第56話

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 追12_世界の果てへ

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 応接室に入った俺とパルは、優雅にお茶を楽しんだ。


「パルの淹れてくれたお茶は最高だ」

「坊ちゃまだけの愛情たっぷりなお茶ですから~♪」


 パルが俺の膝にお尻を乗せてくる。その柔らかさはいつもと同じ心地よいものだ。


「ワシはいつまで待てばいいんじゃ?」

「黙れ」


 ゲッソがげっそりして聞いて来たんだが、パルが一蹴した。

 そんなにつんけんしないの。


「ゲッソはこれが見たいんだろ?」


 お土産をテーブルの上に置くと、目をキラキラさせたゲッソの腕が伸びる。


「こ、これは……」


 ゲッソが紙の束を食い入るように見つめる。

 ブツブツ言いながら、一枚、また一枚とめくっていく。


「魔導エンジン……しかも新型の……」

「お前、あれから魔導エンジンを改良してないだろ」

「改良は何度も試したんじゃが、全部失敗した。設計が複雑すぎて大賢者様以外にあれの改良なんてできないということだろう」


 魔導エンジンは前世の俺が設計し、ゲッソが作り上げた航空艇の動力部のことだ。この魔導エンジンを大型にすれば、それだけ出力を出せるが限界もあった。

 飛行艇に乗って魔導エンジンの魔力消費量と速度から、あれから数百年も経っているのに魔導エンジンの改良はまったく進んでいないことに気づいた。

 魔力消費量は飛行艇に乗るくらい近くにいれば感じるものだ。


 今回の魔導エンジンは小型されているのに高出力で、今までの半分くらいの大きさで一・五倍の出力が出せる。同じ大きさなら三倍だ。


「その魔導エンジンを搭載した飛行艇を俺のために造ってくれ」

「大賢者様のために……」

「ああ、俺はその飛行艇に乗って世界の果てを見に行こうと思う。ゲッソにはその心臓部である魔導エンジンを造ってもらいたいんだ」


 俺も魔導エンジンを造れるが、複雑な構造をしていることから匠であるゲッソによって造ってもらったほうがよいものができる。

 こういうものは昔も今も変わらず匠の腕によって造られるほうがいいものになるんだ。


「いつまでに造ってくれる? それに合わせて俺も機体を用意するからさ」

「これだけ精工な設計図があるんじゃ、一週間で造ってみせるのじゃ」

「よし、決まった。一週間後に魔導エンジンを引き取るよ。ついでに工房の片隅を使わせてくれるかな。機体を造るためのスペースを貸してほしいんだ」

「問題ない。五番工房を大賢者様に使ってもらおう」


 いくつもの建屋があったが、五番工房はその中で一番大きなものだ。それを貸してくれるなんて、ゲッソは気前がいいな。


 早速五番工房で機体を造る。と言っても機体は魔法で造るんだけど、材料は複数の金属と魔物の素材を絶妙な比率で混ぜ合わせた合金だ。


 二十トンほどの鉄にタングステンとあれこれを空中で超高温にして液体金属化させて満遍なく混ぜる。

 真っ赤に熱せられた液体金属に、隠し味としてレッドドラゴンの牙と骨、爪を加える。混ぜ混ぜしてそこにレッドドラゴンの魔石を投入。

 巨大な液体金属の玉がマグマのように蠢きながら混ざっては結合していく。

 形を整えて冷却して、研磨すれば機体はできた。


「生活魔法【創】のおかげで継ぎ目のないボディは完成だ」


 魔導エンジンと違って、機体はできる限り部品が少ないほうがいい。

 ちょっとした隙間や凹凸が、高速で飛行した時の振動の元になるのだ。


 次は内装だ。内装にも拘り、硬質な金属はレッドドラゴンの革で隠す。これで防音と遮熱はばっちりだ。

 ソファーセットやベッド、キッチン、風呂、トイレを設置。ワインセラーやバーカウンターもつけてやろう。


 色々やりつつ一週間があっという間に過ぎた。


「おーい、ゲッソ。魔導エンジンはできたか~?」


 ゲッソの第一工房のドアをノックして、彼を呼ぶ。

