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 起動したアプリ視界に心電図など自分の身体情報が表示される。視界を邪魔しないように表示している。視界の隅に矢印があったので目線で矢印を押す。画面が切り替わり、そこに表示されたのは作間に渡された道具だった。

 ビリビリくん1号と2号、そしてゴーグルくんの機能が表示されているそれを選択するとそれぞれの詳しい情報が表示される。その内容を見て、ようやくこれらの道具がどういうものかを理解した雷堂。


「これは警棒だったんですね……」


「違うよ!それはビリビリくん1号!そっちのほうがカワイイでしょ!」


 作間が言っていたビリビリくん1号、はいわゆる特殊警棒のことだった。ビリビリくん1号では分かりづらいというよりも何かわからない。

 アプリの情報によるとこの特殊警棒は増幅された雷堂の「生体電気」をエネルギーとして起動し、蓄積した電気エネルギーによってスタンバトンの役割を果たす。それに加えてこの特殊警棒は通常のものと違い四角く、薄い。近い形状でいうと菜切包丁のような形状をしている。その理由は雷堂の異能力を用いて電熱で焼き切るという機能もあるからだ。発泡スチロールカッターをイメージするのがわかりやすいだろうか。通常のものはだいたい100〜200度程度だが、この特殊警棒は込める電気によってもっと温度が上がる。この包丁のような薄さでよく熱に耐えられると思うが、作間の作った特殊な合金によってそれを可能にしているらしい。その金属についてはアプリに情報がなかった。もし見れたとしても雷堂には理解できないだろう。


「その名前じゃ何なのか全然わかりませんよ……こっちはスタンガンですか」


「ちっがーう!ビリビリくん2号!」


 作間曰くビリビリくん2号……それは銃の形をしたスタンガンであった。従来のもののようにワイヤーがつながったプラグを飛ばすのではなく、電気をそのまま相手にぶつけるものらしい。その威力も込めた電気エネルギーに依存するらしく、銃についているメーターで判断するらしい。

 雷堂の能力に合った装備を開発してくれた作間の技術は素晴らしいものだ(ネーミングセンスを除いて)。しかしここまでの装備が必要なのだろうかと雷堂が思っているとそれを察したかのように作間が指摘した。


「かっつん、異能力犯罪者を普通の犯罪者と一緒にしちゃダメだよ。普通の犯罪者と違って異能力犯罪者はその能力故にいともたやすく人の命を奪える。もし殺人が目的ではなかったとしても彼らが起こした犯罪によって奪われる命があるかもしれない。その確率は普通の犯罪者の比じゃないんだよ。だからたち異能課は活躍の場がなくても起きたときのために常に準備しておかなきゃいけないのさ」


 先程までとはうって変わり、鬼気迫るような彼女の表情に雷堂は気圧された。その瞳に宿る色は仄暗く、雷堂を見ながらも実際は雷堂ではなく違う誰かを見ているかのようだった。


「っ!?失礼しました!俺の認識が甘かったです!」


「うんうん。わかればよろしい!かっつんもこのビリビリくん1号2号を使って犯罪者をビシビシ取り締まってね!」


 雷堂が謝るといつものようにおちゃらけた作間に戻っていた。作間は過去に異能力犯罪者の被害にあったことがあるのかもしれない。先程の彼女の瞳を見てそう感じた雷堂。作間自身か彼女の関係者かはわからないが、あの瞳にはそれだけの実感が宿っていた。

 例えそれを聞いたとしても、今日はじめて会った雷堂に話してくれるとは思えないし、あまり人のそういった事情に立ち入るべきではない。そう思って雷堂は先程のことは忘れることにした。


「じゃあ、気を取り直してそのコたちを試してみよっか!」


「はい。よろしくお願いします」


 雷堂の目の前の床が開き、マネキンが出てくる。ご丁寧に服まで着ている。雷堂が警棒とスタンガンを構えようとしたその時、部屋の外で音が鳴る。それは通話の通知音だった。


「はいは〜い。いわさんどったの?」


 通話の相手は岩本のようだ作間がガラスの向こうで手招きするので雷堂は一旦、部屋の外に出た。作間のもとへ行くと上半身だけが投影された岩本がいた。


「そっちはどうだ?」


「これから私のビリビリくんたちを試すところだよ」


「ビリビリくん?……まぁいい。それよりこっちに戻ってきてくれ。出動要請だ」


「出動要請?」


「詳しくはこっちで話す」


 そう言って一方的に通話を終えた岩本。投影された姿が消えると雷堂は作間と顔を見合わせる。


「とにかく行きましょう」


「そうだね〜。まぁ、多分またどっかのお手伝いだと思うよ」


 これまで目立った異能力犯罪は起きていない。その結果「異能課」の仕事は他の課の応援がほとんどだ。しかし雷堂は自分に喝を入れる。作間に言われたようにいつ何が起こってもいいように心構えをしておかなければいけない。

