わたしのかみさま

アオイ・M・M

わたしのかみさま


わたしはこはるがすき。

わたしをなぐらないし、おこらないし。

おこるけど、おっきなこえをださないし。


ばかにしないし。

ぱぱとえっちなことをしてもおこらないし。


うん、わたしはこはるがすき。


おがわ、こはる。

小川小春とかくんだよ。


こはるのなまえはちゃんとかけるようになりたかったからがんばった。

わたしがかけるかずすくないかんじのなまえ。


わたしのなまえは、みなづそら。

みなづ、はむつかしくていまでもまだかけない。

そら、はがんばったからかける。


空。


あのまっさおなそらのこと。


いいよね。


こはるの〝小〟はちいさいっていみなんだけど、こはるはぜんぜんちっちゃくない。

わたしよりあたま2つ?ぶんくらいせがたかい。

くろくてながくてきれいなかみをしばって、すっとたつすがたがかっこいい。



ほかのおんなのこもそういってたからまちがいない。

なんであんたがおがわくんのそばにいるのよってなぐられたこともあるし。

まちがいないとおもうんだけどな。



わたしははだかで、いすのうえにすわっている。

だんぼうがかかっているのでさむくはありません。


ひざをたててうでをのせて、あたまをそこにのせてこはるをみている。



こはる。

かっこいいこはる。

ちいさいのにおおきいこはる。


たのしくなってしまって、わらってしまったらこはるがにらんだ。



「——そら

 動くなって言ったろ」


「あーい、ごめんね」


「返事ははい、だろ」


「はーい」


「伸ばすな」



ためいきをつきながらそういって、でもこはるはおこらない。

やさしい。


えふでをにぎって、あぶらえのぐをもって。

きゃんぱすのまえにたっている。

あれ? わたしからみたらうしろになるのかな?


まあいいか。

まあいいや!



