ツンデレ系
緋色勇也は憂鬱だった。手元のスマホには、クラスからのグループメッセージが表示され、数分ごとに誰かしらがメッセージを送ってくる。思わずうんざりして、ベッドの上にスマホを投げた。せっかくの休日が通知音で台無しだ。
十二月も後半となり、今日届いたメッセージは、クリスマスパーティーの誘いだった。クラスでもイベントが好きな陽キャ連中が盛り上がっているらしい。
陽キャでも陰キャでもない中間層の勇也は、気乗りしなかった。
「なにこれ、強制参加?」
「いや、用がある人は別にいいらしいけど。全員は来ないでしょうね。クリスマスだし」
明るく男女ともに人気のある那奈は、五分ほど前に参加の返事をしていた。三分の一程度がすでに参加予定のようだ。
勇也は思いっきり顔をしかめた。
「なんでわざわざクリスマスに、クリぼっちのやつらと傷の舐め合いしなきゃなんねえの」
「あんたどうせぼっちじゃん」
幼馴染は容赦なくぴしゃりと告げると、キャスター付きのイスに座り、くるりと回転させた。
「つまんない意地張ってないで、いくって言っちゃいなさいよ。それとも、クリスマスに一人で寂しく家で過ごす?」
「お、俺だってクリスマスに用事くらい」
「ないでしょ」
「……これからできるかもしんないし」
那奈ははんと笑うと、脚を組んで勇也を見下ろした。
「ぼっち予備軍はみんなそう言うのよ」
「そっちこそ即答じゃねえかよ。ってか、那奈ならクリスマスを一緒に過ごしてくれるやつくらいすぐに」
しゃべっているうちにさらに落ち込んできた。今までぼっち仲間だと思っていた幼馴染は、ぼっちどころか男女問わずモテモテだった。そのことを、勇也はつい先日思い知らされた。
那奈は眉をよせてあからさまに不愉快な色を浮かべた。
「そりゃ誘えば来てくれそうな人は知ってるけど。いくら一人が寂しいからって、誰でもいいわけじゃない」
思ったより冷たく返されて戸惑った。どう続けようか迷っていると、那奈は再びイスを回転させ、勇也に背を向けた。
「まあ、別にどうしても嫌って言うなら、来なくてもいいんじゃない? わたしもパーティーの間あんたのお守りしなくてすむし。他のクラスの子も呼ぶって言ってたから、今度こそわたしにも運命の出逢いがあるかもね」
言われてすぐに思い出したのは、先日那奈に告白してきた佐和田だった。あの場では勇也が無意識のうちに那奈を連れ去ったことでうやむやになったが、あいつは案外粘着質だ。万が一あいつが来て、クリスマスムードに那奈が流されでもしたら。
「いく」
気づくと口が勝手に動いていた。
「俺も参加する。クリぼっちパーティー」
「あんたそれ、他の人の前では絶対言わないでよ」
クリスマスイブの午後四時、クリスマスツリーやサンタクロースの飾りつけが施された商店街を通り抜け、勇也は那奈とともに会場のカラオケボックスに向かった。
「あーぁ、どいつもこいつもカップルで浮かれているって言うのに、虚しい集まりだな」
思わずため息をつくと、隣の那奈がじろりとにらみつけてきた。
「いくって言ったのは自分でしょ。今さら文句言わないでよ、女々しい」
「うるさいなぁ」
勇也はぶつぶつ悪態をつきつつ、横目で那奈の様子をうかがった。以前ならいつもと変わらないとスルーしていただろう。最近は注意深く観察するくせをつけたせいか、わずかな変化にも気づく。
「那奈、化粧してんの?」
思わず口に出してたずねると、那奈は驚いたように目を見開いた。
「してるけど、よく気づいたね」
「そりゃ、目の周りキラキラしてるし、唇テカってるし」
「濃かった?」
「いや、よくわかんねえけど。珍しいなって思ったから」
「目立つかな。失敗したかも……。蝶子ちゃんとアンジュに、めいっぱいオシャレして来いって言われたのに」
那奈は赤らんだ顔を隠すように、手で頬を包んだ。その指先には、昨日までなかったネイルまで施されている。クリスマスらしく、白のベースに赤や緑のストーンやラインで彩られていた。
勇也の胸中に、なにかもやもやしたものが広がる。よく見れば、那奈はお気に入りのワンピース姿で、羽織っているコートは買ったばかりのものだ。足元はショートブーツで、ヒールのせいでいつもより目線が近い。勇也には馴染みのショートヘアは、適度に巻いて編み込みをし、可愛らしいバレッタで留めてある。
いくら仲のいい友人に言われたからって、たかがクラスのクリスマス会に、必要以上に気合いを入れすぎじゃないか? 普段化粧なんかしないくせに。ネイルだって見たことない。まさか、本当に彼氏でも見つけるつもりだったのだろうか。
見慣れない幼馴染の姿に戸惑いともやもやが振り払えないでいると、ポケットにあるスマホが震えた。それに気づいてスマホを取り出すと、クラスメイトの男子からメッセージが来ていた。彼も今日パーティーに参加するはずだ。なにか用があるなら、あとで会う時に言えばいいのに。
しかし、勇也個人に届いたメッセージは、今日のパーティーに関することではなかった。どころか、勇也には書いてある内容がさっぱりわからない。
メッセージには一言「頑張れ」とあり、間を置かずに送られたスタンプには、絶妙に気味の悪い笑顔を浮かべたクマのキャラクターがガッツポーズを取り、ファイトと叫んでいる。
誤送信かと思って画面を閉じようとしたが、続いて女子からもメッセージが来た。これまた意味不明で、「あとはよろしく」としか書いていない。一体全体、なにをよろしくされ、なにを頑張れと言うのだ。
「なぁ那奈。クラスのやつらからヘンなメッセージ来てるんだけど」
なんか知ってる?
