霧の地帯での捜索
ミアは一年生と二年生の間の長期休み中、ずっとフィンゼル魔法学校の寮にいた。他の生徒たちが実家に帰っていく中、帰る場所のないミアだけはずっとこの敷地で、魔女の魂の手がかりを探していた。
魔王の予言の詳細を知るためには、魔王と近しかった魔女たちに話を聞くしかないと思ったからだ。
魔女の魂は残り3つ。魔女の魂のほとんどは自我を失っているらしいが、3つもあればどれかにまだ意思疎通できる魂が残っているかもしれない。ミアはその可能性に懸けて、魔女の魂の気配を追い続けた。
ずっと寝ずに手がかりを探していたため、休暇中のミアの生活リズムはあまり良いものとは言えなかった。その疲れが今になって出ているのかもしれない。
(カトリナに怒られちゃったし、今日からはちゃんと寝よう……)
必死に探したところで魔女の魂を見つけられたことはない。探し方が悪いのだろう。一度よく寝てすっきりした頭で次の手を考えた方がいい。
(いやでも、まだ探しきれてない場所があるし。今夜だけ……最後に今夜だけ探しに行こう。それで、明日からはちゃんと休むんだ)
――その時、二の腕が激しく痛んだ。
「痛っ……」
思わず声を漏らし、腕を押さえる。ズキズキと痛むそこは、エグモントに攻撃された傷があるところだ。
続くようであれば養護教諭アブサロンの元へ行こうかと思ったが、その痛みはすぐに消えた。
(何だったんだろう……)
最初の頃は痛かったが、最近は全く何ともなかった傷だ。痛みが再発しだしたことに違和感を覚える。
ミアはそこでふと昼休みが終わりかけていることに気付き、慌ててパンを買いに教室から出ていった。
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深夜。
ミアはこれを最後にすると決め、フィンゼル魔法学校の敷地の西部、霧が立ち込める滝の近くへ向かった。西の果てまでホウキで移動し、霧で周囲が見えづらくなったところで地上に降りる。
不思議な雰囲気のあるこの場所は蒸し暑く雨がよく降るようで、長袖で来たのを後悔した。霧が濃すぎて魔法でどうこうできそうにない。
杖で灯りを付けてゆっくり前へと進んだ。
湿った土の上を歩くと、見たこともない魔法生物が地を這っているのが見える。フィンゼル魔法学校の西側は校舎のある場所とは気候が違うので珍しい生物が多くいると聞いたことがある。ぬるぬるとした謎の生き物が、粘液を出しながら手足でなく体全体でぬちょお~っと動いているのを見て、ミアは少し怖くなった。
(どうしよう、危険な生き物とかいないよね? 一応ロッティを召喚しておこうかな。でも夜なのに私の都合で呼び出すのも……)
ただでさえ夜は危険なゴーストが湧くと聞く。夜間の外出が禁止なのはそのためだ。魔女の魂を追うようになって、ミアは幾度となく襲われた。
霧のせいで周りが見えない今、奇襲を受けても咄嗟に反応できないかもしれない。十分警戒しながら進もうと思って一歩踏み出した時――ガサッと近くで何かが動く音がした。
足元を這っている小さな生物とは明らかにサイズ感が違う音だ。
ミアはごくりと唾を飲んで音のした方を見る。霧でよく見えないが、向こうから何かが近付いてきている気配がする。ミアは居場所が分からないように灯りを消した。
足音を立てないように後退る。
(地面を歩く足音がするからゴーストじゃない。足音からして四足でもない……ロッティみたいな魔獣ではなさそう。二足歩行……ゴーレムとかじゃないよね?)
今日の授業でゴーレムの生成方法を習ったため、真っ先にそれが思い浮かんだ。土でできた操り人形。作った者の命令を聞かず暴走を始める場合もあると聞いたので恐ろしい。
ガサガサ、ガサガサ。音は徐々に近付いてくる。
ミアの気配を捉えているようだ。
ミアは息を潜めて杖を手に取った。
(先手を取らなきゃ……! 向こうよりも先に攻撃を仕掛ける)
影のある方向に風の魔法を放つ。
しかしそこには何もいない。
(しまった! 影自体偽物だ!)
