闇属性の聖女は無敵です

白夜黒兎

第1話 プロローグ

「本当に申し訳ない!!」


目の前で手と膝、頭を地面に付けて土下座のポーズをする髭がめっちゃ長いお爺さんは声を大にして叫んだ。傍から見たら若い娘が年寄りを虐めてると言っても過言ではない光景だが全てはお爺さんに原因があって私にはない。


効果音で言うならズモッ〜だ。そのくらい私達の間には不穏な空気が漂っていた。


「こちらの手違いで誤って殺してしまったこと、大変申し訳なく思っておる」

「それ、何度も聞きましたけど?」


縮こまってるお爺さんに私は仁王立ちで睨み付ける。


「いや、聖女ならあれくらい耐えられるかと」

「何度も言いましたよね、私は聖女じゃないと」


言い訳してんじゃないわよ。


チッと小さく舌打ちをするとそれをしっかりと聞き取ったらしいお爺さんは『ひっ!』と顔面蒼白になりながら身震いしだした。


「嗚呼、全ては儂のせいなんじゃ。儂が聖女を間違えたりなんてするから・・・。良く考えてみれば聖女がこんな荒々しい筈ないではないか」


おい、聞こえてるぞジジィ。


「嗚呼、聖女よ。一体何処に居ると言うのじゃ。頼むから儂の前に出て来てくれぬか」


お爺さんはもう私の事そっちのけで、両手を重ねて天に祈りを捧げていた。


なんか、私が悪いみたいな扱い受けてるけど全部貴方が悪いんだからね!?




此処は天国であり目の前のお爺さんは神様、らしい。


このふたつが重なったって事はもうお分かりだろう。


私は19と言う人生これからって時に突如あの世を去ったのだ。


かと言って別に病気で死んだわけでも事故で死んだ訳でもない。





私は殺された・・・・・・・。



目の前のお爺さんに。



その時は私がある会社の面接を受け終え帰ってる時だった。


「うっ、うぅ…」


一人、人通りの少ない道を歩いてると突然何処からか呻き声が聞こえてきたのだ。


本当なら急に声が聞こえるなんて不気味だしほっといた方が良いんだろうけど人が倒れてたりなんてして後でこの事を知った時、間違いなく後悔するだろう。


私は意を決して声がする方へ歩みを進めた。


行くと決めたら堂々とだ。


ズカズカとおしとやかとは掛け離れた半端ガニ股で近付いて行く。


前へ前へと歩むにつれてだんだんと声はデカくなっていった。どうやら声の発信源は路地裏からの様だ。壁際から覗き込んで声の正体を探ってみると白髪に白のローブと言った全身真っ白なお爺さんが横たわっていた。


「あ、あの大丈夫ですか?」


死んでるわけじゃないよね?


腰が若干引き気味になりながらもお爺さんに声を掛けてみた。


「・・・ず、く・・」

「はい?」


お爺さんは少しだけ顔をあげると私に何か必死に訴えかけていた。だけどお爺さんは喉を痛めているのか、その言葉をはっきり聞き取ることが出来なかった。


「あっ、紙に書けます?」


カバンからメモ帳とペンを取り出すとお爺さんに差し出した。


それを覚束ない手で受け取ったお爺さんは必死に震える手で紙に書き出した。


やがて書き終わったらしいお爺さんは紙を私に渡してきた。


「あっ、水が欲しいんですね!?」


字はぐちゃぐちゃだったけど読み取れないわけではなかった。だからお爺さんが水を欲してるのがすぐに分かった。


「はい、どうぞ!」


すぐにカバンから水が入ったペットボトルを取り出すとお爺さんの手元に置いた。それをお爺さんは無言で受け取りゴクゴクと喉を鳴らして水分を補給していった。物凄く喉が乾いていたのだろうか。もうペットボトルは空だ。


