ブルーブラスト、一陣の風となりて
御剣ひかる
おまえは『ブルーブラスト』だ
急に強い風が吹いて、ショーンは「寒っ」と薄手のパーカーの前を掻き合わせた。
「ほら、その恰好じゃ寒いって言ったでしょ」
母親が笑いながら言う。
「おとといぐらいから急に寒くなったからなぁ」
父親もニコニコしている。
普段なら親の言うことを聞かずにいる息子をもう少しきつくたしなめる彼らも、動物園にお出かけというシチュエーションでは表情も緩む。
「にーちゃん、あっちにカピバラがいるよー」
コートを着た弟は元気いっぱい、カピバラの方へと走り出した。
ショーンも後を追いかける。
ちょうど柵の近くに浅い温泉があって、二匹のカピバラが気持ちよさそうに座っている。
「カピバラっていえば、もうすぐだなぁ、親睦対戦」
「ド、ドルガーダ、だっけ?」
「違うよ。ドゥルギガーダだよ」
「なんでそのルルギガーダ人とロボットで戦うの?」
弟の拙い言葉を笑って訂正して、ショーンは温泉を堪能するカピバラを眺めながら、小学校で習った歴史を弟に話して聞かせた。
五百年ほど前までは地球はまだ宇宙開発が進んでいなかった。
だが、ワープ失敗とエンジントラブルにより遭難したドゥルギガーダ人の宇宙船が、当時国際宇宙ステーションと呼ばれていた小さな研究施設近くに現れ、なんとか救助した。
それをきっかけにドゥルギガーダ人との交流が始まった。
彼らの技術は地球のはるか先をいっていたので、地球人はドゥルギガーダ人にたくさんのことを学んだ。
彼らの知識と技術を得て、地上のみならず宇宙にも居住区を広げ、食料問題すらも解消された。
地球の今の発展はドゥルギガーダ人なくしては語れないのだ。
「で、地球人とドゥルギガーダ人の親睦の行事で、五十年に一度、ロボットで対戦するんだ」
「それが、来年の初めにあるんだね」
「そう。今まで九回開かれたけど、全部ドゥルギガーダ人が勝ってるんだ」
「ド、ドゥ……、もう、カピタン星人さんでいいや」
「なんだよカピタン星人って」
「だって見た目カピバラだし、その星の人達」
うまく発音できない弟が勝手にニックネームをつけてしまった。ショーンは大笑いだ。
「リアルタイムで見られる次の大会が楽しみだね」
歩いて追いついてきた父が話に加わった。
「地球のロボットってなんで弱いの?」
「まだロボットを作り慣れていないからじゃないかな。でも前の二回は結構互角に戦ってたみたいだよ」
弟と父の会話をふぅんと聞きながら、ショーンは温泉につかるカピバラを見た。
実は、さっきから気になっていた。
手前の一匹の様子がなんだか他のカピバラと違う気がするのだ。
じっとこちらの話に耳を傾けているように思える。
「まさかドゥルギガーダ人だったりして」
つぶやいた。
「ほぅ、よくわかったな!」
突然、カピバラがショーンに顔を向けて、しゃべった。
あまりの驚きにショーンも家族も目を見開いて固まってしまった。
「うむ、少年、よい目をしている。よし、キミが次の対戦の地球人パイロットだ!」
とんでもないことを言われた。
「ええぇっ!」
ショーンはもちろん、家族みんなも、周りの人達までもが驚きの声を上げた。
話はとんとん拍子に進んでしまった。
実はあのカピバラ、いや、ドゥルギガーダ人は星の国防を担う大臣なのだそうだ。地球との親善ロボット対戦の責任者でもあった。
「なんでそんな偉い人が動物園なんかにいたんですか」
「観光で来ていたら地球の人に保護されてしまってねぇ。せっかくだから動物園なる場所を体験してみたくなって」
なんとも軽い大臣である。
とにかくショーンは強引に地球側のパイロットにされてしまった。
大臣によると、ドゥルギガーダ人のロボットに搭乗するパイロットもまだ少女だという。若い者同士のバトルになれば観客達も盛り上がるだろうと期待しているようだ。
ショーンにとってはむしろ大人相手の方が自分がこっぴどく負けてしまったときの言い訳になるのに、と少しがっかりだ。
対戦用に作られていたロボットはコックピット内のパイロットの体の動きにあわせてロボも動くというシステムで、ショーンの体に繋ぐ装置さえ彼の体に合わせれば問題はなかった。
ロボットの調整が終わった十二月の頭から、ショーンは操作訓練をすることになった。
事前に聞いていた通り、コックピットの中に入って細いアームを手足と胴に装着し、ヘッドセットを頭につければショーンの動きとロボットの動きは見事にシンクロした。
