第16話 スマッシュ

10月には東京都バドミントン高校新人戦があった。


夏休み中の選抜で、私がエントリーしたのは個人のシングルス枠だけのはずなのに、その後監督が人数合わせのため、団体戦のシングルスの補欠枠にも入れさせた。まあ、補欠なら別にいいけどと思ったが、団体戦の予選前日に、出場する予定の子は急病で入院されたので、私は彼女の変わりに団体戦にも出場することになった。


予選の会場は都心にあるスポーツ施設になっていたため、私はあらかじめ修治に観戦来なくてもいいと言った。


「決勝戦に上がるかどうかは分からないし、わざわざ会場まで行かなくてもいいよ。それに、修治がいると私が集中できないから、絶対来ないで」


これを聞いた修治はただ頷いて特に何も言ってなかった。まあ、彼はよほどの理由がない限り、多分吉祥寺から出ないだろうと思った。


だけど、私は吉祥寺男を甘く見ていた。


予選の日は週末に行われた。東京都の各高校から参加する選手が多いため、試合の数もそれによってかなり多くなった。基本的に、一般観客が入れるが、席の数が限られたので学校から応援団を送ることはなかった。なので、バドミントン部の出場選手、部長、副部長とコーチだけが手配したバスに乗り会場へ向かった。


午前中のスケジュールでは女子団体戦が先にやるので、私はチームメイトたちと試合をするためコートへ歩いた。そしたら、現れるはずのない人が涼しい顔でそのコートの後ろにあるスタンドで座っていた。


この吉祥寺男、何で言うことを聞かないの?しかも私たちは目が合った時、なぜウィンクまでした?


彼の存在を気づいたチームメイトが騒ぎ始めた。


「すごいね、吉祥寺から出ない吉祥寺男が東京まで来ていたよ!こういう珍しい光景を写真撮りたい~」

「やっぱり理央は愛されているね、寺島はここまでしてくれる!羨ましい~」


だから、こういうのを想定したから、来ないでって言ったじゃない!


この騒ぎを気づいた副部長はみんなを落ち着かせるために、作戦会議を始めた。出番順位はシングルス1からなので、私はベンチに座り、修治と目を合わせることを避けていた。


団体戦では1つのセットで21ポイントを先に取る方がそのゲームを勝て、そして5つのゲーム中、先に3つ優勝したチームが次のラウンドへ進出という仕組みになっていた。そういうことで、もし最初の3ゲームを勝てば、第4と第5順位のプレーヤーは出場する必要がなくなる。その代わりに、次のラウンドで出場していないプレーヤーたちの順番を前に回すことになる。


実は、うちの高校では、強いプレーヤーはかなりいるけど、団体戦での抽選運が悪いらしく、いつも早い段階で強豪校と会うことが多い。だから、準々決勝以上の実績はほとんどなかった。


第1ラウンドでは、私は5ゲーム目のシングルス3なので、試合に出ないと予想されていた。案の定、チームメイトたちはコーチの予想通り、3ゲームを連勝して第2ラウンド進出を果たした。


次の試合が始まる前に、30分の休憩があるので、みんなが私をスタンドにいる修治の方へ”送り出した”。


せっかく来てくれたから、一緒にいた方がいいよって。


修治の隣に座っていた私は拗ねているように見えるから、彼はちょっと心配そうな顔をした。


「やっぱり怒った?」

「怒ってないけど、でも何で言うことを聞かないの?」

「聞いたけど、同意はしてないなあ。」

「頷いたでしょう?」

「あれは理央の話を聞いたということで、会場に来ないなんて約束してない。」

「何でわざわざ吉祥寺から出たの?」

「用がある時は出るよ、理央の応援をしたくてさあ。それだけ。」


この男、いつも平気な顔でこういうこと言うから、怒っても怒りをぶつけることができない。


「まだ出番ないのに、ここに一日にいるつもり?」

「まあ、理央が出る試合を見てるけど、他の時間は絵を描くから。」

「家で書けばいいのに。」

「気にしないで、試合に集中して。」

「あなたがいるから、周りが騒ぐけど。」

「まあ、理央ならきっと集中できるから。」


やっぱり、彼を帰らせることが不可能なのだ。仕方なく、彼をそのままスタンドに残し、チームと合流した。


団体の2回戦も無事に終えて、午後に個人のシングルス戦を始める前に昼ご飯を食べることになった。事前に学校が手配した弁当はあるが、修治は何を言わずにある弁当を私に渡した。それを開けたら、中身は彼が作ったおにぎりだった、しかも私が好きな味ばかり。周りからまた歓声が上がってきて、彼は珍しく気恥ずかしいそうに私たちと一緒にご飯を食べた。


シングルス戦はのルールは団体戦とほぼ同じだけど、唯一の違いは1つのセットではなく、2つのセットを取れば勝つということだ。もし2回戦をクリアすれば、次は準々決勝だ。


でも、思わぬ事件が発生した。私は試合開始前に、ベンチのところになぜか変な動きがあるみたい。それから、チームメイトの一人は一つの看板を取り出した。


それは私のプレーの姿が描かれた応援ポスターで、下に書いてあるのはこれだった:


「理央、必勝!」


シンプルでインパクト強いの応援メッセージだけど、こっちが恥ずかしくなった。


どうやら、このポスターを作った犯人は吉祥寺男だった。わざわざこれを会場まで持ってきて、私の出番まで部員にこれを持たせ、試合開始前私に見せるという狙いだった。後に確認したけど、あいつはこう言った。


「理央はあのポスターを早く取り下げたいと思うなら、全力で早く試合を終わらせたいだろうと思った。あなたが早く勝てば、学校のためになるし、俺たちも早めに吉祥寺に帰られるでしょう?ウィンウィンってこういうことだよなあ?」


ここまでして、やっぱりすべては吉祥寺のため?いったいどうやって部長たちとコーチまでの協力を手に入れたでしょう?


そのせいで、いやおかげで、私は周りの面白がっている視線を浴びながら、吉祥寺男が予測した通り、早く試合を終わらせた。


スマッシュする度に、思ったことがあった。


今後、吉祥寺男が私の試合に見に来ることを禁止する。だって、こんな恥ずかしい思いを二度としたくないから。

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吉祥寺男 CHIAKI @chiaki_n

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