「お嬢さん、すまなかったな」


未だに声はガラガラだけど先程より全然喋れてるようだ。


「いえ、困った時はお互い様ですよ」


にこりと微笑めばお爺さんはぱちくりと瞬きをして私を見つめていた。


私は何か変な事を言っただろうか。首を傾げる私の手を突然お爺さんはがっしりと両手で掴み取った。


「お前さんが聖女だったのか!?」

「・・・・・はい?」


せいじょってなんだ。


清女、正女、勢女…。


うん、さっぱり分からない。


お爺さんはそのせいじょにずっと会いたかったのか嬉しそうに瞳を輝かせていた。


そのせいじょって言うのはお爺さんの孫だろうか。


だけど残念ながら私はせいじょではないしお爺さんとだって今初めて会った筈だ。


きっとボケてるんだろう。お爺さんぐらいだったら良くある事だ。


「お爺さん、私はせいじょではありませんよ」

「そんな筈はない!花が咲くような笑顔、誰であろうと惜しみなく助ける器のデカさを兼ね揃えておいて聖女ではないと言う嘘は通用せんぞ!」


どうやらお爺さんの中で私がせいじょって事は確定らしい。


てか、せいじょだと見抜く基準ガバガバすぎない?笑顔が素敵な子なんていくらでも居るし、道端でお爺さんが倒れてたら誰だって助けるに決まってる。それだけでせいじょだと言うのなら世界中の人がせいじょになるってもんよ。


「あの、お爺さん?そのせいじょって何なんですか?」

「ぬっ!爺さんではない、神だ!聖女は聖女じゃよ。人間界に聖女が住み着いてると聞いて儂がわざわざ来てやったのじゃ。さて、聖女よ。儂と一緒に来てくれるな?」


・・・・・もっと分からなくなったんだけど。


このお爺さんが言うにはお爺さんは神でありせいじょが地上に居る事を何処からか情報をゲット。で、一目見ようと天から神直々に会いに来た。そのせいじょが私であると確信を得たお爺さんは私を何処かへ連れて行こうとしている。


いや流石にお爺さんの中二病はキツイわー…。神とかせいじょとかどこの話よ。そんなの実際に存在する筈ないしこの世界とは別の世界があるなんてにわかには信じ難い事だ。


もし本当にこのお爺さんが神だと言うのなら雷の一つや二つ落としてみなさいよ。神ならそれくらい簡単でしょ?


・・・そう思ったのがいけないのだろうか。


「まだ躊躇いがある様じゃな。ならば無理にでも連れてくぞ」


そう言ったお爺さんが突如宙に浮いたから目玉が飛び出そうなくらい驚いた。


だけどそれ以上に驚く出来事が待っていたのだ。


お爺さんは手に持っていた杖で二回地を叩く様に『トン、トン』と音を鳴らした。そしてそのまま杖を天に捧げると空に浮かぶ雲がお爺さんの杖に吸い込まれる様に一箇所に集まった。そしてそれは次第に姿形を変えた。ゴツゴツとした地球技くらいの大礫へと進化を遂げたのだ。


いや、大礫って言って良いのか分からないくらい大きいけど。


あれに当たったら間違いなく死ぬ。そしたらお爺さんは人殺しだし、神ではなく死神になっちゃうんだからね!?だから早く、その物騒な物しまって!


「では、聖女よ。せいぜい死ぬではないぞ」


いやいや!なんでそんな他人事みたいなの!?死ぬから、絶対に死ぬから!!


「まっ、・・・・・」


その続きはお爺さんが落下させた大礫で虚しく消えてしまった。


勿論それを避けられるわけもなく、私は大礫の下敷きになってしまったのだ。


よって私は、19と言う若さでこの世を去らなければならなくなってしまった。


そう、確かに私は死んだ筈だった・・・。


だけど死んだ実感とはそう簡単に湧かないものだった。今まで気を失っていたかの様な感覚で私は目を覚ましたのだ。


真っ白な空間で。


病院にしては何もなさすぎるし此処は天国?