そうたずねたが、返事がない。振り返ると、那奈は数歩手前で立ち止まり、スマホを凝視していた。だんだんとその表情がこわばっていく。
「那奈?」
呼びかけると、那奈ははあっと息を吐き出した。桃色に染められた唇から、白い息が漏れ出す。
「ハメられた」
「なにが?」
「クラスのパーティー……昨日終わってたんだって」
「……は?」
「わたしと勇也にだけは、別の日付けと場所を教えてたって。蝶子ちゃんから」
「待って待って、意味わかんねえんだけど。なんで俺らハブられてんの?」
「それは」
口ごもる那奈の頬が、先ほどにも増して赤くなる。かと思うと、なぜか涙目になってキッとこちらをにらんだ。
「察しろよ」
「なにを?」
しかし、那奈はそれ以上なにも言わなかった。踵を返して、来た道を辿ろうとする。勇也はその背に呼びかけた。
「どこいくんだよ」
「どこもなにも、パーティーないなら帰るしかないじゃん」
若干拗ねたような物言いに、勇也はつい吹き出した。那奈がむっとして振り返る。子どもじみた態度に、勇也はにんまりする。
「クラスの集まりがないんなら、ちょっとうろついてから帰ろうぜ」
ちょっとしたデートの予行練習だ。いつかできるだろう可愛いガールフレンドをエスコートするために、今から準備しておくのも悪くない。
勇也の思考を読んだのか、那奈はしかめ面で気乗りしない様子だった。そんな那奈の手を取り歩き出す。冷たかった互いの指先が、徐々にじんわりと熱を持つ。その手が自分よりだいぶ小さいことに、今さら気づいた。
ずっと隣にいたからこそ気づかないこともあるのか。それがなんだか悔しいような、寂しいような。
駅前の通りまでいくと、ちょうどイルミネーションが点灯された。サンタクロースやトナカイが夜空を飛び、プレゼントがあちこちに浮かんでいる。
眺めているうちに、那奈の表情も明るくなった。化粧もあいまってかいつもより横顔は大人びて、それがなぜかたまらなく不安だった。一番近くにいたはずなのに、いつの間にか離れていってしまいそうで。
「那奈」
「なに?」
「来年も一緒に来ようか」
俺と那奈の二人で。
そう言うと、那奈は苦笑した。
「そんな約束しちゃっていいの? 来年にはさすがに彼女ができてるかもよ」
「そりゃわかんないけどさ。でも、ここに来るのは那奈とがいい」
無意識のうちに、つないだ手に力がこもる。なんとなく、ただなんとなく離してはいけない気がした。
「きれいな景色見るのも、美味しいもの食べるのも、バカみたいに笑い合うのも、これまでずっと那奈と一緒だったから。これからも一緒に過ごすなら、那奈がいい」
那奈の目がわずかに見開いて、薄く色がついた唇がぽかんと開いた。
「頭打った?」
「真面目だよ、茶化すな」
「だって、あんたそれ、まるで」
少しずつ那奈の頬が、化粧と関係なく赤らんでいく。耳元まで真っ赤に染まったかと思うと、急に背を向けられた。
「言われなくたって、わたしはずっと一緒のつもりだっつーの」
照れ隠しなのか、怒ったような口調で言われた。そのことに少しホッとする。
「じゃあ約束しようぜ。来年も再来年も、クリスマスには──」
言いかけて言葉が切れた。那奈が怪訝そうに振り返る。
「どうした?」
「ヤバい」
「なにが」
「今ゆるふわ系の超可愛い女の子と目が合った! しかも俺を見てちょっと笑ったんだよ。あれは絶対俺に気がある! ちょっ那奈、荷物持ってて、今から俺追いかけて彼女の気持ちを確かめに」
「バカ!」
怒鳴り声の直後、頭部にやや強めの衝撃が走った。那奈のバッグに殴られたらしい。
那奈は鼻息も荒く吐き捨てた。
「最っ低」
唖然とする勇也を置いて、那奈はさっさと立ち去っていく。勇也はうしろ髪を引かれる思いで、しぶしぶ那奈を追いかけた。
恋愛勇者の運命探しは、まだまだ当分終わらない。
恋愛勇者の運命探し うさぎのしっぽ @sippo-usagino
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