灰かぶりの少女と嘘つき王子

黒鉦サクヤ

灰かぶりの少女と嘘つき王子

「やあ、今年も会いにきたよ」


 煌びやかな世界を描いた本から抜け出たような輝く金髪と青い瞳の青年は、今年も私に会いにきた。生前は王子だったそうだが、死んでからは身分などあってないようなものだ。

 彼は生前の行いが悪く地獄行きだったが、悪魔を騙して死後地獄に落ちないよう契約を結んでいたがために、天国にも地獄にも行けずジャック・オ・ランタンに閉じ込められている。普段は封じられて出れずにいるが、他の霊たちと同様にハロウィンの時だけ外に出ることが許されるのだ。

 彼がここにきたのは、ジャック・オ・ランタンが私の家の前に転がっているからだ。だから、はるばる私に会いにきた訳ではないし、彼が覚えている内容においては特別な関係ではない。

 どちらにせよ、単なる隣人というだけで、王子だろうがその辺の村人だろうが、私にとっては特に意味のないものだ。

 視線をそちらに向けることなく、私は手元の薬草をすり鉢ですり潰す。今作っているのは痛み止めを兼ねた万能薬だ。


「相変わらずキミは老けないな。キミに会うのはもう何百年目かも忘れたけど、ずっと少女のままなわけ?」


 老けないのはあんたもだろう、と胸の内で呟く。王子も若くして死んだので、二十歳そこそこの姿をしている。

 私が老けないのは単純で、人ではなく魔物だからだ。人と同じ姿をしているから王子は私のことを魔法使いかなんかだと思っているが、王子がここに来る前から私はずっとこの姿だった。


 私は灰かぶりの魔物。

 幼い見た目だが、人を喰らう魔物だ。今までもこれからも、木漏れ日の美しいこの森で、私は人を喰らって生きていく。

 人を油断させるために、見た目は幼く愛くるしい姿を保ち、舌っ足らずな言葉で我が家へと引きずり込む。見た目は幼い子どもでも、魔物の力で押さえつければ大人でも問題なく喰らうことができた。

 肉と内臓は美味しくいただき、残った骨は焼いてすり潰し万能薬として欲しい人間へ売りつけるのだ。人間はそれが人の骨だとは知らずに飲み込み、ありがたがる。呪いと薬草によってちゃんとした効果はあるから、私は毒を売りつけているわけではない。ただ、使っている材料に難有りということだけだ。


 人としての道徳など持ち合わせていない私は、人骨の灰をかぶりながら生きてきた。

 薬が欲しくてやってきた者にはそれを売り、森に迷い込んだ者は私の腹へとおさまる。そしてまた薬を作り、子供の姿では信用が得られないため大人の姿へと変えて売り捌く。今までもこれからも。


 それと、王子はすっかり忘れているが、王子の肉も私の腹の中に収まった。おそらく、命が尽きるときに私とした会話も忘れてしまっているに違いない。

 それでも、王子は毎年私に会いに来る。



◆◇◆


 何百年も前の話だから、忘れている部分もあるし自分の都合の良い解釈になっているところもあると思う。

 私はその日、いつものように人骨をすり鉢で潰していた。一度焼いているので、軽い力でもすり潰すことができる。風が強い日は風で灰が舞ってしまうので良くないが、その日は青空の広がる穏やかな日だった。

 人間がこの森に連続して入ってくることはまずない。だから、昨日入ってきた人間を美味しくいただいた後だったので、私は完全に油断していた。


「やあ、こんにちは」


 背後から声をかけられて飛び上がるほど驚いた。

 私の手元には大きなすり鉢と、その中には頭蓋骨が入っている。この男の目に入った瞬間、私の悠々自適な灰かぶり生活は終わりを迎えるに違いない。

 男の次の行動に備え、私は勢いよく振り返ると風変わりなその男を観察する。

 ボロのような布を纏い、あちこち傷だらけの男はどこから逃げてきたのだろうか。右足を引き摺っているようで、あちこち泥だらけだ。薄汚れているが顔は整っていて、人間の美醜で言えば美形と呼ばれるのだろう。武器の類は持っておらず、魔力も感じない。本当にただの人間だ。


「そんなに警戒しなくても……」


 男はへらへらと笑いながら近づいてこようとしたが、私が身構えたために両手を上げて危害は加えないことを告げる。


「見ての通りボロボロで、キミになにかできるような力はないよ。これでも王子様だったんだけどね」


 苦笑気味に口にした言葉は、とても悲しい響きをはらんでいた。

 本当に王子だというのならば、こんな姿になるまでどこを彷徨いここまできたのか。とても苦労したのは分かるが、原因を知らないしなんの言葉も出てこない。森に引きこもりすぎていて、自国のことも近隣の国のこともよく分からなかった。

 私が無言でいると、男は勝手にそれを警戒心が薄れたととったのか近付いてきた。

 まずい、見られる!

 自分の油断を後悔したがもう遅い。男は頭蓋骨の入ったすり鉢を見てしまった。

 腹は減っていないがこのまま喰ってしまうか、と男に手を伸ばそうとしたとき、男が突然笑い出すからタイミングを失った。

 掴もうとした手は空を掴んだが、男は愉快そうにそれを掴んで引き寄せた。掴んだ手を上下に大きく振り、全身で喜びを表す男に私は面食らう。そこにあるのは頭蓋骨で人の骨なんだが。五歳にも満たない幼い子供がそれをすり潰しているのを、異常な光景だとは思わないのだろうか。


「もしかして、これって昨日森に入った奴かな? そうだと嬉しい。女の子たちを騙したり、小さな嘘を言ったりしてほんのちょっと悪いことはしたんだけれど、国を追われるほどのことはしてないんだよね。元々国は豊かだったし、隣国との関係も良好で国民だって王族のことを恨んでいなかった。恨んでいたのは甘い汁を啜れなかった者たちだけ」


 男は指で頭蓋骨の額部分を弾くと笑う。


「次期国王は僕だと言われていたけれど、幼い弟の方を操りたかった奴らが謀反を起こしてね。国王である父を殺し、僕にも手をかけたんだ。そして最後まで逃げる僕をずっと追ってきたのがこいつ。森に入ったと見せかけて一晩隠れていたんだけれど、こいつの気配が消えたから不思議に思って入ってきたんだよね。どうやったのか分からないけれど、キミは僕の恩人だ。感謝する」


 感謝すると言われても、ただ腹が減っていたから喰っただけだったんだが。なんとも言えない気持ちになりながら、とりあえず頷いておく。

 やっと一息つける、と男は私の隣に腰を下ろした。

 いや、こんなところに座ってないで、見逃してやるから早く出て行って欲しい。私のことを恩人だと思っている以上、このまま頭蓋骨をすり潰していても男は言いふらしたりしないだろう。問題なのはここに居座られることだ。


「命の危険がなくなったなら、早く行くといい」

「えー、国を追われたから行くところがないんだよ、僕。それに、もう長くないし」


 そう言って泣き真似をする男に、万能薬を投げつけた。何にでも効くと評判の薬なんだから、さっさと飲んで消えてほしい。


「それ、薬」

「うーん、それはありがたいんだけれど、残念ながら多分薬は効かないんだよね。呪われちゃってるから、僕」


 呪いは専門外だ。この世界で呪うのは人の専売特許だ。魔物や神獣、精霊などは呪わない。それに、呪いは解呪するのも色々難しいと聞く。


「あとどのくらい?」

「さあ、一週間かもしれないし一ヶ月かもしれない。日に日に苦しくなってくるから、そう遠くないと思うんだけどね。だからさ、ここに僕を置いてくれない?」

「いやだ」

「そう言わずに! えっと、僕が死んだらこの体好きにしていいから。骨が必要なら使っていいし。あ、でも僕は多分地獄行きなんだけど、地獄からも追い返される予定なんだよね。そうすると、この世との媒介? なんかそんなものが必要だって言われてた気がする」


