8月16日

エピローグ

 だるような暑さの中、僕はとある場所にやって来ていた。

「お墓参りに来たよ。心咲」

 僕の後ろで、西沢が目の前の墓石に話しかけた。墓石には『保科家之墓』と彫られている。

「西沢。すまないが、僕と保科の二人きりにさせてくれないか?」

「うん。分かった」

「ありがとう」

 墓地の中心でたった一人、無機質な白い墓石の前で独白をする。

「久しぶりだね。大体1か月ぶりくらいか。君にはたくさん世話になった。ああして西沢が元気に外を歩けているのも、君のおかげだ。僕は今から独白をする。君は怒るだろうか。失望するだろうか。君ならば、それでも僕を肯定しそうだ。……さて、では話そう。あれは去年の夏……そうだ。相変わらず察しがいいね、君は。7月7日——君が僕を好きになった日だ。単刀直入に言おう。君は僕を好きになったんじゃない。君が僕を好きになるように呪ったんだ。この『錨草と恋慕の簡易呪術』を使ってね」

 僕はトートバッグから茶色の便箋を取り出し、墓石に見せた。

「僕を好きになったきっかけが無いことに違和感を覚えたはずだろうに。なぜそんなことをしたかって?のためだよ。実験題目はこうだ。『呪法で作られた恋慕による古来呪法発生の可能性調査のための実証実験』。つまり、呪いの影響で一年以上僕に固執しても、古来呪法の条件は満たせるのかを確かめる実験だ。君は去年から既に僕の助手であり、実験対象だったわけだ。しかし、もし呪いの影響で僕が研究できなくなったら元も子もない。そう考えていたところ、彼女と出会った。西沢叶芽さ。僕は彼女を利用することにしたんだ。西沢が僕を好きなのは知っていたし、あの呪いの原因も分かっていた。でも僕が解いてしまっては意味がない。だから僕は君に『錨草と恋慕の簡易呪術』を渡し、彼女の呪いを解かせて二人の友情を深めることで、西沢との友情を想いしやすくなるよう仕向けた。君を殺すのが一番手っ取り早いが、自分の手は汚したくなかったからね。僕の演技やあの手紙の文章もなかなかだっただろう?少しでも君に罪悪感を持ってほしくて、少しでも君の頭の中に自死という選択肢を入れたくてね。心配をかけたくないなら手紙を書かなきゃいいのに、わざわざ――端的に言えば『君のせいで僕はこんな状態だ』と訴える手紙を書いた。特にあの手紙の最後の一文は、助演男優賞レベルだったと自負しているよ」

 僕は立ち上がり、墓石にひしゃくで水をかけた。

「色々頑張ったんだよ。僕も。保科と西沢が出会えるよう、わざと保科に自分を尾行しやすくさせてあの廃墟に誘導したり、共通点が見つかれば二人は仲良くなるだろうと思って有栖川有栖の小説を勧めたり。『錨草と恋慕の簡易呪法』を書いた茶色の便箋をそのまま手紙に使っていたことに気づいた時は、少し焦ったね。君は気づかなかったようだが。ちなみに、百瀬は僕の実験概要には無い存在だった。恐らく彼女、代償として倫理観を失っていてね。彼女は無差別殺戮兵器であり、最悪の異分子だったよ。もし彼女があの時本当に西沢を殺していたら、僕の計画は大きく狂うことになっていただろうね」

 僕は数本の線香に火を点け、墓前に供えた。

「だが、僕の実験は最終的に大成功を収めた。今年の七夕に古来呪法は発現し、僕の五感が五日に一つずつ無くなっていったんだ。そして君は自死を選び、愛する僕を呪いから救った。去年の七夕に出会った彦星のために、君は天に逝き天の川を渡ったんだ。感動的だね。……そうそう。西沢がこの出来事をモデルに小説を書くそうだ。タイトルは、確か『助手は天の川を渡れり』だったかな?タイトルから分かる通り、君が主人公だ。おめでとう。助手に徹した君が主演、というのも随分な皮肉なもんだ」

 僕はまた立ち上がり、微笑みながら墓石を撫でた。

「さて。僕はそろそろ行くよ。このあと君の死を悼む会があるそうだ」

 保科の墓石を離れ、僕は西沢が待つ方へ向かった。

「話は終わったの?」

「ああ。彼女も納得してくれた」

「そう。何だかよく分からないけど。それじゃあ、行こっか」

 二人は墓地を離れた。

 嫌なほどの快晴が、濡れた保科の墓石を見下ろしていた。

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助手は天の川を渡れり 涌井悠久 @6182711

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