たりともまけれませんよ」


「なら1ヶ月以内に同額以上の奴隷を定額で買うと約束しよう。これで話を通してくれ」


「了解っす。オーナーに話を通してきますので少々お待ちを」



 看守はそう言って下卑た笑みを浮かべてどこかへと行ってしまった。



「よう」


「っ!?」



 ハンゲルさん……と言うらしい名前の人が急にしゃがみ込み、私に話しかけてきた。私は驚いて後退り、壁に背中をピッタリとくっつけるほど距離を取る。

 


「あんまり怖がるなよ。……良いか、俺は君を……フィリアを買う。フィリアの全ては俺の思いのままだ。分かったか?」



 新しく私の飼い主となるハンゲルさんが指差しながらそう言ってきた。私は涙をポロポロと零し、泣きながら何度も頷いた。



「使え」


「……え?」



 すると、ポケットから純白の絹のハンカチを取り出し、牢屋越しに放り投げて、そう言ってきた。私は何を言われたのか理解できず、固まったままだった。



「涙を拭けと言っている。良いか、これは飼い主となる俺からの最初の命令だ」



 ハンゲルさん……いや、飼い主と名乗ったハンゲル様の命令に戸惑いつつも、私は言われた通りにハンカチを手に取り、涙を拭いた。



「泣き終わったなら返してもらおう」



 ハンゲル様は手を私の方まで伸ばし命令する。私はすぐにハンカチを手渡した。



「ぁっ……!?」



 手から離れたハンカチを見ると、純白のハンカチは私が使った場所だけが茶色に汚れていた。あのハンカチは高い物だろう。確実に怒られるっ!



「ご、ごめ、ごめなさ……っ」



 ぶたれる。鞭で打たれるかもしれない。頭にそんな想像が頭をよぎり、頭を抱えて震える声で謝りの言葉を告げようとする。しかし……。



「中々だな……。フィリア、お前は特別にスペシャルコースにしてやろう!」



 ハンゲル様が出会った時の同じ自虐的な笑みを浮かべて宣言してくる。その勢いで、謝罪の言葉と再び出かかった涙は引っ込んでしまった。



***



 それから少しして、先程の看守が戻ってきた。よく分からないが交渉に成功したらしい。私は晴れてハンゲル様の奴隷となった。


 後で知ったが、ハンゲル様自身も奴隷商人らしい。商人同士でも奴隷を売買する事を、私は初めて知った。


 すると驚きの行動をハンゲル様は取った。ハンゲル様は私と手を繋ぎ出したのだ。ハンカチがすぐに汚れた手の持ち主の、私と……。



「これは命令だ」



 私はいきなりで怖がってしまい、思わず手を振り解いてしまった。殴られるっ、と思った次の瞬間に飛んできたのは、そんな言葉だった。



「「おかえりなさいませ、ご主人様」」



 そのまま引っ張られて大きな屋敷に連れて行かれると、15歳程度の女の子と30歳ぐらいのお姉さん、2人のメイドが現れ、ハンゲル様のお出迎えをした。



「アネッサ、ミゼリーヌ、スペシャルコースだ」


「「かしこまりました」」



 ハンゲル様がそう言うと、2人のメイドが一斉に動き出した。そのうちアネッサと呼ばれた若い少女の方のメイドの後ろを、ハンゲル様に手を引かれてついていく。



「あ、あの……」


「なんだ?」


「スペシャルコースって、なんです……か?」



 不安げに尋ねると、ハンゲル様は悪そうな顔でニヤリと笑った。



「秘密だ……と言いたい所だが、もうすぐ目的の場所に着くから説明するか。……喜べ! 今からお前を虐待する! 今回は酷いからな。スペシャルコースにしておいたぞ」



 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらそう告げてくるハンゲル様の顔を見て、私は軽く絶望の淵に立たされた。


 あぁ、最初にハンカチで優しくしたも、手を握ってくれたのも全て、この絶望を味合わせる為だったのか……。そう思っていると、メイドのアネッサさんが扉の前で立ち止まった。


