幽霊の正体見たり枯れ尾花

吉野まるみ

第1話

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「あひるボート部、作ろうよ」


『は?』


井の頭公園を横切る最中、そんなふざけたことを真知は言った。



驚くこちらをよそに、真知は公園に来る途中で買ったチャイティーに口をつけていた。独特なスパイスの匂いがキツかったのか、ぼさっとした眉の間に皺が寄る。下校時間でもあるこの時間、その横顔は夕日に照らされていた。



「ふざけてないよ」



こちらが言葉を発する前に、しれっとそんなことを言う。



『いや、ふざけしか感じれないんだけど?』


「全く本気。せっかく帰宅部になって時間余ってるんだから、有意義に時間を使おうよ」


『有意義…、辞書で意味調べてみれば?』


「今電池切れなの。それぐらい辞書使って勉強ばっかでいたら身体固まっちゃうじゃん?」


『受験生なら当たり前のことだけども』


「だからこそ、身体を動かすためにもあひるボード部じゃん!」



じゃぶ、じゃぶ。真知の力強い言葉を援護するかのように、のどかな公園内に聞こえる水の音。




「2時間くらい端から端まで往復すれば、だいぶ足の筋肉鍛えられるよ!」


『こんな穏やかな池で暴れたら即警察のご厄介だからね』


「え〜、大袈裟」


『そりゃそうでしょ。恋人がデートしたり、ご近所さんが散歩したりするような憩いの場、荒らしちゃダメだって』


「え、憩いの場?」



その言葉に、真知はきょとんとした顔をする。


『そこでなんで不思議そうな顔をすんの』


「え…、だって井の頭公園って不思議な場所じゃん」



これあげる。なんて、チャイティーが差し出される。そんなのは聞かなかったふり。



『不思議な場所って何?』


「そのまんま。異空間、みたいな」


『異空間…?あんた、現国の点数が低いのはそういうところだよ。ちゃんと説明して』



行き場を失ったチャイティーのカップをべこべことへこませながら、美里ちゃん厳しいよなんて真知は泣き真似をする。



「だって、周りはこんなに住宅街とか、商業施設とか、充実してるんだよ?それなのにここだけ、緑がギュッと寄せられたみたいで、不思議な空間でしょ」


『そりゃ公園だからね』


「まあ、そうなんだけど。でも、ここは公園ってより、大阪にある大山古墳みたいな、そういう空気、感じない?何かを守ってるみたいな。…ふふ、実はここ、何かの遺跡だったりして?」


『まさか』


武蔵野には、ほかにも武蔵野中央公園などの井の頭公園ほど有名じゃないにしろ、大きい公園は存在している。


確かに中央公園はもっと開けた雰囲気だけど、ここが不思議な空間だなんて思えない。



「美里ちゃん、申し訳ないけどあひるボード部は諦めてほしい」


『やるなんて一言も言ってないけど』


「その代わり、武蔵野市探検部を作ろうじゃない!」


『また唐突な』



ひゅるりと足元を風が吹き抜ける。最近急に風が冷たくなって、足元はロングソックスからタイツに切り替わったところだった。



『一応聞くけど、探検部って何するの?』


「武蔵野の不思議なところに行く」


『どこよそれ』


「…井の頭公園とか?」



苦し紛れに上がった候補に思わず笑ってしまう。


『今とやってること変わらないじゃん』


「うう…、それはおいおい考える!でもほら、井の頭公園にだってカップルがボードに乗ったら別れるなんて都市伝説あるじゃない?そういうの!そういうのを調べるのよ!」


『ふぅん。じゃあ今からその噂調べてみる?』


「え?私と美里ちゃんで乗るの?」


『武蔵野探検部、なんでしょ?』


「流石美里ちゃん!私たちなら絶対別れない自信あるよ!」


『ん、じゃあ行こ』



差し出した手を真知が握る。チャイティーのおかげか、真知の手はそこまで冷えてはいない。






『あ、それとさ』


「何?」


『ずっと気になってたけどあひるボートじゃなくてスワンボートだよ』



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幽霊の正体見たり枯れ尾花 吉野まるみ @horeboresuruwa

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