第7話 エピローグ

長く続くと思わなかったなつきとの関係は今年で6年目に入った。


なつきとここまで続いたのは、なつきがわたしに飛び込んで来てくれて、それを嬉しいと感じるようになったからだろうとは思っている。


維花への片思いとは全く違う始まりだったものの、いつの間にかなつきに惹かれているわたしがいて、離せなくなって、今では自分のパートナはなつきだとはっきり言えるようになった。


「お待たせ」


待たせていた車に戻って助手席に乗り込み、運転席のなつきに待たせたことをまず詫びる。


「屋根閉めたんだ」


ゴールデンウィークのその日、あまりの天気の良さに開閉式の屋根をオープンにして心地よい風を感じて走っていたものの、わたしを待っている間にそれはなつきによって閉じられていた。


そうなるとそう広くない二人乗りの車内は、覗き込まれさえしなければ完全な二人だけのプライベート空間になる。


「だって日に焼けそうだし、藍理も全然帰ってこないから」


サングラス越しになつきに睨まれて、わたしは謝りを口にする。


連休中に出勤しているメンバーに差し入れを持って行きたいからと、二人でランチをした後に買い出しをして、今の仕事場所であるビルまでやって来たのは30分ほど前のことだった。


「ごめんごめん。ちょっと維花をいじってたら楽しくって」


わたしが維花と偶然再会したのは2年ほど前のことで、驚いたことに維花は笠原とは結婚せずに独身のままで、更には髪を切って大きくイメージチェンジをしていた。でも中身はやっぱりわたしの知る維花だったものの、再び気持ちが戻ることはなく、なつきとの人生を歩み始めたことに後悔もしなかった。


だからこそわたしは維花にレズビアンであることと、パートナがいることを正直に打ち明けることができたのだろうと思っている。


「どうだった? 維花さんの彼女」


その維花に彼女ができたと驚きの告白を受けたのが1年ほど前のことで、どうすればよいかという相談に半ば無理矢理乗らされたことが何度かあった。


維花の恋人が維花と同じプロジェクトにいることは知っていたけど、直接接近することはずっと維花に止められていたので、今日やっと維花を出し抜くことに成功した。


「維花に睨まれちゃったから話まではできてないけど、見た目は普通の子だよ。普通って言っても女の子はみんな可愛いけどね。でも維花があれだけデレるんだから維花とは合う所があるんだろうね」


「悔しい?」


わたしが昔維花に片思いしていたことは、なつきも知っているからこその言葉だった。


「どうだろう。昔のわたしは確かに維花のことが好きだったけど、それでも維花を飾るだけで、素の維花をちゃんとわかってあげていたわけじゃないと思ってる。逆に今の維花は自分を隠してないから、そんな自分を求めて愛してくれる存在を見つけたなら、それはそれでいいと思ってるよ」


「そうだね。維花さん立夏ちゃんに必死だしね」


なつきも維花にその恋人とのことを相談されたことがあり、必死な維花の様を知っていたからこそうまく行っているかどうかは気になっていた。


「もう一緒に住んでるくせにあの余裕のなさっぷりと言うかがちっぷりは、正直びっくりだわ」


「それ、肉食の藍理が言っても説得力ないよ?」


真夜中に襲われる方の身にもなってみろと言わんばかりの視線を投げかけられる。


「今はなつきにしかがっついてないのに?」


「……じゃあ、残りの休みは全部私が貰うからね」


連休中昨日までずっと仕事をして、更には今日の職場への差し入れにもなつきをつき合わせた。ここまで恋人に構う余裕のなかったわたしが悪いかと肯きながら、これが連休最後の外出になる予感はあった。


わたしのことを肉食だとなつきは言うものの、結局なつきも同じであることを知っている。それになつきは多忙なわたしに遠慮して、かなり自制している。


優しい、優しい恋人にせめて体を重ねている時だけは精一杯望みを吐き出させてあげたいと、帰宅後は求めに積極的に応えた。


「もう仕事なんてしなくていいから」


熱を体に込めたままで緩くなつきと抱き合っていると、なつきが珍しく我が儘を言う。普段は自制しているくせに、時折見せるなつきの我がわたしは気に入っていて、可愛いくて仕方がなかった。


「なつきに養ってもらうのもいいんだけど、今はまだもうちょっとチャレンジしたいの。駄目かな?」


名の知れたメーカの本社勤務であるなつきは、わたしほどでないにしろ、二人で暮らして行ける程度の稼ぎはあるはずだった。もしわたしが働けなくなったとしても、自分が養って行くとなつきは躊躇いもなく言うだろう。とはいえ、自分は専業主婦など絶対に無理だと分かっている。


「そう言えば私が折れるのわかってて言ってるでしょ、藍理は」


「だってなつきはわたしに甘いから」


「惚れた弱みです。藍理にいっぱいいっぱい泣かされてる」


「知ってるけど、そういうなつきも可愛いしね」


もうっと拗ねたなつきの唇にわたしは自らのそれを重ねた。



こんなに愛する人はもう生涯いないだろうと思っていた維花への思い。それをなつきは全て上書きしてくれた。


だからこそ、今度こそ、その手は離さないとわたしは誓っていた。



end


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最後までお読みいただき有り難うございました。


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恋心 海里 @kairi_sa

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