警視庁異能力犯罪対策課

にわかオタクと犬好き

1−1


 



 2030年某日。

 日本のある県で一人の少年が地上に落下した隕石を発見した。その隕石は研究所に運ばれ成分調査の後、博物館に展示されることになっていた。しかし、研究所の調査の結果、地球上には存在しない未知のウイルスが検出された。感染を防ぐためそのウイルスは研究所の最重要施設へと送られ分析されるはずだった。

 しかし既にウイルスは感染を拡大していた。発見者の少年によって……。

 隕石を発見したときに触れたことで少年にウイルスが感染。そして少年と接触した人間全てに感染が確認された。接触するだけで感染するこのウイルスに研究所はじめ、世界中の人間が騒然となった。政府主導によって少年含め感染の疑いがある者を即刻隔離した研究所はすぐさま感染者たちの治療をするためありとあらゆる検査を行った。

検査の結果、このウイルスは感染力は強いが、目に見える症状が出ないことが判明した。感染後、数日で減少し、一週間後には体内でそのウイルスを見つけることはできなくなっていた。当初、研究所の職員たちは人類の免疫機能によってウイルスが死滅したと予測。念の為さらに一週間の検査を行い、体内にそのウイルスが存在しないことを確認してから隔離を解除。一時騒然となった世界は再び日常を取り戻していった。




 そんな日常が崩壊したのは隔離解除の二ヶ月後。

 世界中で同じ症状の人間が次々とで病院に運ばれてきたのだ。症状は発熱、痙攣、嘔吐……一見重度の風邪と思われたが次々と同じ症状でやってくる人間たちに医療関係者は不信に思った。そしてある医者が気づく。すべての患者があのウイルスに感染していることに……。

しかし、なぜ今になって……すべての医者がそう思ったことだろう。研究所の報告によれば検査の結果、ウイルスは完全に死滅したはずだ。研究所が提出した検査結果を見てもどこにもウイルスは存在していなかった。なのになぜ今になって……。

後にわかったことだがこのウイルスは感染後、人間の細胞と完全に同化していたのだ。細胞を壊すことなく、一旦、取り込まれ細胞を中から作り変えていた。それがわかったのが感染者が確認されてから五年後のことであった。

 それからウイルスはさらに感染を拡大。一年足らずで世界中のすべての人間が感染した。幸いにも死者の数は少なかった。乳幼児と高齢者が数人。

死者が出ないことでこのウイルスは少し症状の強い風邪という認識が世界中の人間に浸透した頃、さらに驚愕の自体が人類を襲う。

なんと突然、異能力を使う人間が現れたのだ。世界記録を更新するほど速く走れる者、大岩を軽々と持ち上げる者、手から火を出す者などその に差異はあれど、同時期にいわゆる超能力を発現した人間が次々と世界中で確認されたのだ。

 そんな異能力を発現した人間たちは一旦、国際連合の監視下におかれた。世界中で起こる異常事態についに国連が重い腰を上げたのだ。

この緊急事態に際し、国連は「International Control Organization for Persons with Different Abilities(国際異能力者統制機構)」通称ICDAを設立。事態の収束を図った。

 異能力の発現が収まったのは最初の発現者が現れてから約半年後のことだった。異能力者の人工は世界中の人工(2030年時点で約100億人)の0.005%(約50万人)。異能力者たちはAからEまでのランクに分類され、Aランクの中でも特に秀でた能力を持つ者たちには番号が与えられICDAの指示の下、災害や紛争時に介入することになった。番号を与えられたのはAランク100人中10人のみ。この10人は他の異能力者とは一線を画する能力を持っており、いつの頃からか「ナンバーズ(数字持ち)」と呼ばれるようになった。

そうして人類は突然の異能力に対応していった。




 異能力の原因となるウイルスを運んできた隕石が落下してから20年後の2050年の日本。

 異能力はICDAの統制下にあるとはいえ、道を踏み外す者は当然でてくる。日本も例外ではない。

世界の国々でもそういった者たちはおり、基本的にその者への対処は各々の国に一任されていた。

 そうした異能犯罪者に対処すべく、時の内閣総理大臣「皆川 功補(みながわ こうすけ)」は内閣主導で警視庁に新たな部署を設立。その名は「異能力犯罪対策課」。そのままのネーミングだが、お役所というのはこういうものである。通称、「異能課」と呼ばれるその部署は異能犯罪者を取り締まるという意味だけでなく、所属する捜査員全員が異能力者ということでもそう呼ばれている。設立は今から2年前の2048年。皆川が総理大臣になった年の閣議に草案が提出された。部署は警視庁内にあるが内閣、特に内閣総理大臣の皆川に権限がある。そのため、「異能課」に所属する捜査員は警視庁の人間だけでなく外部の人間もいる。あらゆるしがらみを取り払い、迅速に異能犯罪に対処するためにこうした組織づくりとなっている。