頭上に黄色い輪っかが浮いてるからきっとそうなんだろう。


天国って本当に何もないんだ。人も他に見当たらない辺り一面真っ白な世界にポツンと私だけが突っ立っていた。



ボッーと辺りを見渡していると遥か遠くの方からこちらに全速力で向かって来てる人影の存在に気が付いた。


なんだ、他にも人居るじゃない。しかもフレンドリーっぽい。


その人はこちらにブンブンッと腕を思いっきりあげて手を振っていた。


「こんに・・・・・ん?」


挨拶をしようと腕をあげた矢先、その者は見たことのある人物へと姿を変えた。


「やっと、やっと会えたわ!!」



・・・路地裏で倒れてたお爺さん。


・・・神であり人を捜しているお爺さん




・・・・・・・私を殺した、お爺さん。



「ずっと探してたんじゃよ!無事でなによっ…ぐふぉっ!!」

「無事ぃ?これのどこが無事なんですかぁ?」


私が無事じゃないって事、貴方が一番良く知ってる筈でしょ?人を殺しといて良くもまぁ、私の前に現れるわねぇ。


へらへらと笑ってるお爺さんにイラッとした感情が芽生えると同時に私は自身の拳をお爺さんの顔面にぶつけていた。


「わ、儂の正体を知らんのか!?」

「・・・クソ神よねぇ?」


人違いをした挙げ句、容易く人の命を奪う最低クソ野郎の神。


それ以外に何があるって言うのか。


そう言えばお爺さんは小さく縮こまって今度こそ押し黙ってしまった。


「さて、お爺さん?私に何か言う事は?」

「うぐっ!・・・も、申し訳ない!!」


嗚呼、今なら神でさえこの笑顔で殺せるかもしれない。お爺さんの震えながら地面に頭を擦りつけてる姿を見たらそう思った。



「許してくれ。儂も聖女探しに必死だったんじゃ」

「はぁ。お爺さん、孫の顔くらい覚えといてください。表情、性格、髪の色とかで判断するのは間違ってますよ」


お爺さんと同じ目線の高さになってお爺さんを窘める様に言った。するとお爺さんはこちらの言ってる事が理解しきれてないのか首を傾げていた。


いや、理解しろよ。


眉間に皺を寄せて考える素振りをしだしたお爺さんにまた手が出そうになる。


「別に聖女は儂の孫ではないぞ?」

「・・・・・はぁ?」


長い事考えてたと思ったら第一声がそれか。孫じゃなかったら何だって言うんだ。


「お前さん、本当に聖女を知らぬのか?今まで数々の国を救ったあの聖女を」

「国を救ったぁ?」


国を救ったって何をしたんだろう。


お金でも寄付したのかな。


だとしたらきっとその人は大貴族の大金持ちなんだろう。


お爺さんの次の言葉を聞くまでは彼女がそこまで讃えられてるのは多額のお金を寄付したからだと思っていたのだ。


「うむ。人々の為に魔王やドラゴンを倒してくれたのじゃ!」

「魔王…?ドラゴン…?」


お爺さんはドドン!と効果音が付きそうなくらい胸を張って言った。


何故かドヤってるお爺さんをよそに漫画でしか聞かないその名前に私の頭の中はハテナで埋め尽くされた。


「だが更成悪党が待ち受けていてな。出来る事なら儂の代で終わらせたいんじゃが」


さっきからお爺さんが言う悪党が良く分からない。その悪党を倒して欲しいからって人を殺めて強引に連れて行くのはやっぱり間違ってる。まぁ、どの道私には関係ないよね。お爺さんが困った様子で頭を捻ってるのを尻目に私は深い溜め息を溢した。


「そうですか。では引き続き人探し頑張ってください。で、勿論私を元の場所に返してくれるんですよね?」


神様なんだからそのくらい簡単でしょ?


そう思ってジト目でお爺さんを見てみればお爺さんは目をパチパチとゆっくり瞬きを繰り返していた。


「えっ、と…それは申し訳ないが出来ないんじゃ」

「はぁ〜?出来ない?」

「ひぃっ!!」


それは一体全体どう言う事だ。


片足で地団駄を踏み付けお爺さんを鋭く睨み付けるとお爺さんから聞こえてきたのはなんとも情けない小さな悲鳴だった。


「・・・どう言う事か、説明出来ます?」

「う、うむ。単刀直入に言うとじゃな、お前さんの霊魂が消えてしまったんじゃ」

「・・・霊魂が、消えた?」

「そ、そうじゃ。死んだ者を生き返らせるにはその者の霊魂が必要でな。だがしかし、お前さんの霊魂はその、儂が・・・・誤って潰してしまったんじゃ!!」

「なっ!?」


お爺さんのまさかの言葉にあんぐりと大きく開いた口が塞がらない。


私を殺した挙げ句、その魂まで消すなんて一体何を考えてるのか。


じゃあ何?私は一生此処で年もとらずに一人で生きていかなきゃならないの!?



そんなの嫌〜!・・・って、そう簡単に諦める私じゃないのよね。


残念ながら私は『はい、そうですか』だけで済ませられる程心が広い訳じゃないし、『ははっ、もう仕方ないなぁ〜。神様のドジっ子めっ☆』だなんて笑いに変えられる程ポジティブでもない。


只々目の前に居る神だなんて名前だけの存在が憎くて仕方ないのだ。


でも今此処でコイツを殺っても何も変わらない。てか、神を殺せるとは思えない。反対に逆ギレして身体をバラバラにされてしまうだろう。


私が読んだ本で確かそんなシーンがあった筈だ。


私と同じ様に突如人間界に現れた神に無理難題を押し付けられた主人公は苛立ちのあまり神にたくさんの暴言を浴びせた。しかしその無礼極まりない言動の数々に怒った神に残酷な方法で殺されてしまうのだ。その者は異世界と言うところに転生してしまいそこで神に復讐すべく強くなることを誓うと言ったストーリーだった筈だけど・・・。


まぁ、私の場合は別の世界に行くことなく天国止まりだからどうする事も出来ないのよね。


てか、天国って食べる物あるの?宿とかは?このまま直で寝るのは勘弁したいんだけど。あっ、でも食べ物や泊まれるとこがあってもお金がないんじゃ意味ないじゃない!


「お、お主」


これからの事を考え一人で頭を抱えてると後ろの方から私の様子を伺うかの様な声が聞こえてきた。その声の主が誰なのか分かってるから私はわざとらしく大きく溜め息を吐いて後ろを振り返った。


案の定、こちらの顔色を伺うかの様に目線を彷徨せてるお爺さんは第二の言い訳を考えたものの切り出し方が分からないのかはくはくと口の開け閉めを繰り返していていた。


下手な言い訳を出されるよりはマシだけど無言で見つめられるのもなぁ。


私は本日何度目かの溜め息を溢して冷たい視線をお爺さんに向けたまま言った。


「言いたいことがあるならどうぞ。あっ、でも変な言い訳は止めてくださいね?お爺さんが悪いことには変わりないんですから」


「い、今更言い訳などせぬ。コホンッ、確かにお前さんを元の世界に戻すことは出来ぬ。だが、お前さんの魂を入れ替えて別の世界で新たに作り出すことは可能じゃ」


「それはつまり、転生って事ですか?」


「て、てんせい?よう分からんが理解はしてくれたようじゃな」


まさか私が転生される日が来るなんて思いもしなかった。あれ?もしかして私もあの漫画の様に異世界で強くなって神を倒さないといけない系?あれは、漫画の世界だから何とかなったんだろうけど実際はそう何でもかんでも上手く行くわけではない。私がどんなにレベルをあげようとも最強の魔力を持っていようとも必ず現れる強敵に殺られるのだ。


そうならない為にも、先に手を打っとくべきだろう。


「神様?私は貴方に殺されましたよね?」


「そ、そうじゃな」


「普通なら貴方に復讐してもおかしくないのです。でも私はそんな事を一切考えていません。武器など私には必要のないものなのです。ただ願うのは、安心安全だけ。・・・そこまで言えば分かりますね?」


「つ、つまりお前さんがもう二度と誤って死なぬ様にして欲しい、と言うわけじゃな?」


お爺さんのその言葉に私は肯定する様に頷いてみせた。


お爺さんは少し考える素振りをしだしたかと思うと次の時には考えが纏まった様で私の前に親指を立てて白い歯を思いっきり見せて笑った。


「そんなんで良いのならなんとも御安い!お前さんが安心して暮らせる様にしてやろう!嗚呼、心配するではない。住む場所も勿論提供しよう。年齢は若い方が良いな。転生先はこの村で決定じゃ」


正直家のことは頭に入ってなかった。野宿するつもりで居たし。そう考えたら案外神様もお人好しなのかもしれない。


年は別に拘ってないけど。まぁ、お婆ちゃんよりは若い方が良いかな。でも赤ん坊とかは論外。予めの事は自分でしたいもの。他人の力を借りるなんて御免だわ。


そう伝えるとお爺さんは相槌を打ちながら宙に浮いてるタブレットの様なものに文字を打ち込んだ。


「よし、完成じゃ!では10秒、目を瞑っといてくれるか?次に目を開けた時には知らない景色が広がってるはずじゃ」


ここから先は人も町も全く知らない。何が待ち受けてるか分からないけど不思議とさっきまでの不安は感じられなかった。逆にわくわくしてるくらいだ。


私はお爺さんの言う通り、ゆっくりと瞳を閉じた。






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