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「じゃーん、じゅりちゃんきかーん!」


 再び開いたドアから入ってきたのは二十代、もしかすると十代かもしれない少女だった。


「もう少し静かに開けろって何度も言ってんだろ」


 岩本が呆れながら少女を注意するが、少女は全く意に介していない。


「いわさん何言ってるのさ。じゅりちゃんが帰ってきたんだからもっと盛大に迎えてくれないと。ノリわるいよ〜」


「お前のノリに付き合ってたら俺は寿命を迎えて骨になっちまう」


「なるほどなるほど。そんなにじゅりちゃんと一緒にいたいんだね〜。わかるわかるよ〜。でもじゅりちゃんはみんなのモノだから〜いわさんだけにかまってあげるわけにはいかないんだよね。ゴメンねいわさん」


「こっちから願い下げだよ」


「ふふふん。照れちゃってかわいいねぇ〜」


 会話をしているようでまったく噛み合っていない二人を唖然として見ていると岩本が雷堂の方を向いた。


「ほれ、くだらないこと言ってないで新人に挨拶くらいしろ」


「(ここでこちらに話をふってくるのか!)」


 どうやら彼女との会話?を切り上げたいが為に雷堂を生贄にしようとしたらしい。岩本も案外、いい性格をしていると雷堂は思った。


「おお!君が新しい新人くんだね〜よろしくね。天才にしてみんなのアイドル作間 樹里さくま じゅりちゃんで〜す!気軽にじゅりちゃんって呼んでね!」


「(自分で天才というのか……というより新しい新人って……)雷堂 和樹です」


 樹里の言動によって普通に挨拶してしまう雷堂。岩本は再び新聞に戻り、長谷川はいつの間にか消えていた。長谷川を探す前に樹里が話しかけてくる。


「雷堂 和樹……じゃあかっつんだね!よろしくかっつん!」


「えっ!?かっつん?」


「和樹なんでしょ?ならかっつんだよ」


「さすがに恥ずかしいのでその呼び方はやめてほしいのですが……」


 年はおそらく自分の方が上だが、「異能課」の先輩ということで敬語を使う雷堂。そんな雷堂に樹里は頬を膨らます。


「ダメだよかっつん!敬語なんて堅苦しいじゃん。仲間はタメでしょ!ねぇいわさん」


「俺に話を振るな。誰にでもタメ口なのはお前だけだよ」


「そうなの!聞いてよかっつん!ここの人たちみんな敬語で話してくるの!おかしいよね、ね!」


 それが普通だと思っている雷堂からしたらおかしいのは樹里の方だろうと思っていると岩本が樹里の背中越しにため息をついているのが見えた。

そしてどこかに消えていた長谷川がいつの間にか戻ってきていた。手にはお盆に乗ったマグカップを持って。


「コーヒー入れましたよぉ」


「ありがとよ。上手く逃げたなハセ」


「ん〜なんのことでしょう?」


 そう声をかけながら岩本の机に緑色の線が入ったシンプルなマグカップを置く。どうやら樹里に絡まれるのを恐れて避難していたようだ。とはいえ、本当ならば新人の自分がやらなければいけないことを長谷川にやらせてしまい、申し訳なくなった雷堂。


「れいちゃんれいちゃん!じゅりちゃんの分は〜」


「ちゃんとありますよ。ミルクと砂糖マシマシです」


「わ〜い!れいちゃんわかってるぅ」


 そう言って長谷川が渡してきたマグカップを受け取る樹里。何かのアニメのイラストがマグカップから角砂糖が見える。いったいどれだけ入れればあんな状態になるのだろうか……。あんなに砂糖が入っていてはもはやコーヒーの味などしないのではないだろうか。


「雷堂くんの好みがわからなかったので普通に入れてきたんですが、ブラックでよかったですか?」


「あ、はい。大丈夫です。それよりも長谷川さんに淹れさせてしまって申し訳ありません」


「あぁ、気にしないでください。コーヒーを入れるのは僕の趣味みたいなものなので僕が普段から淹れているんですよ。異能課のコーヒー担当ということですね」


「そうなんですね」


 それでも次からは自分が入れたほうがいいだろうという気もするし、長谷川の趣味を奪うというのもいけない気がして悩む雷堂。


「っかぁ〜。やっぱりれいちゃんの淹れるコーヒーは最高だねぇじゅりちゃんの天才的頭脳に糖分が染み渡るよ〜」


「よろこんでくれてよかったですよ。じゃあ僕は影山くんのところに届けてきますね」


 樹里に褒められた長谷川はニコニコしながら部屋の奥にある小部屋に入っていった。


「影山さんというのは……」


「あぁ、影山 杏奈かげやま あんなあそこの小部屋の住人だ。科学分析担当だな。サイバー関係にも強いから頼りになるんだが……」


「あんなちん、全然出てきてくれないんだよねぇ。じゅりちゃんも仲良くしたいのにさぁれいちゃんだけズルいよね!」


「ハセが一課の時代からの付き合いらしい。それとハセが淹れたコーヒーが好きらしくてな、あそこに入れるのはハセだけなんだわ」


「じゅりちゃんも前に入れてってお願いしたんだけどダメって言われちゃったんだよぉ」


 自分も部屋に樹里だけは入れたくないと会ったことのない影山に共感する雷堂。それよりも気になることがある。


「部屋から出てこないと捜査上、困りませんか?」


 “問題ない”