 あぁ……ここが虐待部屋なんだ……。そう思い虚な目をしていると、手を引っ張られてその部屋に足を踏み入れる。


 すると先ほどまでいた廊下とは違い、白い煙と共に急激に暑い熱気が吹き込んでくる。思わず閉じた眼をうっすらと開けて、その部屋を確認した。



***



 今の私はやばい姿だと思う。まず全裸だ。次に謎の白い物質が体中にまとわりついている。変な布で身体中が擦られ、何よりもその場の異常な熱気で顔も全身の肌も赤くなっているだろう。



「フィリア、今のお前はどんな気持ちだ? 答えてみろっ」


「は……い。……とても……とても……気持ち良いです〜」


「そうだろうそうだろう! なんせ、お風呂だからなぁ!」



 ハンゲル様がそう言って泡のついた私の体に優しくシャワーを掛けていく。黄ばみ、霞んだガサガサの肌が潤いを取り戻し、玉のようなお肌へと戻っていく。



「いいお湯加減になりました」



 アネッサさんの言葉がハンゲル様の耳に入り、私をそのまま大量のお湯が沸いたお風呂に入れさせられる。トロミの付いた白いお湯が、身体中に染み渡って今までの疲れを癒してくれた。



「あの、ハンゲル様……」


「なんだフィリア。俺の命令に逆らうのか?」


「い、いえ……これ、どこが虐待なんです?」



 私はただお風呂に入れさせてもらっているようにしか感じていなかったのでそう尋ねた。ハンゲル様は最初に虐待すると私に言った。ここまで綺麗にした私の体をまた馬のフンで汚したりしたいのだろうか……?



「愚かだなフィリアよ! これはれっきとした虐待だぞ。幼い少女の服を無理やりひん剥き、全身を擦り上げ、熱々の熱湯へと投入する。どうだ! 酷いだろうっ! フィリアよ、理解したか?」


「は、はぁ……?」



 全くもって理解できなかったが、ハンゲル様が自信を持って言うので曖昧な返事をすることしかできなかった。



***



 先ほどとは違う大きな部屋に私はいた。椅子に拘束され、金属の刃物を両手に持ったハンゲル様が目の前で非道な笑みを浮かべていた。


 ジューと生肉の焼ける音が聞こえてきた。ハンゲル様が焼けた肉を刃物で切る。すると赤々しい身が姿を現し、赤い液体が少しずつ漏れ出た。


 そんな光景を見せられつつ、私自身にもそれは降りかかってきた。続々と自分の前に用意された様々な色の物が、目にも留まらぬ速さで私の口から体内へと消えていく。そして……。



「どうだ? 普通の人間なら口にする事など生涯無いほどの出来だぞ?」


「も、もう無理です……お腹が少し、苦しくて……」



 ハンゲル様の言葉に、私は体を自由に動かせず、お腹の強烈な膨らみを手でさすりながら呟いた。んっ……もう、限界……。



「それは残念なお知らせだ。今のフィリアが一番精神的に来る物がまだ、最後に残っていると言うのに……!」


「そ、そんな〜……!」



 これ以上の物があるのか……そう思わせるハンゲル様の発言に、私は悲痛の声を上げる。そして……。



「デザートをお持ちしました」


「くっ……デザートは別腹ですっ! はむっ!」



 メイドのミゼリーヌさんによって運ばれてきたプリンを、スプーンで掬って頬張った。何週間ぶりの甘味だろう。大変美味でした……ごちそうさまです!



