ぶどう
しら玉白二
第1話
9月も終わりに入ると、雨が降るたびに朝の空気がひやっと冷たくなって、この間までのまとわりつくような湿気と暑さから解き放たれる気分になる。
気分が良い。
昨日、兄家族から分けてもらったぶどうがいい匂いだ。
ひんやりした朝の居間に、柔らかい甘い香りが漂っていい気分だ。
「ほい、これ和也の分な。」
箱に入ったマスカットや黒ぶどう、茶ぶどうが甘い匂いをさせている。
ぶどう狩りに行ってきたから取りに来いよと連絡をもらい、兄の家を訪ねた。
「かずや!」
と甥のりくが飛びついてきた。
「かじゃあ!」
と叫びながら、りくの背中に飛びついたのはりくの弟たくだ。
5歳のりくの真似ばかりをする2歳の弟は、兄ちゃんの後をついて回り、自分だって何でもやれるんだと、どんどんママよりお兄ちゃんに行くのが最近寂しいと姉さんが言ってた。
「これ、おれのとったぶどう。」
箱の黒ぶどうを得意げに指差した。
「こえ、ぶろう。」
と、弟のたくが、ぶどうの粒に小さくて短い人差し指を押し当て、そのままブシューっと押し付けた。
おぉっ。子供のいない俺は戸惑う。
27歳の独身の俺。彼女になりそうな子がいる。会社も、一度変わったが今の職場は外回りもなく、非常に自分に合っている。
5歳年上の兄は、昔から俺に優しく大人になってからも兄と話が出来る間柄というのは、周りの友達の兄弟関係を聞いても、自慢出来ると思う。
この小さい兄弟を見ていると、俺と兄みたいで、特に、りくの弟に対する優しい兄ちゃんぶりは、兄と重なり、愛おしくなる。
兄弟達よ、どうか俺達の様になってくれ。
りく、大人になっても優しい気持ちを持っていてくれ。弟を愛してくれ。そしたらお前も姉さんみたいな、かわいい嫁さんがもらえると思うぞ。
たく、俺の様に、大人になっても兄ちゃんの事を大好きでいろよ。自分の強い味方でいてくれる兄ちゃんの事を大事にするんだぞ。
俺は、分けてもらったぶどうの箱を持ち、こいつらの目線までしゃがんでる。
たくが、中のマスカットをぶちぶち、ちぎり始めた。
両手で箱を持っている俺は何も出来ない。
おぉっ。
こんな時、兄ちゃんのりくの対応は凄い。
無心で、ぶどうの粒をぶちぶち房から取っているタコたくの腕を、そっと両手で持ち、
「たっくん、あーん」
と、手に持ったぶどうの粒を口に運ばせた。
「おいしいね、もぐもぐ。」
たくは、兄ちゃんの方を向き、小さな口を「ほ」の口にして、頬にぶどうを押しやる。
ぷくっと、ほっぺたが膨らみ、もう一回、「ほ」の口にすると、ぐしゅっと音がして、モグモグし始めた。
「ぶどう、おいしいね。ぶ、ど、う、だよ。」
「ぶろう。」
「ぶ、ど、う、だよ、たっくん。」
「ぶろう。」
りくは、弟の両肩に手を置き、正面から、ぶどうと言わせようとしている。
「ぶ、ど、お!」
弟のたくは箱に手を伸ばし、自分のむしった、ぶどうの粒を次々に口に運んでいる。
「ぶろお。」兄ちゃんの言う事に耳を傾けていても、気持ちはぶどうだ。体を押さえつけられているが、たくの全部が、俺の持ってる箱の中に向けられている。
たくよ、これは俺のなんだよ……
「ぶ、ど、お!」
ぶどうと言ってくれない弟に、りくが怒鳴る様に耳元で言い始めていた。
「りく、ぶどおじゃなくて、ぶどうだろ。」
「あ。ぶ、ど、う! たっくんぶ、ど、う!」
足がしびれてきたので、俺は座り込んだ。
台所で、皮がむけた粒を取り除き、水で洗ってザルに上げた。
昨日の事を思い出しながら、2、3粒、たくの様に房からマスカットをちぎり、口に運んだ。
かわいいよな
ぶどう しら玉白二 @pinkakapappo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます