魔法省の長官
真剣に資料を見ていた時、シャァァァァと不気味な声が聞こえた。
反射的に振り向けば、蛇の頭を三つ持つ魔法生物が地を這っている。
杖を持って魔法を発動させようとしたミアの体を急に担ぎ上げたテオは、ほうきに跨って急速に上空へ移動した。
「撤退だ。何度も探したけど、あそこに魔女の魂はない」
「そっか……。西は駄目だったってことは、次探すとしたら北かな。毎日敷地からギリギリのところを探してればいつか見つかるかも」
「お前はもうやめとけ。ヨゼフィーネは危険すぎる」
一緒に探すぞ、と誘われるのを期待していたミアは、テオの突き放すような、忠告するような言葉を少し寂しく思った。
「……私ってそんなに頼りない?」
担がれていた状態から体勢を変え、テオのほうきの後ろに乗った。
自分では、強力な魔法を身に着けているつもりである。ブルーノやテオ、カトリナやスヴェンの力を借りて、一緒に別の魔女の魂を倒したこともある。
けれど、テオはミアのことを積極的には巻き込みたくないらしい。
「学業と魔法の鍛錬に集中しろって言ってんだよ。オペラになりてぇんだろ」
「そうだけど、そのために並行して魔女の魂も探したい」
「取捨選択しろ、取捨選択。何でもかんでもやろうとしたら全部おざなりになる」
「それは……」
それは確かにそうだ。反論できなくなり口籠る。
ミアは今、勉強とバイトと魔法の練習の両立で手一杯なところがある。そのうえで予言のことにも対応しなければ、となると、必ずどこかが手薄になるだろう。
ミアにとっては予言のことが最優先だ。何よりも魔女の魂と接触したい。勉強とバイトと魔法の練習はただの手段である。
けれど、それをテオに説明することができない。納得してもらうためには、荒唐無稽に感じられるであろう話をどうにか信じてもらう必要がある。
それに――
(……怖い)
マギーと魔法使いを滅ぼす存在。そう予言されている自分を、テオが今まで通り受け入れてくれるか、自信がない。
ミアが俯いているうちに、空飛ぶほうきはあっという間にフィンゼル魔法学校の寮に辿り着いた。テオのほうきから降り、送ってくれたお礼を言う。
「テオ、わざわざありがとう」
「ついでだしいーよ。お子様はさっさと寝ろよな」
二個しか違わないのに事あるごとに子供扱いしてくるテオは、くあっと欠伸をしながら言った。
その時、ミアはあることに気付く。
「……テオ、もしかして寝てない?」
「あ?」
「目の下にクマあるよ」
今は試験期間でもない。試験勉強で徹夜しているというわけではないだろう。
おそらく、毎晩ヨゼフィーネを探しているのだ。
新オペラが二名とも魔女の魂のせいで眠っている。そのような異常事態で大変なのは分かるが、一つだけ違和感を覚える部分があった。
(……何でブルーノがいないんだろう?)