「ところで……これはどんな虐待なんです?」


「分からないのかフィリアよ! 貴様を無理やり椅子に拘束、食べきれない料理を残すことへの罪悪感を与えつつ、体内を俺たち色に染める人体実験という名の虐待だ!」


「は、はぁ……?」



 との事らしい。全くもって、ただの豪勢な食事にしか思えないのだが……。



***



 現在の私は暗闇の中でハンゲル様と2人っきりだ。上下ともに薄布一枚だけの状態で、重りが体全身を覆い、乗せられている形だ。


 ゴロンと無防備な姿で横たわり、隣にはハンゲル様が鋭い目つきでジッと私を見つめている。しばらくして、私の体に異変が起こる。


 視界がボヤけ、体の力が抜けていってしまったのだ。頭の回転も落ち、あまり正常な考えも出来ないだろう。



「ハンゲル、様……」


「どうしたフィリアよ。言いたいことがあるなら言ってみろ。お前の感想を聞くのもまた愉快だ」


「はい……ベッドがふかふかで、気持ち良いです……」


「そうだろうそうだろう。俺の取り寄せた最高級の寝具だからな。安眠へと誘う耐え難い誘惑に、果たしてフィリアは何分耐えることができるのか……くっくっくっ」



 私がトロンと眠たそうな眼をしている事に気づいているのか、先ほどとは違い小さな声で言ってきた。



「ふふ……ハンゲル様……おやすみ、なさ……い……すぅ……すぅ……」


「ふっ、寝たか。……さぁ、明日からが本当のスペシャルコースだ。果たしてフィリアはどれだけ耐えることが出来るのか楽しみだな……くっくっくっ」



 薄れゆく意識の中で、ハンゲル様が悪い顔でそんな言葉を呟いたのが聞こえた。



***



「ん……むにゃ?」



 窓辺から差し込む朝日の光に気がつき目を覚まし体を起こす。あぁ、そうだ。私はハンゲル様に買われたんだった……と、奴隷としての待遇ではあり得ない状況を噛み締めていた。


 横を向く。その目線の先にはハンゲル様がいた。万年筆を持ち、書類に次々と何かを書き込んだり、大きな判子を押したりしているのが目に入る。



「ほう、ようやく起きたか。随分と眠っていたが、よほど昨日の虐待がこたえたようだな。結構結構!」



 確かにその通りだ。つい昨日までは日に1度の濡れ布での体拭き、豚の餌のような食事、硬い床での寝泊まりだった。


 それが今は石鹸を使用したお風呂に、高級食材をふんだんに使った料理の数々、しまいにはフカフカのベッド。これでいつもと同じ状態で居ろというのは無理な相談だろう。



「さて、仕事も丁度ひと段落着いたところだ。スペシャルコースは今日からが本番と言っても過言では無い。肝に銘じておけ」


「は、はい……!」


「では朝起きてすぐにだが、早速虐待を始めよう! まずは……水責めだ!」



 ハンゲル様にそう言われ、私はとある場所にまで連れて行かれた。そこから出る水によって息が出来なくなったりもした。あと目などの重要器官を重点的に攻めてくる。



「顔を洗えたようだな! では次は……!」



 そう言ってハンゲル様は一本の棒を取り出した。その先端に謎の液体を付けて、私の口の中に突っ込んでくる。シュワシュワと変な感覚が口の中に広がり、入った棒が口の中を隅々まで侵し尽くした。



「歯ブラシも完了! これで粗方朝の虐待は残すところあと一つ。最後に昨日と同じ、人体実験を行って終了だ!」



 そう言って昨日と同じく椅子に拘束された私の元に、同じく食べきれない量の料理が運び込まれてくる。……大変美味でした……!



「さて、では今日の虐待の予定を伝える。心しておけ!」


「はい! ハンゲル様!」



 私は素直に返事をした。虐待の予定と言うパワーワードは置いておこう。


「ではまず、初っ端からキツイ虐待を行う。まずは……フィリアの命を貰う!」


「ふぇ?」



***



 ジョキンッ、と私の体の一部を斬り落とす音が聞こえた。再び拘束された状態で10分も私は耐えていた。何度も何度も、一気に何十何百本と体の一部が……いや、命が消えていく……。



