武蔵野の西端 御嶽を歩く
葉山 宗次郎
武蔵野の西端 御嶽を歩く
第2回角川武蔵野文学賞に出す武蔵野のエッセイを書こうと思い、ウィキなどで武蔵野の定義を調べてみた。
そしたら江戸時代のガイドブック<江戸名所図会>で「南は多摩川、北は荒川、東は隅田川、西は大岳(たいがく)・秩父根を限りとして」とあり、奥多摩にある大岳山まで武蔵野は含まれていると知る。
ならば、よく訪れる御嶽周辺――武蔵野の西端を語っていこうかと思う。
まず、御嶽へ行くのに使うのは青梅線。
立川から乗り込み、電車に揺られながら向かう。
途中までは平坦な関東平野を進んでいく。だが一部列車を除き、青梅止まりのため奥多摩行きへ乗り換える。
そこからは景色が一変し、山間を多摩川に沿って進む事となる。
カーブ、トンネルが多くなり山間も狭まり、谷は深くなり山岳路線の趣となる。JR東日本がアドベンチャーラインと呼んでいるのも分かる。
山間を進み下車駅である御嶽駅へ行く。
もし、昼前の遅い時間に御嶽駅を訪れたのなら、近くの河鹿園に行くと良い。
料理旅館として使われていた建物で旅館を廃業した後、美術館に替わっている。
旅館時代からの掛け軸――雪舟と長谷川等伯の真筆と伝えられるものが床の間に、ガラスを隔てる事無く、直接見る事が出来る。
その後ろの欄間など、屋久杉の土中木を利用した代物で、彫り物とは違う独特の味わい深い造形を見れる。
大広間は旅館時代に飾られていた絵画が飾られ、一見の価値がある。
疲れたなら休憩所で眼下を流れる多摩川と奥多摩を愛した川合玉堂の記念館を見ながら飲み物を飲むと良い。
御嶽駅を出たらバスでケーブルに向かうのが普通だが、歩いて行こうか。
JR沿いの道路を奥多摩へ進み、道の案内に従い、多摩川へ。渓流釣りの人々を見ながら橋を渡り、上り、ケーブルに向かう道を行く。
舗装されているが、山はより近くなり、右からは河のせせらぎが聞こえてくる。
やがて御嶽ケーブルの駅に着く。
ケーブルを使わずに行くこうとすれば、巨大な鳥居をくぐってキツい坂の杉並木を通っていく。
九十九折りの道を進み、ケーブルの見えるベンチで休憩し、宿坊の方が使う車とすれ違いつつ、山の中を上り行く。
ケーブルの下を通り過ぎ、山頂駅からの道と合流すると、その先は「生きてるマチュピチュ」――御嶽神社の宿坊群だ。
山頂近くの尾根沿いに作られた宿坊街で今でも多くが営業している。
中でも驚くのが道沿いにある宿坊東馬場――馬場屋敷だ。
江戸時代から残る、かやぶき屋根の建物で代々の御師――寺社へ行く参拝客の旅行業者だ。
宿泊も出来るが昼は食事処となっている。
空腹なら、お清め汁を進める。
お餅入りの具だくさん豚汁で甘く美味い。薬味の生姜葱七味を入れると味が変わり飽きない。腹持ちも良いので登山に合う。
食事が出てくるまでの待ち時間に奥の内神殿を見るのも良い。
当主が神主も兼ねているので、立派な神殿があり一見の価値がある。
馬場屋敷を過ぎて急な表参道沿いを歩いて行く。
各所に店や宿坊もあり見ていて飽きない。
冬に来たら美脚コンテストも行われているので見ると良い。
ただし出場者には手出し厳禁だ。
美味しく食べられるために外にいるので、手で穢してはならない。
食べたいのなら、その店の丸干し大根を求めよう。
神代ケヤキを見上げつつ、土産物店を過ぎて神社の境内へ。
手水舎で清めた後、御嶽講の記念碑を見つつ、木々の下の石段を登る。
折れた先で待っているのは御嶽神社だ。
他の参拝客の犬と共に拝殿をお参り。
武蔵御嶽神社の眷属は「おいぬ様」――狼なので、狼に近い犬がいると何処か嬉しい。
お参りが済むと裏側の摂社群へ。多くの社があり、好きな神様を拝むと良い。
私のお気に入りは、一番奥の遙拝所だ。
奥宮を望むことが出来る場所で様々な木々と切り立った崖が見える急峻な頂を見る事が出来る。
お参りを終えて拝殿へ戻ると、そこからは武蔵野の平野を一望できる。
遙か遠くの都心も望むことが出来、来て良かったと思える。
御嶽神社から更に端にある大岳山へ行くとしようか。
大岳山は周りは平らだが、山頂付近が空へ突き出たような特徴的な山でどこから見てもすぐに分かる、奥多摩のシンボル的な山だ。
階段を少し下りて、大岳山へ行く登山道へ入る。
ルートは色々ある。
まっすぐも良いが、良い回り道がある。
一つは奥宮経由。
まっすぐ伸びた木の途中から横へL字に伸びた不思議な枝のある天狗の腰掛けの先にある分かれ道を山の中へ向かう険しい山道だが、木々が美しい。
崖から落ちないよう注意しつつ進み、山頂直下にある小さな拝殿へ。お参りを済ませ両脇から伸びる道を進み、ご神体である山の頂上へ。
そして南の尾根に向かう山道を通り大岳山へ行くのだ。
もう一つは帰り道に教えよう。
山道を大岳山にむかうが、途中から岩道になる。
崖の途中を切り掘りしたような箇所が続き、鎖などを頼りに進んでいく。
キツい山道を進んでいくと、山荘前の広い広場に着く。
木々に囲まれた日陰で休み疲労回復したら最後の急登だ。