オペラの一員としてヨゼフィーネを探しているのなら、一緒にブルーノがいるはずだ。ブルーノとは別行動しているのだろうか。確かに、二人で一緒に同じ場所を探すよりは、一人ずつ別の場所を捜索した方が効率はいいのかもしれないが。
「あー……。ブルーノ、体調悪いみたいでさ」
「ええ!? 大丈夫?」
びっくりして顔を上げる。
あのブルーノが風邪を引いているところなど想像がつかない。
すると、テオが何故かニヤリと笑った。
「心配なら直接話しかけにいけよ。お前ら最近避けあってるだろ」
痛いところを突かれ、引きつった笑いを返すことしかできない。
ミアだってブルーノと以前のように仲良くしたいが、一年次の宝探しイベントの後から、それは叶わなくなってしまった。
ブルーノはミアのことを敵とみなしている。ミアがトーアの魔法使いなら殺さなければならなくなるとまで言っていた。
ミアの方も、それを受けてブルーノを牽制するような態度を取ってしまった。
ブルーノに邪魔をされるわけにはいかないのだ。だから遠ざけた。
喧嘩……というわけではないが、あれ以降、ブルーノとは以前のようには話せていない。
(いいんだ。最後に思い出作れたし)
キャンプファイヤーの夜、ブルーノと踊った。
あの時間を最後にするつもりで、これまでありがとうという気持ちを込めた。……だからもういい。
「何があったのかしんねぇけどさ。大事な人間とは話せる時に話しといた方がいいぞ。いつ話せなくなるか分かんねーし」
「……うん。そうだね」
テオのアドバイスに対し、上辺だけの返事をする。
テオはミアを女子寮の入り口付近まで送った後、ひらひらと手を振って男子寮に戻っていった。
アブサロンが調整してくれたおかげで、ミアは現在女子寮に部屋があり、テオとは戻る方向が違う。
オペラのみが入れる男子寮の最上階で過ごしていた日々を少し懐かしく思った。
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翌朝、ミアは眠い目を擦りながら起き上がった。
レヒトの国は年中空が分厚い雲に覆われているため、朝であろうと地球のように窓から差し込む光はない。それも相まって、一人で起きる朝は物寂しいものだった。
働き者の妖精達から寮で出てくる朝食のトーストとスクランブルエッグを受け取り、昨日の授業の復習をしながら部屋で頬張る。
(この詠唱、長すぎて覚えられないな……)
最も難しい呪文を眺めながらむむむと顔を顰めた――その時、ずきんと二の腕が痛む。その痛みはじくじくと焼けるような熱さに変化していく。
これまでもたまにあったが、今回は尋常ではない痛みだ。ミアの口からトーストがぽろりと落ちた。
腕を押さえて身を小さくしていると、徐々にその痛みは引いていく。
――嫌な予感がした。
何かが近付いてきている気がする。
恐る恐る袖を捲れば、そこにある傷が深くなっていた。
おそらくこれは、マギーに転移した時に付けられたものだ。
ミアを狙う人物がいるのは、ずっと前から感覚として分かっていた。
ミアはこのレヒトの国に不法侵入した形である。
そしてこの傷を頼りに、ずっと追跡されている。フィンゼル魔法学校の敷地に結界が張られているおかげで見つからなかっただけだ。
「この傷魔法じゃ消えなかったし、私ってもしかして指名手配扱いかなぁ」
大きな溜め息を吐き、落としたトーストを大食い根性でかじった。
養護教諭アブサロンでも消せない傷。
ミアの力をもってしても、消し去ることはできなかった傷だ。
「……面白いじゃん」
ミアはにやりと口角を上げ、闘争心を燃やす。
この印を付けたのは、確実にミアよりも優秀な魔法使いだ。
恐ろしいとも思うが、力試しをしてみたい気持ちもある。一年次でミアの魔法の実力はぐんぐんと伸びた。今の自分なら、対等に戦えるのではないか――そんな期待を抱きながら、食器を片付けて部屋を出た。
「今日、エグモント様が来てるんだって」
「ええ? どうして?」
「お忙しいのに来てくださるなんて。一目見たいわ」
「やめときなよ。あの独裁者、私は嫌い」
他の生徒達が寮の廊下で話し合っているのが聞こえてくる。
(……今日、ここに来た人物?)
この嫌な気配はその人物かもしれないと思い、ミアは話し合う女生徒達の間にひょこっと顔を出した。
「エグモントって誰?」
「わあっ。ミアさん!?」
女生徒達はミアの突然の登場に驚いたようで、あたふたしながら後退る。
あのカトリナと競い合っている生徒ということで、ミアは今では学校内でなかなかの有名人だ。話しかけただけでぎょっとされるくらいである。
「あ、え、えと、エグモントっていうのは魔法省の長官の……ご存じないんですか?」
「長官!? あっ、うん、いや、勿論知ってるよ」
それを知らないのはさすがに世間知らずすぎるような気がして慌てて知ったかぶりをした。
トーアの魔法使い 淡雪みさ @awaawaawayuki
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