令和天岩戸事件
大輪 小輪
第1話
「つ〜ま〜ん〜な〜い〜」
日本神話の主神であり太陽の神、
「姉さん、どうしたんだよ。そんなふてくされて」
「スサノオ、姉さんがぶうぶう文句垂れになっているのはいつものことですよ」
「そこの愚弟二人、聞こえてるからー!」
癇に障ったのか、地面に伏して一層バタバタと騒ぎ始めた姉に弟二人、
(さて、今回のは厄介そうだぞ)
確かに神々住むこの高天原に娯楽と呼べるものは少ない。たまに奉納品として漫画や小説、他にはスマホやらテレビやらルンバやらが届いたりするのだが、暇を埋めるに十分な量とは言えず、そもそも電化製品は高天原に送電設備がないので使えない。
一度アマテラスの元に『ヒット祈願』と最新の据え置きゲーム機が奉納されたときは、彼女が苛立ちのあまり日本に天変地異を起こそうとしたのを二人で必死に止めたこともあった。
ここでしくじって姉の機嫌を損ねたら、また姉は「憂さ晴らしに3ヶ月くらい日照りにするか」とか言い出すかもしれない。
この瞬間、日本の運命がこの兄弟の手に託されたのである。
「ほら姉様、以前どこかの作家が奉納したラノベは全部読んだのですか?」
「読んだよー、もう何回も。確かに面白かったけど流石に飽きてきたし、完結してるわけでもないから読み返すたびにヤキモキするし…」
「じゃああれは?前、姉さん『自分でも小説書きたい!』つって自分で文字書いてたじゃん。アレの続きとかは?」
すると姉は勢いよく起き上がり、スサノオの方をキッと睨みつけた。
「だって、完成したやつ私が見せたらアンタ、『つまんねえ』って一蹴したじゃん!!」
「…あれ、そうだっけ?」
「そうだよっ!!」
弟に睨みをきかせるものの、段々と彼女の顔は真っ赤に染まっていく。今その目尻に涙を浮かべていることを指摘すれば彼女の逆鱗に触れること間違いないだろう。
「スサノオ…」
「いやあ、口が滑ったと言うか、なんと言うか」
「全く、そこは嘘でも煽てるべきところでしょうに」
スサノオは元来こういうところが酷く不得手であり、姉の強情な気質も相まって二人は度々喧嘩を引き起こしている。
そうこうしている内に姉は二人に背を向け、膝を抱えてしょげてしまっていた。何やらすすり泣くような声も聞こえてくる。
(もう普通に話して、気を紛らわせるという方法は使えなさそうですね…)
ツクヨミがそんなことを考えていると、アマテラスからポツリと言葉が漏れる。
「…だったらもう、下界に行って遊ぶもん」
「「それはダメ」です」
「な〜ん〜で〜さ〜!」
姉は再び抗議の目をして弟たちの方に振り返った。
「だって前までは下界にちょくちょく遊びに行ってたじゃん!なんなら私なんてスサノオと喧嘩したとき、下まで行って天岩戸に引きこもったんだし」
「その『前』っていつの話ですか…。それは1000年2000年前とかなら下界に降りても『神が降臨なすった』で済みましたけど。この現代に姉様が降りて、もし姿をSNSに載せられた日には世界中大混乱ですからね」
「なんなら姉さん捕まえて実験〜、みたいなことありそうだもんなあ」
「その時は神の怒りとして一発天変地異使うから大丈夫…」
「「だからダメ」ですって」
「ええ〜」
そんな簡単に神の権能を使われたら人も神もたまったものじゃない。
結局のところ、事態収束の兆しは一向に見えず。
スサノオももうお手上げとでも言うように天を仰いだ。
「さあて、どうしたもんかねえ」
そんなときである。三人は遠くの方から、何かが近づいてくる音を察した。
音の聞こえた方を見やると高天原の彼方から、一匹の白い毛並みの狼がこちらへとまっすぐに駆けて来ていた。
「おお、シロ!」「シロじゃーん!」「シロじゃないですか」
「スサノオ様、アマテラス様、ツクヨミ様。お久しぶりでございます」
三人の元に駆けつけた狼は目の前につくや否や、平伏し人の言葉でうやうやしく礼をする。
白い狼、
「でも、シロがここまで来るなんてめずらしーねー。何かあったの?」
「ええ、実は折り入ってスサノオ様とアマテラス様にお願いしたいことが…」
「お、どうした?」
興味津々といった視線を向ける二人に隠れて小さく息をついて、白狼はこう告げた。
「御二方が新しく御分霊された『武蔵野令和神社』、こちらに一度顔を出していただきたいのです」
「「あっ」」
姉弟は同時に『完全に忘れてた』という顔をして固まる。
「姉様、スサノオ。まさか、まだ伺っていなかったのですか?」
「ええ、と…」「その、なあ…」
弟からの鋭い視線に姉はだらだらと冷や汗を流す。スサノオとアマテラスはいつの間にか居住まいを正し、正座でシロとツクヨミの方を向いていた。
気まずい雰囲気の流れる三人の間に、庇うようにしてシロが言葉を挟んだ。
「いえ、確かに分霊された神社に伺わなければならない、という絶対の規則はないのですが。なにぶん神社の守りを務めて下さっている鳳凰様が一向にお尋ねにならない二方に憤慨されているようで、一緒にいる自分の肩身が少しばかり狭いと言いますか…」