「どうだフィリア? 自分の命が他人の手によって、ただのゴミになる様は……?」


「……長年連れ去ってきた、自分の半身といっても良い存在です。それをこんな扱いをされるなんて…………とっても、とってもすっきりします!」


「そうだろうそうだろう! ミゼリーヌは散髪も上手だからな! 伸び切った髪も程よく短く、丁寧に切り揃えられているはずだ!」



 30歳ぐらいに見えるもう1人のメイド、ミゼリーヌさんに髪を切られていると、隣で書類と見つめ合うハンゲル様がそう言ってくる。


 ボサボサで変に伸び切った髪……女の命が次々と床に落ちていく。そして最後にシャンプーをして乾かしたら終了だ。



「まぁ……やはりとっても可愛いですよご主人様」


「はっ……中々だな!」


「フィリア、ご主人様の中々は最上級の意味合いがあるのでご安心下さい」


「はい!」



 そう言われて嬉しくなった私がえへへ、と笑みを溢す。するとハンゲル様は『では俺も仕事をしてくる!』と屋敷を後にした。


 そして、残された私には若い方のメイドのアネッサさんが付くことになった。少しだけ不安げな表情をしていると、アネッサさんが近づいてくる。



「あの、なんですか……?」


「フィリア、と言いましたね。あなたはご主人様の事をどこまで知っているのですか?」


「んと……とっても優しくて良い人です!」


「いえ、それは十二分に理解してます。そうではなく聞きたいのは素性についてです」


「奴隷商人って……でも、とてもそうは見えなくて……」



 奴隷として買った私に対してこんなにも親切にしてくれる奴隷商人を私は知らない。……いや、奴隷商人でなくても、そこらの普通の人にも居ないだろう。



「ふむ……では軽くご説明しましょう。まず、ご主人様はれっきとした奴隷商人です。ただ、それは裏の顔です」


「裏……?」


「はい。ご主人様の本来のお仕事は……」



***



「店長!? お久しぶりです!」


「「「店長! おはようございます!」」」


「おはよう諸君! 今日も儲かっているようだね! 利益は全て俺のものだが!」


「「「えぇぇぇっ!?」」」


「冗談だ!」



 とある商店に出勤した俺はそんな軽口を交わしつつ、本日の仕事に取り掛かる。俺が運営している商店は主に貴族向けの衣服店だ。


 表向きはそれで収入を得て、裏では奴隷商人として子供たちを日々保護している。別にそんな事をするのに、大した理由はない。昔ちょっとした事があっただけだ。



「っと……」


「店長、大丈夫ですか〜? 久しぶりに帰って来たと思ったら、頭を机にぶつけるなんて……疲れてるんですか?」



 少しクラっと来て頭をガツンと机にぶつけてしまった。すると店員の1人が心配そうに尋ねてくる。



「問題はない! ただ少し最近は働きすぎでな!」


「店長ほとんど出勤しないくせになに言ってるんですか〜?」



 俺が仕事できるアピールをすると、店員がおかしなものでも見るような目で見てくる。失礼だな……!



「そうです店長! また騎士団の太客が来てますよ!」


「ほう……お通ししろ」



 俺はキリッと姿勢や髪を整えてそう言った。少ししてから店員に案内されて入ってきたのは、軽装の鎧を着けた男だった。


 180を超える長身でスラっとした体型だ。男が腰に下げた剣は後ろの物置に置かれ、ソファーにどっしりと座り込む。



「3日振りだな、騎士団団長シャスティル」


「そっちこそ、3つ・・も仕事をしてからは、よりやつれているじゃないか。ちゃんと寝ているのか?」


「昨日は徹夜だ」


「昨日、の間違いだろ?」



 隠した事実をシャスティルに指摘される。昨日はフィリアを寝かしつけた後、店長として仕事をしていたら朝になってしまっていたのだ。仕方があるまい。



「はぁ……幾ら何でも無理があるだろ。騎士団特殊工作員、大商店の店長、奴隷商人の3つも仕事を請け負うのは。一つに絞ったらどうだ?」



 じゃスティルが心配そうな表情で俺に忠告してくる。だが、やめるわけにはいかない。



「無理だな。どれも重要な仕事だ。それに多少手が足りなくても、優秀な部下がいるお陰でこうして回ってもいる」


「なまじ優秀すぎるからね、君は……。まぁ良い、それで、例の件はどうだった?」


「あぁ、詳細を話そう」



***



「と、言うわけです」


「おぉ! つまりハンゲル様は3つもお仕事をこなしているんですか!? すごいです!」



 ハンゲル様がやっているお仕事について、アネッサさんから教えられた内容はすごかった。



「ですから、ご主人様が帰ってきたら精一杯労わねばなりません。またそれはあなたも例外ではありせまん。分かりましたか?」


「はい! いっぱいご奉仕します!」


「よろしい」



 アネッサさんの言う事を聞いて、私はハンゲル様が帰ってきた時の準備を始めた。



「今戻ったぞ! すぐに食事の準備をーー」


「おかえりなさいませ! ハンゲーー、ご主人様!」


「……なにをしているのだ?」



 メイド服で出迎えた私を見て、ハンゲル様に真顔でそう言われた。……すっごく恥ずかしいですっ!



「本日もお疲れ様です、ご主人様」


「ありがとうアネッサ。所でフィリアの件についてちょっと話がある」


「ベッドの上ででしょうか?」


「違う」



 フィリアのメイド服を脱がし、すぐに用意された食事を食べ終わった俺は風呂に入っていた。後ろに控えているアネッサと、お互い背を向けながら会話をしている。



「今ここで良いだろう……一つ、今日の真夜中に仕掛けるぞ」


「っ……了解しました」



 その言葉でアネッサは察したようだった。騎士団団長のシャスティルも、この程度は一瞬で理解できるくらい頭の回転が早ければ良いのだが……。



「それともう一つ、こちらが本題だが……あまりフィリアに肩入れするな。情が湧くぞ?」


「それをご主人様が言うのですか?」


「俺だからこそ言えるのだ」



 俺はフィリアにメイド服を着せたアネッサを暗に攻めた。



「ふむ、新しいメイドとして雇えるかもしれないと思ったのですが……」


「今回は少し特殊だからな。いつもよりも簡単に済ませられる」


「確かにそうですね」



 フィリアはエルフという珍しい種族だ。これまでとは少し対応を変えねばなるまい。だがそれは、いつもよりも簡単に対処できると言うことでもあるのだが……。



***



「ハンゲル様……その、一緒に寝てもよろしいでしょうか……?」



 メイド服を脱いだ途端に呼び方が元に戻ったフィリアが、モジモジと恥ずかしそうな雰囲気を出しつつお願いしてきた。



「ほう、フィリア自ら虐待を受けにくるとは良い度胸だな」


「はい! ハンゲル様の虐待は大好きです!」


「そうかそうか! ならば今すぐ虐待してやる!」



 と言いながら俺とフィリアはベッドに入り込んだ。少しするとフィリアは布団を頭まで被り、モゾモゾと動いたかと思うと急に飛び出してくる。



「ハンゲル様、私、あなたの奴隷になれて良かったです……こんな奇跡が起こって……今、とっても幸せです……!」



 えへへ、と笑いながらそう言ってくるフィリアの頭を撫でる。おっと言い間違えた。女の命をぐしゃぐしゃにしてやった。


 それからしばらくすると『すぅ……すぅ……』と寝息が聞こえてきた。それを確認すると俺は体を起こそうとするが、それはフィリアによって阻まれる。



「会いたいよ……お母、さん……」



 俺の腕枕をしたフィリアが、小さく悲しげな声で寝言を呟いた。



「……さて、行くか」



 俺は小さく呟くと、改めてベッドから抜け出した。



***



 私の名前はガザイス。奴隷商人の中でも結構な古株で、資金も潤沢にある。昨日は楽に捕まえたエルフが約金貨2枚で売れた。しかも継続購入の目処までも立ったのだ。


 ひたすら高くも安くもないワインを飲み、目が覚めたのは正午過ぎ。故に1時を過ぎた真夜中でも、シャキッと目や頭は冴えていた。



「ん? ……今何か音がしなかったか……?」



 カタンと何かが少し動いたような音を耳にして、私はふらふらと立ち上がる。ワインで酔ったから聞き間違いかもしれないが、一応確認をしなければ……。



「ひっく……んぐっ!?」



 扉を開け、辺りを確認しようとした瞬間、首が絞められる。



「動くな。叫んだら殺す。抵抗したら殺す。俺の質問にだけ答えろ」



 顔に仮面を付けた、男の声だった。ナイフを頸動脈の部分に構え、ブレードの部分を軽く押し当ててそう言った。



「お前は希少な種族を主に販売している奴隷商人だな?」



 私は何度も頷いた。



「仕事の書類はどこにある?」


「へ、部屋の、引き出しの、中だ……。奴隷たちを捕まえた、捕獲場所や取引先の情報が載ってる……。お前は誰だ? どこの奴に雇われた? 金か? 奴隷か? 欲しいなら幾らでもくれてやる! だから殺すのは辞めてくれ!」