 異能者は世界で50万人、日本には約1万人の異能力者がいる。これは世界でも最多である。異能力の原因であるウイルスを運んできた隕石が落ちたのが日本だったからではないかと言われているが実際のところは判明していない。2位はアメリカ、3位が中国である。

そんな異能力大国である日本でも異能力犯罪に対処できるほどの人材は少ない。大体の異能力者は小さな石をほんの少し浮かせることができたり、体が発光したりといったもので犯罪捜査に使える能力となるとかなり数は少なくなる。

 そんなわけで設立した「異能課」は良く言えば少数精鋭、悪く言うと人材不足ということになる。そして異能力者の犯罪もせいぜいが窃盗や盗撮といったもので異能力を持たない捜査員でも十分に対応できるものばかり。そんなわけで設立から二年、これといった活躍もないまま。

「異能課」の捜査員たちは普段は他の課の応援に回されているのが現状である。



 この物語はそんな「警視庁異能力犯罪対策課」に新人捜査官の「雷堂 和樹らいどう かずき」が配属されてきたことから始まる。


 雷堂 和樹はウキウキした気持ちで自宅の鏡の前に立っていた。何しろ今日から警視庁に入庁するのだ。子どものころから警察官を目指し、警察学校卒業後に数年の交番勤務を経て警視庁勤務となった。そしてなんと雷堂は花形と言われる刑事部捜査第一課に配属されることになったのだ。どうしてもこの気持ちを隠すことはできない。

 鏡の前で身だしなみを再度確認し、コンタクトレンズ型のARM(Augmented Reality Mobile terminal 拡張現実型携帯端末)を装着する。2050年現在、このARMは広く普及しており、コンタクトレンズのように身につける端末が普通である。映像だけでなく、ニュースやCMなどの広告もこのARMを通して見ることができる。AIも搭載しているので自分の好みにあった広告やニュースだけを投影してくれる。さらには拡張現実を使うことで遠く離れた相手でも顔を合わせて会話をすることができるようになったのだ。2020代まで普及していたスマートフォンはこのARMの登場により衰退の一途を辿っている。今の小学生くらいの世代はスマホと言われても首を傾げるだろう。

 家を出た雷堂は最寄りのバス停へと向かう。バス停に着くと、既に何人かが列を作っていた。雷堂もその列に並ぶ。周辺に投影される化粧品や清涼飲料水の広告を眺めて暇を潰す。


「(へぇ……あのCMの女優代わったのか)」


 清涼飲料水のCMをARMで見ながらそんなことを考えている雷堂。少し前は20代なかばの美人だったのだが、今は10代くらいの多分、アイドルだろう少女に代わっていた。前の女優のことが結構好きだった雷堂には少しショックだった。前の女優だった頃のこのCMを見て、この清涼飲料水を頻繁に買っていたこともある。

 そうやって時間を潰していた結果、特に待った感覚もないうちにバスがやってきた。開いたドアを順番に潜っていく人たち。雷堂もそれに続いた。料金はARM上で払っているので現金を出したり、ICカードを出す必要がなくなったのは楽でいい。

雷堂の後ろの数人が席に座ったところでバスが動きだした。走行音もなく静かに進むバス。リニアモーターカーと同じで地磁気を利用して進むので静かなのだ。地面にふれることもないのでタイヤもついていない。

投影される広告を流し見しながら目的地に着くのを待つ雷堂。やはり少しそわそわしてしまう。この時間が早く終わってほしいがバスはAIで管理されているので時間に正確だ。一応運転席に人はいるが、何かあったときに対処するためであって運転するためではない。

 いつもより長く感じた通勤時間もようやく終わり、警視庁の最寄りのバス停に到着した。はやる気持ちを抑えてバスから降りる。

目の前に警視庁が見えて自然と早歩きになっていた。



 警視庁の地下、もとは備品倉庫であったところに「異能力犯罪対策課」と書かれた紙を無造作にセロハンテープで止めたドアの前に雷堂は立っていた。家を出たときと対照的に雷堂の気分は沈んでいた。喜び勇んで足を運んだ捜査一課で雷堂を待っていた上司は彼に絶望的な宣告をする。


「配属先が急遽変更になった」


 入庁前にした検査で異能力者認定をされてしまったのだ。異能力の発現自体は久しいが、自分が異能力を持っていると自覚しているケースは少ない。石を浮かせたり、発光したりといったわかりやすいものであるのはまれなケースで、雷堂のように検査してみたら異能力だったというのが大半である。

