僕(俺)と彼女たちの秘密

 二日後、翔太は真衣の自宅のリビングにいた。真衣の母親が場をなごますためか笑顔で話しかけてくる。


「翔太君は趣味ってあるの?」

「ええと、読書が好きで本はよく読んでます……」

「あら大人ねぇ。わたしなんて全然よ」

「そうなんですか……ははは」


 翔太の人格は屋内でしか現れない。そして翔太は真衣の自宅がどこにあるか知らないし行く予定もなかった。つまりこの情況は翔馬の意志によって生じたものだ。

 

(翔馬のやつ何考えてんだ)


 今朝学校でメモ帳を確認すると芽衣の告白について何も記されていなかった。おそらくだが翔馬は何かを隠している。もしかして二重人格のことがバレたのか。だとしても、わざわざ真衣の家に行く理由がわからない。

 真衣が部屋着でリビングに下りてきた。無言で翔太の横に座る、相変わらず感情の読み取れない表情。真衣の母親は笑顔から一転して真剣な顔つきになった。それから間を空けて話し始める。


「今日ここに来てもらったのは翔太君、きみに伝えたいことがあるからなの。まあ、なんとなくわかってたでしょ?」    

「……はい」

「まず最初に訊きたいんだけど、土曜日に芽衣から告白を受けたそうね」

「ええまあ」


 やはりそれか。告白を受けたのは翔馬だけど、と内心で呟く。


「返事はしたの?」

「えっと……」


 翔馬は告白を受け入れたのか。それともフッたのか。翔太が黙ったままでいると、真衣の母は苦笑して言った。


「……やっぱり覚えてないのね」

「え」


 まるで答えられないのがわかっていたかのような言い方だ。


「詳しいことはもう一人のきみに聞いたわ。翔馬君だっけ?」


 翔太は目を見開いた。翔馬が自ら二重人格をカミングアウトした? 自分の相談もなしに一体なぜ。 


「あの、もしかして翔馬は告白を受け入れたんですか!? それで僕の二重人格を……」

「違うわ。その件は白紙になったのよ」

「……白紙? その、なんで」

「家族だからよ」


 一瞬思考が停止した。どういうことだ。


「芽衣さんと翔馬が家族?」

「そう、正確に言うと真衣ときみは二卵性の双子なの。きみが弟で真衣が姉」


 あっさりと告げられた事実に翔太は言葉を失った。ただのクラスメイトだと思っていた少女が双子の姉だというのか。とてもではないが信じられない。


「で、でも僕とさく……真衣さんは異性ですよ」

「異性の双子は別に珍しくないわよ。顔は似ないらしいけどね」


 名字は旧姓に戻ったと考えれば違っていても不思議ではない。だが翔馬からの情報では真衣と芽衣が双子だったはず。真衣の母親――翔太の実母――の話と矛盾している。ここで母が嘘をついてもメリットはない。となると考えられる可能性はただ一つ。


「あ、あの、もしかして芽衣さんと真衣さんって……同じ人ですか?」

「そうよ」


 答えたのは真衣だった。母の話によると芽衣の人格が現れたのは彼女が六歳のとき、親子で遊園地に行ったときだったという。翔太より二年早い。

 もともと内向的な性格で感情をあまり表に出さない真衣が、そのときは珍しく大はしゃぎしていたらしい。

 

「でも、お化け屋敷に入ってたときは怖がる素振りはなかったし、すごく冷静だったの。しかも外に出て『お化け屋敷どうだった?』って訊いたら『何にも覚えてない』って言うのよ」


 母はそう言って肩をすくめた。どうやら人格が入れ替わる条件は同じようだ。しかし双子揃って二重人格とは皮肉なものだ。ただ、翔太にはどうにもせないことがあった。


「話はわかりましたが、僕があなたの息子だという根拠はあるんですか。もしかして名前だけで判断したわけじゃないですよね」


 同姓同名の可能性も充分ある。母はかぶりを振って言った。


「さすがに名前だけで判断してないわ。私も最初は単なる偶然だと思った。でも、私の名字も離婚前は坂井だったし、芽衣は『わたしと同い年』って言ってたからもしかしてと思ってね。だから今日芽衣に頼んだの。その子の誕生日と父親の名前を確認してほしいって」

「……プライバシーは無視ですか」


 母は口ごもる。見当違いだったらどうするつもりなのか。翔馬も口が軽すぎる。


「で、結果は?」

「両方とも予想と一致したわ」


 念のためにその予想を訊くと確かに同じだった。自分の名前はともかく、生年月日と父親の名前も一致しているとなれば、さすがに偶然ではないだろう。打ち明ける気になったのは芽衣の告白があったからと考えるのが妥当か。芽衣が翔馬をどれだけいているかは知らないが、双子が付き合うのは倫理的にマズい。結婚なんてもってのほかだ。というか無理だ。

