休みなのにマイペース少女のせいで疲れる。
土曜日。翔馬は自宅の最寄りにある大型書店に向かっていた。今日は翔太が
書店まで直線距離でおよそ五十メートルほど。店内から一人の少女が出てきた。少女はワンピース姿で手提げバッグはやや膨らんでいるように見える。買った本が入っているのだろう。顔には見覚えがある――というか何度も見ている。佐倉姉妹のどちらかであることはわかるが。
(どっちの方だ?)
姿だけでは芽衣か真衣か判断がつかない。少女はこちらに気付くと笑顔で近付いてきた。嫌な予感がする。
「坂井君の私服姿初めて見た。なんか新鮮」
「……妹の方か?」
「ひどっ! いつも会ってるのにわかんなかったの?」
「そんなすぐに見分けられるほど俺は器用じゃねぇんだよ」
真衣についてはクラスメイトであることは知っているが、体育の授業は基本的に男女別だし、登下校で会った記憶もない。翔太から真衣の性格や成績などの情報は伝えられていないため、真衣のことはほとんど知らない。
「この前食べ合いしたのに……」
「あれはてめぇがさせたんだろうが!!」
プチトマトを一回口にやっただけだがかなり精神を削られた。
「何よ。まんざらでもなかったくせに」
芽衣はジト目で言った。否定できないのが悔しい。
「で、坂井君はどこ行くの? もしかしてあの本屋?」
「……そうだよ」
「え、ホントに!? 坂井君が本買うとか全然想像できないんだけど……。何買うの?」
翔馬は言葉に詰まる。何を買うかなど決めていない。そもそも、店内に入れば人格は翔太になるのだから決める必要がない。
「……決めてない。適当に見て買う」
「適当ねぇ。なんか怪しいなぁ……。あ、わかった。エロ本でしょ」
「んなわけねぇだろ。そういうお前は何買ったんだよ」
「秘密」
「なんで」
「とにかく秘密なの」
「……そうかい」
特に言及する気もなかったので翔馬はすぐに折れた。誰しも人に知られたくないことの一つや二つはある。
翔馬は芽衣と別れるとさっさと書店に入った。どれほど時間がかかるか少し不安ではあったが、翔太は買う物をあらかじめ決めていたようで十分も経たないうちに書店を出た。レジ袋には文庫本が二冊と少ない。表紙は見ていないが官能小説でないのはわかる。
さっさと帰ってお役御免とするか、と翔馬は歩き出し、すぐに足を止めた。
「坂井君、買い物は終わった?」
「……なんでお前がここにいんだよ」
数分前に別れたはずの芽衣が店のドア付近で
「なんでって言われても……坂井君を待ってたからとしか言いようがないんだけど」
「……俺、お前と待ち合わせの約束したか?」
「してないよ。でも、このまま帰ってもやることないし」
「買った本読めばいいだろ。なんのために買ったんだよ」
「本は真衣のために買ったの。真衣はインドア派だし、暇だったから代わりにね」
翔馬は納得した。本の内容を
「姉貴の代理でお前が本買ったのは分かったよ。けど、俺を待ってたことと何にも繋がってねぇぞ」
「そりゃそうだよ。わたしが帰らなかったのは、単に坂井君とおでかけしたくなったってだけだし」
「……お前、変わってんな」
「そう?」
この人格が形成されてから八年近く経つが、芽衣のように積極的に接してくる女子は過去に誰一人いなかった。男子でさえも数えるほどしかいない。何か裏があるような気がするが疑いすぎるのも善し悪しだ。
「じゃあ、そろそろ出かけよっか。どこ行く?」
「俺に拒否権はないのか」
「あったら坂井君を待ってない」
どうやら決定事項らしい。相変わらずマイペース……わがままと言った方がしっくりくる。
「……姉貴と親には帰り遅くなること伝えとけよ」
「わかった。『彼氏とデートしてくる』ってメッセージ送っとく」
「やめろ! てか、いつ俺がてめぇの彼氏になった!?」
「坂井君落ち着いて」
「誰のせいだと思ってんだ……」
せっかくの休みが丸潰れだ。しかもこれデートなのか。唐突すぎて実感がわかないが帰宅するまで体力は持つだろうか。翔馬はそんな不安を抱きながら芽衣と書店を後にした。
夕方、自室で翔太は頭を悩ませていた。帰宅してスマホを確認すると、メモ帳にメッセージが記されていた。
書店の前で佐倉芽衣と会って突然デートに誘われた、という至ってシンプルな内容。体が重いのはその
『帰り際に佐倉芽衣に告白された』
一緒に登校するぐらいだから仲がいいのはなんとなくわかっていた。しかし告白されるとは予想外だった。何この急展開。翔馬は返事を保留したらしいがあまり先延ばしはできない。明日は日曜日だから一日の
仮に付き合うとなれば、二重人格のことはカミングアウトしなければならなくなるだろう。ただ、芽衣がそれを受け入れるかどうかが懸念される。佐倉芽衣が好きになったのは坂井翔太ではなく坂井翔馬なのだ。
「弱ったなぁ……」
せめて芽衣がどのような人物かわかればいいのだが、現時点でわかっているのは佐倉真衣の双子の妹ということだけだ。
翔太は深いため息をつく。そして、ふいにドアがノックされた。翔太は雑にドアを開ける。
「……父さん、何の用?」
「晩飯ができた。……どうした? 浮かない顔してるぞ」
「考え事してたんだ」
「翔馬のことか?」
この人はエスパーなのか。いくらなんでも察しが早すぎる。
「お前はどうも翔馬を気にかけるきらいがある。帰りが遅かったのは翔馬に何かあったんだろう? 外でお前の人格は現れないからな」
さすが父親、よくわかっていらっしゃる。
「帰りが遅くなったのは僕が書店に長居してたからだよ」
「そうか。……詳しくは訊かんがあまり抱え込むなよ。何かあったらいつでも相談しろ」
「……わかった」
父に隠し通すのは無理そうだ。やはり早急に結論を出さなければならない。
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