「私語は慎め。見てこい」



 私に再びグッとナイフを押し当てた男が誰かにそう指示を出す。姿形は見えないが、引き出しの中を漁っていることは物音から理解できた。



「ありました」



 しばらくしてそんな声が聞こえた。女性の声だった。引き出しを漁っていた奴だろう。



「それで……私を殺すのか?」


「安心しろ、殺しはしない。この事は誰にも話すな。俺たちが黒と判断したなら、再びここにくる。そしてお前の命は無いだろう」



 ナイフを持った男の方が、私の質問にそう言ってきた。幸運だ。生きてさえいれば……命さえあればやり直せる。


 こいつらが去った後……2日後にでも荷物をまとめてトンズラしよう。名前もまた変えて……別の国でやり直すのだ。


 気がつくと、先ほどいた男と女の姿は影も形もなかった。私は慌てて移住をするための準備を始めた。そして朝になり、ある程度の準備を終えた所でそれは現れた。



「全員動くなっ!」



 鎧を身につけ、剣を構えた男たちが突如、私の商店に入ってきたのだ。背中につけたマントを翻し、男の1人が私に剣を向ける。



「奴隷商人のガザイスだな? 貴様にはこの国で禁じられている希少種の奴隷売買などの罪が科せられている。我らとともに同行してもらおうか」


「まさか騎士団!? なぜここがバレた!?」


「その通りだ。あいにくちょっとした情報提供があったのでね。騎士団団長シャスティル・バードマンの名において、貴様を連行する」



 あっという間に取り押さえられた私や仲間たちは、全員が騎士団に捕まり牢獄へと送られた。



***



「疲れた……」


「どうぞご主人様、最高級の紅茶ですよ」


「あぁ、助かるミゼリーヌ」



 メイドのミゼリーヌが入れた紅茶を啜り、俺は一息をついた。今回は比較的楽な仕事だった。俺がやった事は4つだ。


 1つ。奴隷商人として、不当に捕まったエルフのフィリアを助け出す事。


 あのまま騎士団に助け出されるのを待つのも良かったのだが、確実な証拠が欲しかった。一刻も早くに助け出したかったなどの理由がある。


 2つ、ガザイスを奇襲し、持つ書類を騎士団に提出し、芋づる方式で購入者を見つけること。


 この国では奴隷の販売は国から定められた者しか出来ない決まりがある。それを破ったガザイスも、そこから税金分を安く購入した購入者たちも同罪だ。


 3つ、騎士団への通報だ。騎士団がガザイスを拘束する少し前に襲撃した事で、本来なら隠されているだろう貴重な品が、逃げる準備などで無防備に集められる。


 騎士団がそれらを探すなどの時間をかける事なく回収することができたのは、大変効率が良かっただろう。


 そして4つ目だが……。



「ミゼリーヌ、フィリアを呼べ」


「かしこまりましたご主人様」



***



 今日もハンゲル様の過去や勇姿などをメイドのアネッサさんから聞いていると、突然ハンゲル様からお呼び出しを喰らってしまった。一体どうしたんだろう……?



「良く来たなフィリア」


「はい。あの、私が何かしましたか?」



 ハンゲル様は椅子に座り、両肘を机に突き口元を手で隠すような体勢で開口一番にそう言ってきた。私はその態度から、不安になり自分が不祥事を起こした可能性を考えてそう尋ねる。



「なぁに、最後の虐待をするために呼び出した」


「〜〜っ! なんですかっ?」



 私は嬉しさを隠そうともせずそう尋ねた。ハンゲル様は虐待と言いつつ、実際はとっても良いことしかしなかったのだ。


 今回はどんなことをしてくれるのだろうか? と心をときめかせていた。最後の……という言葉が耳に入らないほどに……。



「では1つ聞こう……お前は今、幸せか?」


「? ……はい、幸せですよっ? 奴隷として使い潰される未来から、ハンゲル様は私を救ってくださいました。これは奇跡としか言いようがありません。これ以上、私は何を望めば良いのやら……」



