行け! ブルーブラスト! 一陣の風になれ!
ブルーブラストの装備は細身の剣とスモールシールドだ。どちらもショーンが扱いやすいように軽量だ。
対するシャーリーンの愛機はとうもろこしを取り出した。
あれで殴ってくるのか? とショーンは身構えた。
と。
カピバラロボがものすごい勢いでとうもろこしを食べ始めた。
これには会場にどよめきが起こる。
『くらえぇ! スウィートコーン・テンペスト!』
シャーリーンの声と共にカピバラから「プププププププ」とマシンガンのように吐き出されるとうもろこしの粒。
笑いと興奮の歓声が会場を包むがショーンはそれどころではない。機動力を生かして回避するも数弾くらってしまった。思っていたよりもダメージが大きい。ブルーブラストの機体にも、ショーンの精神にも。
体勢を立て直しつつ剣で斬りかかる。
カピバラロボは立ち上がり前足で種のなくなったとうもろこしの芯を持ち、振り回す。細い腕からは想像もつかないほどの力強さだ。
コックピットの中でショーンは懸命に手足を動かす。ブルーブラストはショーンの意のままに動いてくれる。
だが相手はショーンの数段上をいっている。さすが自分で自分を精鋭というだけのことはある。
「動きが違うよ。僕の攻撃、かすりもしない」
思わずぼやいてしまった。
『なかなか粘りますわね。それなら、これでどう?』
シャーリーンの得意げな声と共にカピバラロボはもう一本とうもろこしを取り出した。
また食べて種爆弾発射か、とショーンは腰を落とす。食べる隙に側面か背後に回って攻撃だ、と狙っていた。
だがショーンの目論見ははずれた。
カピバラロボは新しく出してきたとうもろこしを大きく一振りした。
種が飛び散り、ブルーブラストの機体にも張り付いた。
『もろこし地雷! ――爆破!』
シャーリーンの号令と同時にとうもろこしが爆発を起こす。
機体を揺るがすほどの爆発にショーンは悲鳴を上げる。衝撃で剣を手放してしまった。
カピバラロボが追撃を仕掛けてくる。
ショーンは盾をかざしてとうもろこしを受け止める。金属のぶつかり合う重い衝撃音が響き、ブルーブラストは吹っ飛ばされた。先程の爆発のダメージは思っていたよりも大きかったようだ。
観客の歓声と悲鳴がモニター越しに聞こえてきた。
立ち上がって態勢を整えるが、ショーンの動きほどにブルーブラストが動いてくれない。
このままじゃ、一度も反撃できないままやられてしまう! シャーリーンの宣言通り指一本触れないままで。
せめて一矢、いや一指報いてやる!
「行け! ブルーブラスト! 一陣の風になれ!」
めいっぱいの気合を込めショーンは突撃を決意する。
彼の期待に応えるようにブルーブラストが猛進した。
カピバラロボがとうもろこしを振り下ろし、ブルーブラストの左脚を粉砕する。
前のめりに倒れながら放った拳は、カピバラロボの脇をかすめるにとどまった。
ブルーブラストは転倒こそ免れたが膝をついた。片足が機能しないのでは立ち上がれない。
「あぁっ」
「勝負あったか」
観客がざわめく。
だがショーンは聞き取っていた。シャーリーンのかすかな悲鳴にも似た声を。
それは恐怖や苦痛の声ではなく。
例えるなら不意にくすぐられた時に漏れるような……。
どうしてそんな声をあげたのか。深刻なダメージでもないだろうに。
ショーンは考えて、一つの仮説に行き当たる。
(試してみる? でも違うかも? でもこのままじゃただ負けるだけだ)
葛藤するショーンにカピバラロボが視線を落としてくる。
『降参するならしなさいな』
シャーリーンの声は落ち着いている。だが考えようによっては動揺を隠しているようにも取れる。
ショーンは決意した。
やるしかない、と。
「降参なんてしない。動けるうちは戦う!」
ショーンの宣誓に会場が湧いた。
『ならば決定的な敗北を与えてあげますわ!』
観衆の声を吹き飛ばすようなショーンの叫び。カピバラロボがとうもろこしを振り上げた。
