翌朝

 私は翌朝、太陽が昇るのを待った。

 あの子たちに会えるのかどうか、おにぎりを食べてくれたのかという思いが強かったからだ。

 マロンはしっぽを振りながら私の脚元をぐるぐると回っている。

「今日は私の側から離れないで、吠えたらもう二度と朝のお散歩はないからね」

 マロンの顔を掴んで目を見て言い聞かせる。マロンとはもう長い付き合いで、弟であると思っていたし、マロンも私のことを信じてくれていると思っている。


「おはよ、今日も早いな」

 陸斗は私が静かに公園へと向かっていると後ろから、走って抜き去った。

「やめて、走るとまた、マロンがついて行くでしょうが」

 いう前に、マロンは走り出しそうになる。今朝はリードを手首にちゃんと巻いたのにアッと言う間に走って行った。


 途端に昨日と同じように霧がおりてきてマロンのしっぽだけが霧の向こうに消えゆく。

「おはようございます」

 ハッとして私は振り返ると、そこにはあの幼い二人が立っている。

「おはよう」

「お姉さん、昨日のおにぎりおいしかったです。とても、おいしかった。白いご飯と梅干と海苔なんて、おいしすぎてお母さんにも半分あげたんだよ」

「私も友達のとしえちゃんに半分あげたの。私たちは隼の部品を作りに静岡からきたのよ。お姉さんは?」

「私はここで生まれたときからここに住んでいるの」

「あのお兄さんは友達?」

「うん、そうだよ。マロンという犬も一緒なの、行こうよ。待っているから」

「ダメなんだ、私たちはお姉さんと一緒に行けないから」

 私は手を出すと、二人は頭を振った。

「一緒に遊ぼうよ」

「ダメです、私たちはお姉さんよりもずっと前に死んでこの地面の下に埋まっていますから」


 社会の時間に聞いたことがある。

 ここ武蔵野は大きな軍事工場があり、幼い子供までも零戦や戦闘機を作らされていたことや、戦争末期には何度も攻撃の標的となり爆撃があり火の海になったことを。


「僕も太郎という犬を飼っていたんだ」

「お姉さんと遊びたいし、またおにぎりを食べたいと思ったけれど、お母さんたちが待っているんだ。まだ会えていないけれど」

 私はこの子たちは戦争の空爆で犠牲になった子供たちだと何となくどこかで分かっていたのだと思っていたのだ。なぜ私の前に現れたのかはわからないけれども。

「どうして? なぜ私の前に現れたの?」

「楽しそうだったから」


 それだけ? ただの犬の散歩じゃないかと私は思った。


「じゃあ、もう行くね。本当においしかったよ。お姉さんのおにぎり。親切にされたことは忘れません」

 女の子は男の子の手を引いて樫の木の方へ歩いて行った。

 やがて樫の木に吸い込まれるように消えていった……。



 私の何気ない日常を楽しそうだというあの子たち、そしてそれ以外にもたくさんいたであろう子供たちに思いを馳せて手を合わせると、霧は嘘のように消え去った。


「何をしているんだ?」

「別に」

 私は陸斗の手を握った。マロンは私を見上げていた。

 普通の毎日か。

 この日々が毎日続くと思っていた私はあの子たちの思いを胸にこの先もずっと平和であるようにと空を仰いで陸斗に抱き着いた。

「朝からなんだよ」

 照れる陸斗のことなどどうでもよかった、今言わないと後悔すると思った。

「別に、好きだからこうしたいなと思っただけ」



                   了

 

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青空までも抱きしめて 樹 亜希 (いつき あき) @takoyan

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