 そんなわけで雷堂はこの「異能力犯罪対策課」やってきたわけだが、このドアの前に立って不安がこみ上げてくる。この通称「異能課」という課が警視庁に存在しているのは知っていたが、実際に異能力犯罪など起こった試しがなく、警視庁の厄介者を放り込むための掃き溜めと噂されていた。警視庁で華々しく活躍することを夢見ていた雷堂からすると、まさか自分がここに配属されることになるなんてまさに青天の霹靂であった。

 ため息をつきたくなるのを何とかこらえ、雷堂は目の前のドアをノックして中に入った。

中は事務机がいくつかと奥に小部屋が一つ。雷堂は正面の机で今では珍しい紙媒体の新聞を読みながら最近はついぞ見なくなったタバコをふかす人物のもとへと歩を進める。手に持っていた警視庁と書かれた箱を床に置き、姿勢を正して敬礼する。


「本日より異能力犯罪対策課に配属されました。雷堂 和樹巡査であります!」


「おお。来たか。話は聞いてるぜ。ここの課長を任されている岩本 鉄平いわもと てっぺいだ。一応警部だが、まぁそんなに気負わずに楽にしてくれや」


「はっ!若輩者ですがご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


「だから気負うなって。今からそんなんじゃ身が持たんぞ」


「は、はい。申し訳ありません」


「まぁ、追々なれていけばいいさ。お前さんの席はそこだ」


 岩本が指したのは入り口から近いところにある事務机だった。


「私物なんかも置いて構わんが、程々にな……」


 そう言った岩本の視線の先にはお菓子や工具が散乱した机が並んでいた。それを見て納得した雷堂は再びため息をつきそうになった。内閣主導で作られた部署がこれでいいのだろうか……。


「お前さんの言いたいことはわかるが、実情はこんなもんだ。がっかりしただろう」


「いえ、そんな……」


「気を遣わなくていいさ。他の部署の仕事を手伝ってなんとか体裁を保っているんだからな。お前さんもせっかく警視庁に転属になったってのに災難だったな」


「お気遣いありがとうございます。しかし配属された以上は自分の職務を全うしようと思います」


 これは偽らざる本音である。警察官である以上、希望通りの部署に配属されるとは限らない。それでも雷堂は警察官として職務を全うしようと思っていた。そんな雷堂を見て岩本は相好を崩す。


「そうかい。まぁ、今までが暇だったからと言ってこれからもそうとは限らんしな。期待してるぞ新人」


「はい!ご期待に添えるよう誠心誠意努めます!」


「だから硬ぇっての」


 そう言って笑う岩本を見てこれからなんとかやっていけそうな気がする雷堂であった。


「他の奴らは今出ててな。戻ってきたら紹介するわ」


 岩本がそう言って新聞に目を戻そうとしたとき、「異能課」のドアが開いた。


「戻りましたぁ」


 入ってきたのはよれよれのくたびれたスーツを着た三十代ほどの男だった。


「ようハセ。一課の手伝いご苦労だったな」


「いやぁ。一課の手伝いと言っても雑用みたいなものですよぉ」


「元一課のエース様が何言ってやがる。お前がいるおかげでうちは他の課から睨まれずに済んでいるんだぜ」


 岩本の言葉を聞いて目を見開く雷堂。このくたびれたスーツを着た男が元捜査一課のエースとは思えなかったからだ。


「おや、新人さんですかぁ?」


「は、はい!本日より配属されました雷堂 和樹巡査です!」


 急にこちらに話がそれたので慌てて敬礼する雷堂。奥で岩本が呆れた顔をしているが今はそれどころではなかった。


「どうもご丁寧にぃ。僕は長谷川 礼司はせがわ れいじっていいます。階級は一応警部補ですが、あまりお気になさらずにぃ」


 眠そうな目をしながら気のない敬礼で返してくる長谷川。元捜査一課ということにも驚いたが警部補ということにも驚いた。人は見かけによらないものだ。


「そんなアホみたいな感じだが、ハセは元捜査一課で難事件を次々と解決して警視総監賞ももらってるキレ者だ。他の刑事も見逃すような小さな手がかりから確実に犯人を追い込んでいくところから“一課の鷹”とかハセの関わった事件は未解決がないんで“ゼロ”なんてあだ名までついてる」


 岩本の言葉で開いた口が塞がらない雷堂。目の前の長谷川がそんなにすごい経歴の持ち主とは……。


「買い被りすぎですよぉ課長。僕が関わった事件に未解決がないのは一課のみんなが頑張ったからで僕一人じゃきっと解決できなかったですよぉ」


「……まぁ、こんなやつだ。職務上、何かと関わることも多いだろうし仲良くやってくれや」


「よろしくお願いしますねぇ」


「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 やっぱりここでやっていけるか不安になってきた雷堂であった……。

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