 

「ずっと黙ってたのは悪いと思ってる。こっちの都合であなたたちを引き離してしまったのは親である私の責任よ」

「父さんもね」

「……あの人は元気にしてる?」

「連絡はしてないんですか」

「離婚してからは月に一回電話で近況報告してた。けど、一年ぐらい経って急に繋がらなくなったのよ。私は番号変えてないからあの人の番号が変わったんでしょうね」

 

 電話番号以外の連絡先は知らなかったらしく、連絡しようにもできなかったと母は言った。友人経由で知ることもできただろうと思ったが「大人の事情」とか言ってはぐらかされそうだし、今更知ってもあまり得がない。

  

「……今日はありがとう。翔馬君によろしく伝えておいて」

「別に呼び捨てでもいいですよ。人格は違えど息子なんですから」

「そういうきみはまだ敬語なのね」

「十年以上も会ってなかったから再会したって感じがしないんですよ」


 幼い頃の記憶はおぼろげになっていて、幼稚園のときのこともあまり思い出せない。翔太が玄関の外に出た。人格が翔馬に変わる。


「……翔太とは話済んだ?」

「ええ。もう少し話したかったんだけど、訊きたいことがありすぎて日が暮れそうだから……」

「ふーん。……おっ、あんた着替えてたのか」

 

 母の後ろにいた真衣がびくりと肩を震わせる。翔馬はその反応がおかしくて笑った。


「ちょっと、そんなに笑わなくていいでしょ」


 真衣が不服そうに翔馬を睨んだ。意外と迫力がある。


「いや、別に馬鹿にしてるわけじぇねぇよ。ただ芽衣と性格が逆だなって思っただけだ」

「あなたも翔太と正反対よ。翔馬」

「そうなのか?」

「話し方が全然違うもの。翔太は私にずっと敬語だったし一人称も『俺』じゃなくて『僕』よ」

「実の母親に敬語かよ……」

 

 まあ長い期間会ってなかったし、突然家族だと知らされて心の整理がついていないことを考えると仕方がない。翔馬も朝、芽衣から話を聞いたときは驚いた。


「つーか、同じ高校に入ったのに半年も気付かなかったって不思議な話だよな。入学式って親も参加すんだろ。通学路で親父と顔合わせてもおかしくなかったのに」

「会わなくて当然よ。あなた入学式の日、学校に来ていなかったんだもの。初めて見たの始業式の日よ」


 真衣が呆れた顔で言った。言われてみれば入学式の日の記憶がまったくない。始業式の日に芽衣と通学路で会ったことは鮮明に覚えているが。

 そうこうしているうちに外が暗くなってきた。翔馬は母と真衣に背を向ける。


「そんじゃ、そろそろ帰るわ。またな

「……気を付けてね」


 翔太からその言葉が聞けるのは一体いつになるだろう。翔馬の姿が見えなくなるまで母は手を振り続けた。

 



 翌日、翔馬は通学路でいつも通り芽衣と登校していた。彼女は制服姿だった。鞄は同じだが服を入れていないからか何か小さく感じる。


「今日は私服じゃないんだな」

「二重人格のことバレちゃったから別に制服でもいいかなぁって。スカートは苦手だけど……」

「着替える手間省けるからいいだろ」

「中にスクールシャツ着てたし、スカートはいろいろ工夫すればどうにかなるよ」

「……どんな工夫だよ」


 結局面倒ではないか。よく考えれば芽衣は途中で別れた後、自分に気付かれないよう学校に行っていたのだからさぞ苦労しただろう。真衣も大変だったに違いない。


「はぁ、せっかく彼氏ができると思ったのに双子とか……しかもそっちも二重人格」

「残念だったな」


 翔馬は正直助かった。告白を受け入れれば翔太に迷惑がかかる。かと言って断れば芽衣を傷つけてしまう。芽衣はすでに傷心しているようだが大したダメージはないだろう。でなければこうやって話などできていない。


「翔馬はさ、わたしたちが双子じゃなかったらどう返事するつもりだったの?」

「……黙秘権を行使する」

「なんで? 別にダメでも落ち込んだりはしないよ」

「そうじゃねぇよ。なんでもかんでもベラベラ話すのはよくねぇっつーか……。お前だって知られたくねぇことはあるだろ」


 告白の件は翔太とスマホを使って何度も相談した。その結論をあっさり教えるのは何か違う気がする。芽衣は納得のいかない様子だったがこれでいい。翔馬は自分にそう言い聞かせた。


 一年後、両親は復縁した。喜んだのは芽衣だけで翔太、真衣、翔馬の反応は薄かった。真衣は学校側と相談して卒業するまで名字は変えず通うことになった。二重人格のことは家族だけの秘密にしている。

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僕(俺)と彼女たちの言えない秘密 田中勇道 @yudoutanaka

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