送友人

 結局、遣唐使を乗せた「よつのふね」は、真備や玄昉のいた第一船以外、全て難破してしまった。真備が後に聞いた話によると、中には再び長安に戻り、仲麻呂の下で世話になった者もいたらしい。

「彼はおそらく、相変わらずだろうな」

 磨かれた廊下を渡りながら、彼は旧友の顔を思い浮かべ、小さく笑みを零した。仲麻呂は昔と何ら変わらず、飄々とした態度でいるのだろう。

「私も彼に負けぬよう、日々精進せねば」

 無事に帰朝した真備は、四十五代目の帝の下で、非常に大きな活躍を見せた。彼の培った諸学問は、帝によって重宝されたのだ。

「……それに、貴君のためにも、な」

 穏やかな中庭を彩る、瑞々しい夏の花。鮮やかなその色は、死んだ彼の着物と同じだった。

「聞こえているか、貴君よ。私は今、新たな道を志している」

 真備が庭に下りると、花々は風に揺られて首をかしげた。彼の言葉を聞くように、優しくゆっくりと。

「貴君が悪夢と対峙したように、私も災いと対峙しようと思うのだ。陰陽道をより深く学び、この世に安寧をもたらしたい……」

 くすんだ羽を持つ鳥が、茶色い土をちちちと突く。全てが平穏に包まれた庭先で、彼は旧友に語り掛けた。

「貴君よ。私が道を成し遂げるまで、どうか見守って欲しい。全てを果たす、その日まで……」

 この世に名を馳せし、吉備真備。彼はのちに陰陽道を成し、陰陽師の系譜に名を連ねることになる。

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尚衣奉御の見た悪夢 中田もな @Nakata-Mona

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