番外編
番外編 ヤンキー殿下はおみくじを引く
「フォーチュンクッキーだぁ?」
ルディウスは、アフタヌーンティースタンドの上にわんさかと並べられたクッキーの山を見つめて言った。
それはU字型、あるいは三角形を立体的にしたような形のシンプルなクッキーで、上段から下段までそのクッキーでスタンドが占拠されていた。見た者を思わず「うっ」と引かせてしまう図であるのだが、これを用意したマルティナは、そんなことはもちろん気にしてはいなかった。
「運試しですわ、殿下!」
魔術学院のローズガーデンに響く、高らかな声。声の主、マルティナは手作りのクッキーをルディウスに勧めながら、にっこりとした笑みを浮かべていた。
「先日、町に行った時に、民たちの間でフォーチュンクッキーが大流行していると知りましたの」
「お前、また異世界転生本買いに行ったのかよ。雷親父に禁止されてんだろうが」
「秘密と嘘は、乙女の嗜みですわ」
マルティナが、父親に内緒で趣味の本を買い漁っていることはさて置いて。
「このクッキーの中には、運勢が書かれた紙が入っていますの。健康や勉学、お金、恋愛なんかの運勢が!」
「女子は占いが好きだよなー。アホらし。ただのクジ引きだろ」
ルディウスは辟易とした表情でクッキーを一瞥すると、適当に一つ手に取ろうとした。が――。
「あら、殿下。本当にそのクッキーでよろしいのですか? 貴方の一年が、そこにすべて書かれているというのに」
挑発的なマルティナの言葉に、ルディウスの手がピタリと停止した。
売られた喧嘩は必ず買う。安い挑発にも勇んで乗るのが、ヤンキー殿下ルディウスである。
「ガチで選ぶから待ってろ、クソアマ」
「お口が汚いですわ。殿下」
澄まし顔でティーカップを持ち上げるマルティナだったが、中身を透視するような目力でクッキーを選んでいるルディウスを眺めるのは楽しくて仕方がない。せっせと夜なべしてクッキーを作った甲斐があるというものだ。
そして、一分後。ルディウスは真剣にクッキー群を睨みつけた後に「俺に相応しいのはコイツだ」と、ようやく運命の一つを選び取った。
続けて、マルティナも直感でクッキーを手に取る。
(わたくしと殿下の明るくてラブラブな未来が明示されていますように……!)
もし、「結婚急げ」なんて書いてあったらどうしましょう、なんてドッキドキに浮かれるマルティナである。
そして、二人同時にひと口かじり、中のクジ紙を取り出すと――。
「うっしゃ! 見ろ、俺は『チートに幸福』だってよ! 健康、勉学、金、思うがまま。出世確実……! こりゃ、即位間違いなしだな!」
ルディウスは、ドヤ顔全開でクジ紙をマルティナに見せつける。まるで天下を取ったかのような勝ち誇りっぷりだ。
ところが一方、マルティナはというと、そんなルディウスに対してリアクションを取る余裕もないほどに、とびっきり落ち込んでいた。
「わたくし、『追放級に不幸』……」
「おいおい。こういう縁起物には、初めから入れねぇ類のもんじゃねぇのかよ。バカかよ」
「ステラに任せたら、全力で占いクジを作ってくれましたのよ。彼女、占いが得意ですの……」
「空気読めねぇな、アイツ!」
ルディウスは顔をしかめながら、マルティナのクジ紙を覗き込む。
『陰口を言われる。馬から落ちる。陰謀に巻き込まれる。異世界転生できず』
よく分からないが、良い内容でないことは確かだ。
そして、中でも最もマルティナが落ち込んでいたのは――。
「待ち人、来らず……ですわ」
(わたくしの恋愛運、最悪……! 殿下と愛を深めるはずが……)
「そんなに落ち込むんじゃねぇよ。お前が用意したくせによう」
「だって、だって……」
自分でも予想以上のダメージに驚きながら、マルティナはしゅんと肩を落としていた。おまけに今にも泣き出しそうだ。
そんなマルティナに、ルディウスは躊躇いがちに言葉をかけた。
「待ち人ってよぅ。お前、待ってる男がいんのかよ……?」
マルティナがハッとして顔を上げると、ルディウスは少し照れくさそうに目を背けたまま、口を尖らせていた。
(こ、これは架空の待ち人への嫉妬ではなくって?! )
「待ち人なんて、おりません! 来なくてけっこうですわ! すでにルディウス殿下がいらっしゃいますもの。だからわたくし、いつだって『無双に幸福』ですわ!」
テンションの緩急の凄まじいこと。
パァッと咲いた薔薇のような笑みを浮かべるマルティナを、ルディウスは「うるせぇ」とあしらった。
しかし、ルディウスのクッキーのクジ紙にはこう書いてあった――。
『身近な愛を深めるべし』
その後、残ったフォーチュンクッキーは、二人で美味しくいただいたのだった。
【コミカライズ決定】転生マニアな令嬢はヤンキー殿下にご執心 ゆちば @piyonosuke
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