第6話 契約終了

11月の末、年末を待たずにわたしは1年半以上いたメーカでの作業を終え、コンサルチームごと別の客先に移ることになっていた。


単純に仕事が終わったから次の現場に向かうだけだったものの、去年と今年で関わった部門合同での送別会がその日は催されていた。


一次会は関係者へのお礼に終始し、二次会は特にやりとりをした顧客と近い過去の話に花を咲かせる。完全な営業トークだったとしても、それは仕事上必要なものだった。


高埜がその会に参加しているのは当然気づいていたものの、懐かれた感があって泣かれそうな気がしたため、敢えて簡単な挨拶だけに留めてすぐに席を離れた。


三次会は参加して面倒事が起こらなかった試しがないので誘いを断り、煙草を1本だけ吸ってから帰ろうと川沿いの喫煙場所に足を向けていた。街灯は点っているものの、さすがに終電が近いその時間に人気はない。


「三坂さん」


来てしまったか、と真面目な性格も考え物だなと、笑いを零す余裕はあった。


「今日は寝なかったんですね、高埜さん」


「今日は一滴も飲んでません」


どうやら真面目過ぎるくらいに忠告を聞いてしまったようだ。


「そこまでしなくても、自分の限界の酒量を掴むといいですよ」


酒量を覚えろ、それは何度となく維花に言った言葉だった。その言葉を覚えているかどうかは分からないが、もう維花は他の男のもので、今頃は子供でもできているかもしれない。


「三坂さん、もう戻って来られることはないんですよね?」


懐いてくれること自体は嫌ではなかったが、高埜が男であればそこまで突き放すことをしなかっただろう。自分の領域には仕事関係の女性は入れたくないと、失恋の末にわたしは決めていた。


「長い目で見るとゼロではないかもしれませんけど、次の仕事も長くなりそうなので、もうお会いすることはないと思います」


「…………今まで有り難うございました。三坂さんがいてくれたお陰で、私はすごく成長できたと思っています」


「わたしも高埜さんにすごく鍛えられましたよ。法律なんか全然わからなかったのに、容赦なかったですよね」


法学部を卒業している高埜は、法関係の知識が豊富で、規約や約款といったものの解釈に詳しく、矛盾への指摘は厳しく幾度案を考え直したことだろう。


「すみません」


「高埜さんはそれでいいと思っていますよ。それが高埜さんの仕事なので、謝る必要はないです」


「あの……」


言葉を迷うような高埜の仕草に何を言おうとしているのか想像はつかなかったが、最後だから待ってもいいだろうと、火を点けた煙草を吸い込んで高埜がしゃべり出すのを待った。


「三坂さんとこれからも会いたいです」


「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、わたしは高埜さんの会社の社員じゃないので」


「そうではなくて、三坂さん、私と個人的なおつきあいをしていただけないでしょうか?」


思わず手から火が点いたままの煙草が落ちる。


わたしがレズビアンであることは以前この場所で伝えている。まさかそれを忘れているわけではないだろう。


「タイプじゃないですか?」


「考えたことなかったので。すみません。本当に高埜さんは後輩くらいにしか思っていなくて……」


最低限の分別はわたしにもある、女性だからといって無条件に性欲の対象にしているわけではない。


「三坂さんが忙しいのも知ってます。好みの女性じゃないかもしれませんが、頑張って三坂さんの好みの女性になるように努力します。だからつき合ってください。お願いします」


頭を下げる存在が冗談を言っているわけではないことは理解できたものの、多少相談に乗ったとはいえ、つき合いたいに繋がった理由が分からなかった。


もし、高埜が初めからわたしと同じ女性しか愛せないタイプだったとすれば、事実を告げた時点で動いていてもおかしくない。となれば、それは考えにくく、悩んで悩んで今日に至ったと考えるのが適切だった。


「高埜さん、女性が女性を相手に選ぶことは簡単なことじゃないですよ。何にも守られるものがない、不安定な関係を続けて行くしかないし、女性としての幸せの大部分を放棄することになる。だから、わたしみたいなどうしても女性じゃなければ駄目って人じゃないと、正直その道は思いとどまるべきだって思っています」


納得はいかないのだろう。高埜は俯いて黙ったままだった。


「ありがとうございます。気持ちだけ貰っておきます」


「……いやです。わたしは、三坂さんが、いいです。三坂さんともっと一緒にいたいです……」


普段はクールな印象のある高埜の声が震えていることはわかり、泣かせてしまうかもしれないと星など見えない夜空を見上げる。


「困ったな……」


「全部自分の責任でやります。だから駄目ですか?」


純粋すぎてこういう融通の利かなさが高埜にはある。


「高埜さん、わたしは酷い女ですよ。恋人がいても長続きした試しがない。快楽を求めるだけでいいと刹那的に関係を繋いだ人もいます。仕事に対してはそれなりに真面目に取り組んでいますが、プライベートは何するかわからない女です。それでもいいんですか?」


「構いません。私に三坂さんのプライベートに踏み込ませてください」


無謀すぎると思いながらも、高埜は性格上言葉で言って納得するタイプではない。真実に直面すればすぐに理解するだろうと、高埜の告白を受け止めることを決める。


どうせ維花以外には本気になれる存在なんて現れない、そう思いながらもまっすぐに突っ込んできた高埜を邪険にはできなかった。


そして高埜なつきはわたしにとって、自分で選んだわけではない初めての恋人になった。

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