妹のバイトの目的

シオン

妹のアルバイトの目的

「やぁ兄さん、今時間いい?」


 部屋で漫画を読んでいると妹の瑠衣が部屋に入ってきた。俺は漫画をテーブルに置き瑠衣と向き直る。


「どうした瑠衣、最近あまり話しかけてこなかったのに」


 瑠衣は元々俺とべったりくっつく程の兄離れ出来ていない残念な妹だったが、高校生になってからアルバイトに明け暮れてすっかり俺から離れていった。嬉しいような寂しいような気分だった。


 そんな生活が三年続き、瑠衣もそろそろ卒業の時期が迫っていた。都会の大学に行く予定で来月には新生活が始まろうとしていた。なんというか、すごく順風満帆といったご様子だ。


 そんな妹が話しかけてきたので、嬉しくないと言ったら嘘になる。最近疎遠になっていたけど、妹がここを離れる前に俺も少し話をしたかった。


「見て見て」


 瑠衣は通帳の中身を見せてきた。その額はおよそ高校生が持つには大きすぎる額だった。稼いでいたのは知っていたが、そのほとんどを使っていないように思える。


「よくここまで貯めたなぁ。もしかして大学生活を見越して今までアルバイトしてた?」


「まあそうかな。私たちの生活のためだもんね」


「私たち?」


 はて?瑠衣は一人で上京すると思っていたが、誰か友人と同居するのだろうか?


 と思っていたら瑠衣は笑いかけてきて言った。


「だから兄さんも準備してよね。私の卒業まで日がないんだから」


「俺?なんで?」


 俺が要領を得ていないと瑠衣は馬鹿な教え子に教えるように言った。


「それは兄さんも一緒に来るからだよ」


「そうかぁ、俺も……俺も?」


「そうだよ。当然でしょ?」


 急な話に俺はついていけなかった。何故俺もついていかないといけないんだ?


「いや俺はここに残るけど」


「それも良いけど兄さん、ここには居づらいんじゃないの?」


 それは図星だった。何故なら現在俺は無職だからだ。元々ニートだったわけじゃないが、先日よくわからない理由で仕事をクビになったのだ。


 そして心なしか周囲の目も冷たかった。ある人に「妹に手を出した変態」とか言われたこともある。何故そんな噂が広まったか知らないが、近所では結構有名な噂だ。


「確かにそうだが、これでお前についていったらそれこそ噂を裏付けるようなものじゃないか。そんなのお前も嫌だろう?」


「嫌じゃないよ。私も兄さんがそんな扱いを受けてるなんてとてもじゃないけど許せるものじゃないよ。それに、今となっては兄さんの理解者は私だけなんだよ?」


「それに、兄さんもここから逃げたいよね?」


 瑠衣は俺の頬に手を当てて上目遣いでこちらを見た。その提案は抗いがたい誘惑に満ちていた。俺も冷ややかな視線にはもう耐えられなかった。出来ればここじゃないところで生きていたい。


 しかし、その結果妹に迷惑がかかるのはもっと耐えられなかった。たとえ瑠衣が良いと言ってもだ。


「やっぱり瑠衣、その提案は受けられないよ。お前に迷惑をかけるような駄目な兄にはなりたくない」


「……そっか」


 瑠衣も理解したのか了承して俺から離れた。その微笑みは少し寂しそうだった。


「じゃあ兄さん、最後のお願いだけど後ろ向いてもらえる?」


「あ、あぁ」


 俺は言われるがままに後ろを向いた。よく漫画じゃ泣き顔を見られたくないとか、後ろから抱き締めるとかあるから、少し期待してしまう。


 しかし、現実は違った。後ろを向いた時頭部に強い衝撃を受けた。何か長くて硬いもので叩かれたようだ。頭が割れるような痛みに耐えながら俺は瑠衣を見た。


「何故?……」


「兄さんがいけないんだよ。素直に頷いておけばよかったのに」


 俺は意識を保つことが出来ず、床に倒れる。俺の頭を瑠衣が優しく抱き抱える。


「しばらく大人しくしててね。それで力ずくでも連れていくから」


 妹の顔は見えなかった。だけどその表情は、無邪気に笑っていたように思えた。


おわり

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