 ドアが開き、顔を出したゲッソは一週間前に比べて一回り小さくなった気がした。


「お前、寝てないな?」

「一週間でこれを仕上げるんじゃ、寝てなどおれぬわい」


 職人魂と言うか、新しい技術が好きと言うか。本当にゲッソは職人の鏡のような男だな。


「で、魔導エンジンはできたのか?」

「もちろんじゃ」


 ゲッソの工房内に入って新しい魔導エンジンを見せてもらう。

 魔法陣が幾重にも刻まれており、その多重調和によって出力を以前の三倍に上げている。これは造った本人であるゲッソと設計図を描いた俺にしか分からないものだ。


 新型魔導エンジンに触れて魔力を供給すると、七色のエネルギー場が魔導エンジンを包み込む。


「いいできだ」


 綺麗な魔導エネルギーの輝きだ。これなら想定通りの出力が期待できるだろう。


「早速もらっていくぞ」

「ワシも立ち会うのじゃ」

「好きにしろ」


 魔導エンジンを収納し、俺たちは第五工房へ入った。

 俺の航空艇のエンジンルームに入り、魔導エンジンを設置。四本のアームで魔導エンジンを固定し、各部を接続していく。


「出来たぞ」


 全長は十五メートルの小型の航空艇に、大型船を高速で飛ばせる魔導エンジンを載せたのだ。そのパワーから出される速度は、圧倒的なものになるだろう。


「さて、慣らし運転を始めるぞ」


 五番工房から航空艇を出し、敷地で魔導エンジンを起動する。

 鈴かな音をさせて魔導エンジンは正常に起動した。


 計器類に異常はない。

 まずは垂直に離陸する。スーッと機体が浮き上がる。

 まったく振動はない。浮かんでいるのさえ分からないくらいスムーズな離陸だ。


「おおおっ!」


 遠のいていく地上を窓から眺めているゲッソの感嘆の声。


「地上一千メートルに到達。水平飛行に移行する」


 何も問題ない。

 さて速度を上げるぞ。

 時速百キロ……二百キロ……四百キロ……八百キロ……。


 ドンッ。空気の壁を抜けた。音速飛行に入った。

 マッハ一からマッハ二。さらに速度を上げるが、機体や計器類に異常は見られない。


「なんという速さだ……」


 これまでの航空艇の最高速度は、俺が生きていた時に確認したマッハ一・五で、あれ以来最高速度は更新されてない。

 俺の想定だと、マッハ五くらいは出せるはずだ。そのために機体にレッドドラゴンの素材を使い、硬く柔軟なものにした。

 高高度から来る酸素不足と冷気も対策してある。現状、これ以上の航空艇はないだろう。


「今、ドラゴンを追い越したぞ!?」

「あれはワイバーンだ」


 ワイバーンは航空艇が飛行した後に発生する衝撃波によって、翼をもがれ錐もみしながら墜落していった。


 試験航行を一カ月ほど続け、魔導エンジンやその他の部品の損耗を確認した。


「それじゃあ、またな」

「相変わらず大賢者様はドラゴンのような方じゃわい」


 やってきたかと思ったら、爪痕を残してどこかへ行ってしまうか。


「また何かがあったら、寄るから元気で居ろよ」

「その時はもっともっと心震えるものを造らせてほしいものじゃ」

「ははは。そうなるといいな」


 最後にパルがゲッソに何か言っていた。

 ゲッソは何やら怒っていたが、パルは爽やかな笑みで航空艇に乗り込んできた。


 ゲッソたちに手を振り、魔導エンジンを起動させる。


「パル。地の果てまでつき合ってくれるか?」

「そこが地獄でも天国でも、パルは坊ちゃまのそばにいます」


 嬉しいことを言ってくれる。


「さあ、新しい世界を見に行こうじゃないか!」

「はい!」


 航空艇は垂直離陸から水平飛行へと移行。

 俺たちはまだ見ぬ世界の果てへ向かってその翼を広げた。


 ――― 完 ―――


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生活魔法はハズレスキルじゃない 大野半兵衛(旧:なんじゃもんじゃ) @nanjamonja

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