「えっ!?」


 突然、雷堂のARMにメッセージが届く。


「メッセージが来ただろう」


「はい。知らないIDなんですがこれって……」


「影山だな。ハセ意外とはこうやってコミュニケーションを取るんだ。俺のときもそうだった」


「そうなんですか……というより、なんで俺のID……」


「気にすんな。俺のときもそうだった」


「(それは気にしたほうがいいんじゃ……)」


 思っても口には決して出さない雷堂。


 “挨拶代わりにハッキングさせてもらった。ARMを全然使いこなせていない。私じゃなくても簡単にハッキングできる”


 またもや届くメッセージ。ARMをハッキングするなんて聞いたことがない。数多のハッカーたちが試して断念するほどのセキュリティだと聞いたことがあった雷堂はそれがどれだけ非常識なことかわかった。


 “ハッキングついでに君のARMのプロテクトを強化しておいた。これならちょっとやそっとじゃハッキングされない”


「あ、ありがとうございます……雷堂 和樹です。これからよろしくお願いします」


 “礼司から既に聞いている”


「あ、そうですか……」


 “用があるときは言って。用がないときは話しかけなくていい”


「り、了解です」


 それ以降メッセージは送られてこなかった。挨拶は終わりということだろう。曲者ぞろいの「異能課」でちゃんとやっていけるかますます不安な雷堂だった。


「さて、挨拶も一通り終わったな。あぁそうだ、雷堂、警察手帳を出せ」


「は、はい」


 スーツの内ポケットから自分の警察手帳を出す雷堂。手帳と言っても警察手帳の機能がある端末である。身分証の他、メモや録音、カメラ機能もある。ARM上で管理しないのはいわゆる昔からの様式美のようなものだと警察学校で教わった。呼び名も同じ理由らしい。

 岩本は自分の警察手帳を雷堂のそれにかざす。端末上になにかがダウンロードされたようだ。


「異能課の身分証をダウンロードしておいた。うちは内閣の所属なんでこういう形式になってる」


「なるほど……ありがとうございます」


「ま、これでお前もうちの一員ってことだ」


「おめでとうございます」


「おめでとうかっつん!」


 “おめでとう”


 先程まではここでやっていくのを不安に思っていたが、皆から祝福されてまんざらでもない雷堂。


「じゃあ次はじゅりちゃんの番だね!」


 一転、絶望の表情になる雷堂。作間に関わるとろくなことにはならないと先程からのやり取りで直感した雷堂は今すぐにも逃げ出したい衝動にかられた。


「かっつんにじゅりちゃんからのプレゼントだよ!嬉しいでしょ、ね!」


「いや、あの、俺は……」


「さぁ、行こう!じゅりちゃんのラボにごあんな〜い」


 腕を捕まれ強引に連れて行かれる雷堂。助けを求めて後ろを振り返るが、可愛そうなモノを見る目をしてこちらを見送る岩本とニコニコと何を考えているのか表情が読めない長谷川が手を振っていた。

 部屋を出て隣の部屋へと向かう。隣の部屋には「じゅりちゃんラボ」と書かれている。作間がドアを開け中に入る。中はかなり広く、何個かの部屋をつなげているようだ。工具や何かの部品が散乱しており、壁には分解されたロボットの上半身らしきものがかけられている。まさに作間の犠牲者なのだろう。


「ようこそ〜じゅりちゃんラボへ!」


 ようやく掴んでいた手を離した作間は両手を広げて雷堂を歓迎する。正直、ラボというよりは物置という様相を呈しているが、雷堂は言葉を飲み込んだ。


「かっつんが来るって聞いてから急ピッチで作ったから大変だったよ〜」


 作間は自分の後ろにある作業台からいくつかの物を持ってきて雷堂に手渡す。


「これは……」


 落とさないように気をつけながら作間が持ってきたものを確認すると、グリップのついた四角い物と銃のような形だがなにやらメーターらしきものがついている物、そして耳あてのついたゴーグルのような物だった。


「かっつん専用の装備だよ!これで犯罪者もイチコロだね!」


「これが……」


 思っていたよりもまともなプレゼントではあったが、使い方がまったくわからない。銃らしき物とゴーグルっぽい物はなんとなくわかるが、問題はグリップがついた四角い物体だった。


「これはねぇ。じゅりちゃんが開発したビリビリくん1号と2号、それとゴーグルくんだよ!」


「…………え?」


「ビリビリくん1号と2号、それとゴーグルくんだよ!」


 どうやら雷堂の聞き間違いではなかったようだ。グリップのついた四角い物体がビリビリくん1号、銃のようなものが2号、そして見た目そのままのゴーグルくん。ネーミングセンスがヒドすぎるのもあるが、結局これらをどう使うのか見当がつかない雷堂。


