第3話 刹那と刹那のその狭間
病室に蔓延る地獄の沈黙。まるで沈黙の種子が一斉に咲き誇ったかのようなその静けさは青年の心音を頭に打ち込むには十分すぎた。
ドクン…ドクン…もはや青年に聞こえていたのは彼自身の嫌に鼓動の遅い心臓の音だけだった。時の流れを遅く感じる。静寂が作り出す無の中で、それでも青年の思考回路だけは覚醒していた。
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青年の癌の症状は酷かった。運命は徹底して冷徹であり、残酷である。現実は一人に甘く、一人に厳しいのならば運命は不幸の中の一握りの幸さえも存在させないように抜かりなく不幸を浸透させる。そのくせに完全に生を抜き取るのではなく、すでに消えかかりそうな命の灯火を寸前で消さないようにと、憎たらしき運命は薄い希望の光を常に人々に当て、弄んでいる。青年もそうだ。
彼の病状はすでにステージ4まで進行しており、癌細胞はすでに体のあちこちに転移していた。これが仮にステージ2や3だったとしたらいくら良かっただろうか?青年には少しばかり長い余命と熟考の余地を与えられていた。不幸中の幸いだったと言えるだろう。無論、青年にはそんな余地など残されてはいなかった。彼に残された手段は一つ、燕の涙ほどの成功率の手術あるのみ。
青年は考えていた。その事実をどう受け取るべきか。自分は何をするべきか。1秒を5秒、10秒、20秒のように感じていた。やがて青年は刹那と刹那の間に作られし無限の時の狭間で彷徨っていた。次の1秒で答えを見つけることができると信じ、次の1秒に辿り着こうと手を伸ばし、足を動かし、それを追いかけるが、追えば追うほど無限の時間が青年とそれとの距離を引き伸ばしていく。
ついに答えを見つけるのを諦めた青年は時さえ進まぬ限りない空間に一人、ポツンと取り残された。走るのをやめた青年がふと自身の体を見てみると自身の体がどんどん小さくなっていくのに気づいた。次第に思考もあやふやになり、少年は幼児、そして赤子にまで縮まると、ようやく成長の逆行が止まった。哀れなことに青年の成れの果てであるこの赤子には青年の培った知識、倫理、記憶といったものは何も残っておらず、彼は助けを求めようと必死に泣いていただけだった。
本能の赴くまま、ただそこで泣いていた。
僕「癌だった…」 @oppaigasky
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