 面倒臭い。こいつ、本当に面倒臭い。

 地獄からも追い返される予定って、何をしたんだろう。

 でも聞いたことがある。悪魔を騙した男がいると。森の中にときたまやってくる渡鳥がそんな話をしていた。もしかしてこいつのことか。


「死後地獄に落ちたくないっていう話を……」

「聞きたくない。私はなにも聞かなかった」


 すり鉢を抱えて私は家の中へと入る。扉を閉めようとした瞬間、男は体ごと挟まってそれを阻止する。


「死ぬまで少しくらいおいてよ。もう逃げて逃げて逃げ回るのに疲れちゃったからさあ」


 言葉に詰まった私は、諦めて扉を離した。

 私も逃げて逃げてこの森にやってきた。まだ力も弱い頃、私は追われる存在だった。この世界では、魔物は邪悪な存在として人に退治される。力をつけてからはここで問題なく暮らせるようになったが、それまではあちこちを転々としていた。だから、逃げ回る辛さはわかる。

 そうだ、心の底から面倒になったら喰ってしまえばいい。

 非常食としてこの男を飼うと思えばいいのだ、多分。

 どうせそんなに長い間はいないだろう。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 男は、一ヶ月経っても、一年経っても死ななかった。呪われているのが嘘なんじゃないかと疑ったが、息をするのも辛そうにしているのを見ると嘘ではないことがわかる。なかなか死なないが、食べてもだんだんと痩せ衰えていき、ついには寝たきりになった。

 そんなある日、男が私に言った。


「ねえ、本当はもっと肉がついている時に言えばよかったんだけど、僕を食べてくれないかな」

「はぁ?」


 男が家に転がり込んできてから、私は一度も人間を家で食べていない。気付かれないように細心の注意をはらい、森の奥で人を喰っていた。私が人を喰らうことなど知らないくせに、なにを言っているんだろう。


「僕ね、地獄にも天国にも行けないって言っただろう? この世界に僕を繋ぎ止める媒介がないといけないって。だから、僕のことをキミが食べたら、その媒介にキミがなってくれるかなって思ったんだよね」


 くだらない。

 そして、なんて身勝手なんだろう。人が人を喰らうという行為が、どんなものか知っているのだろうか。

 倫理観が欠如している魔物の私でも、知り合いに自分の肉を食べてほしいなんて思わないし、そんな行為を押し付けることはない。人間だって相手によっほどの想いでもなければ、同族の肉など喰らわぬだろう。


 どこにも行く場所がないと、ここに居続けたくせに。

 死んでからも行くところがないからここに置けというのか、この男は。


「私のことをなんだと思ってるんだ、お前は」

「えー、だって僕のこと好きでしょ」

「……誰が?」

「え、キミ。普通さあ、どんなに相手がしがみついたとしても嫌だったら追い出すと思うんだよ。一ヶ月で死ぬかもって言っておきながら、一年以上も生きてたらさ。でも、キミは僕を追い出そうともしなかったし、今だって動けなくなった僕の世話をしてくれる」


