第5話

「奏翔、誰かと話してるの?」

「か、母さん」

 突然の母の登場に僕は慌てて、琴音を背中で隠すようにクローゼットの前に立つ。

「ご飯でき……。あら、そのギター」

「ち、ちょっと懐かしくなって」

 手にしていたギターに目を止め、母は僕をまじまじと見つめた。

「もう弾かないのかと思ってた。それ、使わないなら売りに出そうかと思っていたのよ」

「えっ!?」

 母からの衝撃な言葉に、本日何度目か分からない驚きの声をあげる。思わず、ギターを強く握りしめた。

「だって、弾かないなら置いておくの可哀想じゃない。他に弾いてくれる人に売った方が……」

「だ、ダメっ! これだけはダメだ!」

「奏翔?」

「僕にとってこれは――——。相棒でもあり家族みたいな存在なんだ。僕にとって大切なだから。確かに色々あって二年ぐらい弾いてないけど、またこのギターで音楽をやろうと思う」

 母は目を見開きながらも何も言わずに、黙って話を聞いてくれた。

 僕は、さっき琴音に言おうとしていたことを必死に言葉にして伝える。

「僕、やっぱり歌手になる夢を捨てたくないんだ。気づくのが遅くなったけど、家族同然でずっと一緒に音楽をやってきたと夢を叶えたい」

 背後で鼻をすする音が聞こえた気がした。だがすぐに母の声でかき消される。

「でも、それ……」

「いいんじゃないか? 社会人になって、久しぶりに目を輝かせている奏翔を見た気がするよ。やっぱり、お前は音楽が一番似合う」

 いつから聞いていたのか、知らぬ間に父も部屋に姿を現した。足元には猫もやってきていて、こちらをじっと見上げている。

「で、でもあなた、会社は……」

「自分の好きなことをするのが一番だ。人生は一度きりだしな。それ、貸してみ。ギターの反り、直してやる」

「父さん」

「夢を応援するのが家族ってもんだろ?」

 下手くそなウインクをする父は、楽器の修理屋を営んでいる。これぐらいの反りなら、父の手にかかれば簡単に直る。猫が「にゃーお」と父に賛同するかのように鳴いた。そんな僕らを母は呆れ顔で見つめた。

「本当にもう、あなた達二人は……。奏翔、頑張りなさいよ。もう次はないからね」

「母さん……。二人ともありがとう」

 じわじわと何かが込み上げてくる。僕は堪えきれずに目頭を熱くしながら、俯く。床に次々と滴が零れ落ちていった。

〈奏翔。最高の歌を作ってね!〉

 耳元で再び彼女の声がした。振り返るともう彼女の姿はどこにもなかった。

 ただ、聞こえてきたその声はもう怒ってなどなく、約束した日と同じように満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうにしている姿が瞼の裏に映った。

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