24 王城脱出の夜
***
雪たちの作戦は非常にシンプルだった。そのものズバリ、『魔族に攫われちゃった作戦』。ネーミングセンスの欠片も感じられないが、そこは言わないでいただきたい。
以前からいつかこの城から出ていきたいと言っていただけあって、雪たちはあらかたの下調べを既に済ませていた。
王城の門に立っている衛兵の交代時間。寮の周りを巡回している兵士が一周するのにかかる時間。警備が一番手薄になる時間帯。外を歩く従者がいなくなる頃。感知魔法が使えるというリクラットが寮から一番遠い、感知しにくい部屋にいる時間帯。
彼らはこれらの情報を完璧に揃えていた。ある意味癖のようなものだ。昔から自分の過ごす環境について全てを把握していないと気が済まない、心が落ち着かない彼らは、小学生の頃から学校や自宅付近のこと、果ては両親の行動範囲やスケジュールまで完璧に把握していた。
全くもって恐ろしいガキ共である。
閑話休題。
こういった情報全てを揃えていた彼らは、それはもうあっさりと部屋から抜け出した。
まずは部屋の中をそれなりに荒らす。抵抗した形跡が残るよう、マナの感知を邪魔する結界を張ってから部屋が壊れない程度の攻撃魔法を使った。
光、水、風、火と四つの属性魔法を使い、それから一番どでかく闇属性を。あたかも雪たちより遥かに強い敵が現れたように見せるために。
適当に腕を切り、そこらに血の痕も残しておく。これは痛覚に異常に強い貴史に担当してもらった。雪たちが思っていた以上にバッサリと切ってしまったので、なかなか危険な量の血が流れてしまった。
「む」
「っあ゛ーー! ばかばかばかばか樫本のバカっ」
「おいおいおいおい切りすぎだろ! 雪ッ、早く回復!」
「うるっせーな分かってるよ! おい貴史! さっさと腕出せ!」
「ああ」
「ちょっと三人とも落ち着いて、外に聞こえたらまずいでしょ〜」
「「「わ、分ーってるよ!」」」
勿論すぐに雪の回復魔法で治療したので傷跡は残っていない。亮と仁、雪の三人が慌てふためいていたのに対し、当の貴史は特に気にしていないようだった。それどころか少し嬉しそうにも見えた。
防音魔法で足音や衣擦れの音を消し、二階の窓から飛び降りる。この世界に来たことで驚異的な身体能力を得ていた彼らにとっては造作もないことだ。廉だけは少しもたついていたが。
そのまま王城全体を囲っている城壁を登っていく。修繕費をケチっているのかなんなのか知らないが、レンガの角がかなり欠けていてとても登りやすかった。
最初に一番上に着いた仁がまだ登っている途中の廉を引き上げてやる。塀の上は意外と広く、巡回する兵士が落ちないように両側の壁は腰まであった。
「じゃ、見つからないうちに撤収しますかー」
器用にもガムを噛んだまま話す亮。ぜぃぜぃと肩で息をしている廉を気遣う仁もそれに頷いた。
「行くか」
「ほーい」
「おう」
「ああ」
「ッは、うん」
大丈夫か? なんとか。そんな会話をしながら向こう側に降りていく廉と貴史。亮と仁がそれに続くのを確認した雪は、仕上げにとこれまで隠れて練習していた上級魔法を発動した。
「《
雪の目の前に黒い靄が渦巻き、雪と同じ大きさまで膨らむ。やがて靄が晴れると、そこには雪とと全く同じ姿をした青年がいた。
「《
続けて別の魔法を唱えれば、その青年の背中から大きな蝙蝠のような羽が生える。そのまままた体を薄い靄が覆い、顔がはっきりと見えなくなった。
「よし、行け」
ばさりと一度羽ばたいた翼で雪そっくりの青年は軽く浮かび上がった。そして雪の指示に従って魔の森の方へと飛び立っていった。その大きさと速度はかなりのもので、あれなら誰が見てもここに侵入した魔族だと判断することだろう。
「雪ー、まだぁー?」
「今行く」
下から呼びかける亮の声に短く返し、寮の方を振り返った。何やら騒がしくなる雰囲気を感じながら、雪は軽く口角を上げた。
「……じゃあな、イイ子ども」
ひらりと壁を乗り越え、彼らは真っ暗な闇に姿を消した。
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