天然石の石段を上り、岩場に取り付き、鎖を使って登って行く。
苦しい山道の後、たどり着く山頂は南側が開けており、大岳山を除く奥多摩三山――御前山、三頭山の二つと共に、晴れていれば遠く丹沢や富士山を望める。
武蔵野の西の端に相応しい尾根の連なる雄大な景色が見られる。
大岳山にはいくつか登山道があるが、帰り道は、御嶽神社に戻ろう。
その途上にロックガーデンへの入り口がある。
奥御嶽渓谷を東京都が整備した場所で、天然の奇岩名石に苔が生す、緑豊かな場所だ。
秋は紅葉が見事で、渓谷の中を流れる川と、相まって美しい。
ただ山間にあるので明かりに乏しい。午前中なら太陽が谷の上から木漏れ日が降り注ぐので綺麗だ。
道中にある綾広の滝は、開けた谷の奥にあり、傍らの登山道から見下ろせるので美しい。それでいて近くに行くと大きく、近くにある鳥居もあって神秘的だ。
少し離れると両側から岩が迫っている場所から見る事になり、まるで深窓の令嬢のような一面も見せてくれる不思議な滝だ。
滝を過ぎると飛び石まじりの道を進み、渓谷沿いに歩いて行く。
休憩所を過ぎ、更に歩くと、天に向かって石柱を突き出す天狗岩が、道を登った先に見えてくる。
本当に天狗の鼻のような突き出た部分のある巨石で驚く。
裏から回り込んで登ると無数の木々の根が張り巡らされ、まるで天狗の修行場だ。
ここから下りると、落差十数メートルの七代の滝がある。
見上げる姿は壮観だが、登山道の下の方にあり、神社に戻る時は蟻地獄のようなどん底から上がることになるので、体の疲れを考えてから行くと良い。
神社への参道へ戻り、商店街を通って突き当たりのT字路を左に行くとケーブルへ戻る。だが反対の右へ行くと景色が素晴らしい隣の日の出山へ行けるので此方へ行こう。
最後の坂がキツいが、途中までは比較的なだらかで、歩きやすい道だ。
道中は奥多摩特有の杉林に囲まれ、ところどころ巨石が顔を覗かせる典型的な山道だが、奥多摩らしい雰囲気で心が落ち着く。
最後の急斜面を越えると開けた日の出山山頂へ至る。
目の前には遮るもののない武蔵野の大地、関東平野が拡がり、狭山湖や西武ドームは勿論、新宿の副都心群、スカイツリーが見える。
そして振り返れば、歩いてきた道、山の尾根沿いに立ち並ぶ御嶽の宿坊群や、大岳山が見える。
山頂の近くに予約制の小屋があるのだが、人数制限があり中々使えない。いつか、ここに泊まり日の出山の日の出を――関東平野から昇る朝日を見たいものだ。
景色を堪能したら右の「つるつる温泉」への下り道を行くと良い。
急な下りで、滑らないように行くのが大変だが、舗装された林道に入り暫くすると湧き水が出ている場所がある。
そこで喉を潤し、更に降っていく。
川のせせらぎを聞きながら森の中を進み、やがて人里へ。
二車線の自動車道に出たら、左へ進み少し登ると、「つるつる温泉」だ。
この温泉で山歩きの汗を流し、体を休めよう。
入り方は人それぞれだが、私は五分から十分、湯船に入った後、一分ほど水風呂に入り、体を拭ったあと、露天風呂の脇の腰掛けで湯船に入ったのと同じ時間静かにするのが好きだ。
この後くる、山道で酷使した足の筋肉痛が押さえられるし、体の日々の疲れや緊張がとれてリラックスできる。
肌の毛細血管も収縮し体の熱が外に逃げにくくなり意外と冷えにくいのもよい。
温泉が終われば食事処へ。
秋山牛を使った朴葉焼き(味噌味)の定食で腹を満たし、地酒の飲み比べセットで酒を堪能。酒精で血行をよくして、ほろ酔いの気持ちよい気分になる。
本棚のあるロビーで読書をしつつバスを待ち、五日市の駅へ向かう。
ほどよい疲労感と達成感で改札を通りホームに上がり、誇らしい気分で電車の開扉ボタンを押してドアを開け、車内に入り椅子に座る。
重い荷物を下ろして休んでいると列車は出発する。
トンネルを過ぎると武蔵野の平野を、田園地帯の真ん中を電車は進んでいく。
それまで山の中を歩いていたのが嘘のように平地が続く光景が目に入る。
夢心地になるが、一部の列車を除いて拝島で止まってしまうので、疲れた体にむち打ち、階段を上って、乗り換える必要がある。
少々興ざめだが仕方ない。
帰りに小腹が空いたら、立川駅の構内で食べるとよい。
立ち食いそばも良いが、北の連絡通路には武蔵野うどんを出すお店がある。
太く平たいうどん麺を肉の入った汁に入れて豪快にすするのは楽しいし、うどんなので腹持ちが良い。
うどんが嫌なら南の連絡通路には焼きそば専門店がある。
ジュージューと音を立てながら調理されるオム焼きそばは食欲をそそる。
箸で切り分けたオムレツをソースの絡まった麺と一緒に食べるのは極上の味だ。
武蔵野の範疇でありながら、深山幽谷の趣のある御嶽周辺。
これから訪れるのに丁度良い季節だ。
秋の紅葉は素晴らしいし、冬は空気が澄んでおり遠くまでよく見通せる。
是非一度は足を伸ばして貰いたい。
武蔵野の西端 御嶽を歩く 葉山 宗次郎 @hayamasoujirou
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