子供ゆえの柔軟さか、ショーンはすぐに操作に慣れた。
「今までの相手のロボットは重量級といえる二足歩行タイプだ。今回もそれで来るに違いない。ならばこちらは素早さで対抗だ」
開発者達の狙い通り、ショーンは身軽で足も速い。機動力を生かしたロボットにぴったりのパイロットだった。
ショーンの操縦のとてつもない上達ぶりに、もしかするとこれならドゥルギガーダ人に勝てるかもしれないと開発者は期待し、会見で発表してしまった。
五十年に一度、しかも第十回大会という記念の大会に地球産ロボットが初勝利を収めることができるかもしれない。
否が応でも世間は盛り上がるというものだ。
ショーンとしてはロボットを動かすのは楽しいし戦闘もちょっとワクワクするが、あまり期待されても困るというものだ。
それでも、ショーンはロボを気に入っていた。こいつと一緒にいい戦いをしたいと思っている。
「そんなに好きなら名前を付けたらどうだ?」
父の提案にうなずいて、ショーンは相棒の名前を考えに考えた。
すらりとしたボディは青を基調として、ところどころに白色のパーツが映えている。
なにより、こいつは素早い。ショーンの俊敏さを最大限に生かせる。
「よしっ、おまえは『ブルーブラスト』だ」
相棒の名前を決めたことで、ショーンは一層、訓練に身を入れた。
年が明け、いよいよロボット親善対戦の日がやってきた。
会場は宇宙に設置された特別コロシアムだ。
家族の激励と見送りを受け、ショーンはコロシアムの控室に入る。
開会のセレモニーや対戦はもちろん、試合前のパイロットへのインタビューも、地球、ドゥルギガーダ双方に中継されている。
ショーンは緊張しながらも精一杯頑張ると対戦への意欲を語った。
相手は、自分が勝つのが当然と豪語したらしい。
そうだろうなぁとショーンは思う。
なにせ大人の事情によりロボットはこの対戦用の一機しかない。つまりショーンはロボット相手の実践をしたことがないのだ。自機の操作には慣れているし、動く物体への攻撃の練習もしたが有人ロボットと戦うのはこれが初めてなのである。
試合時間が近づき、ブルーブラストに搭乗して、ショーンは期待と不安でいっぱいだった。
『わたしの相手はまだ十歳? なめられたものですわね!』
突然、対戦相手のドゥルギガーダ人がモニターに映し出された。
判っていたが見た目はカピバラだ。
『ドゥルギガーダの若手パイロットの中でも精鋭のわたしに、あなたのようなお子様が指一本でも触れられると思ったら大間違いですわ!』
口をもぐもぐさせながら、高飛車な言葉を吐くカピバラさん。しかもつぶらな瞳。
ショーンはそのギャップに思わず笑ってしまった。
それを侮辱と受け取ったようで、ドゥルギガーダ人のパイロット、シャーリーンは激怒した。
『何を笑ってらっしゃるの? 対戦もろくにしていない素人のくせに、許せませんわ!』
しかし激怒していても、見た目はかわいいカピバラだ。
「ごめんなさい。だって、すごくかわいいから」
ショーンとしては当然、動物をめでる意味での「かわいい」なのだが、シャーリーンにとっては違ったようだ。
『ちょっ、かっ、かわいい、って、あなた……』
もじもじと口ごもった後に『ど、動揺させようとしても無駄ですわ』と思い切り動揺した声で言って、通信がきれた。
このやり取りも中継されているのである。
『さぁ、両者、アツい試合前の駆け引きのまま試合に臨んでいただきましょう! ルールは簡単! 相手を動けなくした方が勝ち!』
司会者の声と共に前方の大きな扉が上へとスライドしていく。
扉の先は地球の草原、あるいはドゥルギガーダ人の大地に似せたバトルフィールドだ。
ショーンは自身とブルーブラストを繋ぐアームがきちんと装着されているか、手足を動かして確認してから、勢いよく地を蹴って進み出た。
向かい側からはドゥルギガーダ人、シャーリーンの機体が滑るようにやってくる。
なんと、ロボットもカピバラだった!
ロボットとはまったく信じられないほどの質感のカピバラだ。
二足歩行の重量級って話だっただろー? とショーンはあまりの予想外の相手に驚いたが、今までの訓練通り戦えばいいんだと気を取り直す。
『両者揃いました! 第十回親善ロボット対戦、開催です!』
司会者の高らかな宣言と共に両者が動き出す。
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