否、追い討ちだった。
「二人とも」
「「申し訳」」「ねえ…」「ありません…」
大きなため息を一つ、そして愚姉に一言。
「良かったですね、ちょうど良い具合に暇つぶしになりそうなことがあって」
「は、はい」
「既に日も暮れていますし、夜に姉様が高天原にいる必要もありませんよね?さっさと行ったほうがいいんじゃないですか?」
「わ、わかりました!」
ツクヨミからの鶴の一声に、二人は飛ぶ鳥落とす勢いで下界へと降りていった。
「…はあ、やっと解放されたあ…」
「クッソあの鳥野郎、ネチネチ文句垂れやがってチクショウ…」
さしもの三貴士と言えど相手は鳳凰、それに全面的に自分たちに非があることは分かっていたために強気に出ることは叶わなかった。
一人は涙を浮かべ、一人は悪態を吐きながら鳥居から外へと抜ける。見れば鳥居の先でシロが、お座りの体勢で二人を待っていた。
「お疲れ様でございました。アマテラス様、スサノオ様」
「いやあ本当に、ごめんねえシロ…。私たちが早く来てればこんなことには……。」
勢いでアマテラスが抱きつこうとするが、シロは軽くその手をいなした。
「いえいえ、お気になさらず。それで提案なのですが、せっかく久々に下界へと降りて来たことですし、ある場所に立ち寄ってから帰りませんか?アマテラス様も、暁までに帰れば支障はないでしょう?」
「おっ、いいのか!?」「ええ、いいの!?やったー!」
実は令和神社に戻る前、ツクヨミから『二人を少し遊ばせてあげてください』との君名を賜っていたのである。最初こそ戸惑ったものの、二人が満足するであろう場所に一箇所、心当たりがあったのでシロは勇んでその命を承知した。
「で、『ある場所』ってどこなのー?面白い場所じゃないとやだよ?」
「はい、今から入り口まで案内させていただきますが、建物自体はもうここから見えていますよ。」
「え、どこどこ〜?」
「あちらです」
シロが前足の片方を伸ばして指し示す。
「「…は?」」
それは二人の神の前に聳える大きな、大きな岩塊だった。
「…わあ、岩だあ」
「おう…岩だな」
外壁に窓のようなものは見当たらず、確かに神が身を隠すにしてはお誂え向きと言えるだろう。がしかし、一見して『面白そう場所』には到底見えない。
「これあれだ、姉さんが閉じこもってたときの天岩戸だ」
「それで例えられるのは癪だけど…うん。言いたいことは分かる」
「ここが『角川武蔵野ミュージアム』になります」
あまりに巨大で、無機質な外観に二人は暫しの間呆けてしまう。
「案内するって、本当にここか…?」
「はい、そうです。」
「大丈夫?中ただの岩盤だったり、狭っこかったりしない?」
「大丈夫ですよ、おそらくアマテラス様なら気にいると思います」
「う〜、ホントかなあ…」
疑わしそうに呻いているアマテラスを後目に、シロは扉の方へと向かっていった。
「うわ〜〜!すご〜〜い!」
アマテラス様が『ラノベ・マンガ図書館』に入った第一声はまさにそれだった。
「シロ、いっぱい!ラノベもマンガもいっぱいあるよ!これ全部読んでいいの!?」
「はい、暁までなら何冊でも」
「やった〜〜!」
キラキラと瞳を輝かせて、ついでに御体の後光も一際に明るくして図書館の中を駆け巡る。
「わあ、これ前ウチに奉納していった作家さんだ!へえあのマンガ、アニメ化したんだ〜、あっ!続き出てるじゃんまずはこれから〜〜!」
気づくとアマテラスは両手に大量の本を抱えていた。そしてある程度目ぼしい作品は見つけ終えたのか、近くの席に着いて一冊を引き抜き、先ほどまでの騒々しさが嘘のように黙々と読書を始めた。
(さてスサノオ様の方は…)
と、シロは少し前に別れたもう一人の神の様子を見に行く。すると…。
「……フフッ」
整然と並べられた5万冊にも及ぶ本を見ながら、そして棚から本を一冊ずつ取り出しながら、屈強な男神は小さく笑い声を漏らしていた。
荒くれ者でありながらも文芸を嗜む彼は、一人この『本棚劇場』で悦に浸っていた。
(良かった、お二方ともお気に入りになられたようだ)
シロはホッと一息をつく。
事実二人は暁が昇るべき時刻、その寸前まで静かに本を読み続けていた。
しかし。
「アマテラス様!早くお帰りになられてください!」
「い〜や〜だ!私まだ全然読めてないもん!」
「貴方様が帰らないと日本に太陽が昇らないんですよ、ほら!」
「や〜だ〜!私ここに引きこもる!」
アマテラスが高天原へ帰りたくないと、駄々をコネ始めたのは言うまでもない。
これが後世にていわゆる『令和天岩戸事件』と語り継がれる事の顛末である。
令和天岩戸事件 大輪 小輪 @BS_Rin
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