「異能課」に戻ると長谷川が岩本のところにいた。


「来たか。雷堂はハセと一緒に新宿に向かってくれ」


「新宿ですか?」


「あぁ。新宿で火災が発生してな。一課が臨場しているからその応援だ」


 火災……放火の場合も捜査第一課が臨場する。テレビドラマの影響か殺人事件だけを扱っているようにも見えるが、それだけではなく、強盗、暴行、傷害、誘拐などもだ。


「放火なんですか?」


 一課が動いているということは放火の可能性があるかもしれない。憧れの一課の仕事を直に見れるとあって不謹慎ながら少しワクワクしている自分がいることに気づく雷堂。


「まだなんとも言えんらしい。そういうところもあってハセの手が借りたいんだろうよ」


「それに異能力犯罪の可能性もありますからねぇ。その調査もあるんですよ」


 そこで長谷川が元捜査一課のエースであったことを思い出す雷堂。今でも頼りにされていることからも長谷川がいかに優秀だったかがわかる。一見しただけではそんなふうには見えないが。


「そういうわけですぐに向かってくれ。雷堂はハセと一緒に行動してくれ樹里からもらった装備も一緒にな」


「はっ!」


 初出動に気合が入っている雷堂は岩本に向かって敬礼をする。そんな雷堂に苦笑する岩本、ニコニコしている長谷川、面白がって真似をする作間。


「だから硬てぇっての……あんまり気負って空回りすんなよ」


「じゃあ行きましょうかぁ」


「はい!」


「うむ。皆の健闘を祈る」


「誰だよお前は……」


 真面目くさった顔でそう言う作間に対し呆れた顔でツッコむ岩本を背に長谷川とともに雷堂は「異能課」を出た。


「雷堂くんは警視庁に来てすぐに事件なんて災難でしたねぇ」


「いえ、むしろ早速臨場できて嬉しいです。あ、いえ、すいません……不謹慎ですよね」


「まぁまぁ、気持ちはわかりますよぉ。僕も雷堂くんくらいのときは同じことをおもいましたから。とはいえ、そういう気持ちは悟られないようにしないといけません」


「そうなんですか?」


「そうです。気合は気負いに変わり気負いは焦りに変わります。そして焦りは冷静さを失わせ思わぬところで足を掬われる。犯罪者はそういった刑事の心理に敏感です。だから刑事はそれを相手に悟らせてはならないんです」


「なるほど……肝に銘じます!」


「課長も言っていましたが、気負わずに行きましょう。そういうのは徐々に身についていくものですから」


 気負うなと言われてすぐさま気負っている雷堂にニコニコしながら長谷川は先に進む。駐車場についた雷堂と長谷川は「異能課」の車を探す。とはいえ雷堂はどれかわからないので長谷川についていくだけだが。

 シンプルな黒い車に歩いていく長谷川。ポケットからスマホを取り出して車の鍵を開ける。


「長谷川さんはスマホなんですね」


「えぇ、こっちのほうが性に合ってるもので……時代遅れなのは承知しているんですがどうもねぇ」


 確かにARMが普及した現在、スマートフォンを使う人は減少している。しかしながら昔から使っている人は少数ではあるが変わらずにスマートフォンを使い続けている。長谷川もその一人なのだろう。珍しくは思うが、雷堂は特に時代遅れとは思わなかった。


「いえ、特に時代遅れとは……俺の祖父も使っていますし」


「お、お祖父様ですか……」


「あっ、いえ、その……し、失礼しました!」


 自分が失礼なことを言ったと自覚した雷堂は慌てて謝る。


「いえいえ。実際にスマートフォンを使っているのはもはや高齢者くらいですからねぇ課長もARMを使っていますし」


「課長が!?」


 長谷川がスマートフォンを使っていることよりも岩本がARMを使っていることに驚く雷堂。紙の新聞を読み、タバコを吸う岩本がARMを使うというイメージがまったくできなくてつい驚いてしまった。しかしそれもまた失礼なことだと自覚し慌てる雷堂。


「ふふふ。確かにイメージはわかないでしょうねぇ。娘さんと連絡するのに必死に使い方を覚えたそうですよ。作間くんに使い方を聞いていましたから。そのとき色々とイジられて困ってましたけどねぇ」


 そう言いながら車の運転席に乗り込む長谷川。雷堂も助手席に乗り込む。


「僕も妻にさっさとARMにしろって言われているんですけどねぇ。なかなか……」


「はぁ……」


 これ以上失礼なことを言わないように雷堂は相槌を打つだけにする。それを察したのかはわからないが車がゆっくりと発進した。



 火災現場は新宿にあるアパートの二階の一室だった。車から降りた二人は現場に歩いていく。野次馬をかき分けて規制線の前に警察官が立っている。警察手帳を見せると敬礼してくる。そのまま規制線を通り過ぎる。この規制線も拡張現実で警察手帳を認識して通れるようにしている。

