エピローグ


「おー、うまくいってるみたいだねー」

「まあうまくいってなきゃ困るしな」


 外に捨てられていた二日前の新聞を拾い読みしていた亮が楽しげな声をあげる。火魔法と水魔法を駆使しながら簡単な料理を作っていた仁はそりゃそうだと返した。

 こんな貧民街では碌な食料など手に入らないというのに、仁が作っているのは美味しそうなハムエッグだ。この区画に迷い込んだ哀れな旅人などから奪い取った食料である。


「っし、できた。おい亮、雪たち呼んできてくれ」

「ほいほーい」


 用済みとなった新聞を外の路地に放り捨て、路地裏に面している窓から顔を出す。より光が当たらない奥の方に目を向ければ、何やらしゃがみこんでいる三人組を見つけた。


「おーい。昼飯できたってーー」


 口に両手をメガホンのように当て、叫ぶように呼び掛ければ、一歩後ろに控えていた青年、貴史が軽く手を上げた。了解、とでも言っているのだろうか。前の二人は聞こえてすらいないようだ。


「全くもう、研究となれば時間も忘れちゃうんだから」


 ぷぅ、と器用にガムと頬を同時に膨らませて、呆れたような声で呟く。反応を見せなかった二人、雪と廉は新たな魔法の開発に夢中なようだ。

 どうせまたエグいものに決まっている。密閉空間から酸素を抜く魔法をキラッキラの目で紹介され、仁と二人で盛大に顔を引き攣らせたことは記憶に新しい。


「一応声はかけたけど、まだまだ来ないと思うよん」

「あー、やっぱりか。どうする?」

「先に食べちゃお。俺もう待てないもん」

「そうしよう」

「「うおっ」」


 いつの間にか現れた貴史の声に、二人して飛び上がる。『暗殺者』という職業のせいか、それとも元からか、気配も足音もなく背後に現れる上に声も顔も平坦だからひたすらに怖い。もはやホラーである。


「ビビらせんなよなっ」

「? 何を言っているんだ?」


 飛び上がったことを恥ずかしく思ったのかほんのり赤い顔で詰め寄る仁だったが、貴史は本当に意味が分からないという顔で首を傾げている。これだからやりにくい。亮はこうなることが分かっているのでわざわざ疲れにはいかないのだ。


「おい待て、何先に食おうとしてんだ」

「ひっどいなぁ〜」


 背後から不機嫌な声がして、皿に伸ばしていた手を慌てて引っ込める亮。振り返れば体から怒りのオーラを滾らせる雪と、にっこり笑顔で冷たい怒りの吹雪を背負った廉が立っていた。

 二人にしては珍しく、無理やり中断されなくても自主的に止めることができたようだ。なんてことを言えば間違いなく叩っ斬られる。そう肌で感じた亮はさらっと嘘をついた。


「先に食べようって仁が言うから」

「はぁっ!? まだ来ないって言ったのは亮だし、そうしようって言ったのはた「仁が先に食べようと言ったんだ。俺は雪を待つべきだと反対した」おっま「俺も俺も! 待っとこうって言ったんだけど、仁が待てないって言ったの!」


 何も間違いっていないことを言おうとする仁と、それを全力で邪魔していくスタイルの二人。

 貴史は真顔でしれっと嘘をついているし、亮も明るさと勢いで自分の台詞を仁に押し付けている。


「おいテメェら! 何勝手なこと言ってやがる!」

「「……じぃ〜ん〜?」」

「俺じゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 二人に怒鳴り事実を訴えようとする仁だったが、廉と雪には聞き入れてもらえなかった。




 食事が終わり、いつも通りのんびりと駄弁る時間がやってくる。


「そういやさー、これから先はどうするつもりなの? ずっとこんなところに引きこもってるわけにはいかなくない?」

「そりゃそうだよな。どうするつもりなんだ?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべた亮と仁の二人が聞いてくる。お茶を啜っていた雪はそうだな、と話し始めた。


「取り敢えず王都を出る。あのブタ共から少しでも離れたい。一先ず門側の区画に移って、抜けられそうな場所がないか探す。んでそのままこの国から出る。国内だといずれ見つかるからな。他国なら例え見つけたとしてもそう簡単には手を出せない。つーか取り敢えずあいつらから離れたい」


 取り敢えず国王たちから離れたいという雪の気持ちがひしひしと伝わってくる。二度も繰り返された言葉に、亮たちの間に小さな笑が漏れた。たちまちぎろりと睨みつけられ、すぐに口を噤む。

 すぐに静かになった四人に満足気に頷いた雪は、にぃっと笑った。


「──それから、冒険者になる」






 遠くからの風の噂でまたどこぞの国が勇者を喚び出したとかなんとか聞くようになった頃。冒険者たちの間では、「黒夜叉」と呼ばれる一つのパーティーが話題を呼んでいた。

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ゲス共の行く、異世界奇譚 波川色乃 @namisiki

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