 あの嫌な奴を骨にしてくれたことも、ここに置いてくれたことも、僕の世話をしてくれることも全部心から感謝しているんだ、と男はきれいな笑顔を浮かべた。

 その笑顔が眩しいと思った。


 魔物は親から生まれるわけではなく、魔素が集まりそれが一つの魔物になる。生まれた瞬間から一人で生きていく魔物は、誰かから笑顔を向けられることは無い。

 胸の奥がくすぐったくなるようなこんな感情は知らなかった。誰かと、この男とずっと一緒にいたからこそ芽生えた感情に違いない。

 この男はもう少しでいなくなる。そう思うと、何かが足りないような気持ちになった。

 私が呆然としたまま男を見つめていると、おどけたような表情で私に手を伸ばす。


「ね、だからさ、死んでからも僕のことをキミの側に置いてよ。キミが寂しくないように会いに来るから」

「そんなの、あんたが寂しいからだろう」

「まぁ、そうなんだけど! だって、どこにも居場所がないんだよ。僕のせいなんだけど、僕だって一つくらい居ていい場所が欲しいし、キミの隣だと退屈しなさそうだし」

「本当に出会った頃から、ワガママだな」


 私はこの男に会ってから初めて笑った。

 男のようにうまく笑えているだろうか。自信がない。でも、男が目を輝かせて私を見ているから、きっと成功したのだろう。


「いいね、いいね! さあ、僕を食べて!」

「なんだ、その言い方は。……まだ食べない」

「どんどん肉が落ちちゃって食べるところなくなるよ。できれば美味しく食べてもらいたいんだけどなあ」

「そうしたら、もう話せなくなるだろうが」


 寂しいんだあ、と男が茶化すので、私は男の頭の下から枕を抜きとって顔の上に叩きつけた。




 それから、毎日のように男は自分を食べろと急かす。

 正直、皮と骨になった人間を喰うのは、美味しいものではないし、力の弱かった幼い頃だけでいいと思った。早く喰わねば皮を齧ることになる。でも、まだ話すことができるのに、この男は温かいのにと思うと、喰らう気が失せた。情が湧いてしまっている。

 初めは非常食扱いでここに置いたというのに、おかしなことになってしまった。

 日に日に弱っていく男を眺めて世話するのも、死へと近付くのを感じて良い気はしない。それでも、食らう気にはなれなかった。


「まだ食べないの?」

「……食べても媒介になるか分からないのに」

「えー、なるって。僕が執着してるものに封じられるって聞いたし」


 思わず絶句する。この男は私に執着しているのか。


「自分の体には執着心ないんだよね。だからさあ、多分僕が宿るとしたらそっち」

「勝手に宿主にしないでほしい」

「僕がいたら独りぼっちじゃないしお得だよ」

「うるさいだけの間違いだ」


 独りぼっちとはどんな感じだったのか忘れてしまった。

 でもまた、静かな日に戻るだけなんだろう。


「僕は楽しかったな」


 そんな呟きのあと、男の呼吸が止まった。

 私は慌てて駆け寄るが、すでに男は死んでいた。唐突すぎて頭の中が一瞬真っ白になるが、すぐに思い出す。

 魂が抜ける前に食べなくては。


 男は自分を食べろと言った。自分の意志で食べられようとするおかしなやつだった。

 でも、私を独りぼっちにはしないんだって。


 私は骨と皮だけになった男を喰った。

 目から水が溢れて、なんだか塩辛い味がする。

 初めて流した涙は、男を喰らうスパイスになった。

 丁寧に骨から僅かに残った肉をそげ落とし、余すところなくいただいた。

 家の前にあの男の頭蓋骨を転がして、残りの骨は私がミルクに混ぜて全部飲んでやった。

 これで、私の中にあの男は収まった。

 でも、本当にあの男の言った通り、私に宿るのだろうか。

 外に転がした頭蓋骨、ジャック・オ・ランタンの方に宿っているかもしれない。だから、そこだけ残してやった。居場所がないと悲しんでたやつの居場所が、本当になくなったらかわいそうだから。


 どこにも行けない魂は、いつもは封印されていてハロウィンの日だけ解放されるという。成功したかどうかが分かるのは、半年後のハロウィンの日だけだ。

 一日しか会えないなら結局独りぼっちと変わらない、なんて思って。

 私はぽっかりと胸に空いたあの男の占めていた位置を、無理矢理無かったことにした。



 私は、あの男がやってくる前と同じ暮らしを静かに続けた。あの男の魂が封じられた感覚もなく、何の変哲もない日々。

 人が彷徨い森に入ったら、それを喰らい生き延びる。

 なんのために生きているかなんて、ずっと考えたことがなかった。でも今は、多分ハロウィンの日のために生きているのだと思う。確かめなければならないことがあるから。


 やがて訪れたハロウィンの日。

 家の前にあの男が立っていた。

 成功したのだろうけど、私から出たのか、ジャック・オ・ランタンから出たのか判断が難しい。


「やあ! 半年ぶりなのかな? キミは相変わらず小さいね」


 私に自分を喰わせた男の第一声がこれとは、変わりがなさすぎて溜息が漏れる。


「天国にも地獄にも行けなくてどうしようかと思ったけど、目が覚めたらここにいたから安心した」

「自分がどこに封印されてるかも分からないのか?」

「んー、この辺りってことは分かるけど。よっぽど居心地が良かったからここに残っちゃったみたいだね」


 男の言葉が気にかかる。死ぬ前辺りに私と話した内容の半分も覚えていないのではないか。自分を食べてほしいって言ったことも忘れていないか?