チャンスは一度。ショーンは右脚に全体重を乗せ、全身にぐっと力を籠める。
とうもろこしが振り下ろされる。
ブルーブラストが力強く地を蹴った。
とうもろこしをかわし右足で着地。再び跳び、カピバラロボにタックルした。
狙い通りカピバラロボの腰に抱きつく。
『きゃっ!』
シャーリーンの悲鳴を聞いてショーンは自分の推測が当たっているのだと確信した。
「おまえの弱点は、こうだ!」
鼻息荒くショーンは片手でカピバラに抱きついたまま反対の手を動かす。
さわさわとカピバラの背から腹、尻の当たりを撫でまわした。
『ひゃっ! ちょっ! ふ、ふわあぁぁ』
シャーリーンの嬌声が響き渡る。
しん、と会場が静まる中、ショーンは、ブルーブラストはひたすらカピバラロボを撫でていた。
「我々は何を見せられているのだ……」
そんな戸惑いの声もぽつりと漏れ聞こえる。
だが、ブルーブラストの状態を思えばまともに戦闘を続けるよりこれが一番の手なのだ。
カピバラは尻の近くを撫でられると寝てしまう個体もいると聞く。まさかドゥルギガーダ人にも当てはまるとは思っていなかったし、ロボットにそんな感覚機能を積んでいるとも思っていなかったが。
カピバラロボを撫でること数分。
ついにシャーリーンはうっとりとした声すら発さなくなった。
寝付いてしまっただろうことを確認して、ブルーブラストは上体を起こす。
「相手は動けない。僕の勝ちだ!」
ショーンの勝利宣言に会場から「お、おぅ……」と声が上がり、拍手もまばらに聞こえ始める。
「こ、これは……、地球側パイロット、ショーン少年の作戦勝ちだー?」
司会者もまだ半信半疑のようで語尾が上がっている。
審査員が協議の結果、「相手を動けなくした方が勝ち」というルールに反していないということでショーンの勝利となった。
司会者が改めてショーンの勝利を宣言すると、会場は半ばやけくそのような歓声に包まれた。
かくてショーンは親善ロボット対戦で初勝利を収めた英雄となった――。
わけではなかった。
確かに、不利な状況から機転を利かせ逆転勝利を収めた点では褒められる。
片足を失いながらもあの機動力は大したものだとも称えられる。
だが、相手を尻を撫でまわしただけで勝ったのは、ロボット対戦としてはどうなのかという声がどうしてもついてくる。
学校でもあれはセクハラだとからかわれてしまう。
ショーンとしては、そんなこと言われても、だ。
圧倒的に不利な状況になれば誰だって勝てそうな可能性のある手段にすがりたくなるだろう。
ドゥルギガーダのロボットとパイロットが感覚を共有していたからこその勝利だったが、そのような機能を搭載させて何の得があるのかは判らない。ドゥルギガーダ人によるとロボットの新たな可能性を試すためだ、ということらしいが、そう言われてもやはり判らない。
そもそも本当にあの大臣は偶然動物園に保護されたのか?
自分の星のパイロットが子供だから、地球のパイロットも子供を抜擢したくてわざとあんなところにいたのかもしれない。
と、あれこれ推測しても確かめるすべはもうないので考えても詮無いことだ。
それよりもショーンを悩ませているのは。
「ちょっとあなた、ショーン! 公衆の面前でわたしにあのようなことをしたのですから、責任を取ってわたしと結婚なさい!」
ドゥルギガーダのシャーリーンが毎日のように家に押しかけてくるのだ。
あれは対戦中の戦法だ。そもそもシャーリーンの尻を撫でたわけではないと断っても、あきらめずにやってくる。
その話を聞きつけたマスコミが『宇宙を越えた愛。ドゥルギガーダ人との初めての異星人婚か!?』とはやし立てる。
勘弁してよとショーンはうなだれた。
彼にとっての「いきなり訪れた寒い冬」は、まだまだ続きそうである。
(ブルーブラスト、一陣の風となりて 了)
ブルーブラスト、一陣の風となりて 御剣ひかる @miturugihikaru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます