第4話 忘年会

12月に入ってすぐに、コンサルチームとメーカの担当部門合同での忘年会が催され、わたしは当然拒否権などなくて必須参加だった。


同じ会社で固まるのはよくないと、まず集まったコンサルチームが3つの島にばらけて座り、わたしもその内の1つの島に座って全員の到着を待つ。


「隣、座ってもいいですか?」


それは以前喫煙場所で声を掛けてきた高埜で、今も打ち合わせでは相変わらず正論を言ってくるものの、少し言い方には変化が見られるようになったと感じていた。


「わたし、禁煙者なので」


暗に拒否を混ぜたつもりだったが、大丈夫ですと高埜は隣に腰を下ろす。まあ他の席に座っているのがコンサルチームのおじさんたちばかりであることを考えると、高埜が同じ女性であるわたしの傍を選ぶのはおかしなことではない。


「煙草の匂いついちゃいますよ」


「飲み会だとどちらにしろ、匂いついちゃいますから気にしないでください」


高埜が隣に座ったことにより、わたしが座っていた島には女性が多く集まり、面倒な展開だと内心で息を吐きながら話を合わせて行く。


女子会的なノリがわたしは得意じゃない。


それは恋愛対象が女性だからこそで、自分のことを表現することもできず、興味のない男女間のあれこれを話されてもどうでもいいことでしかなかった。


「三坂さん美人だから、絶対結婚されているんだと思っていました」


結婚もしていなければ、今つきあっている恋人もいないことを話すと、珍しく高埜が驚きを示す。高埜は恐らく恋人はいなさそうで、更に言えば恋愛事にも興味が薄そうに見えていたため、単なる好奇心なのかもしれない。


「コンサルなんてやっていると正直プライベート犠牲にしまくっていますからね」


自棄でそう言うとそれ以上高埜は追求してこなかった。


踏み込むな、その意思は少なからず感じ取れる存在なようで、胸を撫で下ろす。


ストレスMAXな体で帰りたくないと、帰りに久々にバーにでも寄ろうかと思いながら、わたしはどうでもいい話を聞き流しながらグラスを傾けていた。





「じゃあ、三坂さん、よろしく!」


二次会の後、上機嫌の先輩は、これから先は女性を連れて行きづらい場所に向かうのだろうな、と容易に想像がついた。


男性はそういう所が即物的で、解消手段も豊富で羨ましくなるが、しかしこの状態はない。


二次会に参加したのはほとんどが男性で、つきあい上断れないわたしと高埜の二人だけが女性だった。恐らく高埜もわたしと同じような事情で参加をすることになったのだと想像はついたものの、二次会が終了した0時直前時点で既に高埜はほぼ目が開いていない状態だった。


二次会では別々の席に座っていたのでどうしてこうなったのかは分からないが、高埜は全く目を覚ます気配はなく、二次会の締め後に先輩に女性は三坂しかいないから後は頼むと押しつけられ、寝ている高埜を支えながら店を出ることになった。


ビジネスホテルにでも入って寝かせようかとも思ったが、体型はほぼ変わらないだろう高埜を体力上の理由からできる限り長く抱えて歩きたくたくなかったため、その場でタクシーを捕まえて自分の部屋に連れて帰ることにする。


肩から抱えて何とか部屋に引き入れて、自分のシングルサイズのベッドに高埜を下ろす。


少し窮屈さは解いた方がいいだろうとジャケットを脱がせて、シャツの上からブラのホックだけを外す。その器用さは経験から来ていたものだったが、そんなことをしても全く高埜は起きる気配がなく、布団を被せて傍を離れた。


それ以上は流石にどんな相手であれ、この状況で肌に触れたくはなかった。


わたしはそのままシャワーを浴びに向かい宴会の痕跡を流し終えると、ベッドとは向かいの壁にくっつけて置いてあるソファーに座ってパソコンを開く。


わたしはザルで、基本的に酔いつぶれたことがない。今も普通に文字は追えるし、メールを数通返信してからソファーで眠りについた。





翌朝、物音に気づいてわたしは目を開く。


「あの、えっと……」


ベッドの上で起き上がって座り込んでいる高埜がいて、目が覚めたものの見知らぬ部屋のベッドの上で戸惑っていることは簡単に想像がついた。


「おはようございます高埜さん」


「おはようございます」


「昨日途中で寝ちゃったこと覚えてますか?」


「……はい、そうみたいですね」


応答できるところを見れ高埜は二日酔いにはなっていないようで、単に限界がくれば寝てしまうタイプなのだろうと分かった。


「女性がわたしだけだったので、高埜さんのことを頼まれたのですが、家もわからなかったので、うちに連れて来させて貰いました」


「すみません」


「昨日はわたしがいたからまだ良かったですけど、飲んだら寝てしまうのはちょっと危険なので、これからは気をつけた方がいいですよ」


「はい。有り難うございます」


若いからこその真面目さから出た失敗であること簡単に想像できた。わたしにもそんな時期があったものの、わたしの隣にはいつも維花がいて、そういえばあの頃も介抱する立場だった。


久々に維花のことを思い出してしまい、わたしの胸に見えない重しがのし掛かるのを感じていた。転職以降わたしは理由をつけて維花と会うことを避けた。徐々に維花からのメールが来る間隔も広くなり、最後にメールが来た日はいつだったかはもう覚えていない。連絡先は消せていないものの、このままフェードアウトするだけだと思っていた。


何とか一人で帰れそうだと言う高埜を朝の内に駅まで見送り、帰宅するなりわたしは寝具を一式洗濯機に放り込んだ。


人恋しさが増すから他人の匂いなど感じたくなかった。


久々にきつい。


維花と高埜は外見も全く違い、重ねる要素はない。


それなのに閉じ込めたはずの維花への思いが高埜の存在によって、少しだけ蓋が開いた気がしていた。


連れて帰ったのが維花であれば、わたしは手を出していただろうと。


そんなことを考えてしまう自分に嫌気が差した。

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