 階段を上り現場となった部屋のドアの前に来る。一課の捜査員や鑑識、消防の人間が入り乱れている。長谷川は器用にその間をすり抜けていく。雷堂は置いていかれないようになんとかついていくが何度か人とぶつかってしまった。

 長谷川は被害者となったご遺体に手を合わせていた。雷堂もそれに倣う。長谷川が被害者を覆っていたビニールシートをめくると火災によって完全に炭化したご遺体が現れた。その凄惨さに思わず吐き気がこみ上げてくる雷堂だが、なんとか耐える。しかしこれ以上吐き気を催さないようにご遺体を視界に入れることはしなかった。


「グロさん」


「おお来たか!ハセ」


 長谷川に呼ばれたのは岩本よりもガタイのいいクマみたいな人物だった。彼は長谷川の背中をバシバシと叩く。長谷川は線が細いのでそのまま背骨が折れてしまいそうである。


「グロさん、背中が折れますよぉ」


「おお、すまんすまん。ん?そっちは新人か?」


 いつものやり取りであろうそれをひとしきりしたあと、雷堂の方を向く。すかさず雷堂は敬礼する。


「本日より異能力犯罪対策課に配属されました雷堂 和樹巡査です!よろしくお願いします!」


「おお!気合入っているな!俺は第八強行犯第一係の石黒 勝敏いしぐろ かつとしだ。よぉハセ、お前んとこには似合わねぇやつが新人に来たもんだな」


「雷堂くんは真面目なんですよぉ。うちの期待の新人なんですから取らないでくださいよグロさん」


「ハッハッハ。確かに気合の入った新人は好きだがお前んとこは所属が違ぇから無理だな。まぁ新人、頑張れよ!」


「はい!ありがとうございます!」


 雷堂の返事に石黒は大声で笑いながら雷堂の背中をバシバシと叩いてくる。衝撃で内蔵が飛び出るかと思った。


「それでグロさん。どんな状況ですか?」


 長谷川が聞くと石黒はそれまでとは一変して獲物を狙う猛獣のような目になって答えた。


「マル害は田辺 久美子たなべ くみこ二十歳。水川女学院に通う大学生だ。部屋はこんなだが他の部屋は無事だったんでな。大家に確認してもらった。火災発生は午前6時頃。火元はこの窓際のにあるテーブルに置かれていた何かだ。完全に燃え尽きちまってそれが何かはわからねぇ。マル消の話じゃタバコなんかの火災の原因になるようなものはなかったらしい。部屋のほぼ真ん中での火災だから普通の火災じゃなくて収斂火災じゃねぇかって言うんだが……」


「収斂火災ですか……妙ですね」


「どういうことですか?」


 台所など火が近くにある場所ではないし、窓が近くにあるのだから収斂火災でも不思議ではないように思われるが、長谷川は何か引っかかるようだ。そしてそれは石黒も同じだったらしい。


「周りをよく見てみな新人。ここには収斂火災の原因になりそうなガラスやペットボトルがねぇんだ」


 それを聞いて雷堂は周囲を見る。たしかにそれらしき物は見当たらない。


「しかもここの部屋は午前6時頃では角度的に直射日光が当たりません。これでは収斂火災にはならないでしょう」


「そうだ。そして火災発生当時、この窓にはカーテンがひかれていた。なおさら収斂火災なんて起こるはずねぇ」


「だとしたら……」


「グロさんはアカウマだと考えているんですね?」


 アカウマ(アカイヌとも言われる)……警察の隠語で放火のことを指す。燃え盛る炎の形がウマやイヌに見えることからそう言われるようになったと雷堂は聞いたことがある。


「あぁ、確証はねぇ。ただの俺のカンだがな……どうもこのヤマはクサいんだ。だがその方法がわからねぇ。これじゃ上も納得しねぇだろうし、放って置いたらただの事故で片付けられちまう」


「それで僕を呼んだわけですか」


「あぁ。ハセなら俺の気づいてないことに気づいてくれるんじゃねぇかと思ってよ」


 石黒が長谷川に対して全幅の信頼をおいているのがその目を見てわかった。それだけ長谷川が捜査官として優秀だということなのだろう。


「何も出てこないかもしれませんよ?」


「構わねぇよ。ハセが見てダメなら俺のカンが外れたってことだ。潔く諦めるさ」


「わかりました。それじゃあ始めましょうかぁ」








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警視庁異能力犯罪対策課 にわかオタクと犬好き @ults

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