第6話
「村山先輩、準備いいっすか?」
「ああ、いつでもできる」
今日は、二年ぶりのライブだ。あの後、両親ともきちんと話して会社はまだ辞めずに、働きながらまずは音楽活動をしていくことになった。正直最初は、指が震えてしまって、なかなか弦を触れなかった。弾きたい気持ちはあるのに、またあの時のような音が出たらどうしようと怖くなったのだ。だけど、琴音との約束を果たしたいのと、また自分なりの音を出せるようになりたいという想いを強く抱きながら、日々ギターと向き合っていくうちに徐々に弾けるようになっていった。ただ、指がだいぶ鈍ってしまっていて、人様に聞かせられるものではなかったけれども。
そうして、音楽活動の始まりとして、今日のライブに参加することにした。乙哉が運営のボランティアスタッフで参加していたため、無理を言って参加させてもらえることになったのだ。
ちゃんとしたステージで行うライブで、有名人などもお忍びで見に来ていたりするらしい。久々にワクワクしている自分がいる。
「しっかし、どういう風の吹き回しっすか。急にやっぱりライブに出るって」
「まぁ、色々とな」
言葉を濁しながら、父親に修理してもらって前よりいっそう輝きを増しているギターを見つめる。乙哉は、そんな僕を不思議そうに見つめつつ、言葉を弾ませた。
「でもまぁ、またこうやって先輩のこの姿を見れて、俺は嬉しいっす。新曲も用意してるんすよね?」
「ああ。とっておきのな」
「うわっ、めちゃくちゃ楽しみっす」
嬉しそうに僕を見る乙哉に、自然と笑みが溢れる。
昔から何故か僕を慕ってくれていて、ペアで文化祭のライブに出たり、時々路上ライブも一緒にやったりした、まさに相棒のような存在だった。なんだかんだ付き合いも長い。社会人になっても、まさか同じ会社に入社してくるとは思わなかったけれど――――。
ふと、乙哉もまた琴音のように僕の音楽を好きと言ってくれる一人だということに気づく。乙哉は、僕が音楽をまた始められるように度々機会を用意してくれていた。
自分は本当に恵まれている。今更、そんなことに気づかされてしまった。
「……色々ありがとうな」
「ん? 何がっすか?」
「いや、なんでもない」
恥ずかしいのを誤魔化すように、ギターを軽く奏でる。
「どうだ、これ。音も前より格段にいいだろ?」
「本当っすね。何かしたんすか?」
「それは教えない」
「えー、気になるっす!」
「それより、お前はこんなところで油売ってないで、仕事しなくていいのか?」
乙哉が横で騒いでるのを聞き流しながら、もう一度ギターをゆっくりと撫でる。
手に馴染んだ感触が心地よい。しっくりと自分の手に、指に収まる。
あれ以来、琴音の姿は見てない。ライブ前に腕慣らしでギターを弾くときに、彼女に呼びかけてみたが姿を現してはくれなかった。だが、ギターの音色が以前にも増して明るく機嫌のいい音なので、きっと上機嫌なのだろうと勝手に想像する。
「まもなく開演です! スタンバイお願いしまーす」
「はい」
控室にやってきたスタッフの呼び掛けに返事をし、ギターのストラップに腕を通す。
同じように楽器や小道具を手にした、僕と似たような人たちが一斉に動き出した。
いよいよだ。
久々の高揚感に、人前に立つ程よい緊張感。
暗闇で一筋の光を照らしてくれた彼女に向けて囁く。
「琴音、きみに最高の音楽を捧げるよ」
光輝く音楽の道へとまた僕は、一歩踏み出した。
黎明コンツェルト 玉瀬 羽依 @mayrin0120
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