「飽きて来たか?」


「だいじょぶうです」


「目が泳いでるぞ、無理するな」



めはおよがないよこはる、さかなじゃないんだから。

さかなじゃないんだからさ。


くすくす。


おもしろくなってわらってしまう。

うごくなっていわれたばかりなのになあ。



「……最近はどうなんだ」


「どうって?」



こはるのいうことはときどきむつかしい。

なんてへんじしたらいいのかわからない。

おこらないからいいんだけれど。



「——〝パパ〟は何人になった」


「えっとねぇ……」



ゆびをおってかぞえようとして、うごくなといわれたのをおもいだした。

あたまのなかだけでかぞえようとして、むつかしくなってわたしはいった。



「たくさん?」


「……空にかかると5つ以上は全部そうだものな。

 動いていいから指を使って数えろ」


「えっとねぇ」



きょかがでたのでゆびをつかってかぞえることにする。

いまださん、すずきさん、さとうさん、ひじなさん、あと……。


あたまのなかでひとりひとりおもいだしながらゆびをまげる。

うん、わかった。



「はちにん!」


「そうか。

 先々月から一人減ったな。

 進歩があって俺も安心だよ」


「がんばった」


「そうだな、がんばった」



いいながらこはるはえふでをうごかす。

わたしはいまおしごとのとちゅう、ぬーどもでるというやつだ。

うごかないでいるのはわりととくいだかららくなしごとだとおもう。


ずっとうごかないのはたいへんなのですよ。



ぱぱをへらせ、といったのはこはるだった。

さいしょこはるがいっしょについてきてくれたかららくだったんだけど。


おこったぱぱがないふでわたしをさしてからはこはるはいっしょにこなくなった。

かなしい。


むつかしいはなしはにがてだからひとりでわかればなしをするのはたいへんなのに。


おなかにはられたがーぜをそっとなでる。

きずはふさがっているし、ちはもうでてないけど。


きずをみるとこはるがかなしそうなかおをするのでかくすことにした。

せんせいががーぜをはってくれるので、こはるはかなしいかおをしなくなった。

かなしいかおをみなくていいのでわたしもうれしいのだ。


ときどき、こはるはそれでもかなしいかおをするけれど。

わたしにはどうしていいのかわからないのでしかたない。



「ねぇこはる~」


「ん」


「かみさまってなに?」


「……なんだ突然」


「きったさんがゆってたから。

『おれはそらちゃんにとってのかみさまだぞ』って」


「ゆってた、はやめなさい。

 言ってた、な。

 ……というかあの野郎」



こはるがこわいかおになる。

あれはおこっているかおだ。

なんでおこったんだろう。

ごめんね、きったさん。



「次に別れ話するのは橘田きったにしろ。

 で、ええっと、なんだっけ。

 神様、か?」


「うん」


すこしだけてんじょうをみてから。

かみさまっていうのはあいどるだよ、とこはるはいった。



「あいどる。

 ……かーげーべー、」


「違う。

 というかなんでそんな言葉だけ知ってるんだ。


 偶像アイドル、は難しいか。

 んん……、そうだな、都合のいいもの、かな」


「つごう」


「そう」




こはるはえふでをおいていすにすわった。

これはきゅうけいのあいずだからわたしもうごいていい。

やった。


でもぽーずをくずすと、あとでどんなぽーずだったかおもいだせなくなるのでうごかないでおこう。わたしはかしこいのだ。



つらいことや哀しいことがあったとき。

 どうしようもない苦しいことにあったとき。

 それが解決できないとき、空ならどうする?」


「あやまる」


「……謝ってもどうしようもないときは?」


「がまんする」


「そうだな。

 みんなそうするんだ、そうするしかないから。

 でも、それだと耐えられない」


「たえられない?」


「人間には理由が必要なんだよ。

 どうしてこんなことに、どうすればよかったんだろう。

 同じ苦しみにあうのは嫌だから、理由を探すんだ。

 理由がわかれば回避できる、そう思えるから気が楽になる」


「なるの」


「なるよ。

 だけど、世界は理不尽だから。

 理由なんてない苦しみだってたくさんある」


「やだなあ」


「そうだな、いやだ。

 だから理由かみさますがるんだ。


 ぼくらには理解できない深い理由があって神様が試練を与えたんだ、とか。

 ああ、逆に神様のせいだと思えば楽になる、っていうのもあるな」


「らくになるの」


「なる人もいるよ。

 理由が内になく外にあると思えば人は耐えられる。

 自分のせいじゃないと思えば背負うものがなくなるから」


「?」


「……重いものを持ってる時、腕が疲れたら椅子の上に置くだろ」


「おく」


「その椅子が神様だ」


「おお……。

 かみさますげぇ」


「そうだな、すげぇよ。

 いやすげぇはやめろ、すごい、だ」




だからみんなかみさまをしんじたがるんだ、とこはるはいう。



しんじることはいいことだとおもうんだけど。

なんでこはるはそんなにいやそうなかおをするんだろう。


こはるがいすからたってえふでをにぎった。

あ、しごとしなきゃ。

わたしはさっきとおなじぽーずをとる。

こうだっけ?



「かみさまはいないの?」


「どうかな。

 居ると思う人には居るし、居ないと思う人には居ない。

 そういうものだと思う」


「こはるにはいるの?」



うごきつづけていたこはるのえふでがとまる。

こはるはしゃべりながらでもえふでをとめない。

こういうのはめずらしいことだ。



「――居ない。

 そんなものはいない。

 悲劇の理由を何かに押し付けたり俺はしない。

 試練だとも前世の罰だとも思わない。

 

 そんなの、卑怯だろ。

 こんな、せかいに、」


「いたいの?」


「いたくないよ」


「ないてる?」


「泣いてなんかないよ、涙なんて出てないだろ」



そうだね。

でもなんでだろう、こはるがないてるようにわたしにはみえるよ。


あたまをなでてあげたいとおもう。

えっちなことをしたっていいのに。

こはるはきっとよろこばないとおもう。


おさななじみだから、ずっといっしょにいるからわかる。

そういうのをこはるはよろこばない。


むかしはもっとわらってたとおもう。

いつから、だろう。

こはるはわらわなくなった。



「こはるはわたしといるとかなしい?」


「そんなわけないだろ」


「そっか~」



それから、こはるはだまってえふでをうごかしつづけた。

おひさまがしずんで、そとがくらくなるころ、やっとこはるはえふでをおく。



「よし、終わり。

 お疲れ様、空」


「おつかれさまでした」



ぽっ、とみずのおとがした。

ゆかのうえにあかいいろがおちている。


あ。



「せいりきちゃった」


「……シーツ持ってっていいから風呂行け。

 ナプキンどこだ」


「かばん!」


「持ってくる。

 そういえばちゃんと毎日風呂入ってるか?」


「はいってるよ!」


「そうか」



ゆかをよごしちゃったのに、こはるはなんだかうれしそう。

おこらないし、やっぱりこはるはやさしい。


おふろをかりて、たおるでちゃんとからだをふいた。

こはるがもってきてくれたなぷきんをつけて、ふくをきる。


よし。



「忘れ物ないな?」


「なーい」


「いやあるだろ。

 ほら、バイト代」


「やったー!」


こはるがえぷろんのぽけっとからふうとうをとりだす。

ありがとうございます、とおれいをいってうけとる。


こはるがちょっとだけこわいかおになって、わたしのあたまをぽすんとたたいた。



「いたい」


「ナチュラルに封筒を仕舞うな。

 ちゃんと数えろって言ったろ」


「かえってから、」


「帰るころには忘れてるだろ」


「なんでわかるの」


「わかるに決まってるだろ……」



さすがだなあ。

わたしはふうとうをあけていちまんえんさつをいちまいにまい。



「はい。

 じゅうまんえんです」


「確かに渡したからな」


「たしかにいただきました」


「ゆっくりで良いからパパは減らせ。

 避妊と病気の予防はちゃんとしろ。

 あと井津木いづき医師せんせいのとこにはちゃんと行け。

 風呂……、はちゃんと入ってるみたいだからいいか。

 コンビニ弁当以外のものも食べろよ、外食で良いから。

 あとは、」


「こはる、おかあさんみたい」


「——そんなことはないだろ」



そうだね、そんなことはない。

おかあさんはそんなこといわないもんな。


あきらちゃんがこはるさん、そらのおかあさんみたい、っていってたのをおもいだしたからいってみただけ。


でもこはるは、ううん?

わらってくれてる、のかなあこれ?



「まあ、メシなら食いに来てもいい」


「いいの」


「いいよ」


「まいにちくる」


「いや毎日は来るな、自立しろ」


「らいしゅうもくるね」


「バイトは隔週…、2週間に1回だぞ」


「あそびにくる」


「まあ、それならいいけど。

 無駄遣いするなよ?

 あと判断に困る事があったら何時でも良いから電話しろ」


「あい」


「はい」


「はい」



ばいばい、とてをふる。

こはるもてをふってくれた。


うれしい。



わたし、かみさまはいるとおもうんだ。


わたしのかみさはこんなにやさしいもの。






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