気付いた時には背後を取られていた。
死を予感して振り返ったその時、そこにいたのは――――テオだった。
「テオじゃん!!」
「お前かよ!」
テオとミアの大声が重なる。
「紛らわしいわ! 何してんだこんなとこで! 何時だと思ってんだ今!」
「テオこそ何でいるの!? こんなド深夜に! 危険な生き物が近付いてきたのかと思ったよ!」
「その言葉そのまま返すわ! ッあー! ビビった~!」
私服姿のテオが心底ほっとしたように蹲る。
本当に、どうしているのか。先生たちがたまに研究で使っている以外では使用されていない霧の地帯だ。生徒が来るようなところではない。思い当たるとしたら――ミアと同じ理由だけだ。
「……もしかしてテオ、魔女の魂を探してる?」
テオを凝視しながらおそるおそる聞く。
「……まさかお前も?」
すると、テオは心底不思議そうにジロジロと見つめ返してきた。
「何でお前が魔女の魂を探す必要があんだよ。それも一人で」
「えっ!? あー……えーっとぉ……」
“私はマギーを滅ぼすと予言されている魔法使いで、その予言の詳細が知りたくて魔王と生前関わっていた魔女を捜してます!”などとは言えない。
ミアはしばし沈黙した後、いい言い訳を思い付いた。
「――オペラ見習いになりたくて!」
「はあ?」
テオが素っ頓狂な声を上げる。
「ほら、オペラ見習いって成績だけじゃなくて学校内の問題への貢献度も含めて評価されて決まるでしょ? 魔女の魂を倒したら候補として認められるんじゃないかなーって……。皆と同じことしてても、皆と同じ評価しか得られないし」
「まぁ……お前学年一位だし、オペラ見習いになるってのも非現実的な話ではねぇけどさ。それにしても危険な道歩みすぎじゃねぇか?」
「テオだって一人で探してるじゃん」
「俺は上級生だからいいんだよ」
「何それ、二個しか違わないくせに。ねぇ、隠し事なしだからね。何で魔女の魂探してるの?」
予言のことを隠している自分は棚に上げてテオを責めると、テオは「俺は……」と何か言いかけて口を閉ざした。
「……また魔女の魂関連っぽい事件が起こってんだよ。新オペラ幹部が二人とも魔女の魂の襲撃に遭った」
「ええ!?」
「何で知らねぇんだよお前。学校新聞、今この話題で持ち切りだろ」
「活字読むの苦手で……。勉強以外で読みたくないんだよね」
「《知の部屋》の生徒とは思えねぇ発言だな」
そういえば、放課後に新聞部の人達が「号外です! 号外です!」と新聞を配り歩いているのを見かけた気がする。あの内容が新オペラの襲撃に関連する記事だったのだろう。
確かに、例年通りなら今日の始業式だって新三年生のオペラ幹部が登壇する予定だったはずだ。しかしあの場にいたのはミアの知るいつも通りのオペラメンバーのみ。朝の時点で登壇できない状態だったのだろう。
「……新しいオペラの人達は、今は大丈夫なの?」
「眠ってる」
「眠ってる? 怪我して目を覚まさないってこと?」
「いや、外傷はない。ただ眠ってるんだ」
テオが杖を振ると、ミアの上にドサッと大量の書類が落ちてくる。その書類には、びっしりと三人目の魔女ヨゼフィーネについての情報が書かれていた。
「……すご。もうこんなに調べられてたんだね」
「生徒の不安を煽るわけにもいかねぇし、オペラ内部でしか共有されてない情報だけどな」
ヨゼフィーネは神出鬼没な魔女で、普段どこにいるか分からない。が、出没場所は最北端、最南端、最西端、最東端など、フィンゼル魔法学校の敷地内と敷地外を分ける結界ギリギリの場所が多い――と書かれている。
ヨゼフィーネには人間のような実体があり、ヨゼフィーネと目が合った者は眠りの呪いをかけられる。フィンゼル魔法学校の生徒にも、二十年以上前にヨゼフィーネと接触した生徒が数名いるが、その呪いを破った者はただ一人として存在していない。治癒魔法も無効であった。
「…………」
ミアは黙り込んでしまった。つまり、一度目が合えば終わりということだ。
(やっぱりオペラの情報網って凄いんだな……)
闇雲に探していた自分が馬鹿らしくなってくる。結界の境界付近によく現れるという情報を知っていたら、もっと場所を絞って探せていたかもしれない。
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