後編



 決戦の場所は喫茶店。

 賢木の手配により、全員が揃った。

 こじんまりとした感じのいい店だが、俺達以外に客はいない。

 俺の隣には美姫が座り、前には賢木とあの優男が座っている。


「お集まりくださり、ありがとうございます。では、早速話し合いを始めさせて頂きます」


 賢木の言葉に、優男はにこやかに頷いた。

 美姫も落ち着いている。自分達の不貞行為の証拠はないと自信があるのだろう。

 そんな二人に賢木は早速切り込んだ。


「あなた達は不倫関係にありましたね?」

「ご主人の勘違いです。証拠はあるのですか?」


 涼しい顔で依然と同じことを言う優男に見せるように、賢木はテーブルの上に大量の写真と書類を並べた。


「!」


 優男と美姫の顔が強張る。

 写真には、どうみても特別な関係にある様子の美姫と優男が写っていた。

 書類の方は、二人のメッセージアプリのやり取りらしきものがある。

 それも肉体関係があることがはっきりと分かる生々しいやりとりだ。


 この証拠の数々は、元ギルマスと魔王が集めてくれたものだろう。

 一年以上前のものから最近のものまである。

 すごい……どうやって入手したんだろう。


「嘘! どうしてこんなものがあるの!? メッセージは消したはずなのに!」

「言うな……! いや、こんなものは偽造だ!」

「偽造だというのなら、これが加工されたものか確認して頂いても結構ですよ?」

「…………っ」


 淡々と話す賢木の言葉を聞いて、二人は言葉を詰まらせている。

 これだけ証拠があったら、言い逃れはできないだろう。

 そう思っていると、美姫が涙を流し始めた。

 以前の俺なら狼狽えたところだが……今は猿芝居だと分かる。


「私、寂しかったの。勇人は仕事ばかりしているから……!」

「なるほど。随分寂しかったようですね」

「?」


 首を傾げる美姫の前に、賢木は追加の写真を並べた。


「あなたのお相手達です」

「!」


 そこには、美姫が何人もの見知らぬ男と親しげな様子で写っていた。


「浮気相手はこんなにいたのか!」

「僕だけじゃなかったのか!?」

「この女は前世でも男癖が悪かったからな」


 同時に叫んだ俺と優男に相槌を打ちながら、元魔王の瑠奈が姿を現した。

 その後ろには日豪もいる。


「男癖が悪いってどういう……?」

「適当なことを言うな! 姫は今も昔も僕だけだ!」


 俺の質問を遮るように、優男が叫んだ。

 瑠奈が冷静さを失っている優男を見てニヤリと笑う。


「お前、前世でクソ姫の専属護衛騎士だった奴だろう」

「護衛騎士……パウルか!?」


 驚いた。パウルは姫が魔王に攫われたとき、単身ですぐに追いかけた勇敢な騎士……だったはずだ。

 混乱する俺に向かい、日豪が口を開いた。


「こいつらは前世でも関係があったんだよ。表向きでは勇者と結婚して幸せそうにしていたが、裏で好き放題やっていたんだ」


 日豪の言葉に瑠奈が続く。


「ロクデナシ騎士は勇者を欺くことで優越感に浸っていただろうが……。知っていたか? クソ姫にとってお前は、一番使いやすい道具だったんだよ。今も昔もな」

「そんなわけがない! 僕は姫が唯一心を許すパートナーだ!」

「確かにお前はクソ姫の裏の顔を一番知っていただろう。それだけ便利な存在だったというだけだ。お前は裏切られていることを知らない勇者を馬鹿にしていただろうが、ただの騎士にすぎないお前は、『夫』にもして貰えなかった小間使いなんだよ」

「違う!」


 狭い喫茶店に、優男の絶叫が響いた。

 余裕が一切なくなった優男に向かい、瑠奈が冷たい目を向ける。


「お前はクソ姫の『魔王に攫われた』という狂言に協力したな? それは、協力すればお前は『勇者になれる』と言われたからじゃないか?」

「! どうしてそれを……」

「護衛騎士と姫では結婚できない。でも、勇者と姫なら結婚できる。魔王に攫われたことにするから、勇者になって助けに来て欲しいとでも言われたのだろう」


 瑠奈の言葉を聞いた途端、優男は美姫を見た。

 さっきまで泣き真似をしていた美姫だが、今はバツが悪そうに顔をそらしている。


「姫の真の目的は、魔王にフラれた腹いせに、勇者を使って憂さ晴らしをすることだったんだ」

「…………は?」


 日豪の言ったことが理解できず、優男はポカンと口を開けている。俺も同じだ。


「当時、シュテルンと魔国の関係は良好だった。シュテルン王家と魔王が内密に会談することもあったのだが、そこに居合わせたミリア姫が魔王に一目惚れをしたことが始まりだった」


 確かに瑠奈の前世、魔王は目が覚めるような美貌の持ち主だった。

 艶のある長い黒髪に、真っ赤な瞳も宝石のようで美しかった。


「ミリア姫は魔王に求婚したが、まったく相手にして貰えなかった。それが悔しくて、勇者を使って憂さを晴らすことを思いついたんだ。人間で魔王に太刀打ちできるのは聖剣を持った勇者だけだからな」

「う、嘘だ! 姫は僕を勇者にするために……!」

「お前は勇者にはなれない。それを姫は知っていたぞ?」

「え?」

「広くは知られていないことだったが、勇者の胸には『印』が現れるのだ。お前たちには体の関係があっただろうから、お前に印がないことは分かっていたはずだ」


 確かに前世の俺の胸には、不思議な模様の痣があった。あれは勇者の印だったのか。


「だからお前は勇者ではなく、聖剣の封印を解くきっかけを作るため、『姫が攫われた』と伝えるだけの係なんだよ」

「そんな……」


 俺だってフラれた腹いせのために勇者になっていたなんてショックだ。

 呆然とする優男と俺に構わず、日豪の説明は続く。


「攫われた姫を勇者が救ったという話は、シュテルン王と魔王が決めたことだ」

「どういうこと?」


 これには俺と優男だけではなく、美姫もきょとんとしてる。


「当初、娘を攫われて魔王に裏切られたと思っていた王だったが、のちに姫の愚かな行動に気がついたんだ。本来なら姫を罰しなければならないが、つまらない腹いせのために聖剣の封印を解いたと歴史に残すことはできない。魔王にそれなりの対価を払い、丸く収まるように頼んだんだよ。前世の儂はその事実を突き止めてたことで王家から圧力を受け、『魔王と通じているギルドマスター』なんて不名誉な噂も流されることになっちまった。だからな、こうしてあんたを地獄に突き落とす手伝いができて嬉しいぜ? 姫様よお」

「あ、あなた、あのギルドマスターなの?」


 美姫が日豪を見て怯えている。


「ああ。俺はギルドマスターのグスタフだった。今は探偵をしている。そしてこっちは……」


 そこで日豪は隣にいる瑠奈に目を向けた。

 それにつられて瑠奈を見た美姫の眼が開いていく。


「まさか……あなたは魔王!? どうして女になってるのよ! 転生していたら最高の男になっているはずだから、ずっと探していたのに! 女だなんてひどい!」

「クソ姫は相変わらず気持ち悪いな」


 美姫の叫びを聞いて、俺と元パウルの優男は、日豪と瑠奈の話が本当の話だと悟った。


「姫……美姫……。嘘だよな? 僕が一番だよな!?」


 優男は美姫に手を伸ばしたが、美姫はその手をはねのけた。


「そんなわけないでしょ! あなたなんて、前世ではただの騎士だし、今はまだ稼げない大学生じゃない! ねえ勇人、許して! 私、いいお嫁さんになるから!」

「ふざけるな。お前とは離婚する。慰謝料もちゃんと払って貰うからな」


 俺の言葉を聞いて、美姫の顔が真っ青になった。

 そんな美姫に賢木が追い打ちをかける。


「奥様の不貞相手の方々にもご連絡させて頂いています。中には既婚者の方もいましたから、あなたは不貞相手の奥様方からも慰謝料請求されるかもしれないですね」


 複数人からの慰謝料請求だ。莫大な金額になるだろう。

 俺は離婚するから支払いに協力するつもりはないし、美姫は夫婦の共同資産を使い込んでいたから財産分与もしない。

 これからは借金地獄が待っている。

 

「無理よ! 慰謝料なんて払えないわ!」

「払って頂きます。ご両親に相談するなり、借金をするなり、働いて稼ぐなりなさればいいかと」

「……私、帰る!」


 美姫は逃げようとしたが、賢木が進路を塞いだ。

 そして、内容証明や慰謝料請求についての書類を美姫に差し出した。


「いらないわよ!」

「ご実家やご親戚に郵送しましょうか?」


 賢木の言葉に顔を歪めた美姫が、書類を乱暴に奪い取った。


「……クソ魔法使い。生まれ変わって、性別変えてまで勇者のそばにいたいの? 執着キモい」

「以前あなたは、勇者の隣は自分のものだと仰いましたね? 席をあけてくれて、どうもありがとう」

「…………っ」


 美姫と賢木が顔を寄せてにらみ合っている。

 何を言っているかは聞こえないが、そういえば前世でも二人は仲が悪かったなと思い出した。


「覚えてなさいよ!」


 三流悪党のような捨て台詞を残し、美姫は去って行った。


「あなたもちゃんと支払ってくださいね」

「…………はい」


 すっかり意気消沈してしまった優男にも書類を渡し、その場は解散となった。

 瑠奈と日豪は「すっきりした」と笑顔で帰って行った。


 前世の知人の協力により、こうして俺は、無事一度は諦めた勝利をもぎ取ることができたのだった。




 喫茶店を出て、賢木と二人で歩く。真っ赤な夕日が目に染みる。


「前世でも今世でも裏切られていたなんてな。俺の人生って何だったんだ」


 虚しくなり、つい愚痴をこぼしてしまった。

 そんな俺の肩を、賢木はポンと叩いた。


「姫の存在だけが、お前の幸せの全てだったわけじゃないだろう?」

「…………」


 俺を励ましてくれる賢木の笑顔は綺麗だった。

 思い起こせば、俺はこの笑顔に何度救われてきただろう。


「そうだな。勇者になって、お前に会えたな。……今世でも会えた」

「!」


 賢木が目を見開いて驚いている。夕日のせいか、賢木の顔が赤い。


「賢木?」

「な、なんでもない。そんなことより、ゆっくり飲みに行こう。この世界では、急に魔物に襲撃されることも、魔王討伐に駆り出されることもないからな」

「ああ、そうだな!」


 賢木の言葉に頷く。

 色々と大変ではあったが、これから賢木ののんびり過ごすことができるなら、この世界もいいなと思えた。

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転生元勇者は離婚したい 花果唯 @ohana

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