第5話 告白

その後一泊のお礼をしたいと真面目な高埜に誘いを掛けられたものの、年末の忙しさを理由にわたしは断りを出した。ただ、律儀な高埜は年が明けてもまだそれを諦めてくれなくて、何度か届いたメールをわたしは見て見ぬ振りをしていた。


そんな中、今回の案件の一区切りである報告会が催され、それを区切りにわたしは別部門のコンサルチームに移ることになる。


報告会が済んだ後、寒さには目を瞑っていつもの川沿いで煙草を吸っていると、わたしに声を掛けてくる存在があった。同じ場所に集まる喫煙者の顔ぶれはほぼ毎日変わらずで、半年以上もいればくだらない話をする相手は何人かできていたものの、その日声を掛けてきたのは高埜だった。


禁煙者でないと聞いているため、わざわざここまでわたしを目当てにやってきたことになる。


いいんだけどな。そういうの。


義理堅くていい子なのだろうとは思っている。


だからこそ、斜にしか人生を捉えられていないわたしは深く関わりたくないと思っていた。


「寒いのに、どうしたんですか?」


煙草を吹かせた後、営業スマイルで高埜の呼びかけに応答を示す。


「寒い地域で生まれ育ったので、寒さには強いので大丈夫です。煙草に行かれるっぽかったので……」


寒さに強いかどうかはこの際どうでもよく、高埜の性格からして律儀にわたしの後を追ってきたことは簡単に想像がついた。


「何かありましたか? もしかして、報告会資料に間違いがありました? 高埜さんチェック厳しいから」


「……そうじゃなくて。えと、忘年会の時のお礼まだできてなくて、でももうすぐ三坂さんは担当を離れられると聞いたので……」


やはりまだ気にしていたのだ。


「気にしないでください。別にお金を使ったわけでもないので、あの時言って頂いたお礼の言葉だけで十分ですよ」


「でも……」


高埜と一緒に仕事をすることはもうないだろう。でも、同じ社内には少なくとももうしばらくはいる。いつまでも気にされすぎても面倒だと、わたしは決定的な言葉を告げることにした。


「高埜さん、実はわたしは女性しか愛せない性癖なんです。高埜さんのことをその対象にしているわけじゃないですけど、仕事上関わった女性とは、できる限り深く関わりたくないと思っています。なので、飲みに行くはポリシー上遠慮させてください。あと念のため、この前家に泊めた時は何もしてませんから、そちらは安心してください」


真面目な性格の高埜はそのことを知ったとしても言いふらしたりすることはないだろうと見越した上で、その事実を告げる。そしてまた、これで距離を置かれるはずだろうという算段もあった。


「えっ……三坂さんが?」


「すみません、驚かせてしまって」


「そうだったんですね。私の方こそすみません」


「じゃあ、この件はもうこれで終わりでいいですね?」


笑顔で押し切ると手にしていた煙草を携帯灰皿に詰め込んで高埜を残して歩きだす。これで高埜も諦めたはずで、興味本意の質問を受け付ける気もなかった。


こういう事態になるのが嫌で入った業界なのに、結局避けて通れぬ道なのかと、白い息を吐きながらわたしはビルに戻った。





あれから高埜とは一度も話す機会がないままわたしは別チームに合流し、相変わらずの忙しない日々を送っていた。


最近バーで出会い体の相性が良かった女性がいたものの、結局長続きはせずに仕事漬けの毎日が続いている。長続きしない理由はなんとなく分かっているものの、性格も体も相性がいい相手なんてまず巡り会えないのでもうそれは諦めていた。


夏が近づいたある日、常駐先の社用アドレス宛てに一通の相談メールが届く。


仕事のことで少し相談させて欲しい。


それは高埜からのもので、わたしが個人的なつきあいを避けていることはわかっていると謝った上でだった。


流石にかなり仕事に煮詰まっているのかもしれないと、川沿いの喫煙場所であれば少し話を聞くと返信した。


真面目すぎて融通が利かないところが高埜にはある。それに折り合いをつけられるにはまだ若く、更に言えば高埜の所属する部門では、あまり相談相手になりそうな若手の先輩もいないことは知っていた。


約束の時間に向かうと既に高埜はそこで待っていて、まずは近況を聞く。


「すみません」


「仕事の話ならグレーゾーンってことにしておきます。高埜さんのチームのコンサルは離れたけど、アフターケアってことで」


線引きをした上でわたしはは高埜の相談を聞きながら煙草に火を点ける。


「高埜さん真面目すぎるから、もうちょっと力抜いたらいいんじゃないかな」


「……力を抜くってどうやればいいんですか?」


「趣味とか、恋人とか何か仕事以外で夢中になれるものとかってないですか? 何となく仕事のこと24時間考えていそうなので」


「趣味は少しはありますけど、家で音楽を聴くくらいです」


「ライブに行くとか、他のものでもいいからそういうものを何か見つけてもいいかもしれないですよ。肩の力を抜けって言って抜けるものなら誰も苦労はしないと思うので、仕事以外の何かに目を向けた方が、これから先仕事にだけに集中するよりもいいんじゃないかな」


ありきたりな意見を伝えてその日は高埜と別れたものの、それ以降も時折高埜からの相談メールは届いていて、メールで返信だけはした。


高埜は自分がやりたいことに対して真っ直ぐに進みたいのに、進めないものをどう扱えばいいのかに悩んでいる。でも、それを全部真に受けてしまうと高埜が潰れてしまうだけだろう。


後輩であればもう少し丁寧に指導はできるのにと思うくらいには、わたしは高埜のことが以前ほど苦手ではなくなっていた。

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