「あんた、死ぬ間際のこと覚えてないのか?」

「その頃の記憶がぼんやりしていてあんまり。でも、キミが僕のことを好きなのは覚えてる!」

「それは夢で幻だ」

「そんなことないと思うんだけどなあ」


 そう言いながら、寝てたからあっという間だったけど懐かしいなあ、と男は家の中をぐるぐると見て回った。たった半年だし、部屋の中はほとんど変わりない。

幽霊だからふわふわと浮いてるのかと思ったが、生前と変わらぬ動きをしている。そんなものか。

 勝手に一人で話している男の話に耳を傾けながら、懐かしいなと考える。私が話さなくても勝手に話している男の声を聞くのは、以前から好きだったかもしれない。


 でも、面白くない。

 私はあの男に頼まれて嫌々ながら喰ったのに、それすら忘れてどこに封印されているかも分からないなんて。

 ただ、あの男は嘘つき王子様。何が嘘で何が本当かなんて、他人との付き合いが殆ど無い私には判別がつかない。

 本当はすべて覚えていて、忘れたふりをしているのかもしれない。それに、もっと前から私が人喰いの魔物だとも気付いていたかもしれない。

 寝ていたなんて言っているけれど、私に宿っていてぜんぶ見ていたのかもしれないし。

 感情の機微には疎いからよく分からないが、嘘をついているにしてもなにか理由があるのだろう。

 まあ、いい。記憶があってもなくても、私の方に宿ったかどうかも分からないけれど、ここに居るということはあの男の居場所は守られたのだから。

 

「私も楽しかったしな」

「なになにー? 僕と会えて嬉しいって?」


 私の小さな呟きを拾って、すごい勢いで隣りに来た。幽霊って便利なんだな。


「そんなことは言ってない」


 本当に言ってない。

 さっきのは、あの男の最期の言葉に対してだ。

 目の前の嘘つき王子に言うべき言葉はこれだ。


「ハッピーハロウィン」

「お、俗世に染まったようだね」

「あんたが毎年言ってたから覚えただけだ」

「いいね、いいね。そうだ、何があったのか半年分のこと話してよ」

「嫌だ、面倒臭い」


 即答した私にまとわりついて、再度話を強請る男に懐かしさを感じて、半年ぶりに私は笑った。


「僕がずっと一緒にいるからね」


 ふと耳を掠めた声は、小さすぎてうまく聞こえなかった。聞き返すと、ハッピーハロウィンって言ったんだよ、と返される。

 嘘だ。嘘つき王子め、これは嘘だと私にも分かるぞ。

 負けたような気持ちで、私は逃げていく男の背を追いかけた。



◆◇◆


 毎年訪れるハロウィンの日。

 こうして、私は何百年も嘘つき王子と共に過ごしている。


「私が死んだら、家もなくなって玄関先の頭蓋骨もなくなるかもしれないし、あんたはどうなるんだろうな」

「さあ、キミについて行ったら僕も同じとこに行けないかな? そろそろ天国も地獄も僕を受け入れてもいいと思うんだけど」


 何を無茶なこと言ってるんだ、と呆れた視線を向けると男は愉快そうに笑う。

 それに、魔物と人間が同じ場所に行くなんてことがあるんだろうか。


「まぁ、でも僕はキミについていく気満々だけど!」

「まだ居座る気なのか」

「一緒にいたほうが楽しいし」


 そう言って笑う男の顔を私は眩しく思う。

 一年でたった一日のために生きている、なんて言ったら以前の私は呆れるだろう。何を馬鹿なことを言っているんだろうと。

 でも、こうしてこの男と過ごす一日を心待ちにしているのは嘘ではない。

 なんの関係性も持たないはずの私たち。特に意味のない関係だったはずなのに、変なの。

 未だに自分でもよく分からなくて、つっけんどんな態度をとってしまう。それでも離れることなくやってくるこの男は、来年もまたここへ現れるのだろう。

 そして、私も嘘つき王子を待ちながら、静かに日々を過ごして生き延びる。

 独りぼっちではなくなった、二人ぼっちのこの森で。

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