第5話

 次の日、柊は一回も聖と顔を合せなかった。厳密に言うと、同じクラスだからまったく顔を見ないというのは無理な話だが、それでも話すことはもちろん、すれ違うことさえしなかった。

 聖は聖の方でやはりなんとなく気まずい気がしたのか、これまた柊に話しかけてくることはなかった。

 結局、二人はぎくしゃくしたままクリスマスイヴ前日を終わらせることになってしまった。


「柊、今年はクリスマスパーティー来れるわよね?春子さんに行くって言っちゃったんだからちゃんと来なさいよね」

その日、柊が家に帰るやいなや母親はそう言った。春子さんとは聖の母親である。

「え、ああ、うん」

生返事で返した柊だったが、とてもじゃないけどこの状態のまま聖とパーティーで会えるとは到底思わなかった。


 12月24日、ついにこの日がやってきてしまった。その日は終業式だった。聖とのことはもうどうすることもできないのかと、柊は半ば諦めていた。柊がうだうだしているうちにあっというまに放課後になり、生徒たちはどんどんクリスマス一色の街へと向かって帰りだしていった。

 柊は一昨日と同じ公園に来ていた。ため息をつきながら、無駄に広い公園全体を見渡す。ふと、公園の奥の方にある大きな一本の木が目に留まった。

「そういえばあの木……」

柊は急に、昔のことを思い出した。


 いつだったか、この公園で柊と聖と同じクラスの男女何人かでかくれんぼをすることになった。柊は隠れるのが下手ですぐに見つかってしまったが、聖だけは全然見つからず、皆もう帰る時間だからと言って帰ってしまったことがあった。柊は夕焼けチャイムが鳴ってからも聖を探し続けた。ついに、あの大きな木の後ろの茂みから聖は見つかった。彼女は待ちくたびれて、体育座りのまま寝てしまっていた。柊が聖を起こすと、安心したのか聖は大声で泣き出してしまった。

「しゅう、こわかったよう、うわぁーーん」

「な、泣くなよおい」

聖は全く泣き止みそうにない。困った柊はとっさに近くに咲いていた花を摘んで、聖に渡した。

「ほら、これやるから泣くなよ。お、おれがずっとひじりのとなりにいるから」

「……ほんとうに?……やくそくしてくれる?」

「う、うん。やくそく!」

聖の顔がぱあっと明るくなった。そして、聖はけろっと泣き止んで二人は一緒に帰ったのだった。


「なんでこんな大事なこと忘れてたんだろう……」

柊はそう呟くと、ポケットからスマホを取り出した。

「……もしもし」

「お、おう。柊だけど」

「うん、どうしたの」

「今、どこにいる?」

「今?駅、だけど。なに?」

「今すぐ行くからそこでちょっと待っててくれないか。渡したいものがある」

「え?う、うん。……わかった」

「じゃあ、また後で」

柊は電話を切ると、勢いよく公演を飛び出した。イヴの風は冷たかったが、その風さえも今は柊を味方するように背中を押した。一昨日は明るすぎた月も、今は柊が向かうべき場所を照らしているように思えた。

 息を切らして着いた先に、聖が寒そうにマフラーを口元まで上げている姿が見えた。少しして聖も柊に気づいた。二人の目が合う。まだどことなく気まずい空気が二人を包んでいる。

「ごめん、待たせて」

「……ううん、それで渡したいものって?」

「ああ、それもそうなんだけど、その前に言いたいことがあって……聖、木曜日のことは本当にごめん。俺、聖が告白されたって聞いて、その、なんていうか……すごく、いやだと思った。それで、あんなこと言ったんだ。でも、聖の顔見て、本当に後悔した。ずっと謝りたかった。今更遅いかもしれないけど、本当にごめんなさい」

聖は少し驚いているようだった。気持ちを改めるように、聖はブレザーのポケットに突っ込んだ手を出す。

「ううん、柊は悪くないよ。私が勝手に怒っちゃって……こっちこそ、ごめんね」

「一昨日も、別に盗み見するつもりはなかったんだ。あの日、聖とちゃんと話したくて」

「そっか、うん」

聖が右斜め下を見る。照れくさいときにそっちを見るのは聖の癖だ。

「それで渡したいものなんだけどさ……」

柊は鞄からあのポストカードを取り出した。絵の下には『Merry Christmas』とだけ手書きで書いてある。柊は黙ってそれを聖に差し出した。

「これって……」

「去年は直接渡せなかったから、今年はちゃんと渡したくて」

「かわいいね。ありがとう」

聖は笑って顔が少し赤らんだ。喜んでくれたようだ。その笑顔を見て、柊は最後の覚悟を決めた。

「それと!もう一つだけ言いたいことがあるんだ」

握りしめた拳に汗が染みる。心臓がバクバクいう音がうるさいほど聞こえてきた。柊は一つ深呼吸して、聖の目をまっすぐに見た。

「好きだ。幼馴染としてじゃなくて、男として、聖のことが好きだ」

「え……?」

気づくと、聖は泣いていた。いや、泣いていたというより自然と涙があふれてきたようだった。

「あれ……?なんで私泣いているんだろ」

「え、え、ごめん。嫌だった?」

「違うの。私……すごく嬉しい。ずっと、その言葉を待ってた。でも、自分からもちゃんと言いたい。……好き。柊のこと、ずっと前から好きだよ」

柊はこの時、街を彩るイルミネーションや世界を明るくしているどんなきれいなものよりも聖の方が美しいと思った。思ったと同時に聖のこと抱きしめていた。柊にとって、これまでの人生で一番幸せな瞬間だった。それはまた、聖も同じだった。

「……俺、聖に約束してたんだ。ずっと隣にいるって」

「それってもしかして、かくれんぼの時のこと?」

柊がうなずく。

「私、その時寝ちゃってたでしょ。だからあんまり覚えてないんだけどね、柊が私のこと見つけてくれて、柊の顔みたらすごい安心したことだけはっきり覚えてるの」

「俺、そのことさっき思い出して、このままじゃ絶対後悔するなって思ったんだ」

「そっか……。私たち、ずっと近くにいるのが当たり前だったから気づかなかったけど、それってきっと本当は凄いことなんだよね。高校入って柊とあんまり話さなくなって、やっと気づけた。私たち、今まで話せなかった時間に、これからちょっとずつ追いついていこうね」

「うん……そうだな。俺も、これからは幼馴染っていう関係だけじゃなくて、新しい関係でも聖と過ごしていきたいっていうか……だから、その……」

うまく言えない柊に彼女は優しく微笑んで、柊の頬にそっとキスをした。

「それ以上は言わなくても分かるよ。私も同じ気持ちだから」

柊の顔が赤くなる。聖も同じくらい紅潮していた。

「ほら、パーティー始まっちゃう。いそごっ!」

聖は柊の手を取ると、引っ張るように走り出した。イルミネーションが眩しい街の中を二人は流れ星のように駆けていった。柊も聖の手を握り返す。頬を切る空気が冷たい。それでも、繋いだ手はホットミルクのように温かかった。

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