 このにいる皆が皆、とても優しい人だ。虐待と言いながら私の身のお世話を自らしてくださるハンゲル様。


 ハンゲル様の凄さをお話ししてくれたり、忙しいメイドのお仕事をしつつ、私と遊んでくださったアネッサさんやミゼリーヌさん。私はこの屋敷にいる皆が大好きだった。



「……そうか」


「はい!」



 何故か悲しげな表情を浮かべるハンゲル様を不思議に思いつつ、私はそう断言した。



「……そうだフィリア、1つ訂正しておく事がある。……君は自分が助かったのを奇跡と言ったが、それは間違いだ。あれは奇跡ではない。奇跡とは人知の及ばない物事、つまりは世界の理が関係していることを指す。すなわち今回のは奇跡ではなく……必然というのだよ」


「は、はぁ……?」



 なんだか少し哲学的な言葉を話し始めたハンゲル様に、私は意味が理解できず曖昧な返事をした。



「さてフィリア、話が長くなってすまない。要件を伝えようと。……とりあえず、君にはこの屋敷を出て行ってもらう」


「ぇ……?」


「詳しく言おう。遠い辺境の森にでも捨てるつもりだ」


「……なん、で……ですか……?」



 先ほどまで優しく笑っていたハンゲル様の表情が強ばりを見せる。私は頭の中で? が浮かびながらも、震える声でそうする理由を尋ねた。ハンゲル様はこう言った。



「虐待だ……!」



 と。私は膝から崩れ落ちた。

 


***



 私はハンゲル様と共に捨てられる森へと向かっていた。エルフであることを隠すためにフードを被り、蒸気機関車に揺られて数時間、ついた土地に降り立った。


 それから少し歩いた。途中に会話など一切なかった。逃げ出そうか? と考えたことをあったが、精神的な余力は無く、ただハンゲル様の後ろをついて歩いた。


 地面を眺めながら歩いて2時間ほどが経つ。前にいたハンゲル様が立ち止まった。



「着いたぞ……」


「ぅ……え?」



 その言葉でゆっくりと顔を上げた私が目にしたのは、私の良く知る故郷だった。理解ができず、変な声を漏らす。



「……さぁ、最後の虐待だ。フィリア、君をこの森に捨てる」


「え……ぁ……」



 その言葉を聞き、私は全てを察した。ハンゲル様は私の住んでいた森の場所を見つけ出し、ここに送り届けに来たのだ。


 最後にあんな意地悪を言ったのは、ハンゲル様についた情を断ち切るため。嫌われて、私が森に心残りをせずに帰ってもらうためだったのだ……と。


 良く見ると、森の向こうからは人影見える。中には見知った顔……両親の姿もあった。



「さぁ、飼い主としての命令だ。森の向こうにーー」


「ハンゲル様!」



 気がつけば私はハンゲル様に抱きついていた。


「……あ、ありがとう、ございました! 奴隷商人から救ってくださった御恩。大切に養ってくださった御恩。そして、両親の元に戻れる御恩。……まさに奇跡です! この御恩は、決して……忘れません……!」



 私は両親に会える嬉しさ、ハンゲル様たちと離れ離れになってしまう悲しさから、涙をポロポロと流してしまった。



「はは、泣くほどとは……。俺も虐待が上手くなったんだ。……それに言ったろ、フィリア。奇跡なんてものは人の手ではどうにもならない事を言うんだ。これは奇跡では無く……必然なんだ」



 ハンゲル様はポケットから純白の絹のハンカチを取り出し、私の涙を優しく拭いながらそう言った。



「そうだ。このハンカチはフィリアにやろう」



 そう言って使ったばかりのとは別のハンカチを私に押し付けた。受け取ったハンカチは微かに黒い汚れがついていた。まるで、私が最初に使った時の汚れが落ちなかった時のやつみたいだ。



「はい……ありがとうございました……!」



 私はハンゲル様との思い出のハンカチを胸に抱きしめて、両親の元へと戻っていった。


 こうしてまた1人、奴隷が悪虐非道な奴隷商人の虐待の末、1ヶ月も経たずに処分された。彼はこれからも奴隷という存在が無くならない限り、虐待することをやめないだろう。

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