第2話 おもひで

 私はそっと身を投じた後、目を閉じるとゆっくりと時間が過ぎていくような感覚に陥った。それはまるで優しい光に包まれているような、暖かい温もりを感じているようで、気が楽になって...そして同時に今まで楽しかったことや嬉しかったことが脳裏に稲妻が走るかのように駆け巡っていった。暫く生きていたが初めての感覚だった、これが『走馬灯』ということもその時の私は知る由もない....

 包まれている、何か暖かみのあって柔らかくて安心感があって、しかも涙が止まらないし、目の前がぼやけて見える。霞んで見えた先には私が知っているよりだいぶ若い母がそこにはいて、満身創痍lになりながら笑顔で微笑みを浮かべて私に向かって「よかった...ありがとう...」と優しく語りかけた。その笑顔は心の曇りを一途に照らして晴らしてくれたように思えた。途端急激に真下へ、底のない恐怖へ突き落とされていった。そして気づけば先程まで体の力を抜き、全てなるようになると任せていたのに体が、私自身がそれを拒絶し、必死に腕を上に思い切り伸ばしていた。

 「ひか...り...光...光!」母の声が耳の中で残響が起こったかと錯覚するレベルにこだまして気がつくと、そこには私の右腕を精一杯引き上げている母の姿があった。

私は母に引き上げられながら自身で壁を蹴り上げて登ろうとした。が、弱り切った体では上手く上がれずただ母の手を握ることしかできずにいた。そしてまた母の体力も徐々に限界に近づいていることが荒い息遣いからすぐにわかった、もう流石に無理なのかもしれない。「お母さん、こんな娘で...迷惑かけてごめんね」と私は母に涙ながらに告げた、けれど母は無言で歯を食いしばって目を思い切り閉じて首を横に振り、ひたすら私を引き上げようとした。だけどその力はだんだん弱くなっていき少しずつ滑るように落ちていくのを感じた。だが、その次の瞬間少しずつ身体が引き上げられて左手が引っ張られて少しずつ持ち上げられているようで、多少の浮遊感があった。

眼を見開いて見てみると、そこには顔を真っ赤にして奮闘し、一所懸命に私を引き上げる父の姿がそこにはあった。「二度も娘に悲しい目にあっては欲しくはないんだよ

!今度こそ、父さんが助けてやるから。」父の言葉に私はさっき枯れる程泣いて出なくなったと思っていた涙が再び私の頬を何度も伝った。

 その後一分程で私は屋上に引き上げられた。引き上げられるや否や疲れ切っていて力の入っていない両親に強く抱きしめられた。実際両親ともに疲労困憊していたので全然力が入る筈でも無かったし、外だったので多少の寒さを感じたのに、今までされたどんなハグよりも強く、とても包まれていて暖かいような身に覚えのあるあの感覚を味わった。そして目の前には母の心配したような、少し安堵したかのような笑顔と安心して私をひたすら抱きしめる父が私の目に写っていた。そして耳元で母が「生きててよかった...ありがとう...」と囁いた。その言葉を聞いて私は崩れ落ちるようにその場にしゃがみこみ、後悔やらなにやら色々が混ざって母親を強く強く、残っているありったけの力で抱きしめた。そして病院の屋上には聞こえない大きな叫び声がこだました。

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