「これはどう使えば……」


「え?わからない?んとねぇ、まずゴーグルくんを着けてみて。目を覆うように」


 言われたとおりゴーグルくんを顔に持っていくと耳あてのようなものが作動して耳を完全に覆い、ゴーグル部分が顔に吸い付く。圧迫感などは感じず、何も着けていないような感覚に驚く。そしてゴーグル部分にいくつかのウインドウが現れる。


 “生体認証中……雷堂 和樹を確認。雷堂 和樹をユーザーとして登録”


 そう文字がゴーグルに現れ、ダウンロードが終了すると再びウインドウが現れる。


 “雷堂 和樹のユーザー登録完了。雷堂 和樹のARMとの同期を開始……完了。これより操作をARMに移譲”


 そのメッセージが出たあと雷堂のARM上で操作が可能になったことを知らせる通知がきた。何がどうなっているのかまったくついていけない雷堂。


「おっけ〜。かっつん、もうゴーグルくん外していいよ」


「今のはいったい……」


「ゴーグルくんはねぇ、かっつんの異能力を増幅、制御してくれるスグレモノなんだよ!」


「制御と増幅?」


「そう。かっつんの異能力“生体電気操作”を最大限発揮するタメに必要なのさ!」


 “生体電気操作”。雷堂のこの異能力は自分の生体電気をコントロールし、体外に放電することができる。とはいえ、出せるのはせいぜい静電気のようなもので大したことはないと雷堂は思っている。実際、警察官になって交番勤務をしていたときも役に立ったことは一度もない。というかそういうことができるというのも検査結果を見るまで知らなかった。


「しかし俺の異能力はせいぜい静電気を起こす程度ですよ?そんなのを増幅したって……」


「甘いよかっつん!銀座に売っている超高級キャラメル・チョコレート生クリームモンブランより甘いよ!」


「なんですかその聞くだけで胸焼けしそうなお菓子は……というか甘いってどういうことです?」


「人間の身体は脳の命令で動くけど、その命令は電気信号、つまり生体電気で動いているんだよ。それをコントロールできるっていうのはとんでもなくすごいことなんだよ!」


「はぁ……」


 いまいちピンとこない雷堂。そんな雷堂を見てため息をつく作間。


「生体電気を操れるってことは意図的に自分の身体の治癒を促進できるってことなんだよ。つまり怪我をしたときに格段に早く完治できるってこと!」


 作間の言葉に耳を疑う雷堂。自分の異能力がまさかそんなにとんでもないものだとは思わなかったのだ。


「あとかっつんは静電気程度しか起こせないって言ってたけど、かっつんと同じく生体電気を使って数百Vも発電するデンキウナギみたいな発電魚もいるんだよ?デンキウナギみたいな生き物で数百Vなんだよ?人間が同じことしたらどうなると思う?」


 確か人間の細胞の数は約60兆個だと学校の授業で習ったことがある。それがすべて放電に使われたら……。


「わかった?いかにかっつんの異能力がヤバいか。正直、なんでかっつんがICDA預かりじゃないのかじゅりちゃんには疑問で仕方ないよ。まぁ、今まで制御の仕方も知らなかっただろうから誰も気づかなかったのかもしれないけどねぇ」


 作間の言葉に雷堂はゾッとした。もし、自分の異能力を全力で他人にぶつけていたら……今ごろ雷堂は人殺しになっていたかもしれない……。


「俺、大丈夫なんでしょうか。もしも俺の異能力が暴走でもしたら……」


 被害は想像もできない。そう言おうとして口をつぐむ。自分で口に出すのが怖かったからだ。


「ふふん。そこでじゅりちゃんが作ったこの子たちが役にたつのさ!」


「どういうことです?」


「言ったでしょ。このゴーグルくんはかっつんの異能力を増幅、制御するって。そしてビリビリくん1号と2号はかっつんの起こした電気に指向性を持たせて威力も調整してくれるからこの子たちがあればかっつんが人殺しになることはないよ」


 雷堂は手にもつ道具を見る。相変わらず使い方のわからないこれらの道具で本当に大丈夫なのだろうか……製作者が作間というのも不安である。


「疑っってるなぁ。じゃあ、実際に試してみようか。そしたらじゅりちゃんの天才っぷりがわかるからさ!」


 そうして雷堂は作間に連れられ、ラボにあるガラスで覆われた広い空間に移動した。


「ここはじゅりちゃんが作った発明品お試しルームだよ。このガラスはじゅりちゃん特製の強化ガラスだから安心してビリビリくんたちを試してね!」


「はぁ……」


「じゃあまずはARMでかっつん用に開発したアプリを起動してみて」


 言われた通り、雷堂はARMにダウンロードされていたデフォルメされた作間のキャラクターが描かれたアイコンのアプリを起動した。





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