ある朝

オールマイワード

11/1 8:30

転ばぬ先の杖、だなんて思いながら僕は横断歩道を渡っていた。その言葉に然程意味は無かったが、ここ最近の僕はおよそ不幸続きだったせいかも知れない。

それらをあえて羅列するような事もないが、いや、しかし今ちょうど特筆すべき不幸が一つあった。


気付いた時には、僕はもう地面の上にはいなかった。車に撥ね飛ばされ空中を舞っていた。

無駄に引き伸ばされた時間の中で考えた。

ああ、全治半年。何てと。




⚠︎




「出欠確認します、愛田さん」

「はい」

「伊藤さん」

「はい」



僕は席に座っていた。3年目の学生服を着て、いつも通りの時間で。

瞬きを数度して、大きく溜息をつく。もはや隠すまでもなく、僕の心を占めるのは落胆であった。僕はまたこの、大嫌いな教室に来てしまった。

どうやら僕は自分の「不幸な事故」を夢想してしまう程疲れ果てているのだ。叩きつけるアスファルトの感触が手に残っている。

夢と断ずるには、きっとリアル過ぎた。でも僕は気付かない。既に十分過ぎる結論と手段を持っていた。


「若宮さん」

「はい」


僕は返事し、立ち上がり、机の下に隠していた手を挙げた。煌めく銀光。それは一丁のナイフだ。人を容易に殺傷出来る凶器だ。


でも、誰も見ない。音の粒が見える程シンとした教室。


先生は僕のいるに目を遣った。


「若宮くんは今日休みですね。まだ連絡が無いんですが、誰か理由を知っている人はいますか?」


誰にも見えていない、誰にも聴こえない。

僕は、幽霊になっていた。






だから、なんだ。


僕は机の間を通り抜け、教壇に上がり、先生の横に立った。

ナイフをゆっくりと心臓へ差し込む。


先生が倒れた。



俄かに騒めく教室。無関係を気取る同級生達。

一直線に並ぶ首を走りながら切り裂く。


ドミノ倒しのように役割を終えていく命等。


やっと逃げ出し始めた者達を見て、僕は追いかけもせず、やがて誰もいなくなった教室に立ち尽くした。


座ってみた。


また立ち上がった。


窓の外を見た。

そこには何がある。空がある。


真白い風が吹いている。

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ある朝 オールマイワード @AllMyWord

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