わたしのうきうき恋日記♡

万倉シュウ

プロローグ〜出会いは突然に〜

 1


「いっけなーい! 早くしないと遅刻しちゃう!」


 わたしは全速力で学校へ向かっていた。

 入学初日に遅刻なんてあり得ない! 朝起きたら目覚まし時計がぺしゃんこになってるし、工事のおじさんにぶつかって骨折させてしまうし、まったくもってツイてなーい!


「こっち通れば近道だよね!」


 独り言は昔からの癖。焦れば焦るほど口から想いが飛び出してくる。そう、わたしはいつも恋する乙女なの。


「なーんちゃって!」


 と、舌を出して可愛いわたしを見せつけてあげていると、頭上で飛び回るカラスたちがフラフラと降りてきた。うふふ、またやってしまったわ☆

 軽やかにカラスたちのアプローチをかわしていると、曲がり角で何かにぶつかった。


「いたた……舌噛んじゃった……」


 尻餅をついて、口から大量の血を流したわたしは、差し伸べられた手に気が付いて、目の前の少年を見上げた。少年と言っても、わたしと同じくらいの年齢かな。


「あの、大丈夫ですか……?」


 黒髪の美少年だった。少し吊り目がちだけど、優しいオーラをひしひしと感じる。シャツの第一ボタンを外し、ネクタイを緩めている。どうやらわたしと同じ学校の制服みたい。


「だ……大丈夫ですッ!!」


 気が動転したわたしは反応に困り、勢い良く立ち上がってその場から立ち去った。


「かはッ……!!」


 その際、その人にタックルをかましてしまったけど、仕方ないよ。オトコの子からこんな風に優しくされるのなんて初めてだったんだから。乙女心ってやつだよね。

 わたしはそのまま学校へ向かい駆け去って行った。後ろでは黒髪の美少年が何事か言ってるけど、聞こえないフリをした。


「待って!! 道に迷ったから、教えてーー」


 そんなの無理だよ。だって、隣にいるだけで緊張して吐いちゃうもん。乙女心ってやつだよね。


 2


「間に合った!?」


 正門をくぐり、一年C組の教室に入るとみんなの視線が一斉にわたしを向いた。やっぱりわたしってどんなときでも注目の的なのね。


「おう、遅刻だ。入学式が終わるまで廊下に立ってろ」

「ウヒョー、そんなバナナー!!」


 担任からの宣告にクラス中がざわついた。当たり前だよ。かよわい女の子を廊下に放置するなんて、可愛いわたしに嫉妬しているとしか思えないもん。もしかして、この担任オネエなの?


「廊下に立つなんて、わたし土踏まず痛いのに……」

「あれ、君は……」


 聞き覚えのある声に反応して窓際の席を見やると、そこにはさっき衝突した黒髪の美少年が口から血をこぼしながら座っていた。


「え、何で……?」


 わたしの鼓動が加速する。


「何で、わたしより先に着いてるの……!? タックルして吐血までさせたのに……」


 目の前の光景が信じられず混乱するわたしへと、黒髪の美少年は微笑を向ける。


「やっぱり君か。間違うはずがない。現場に落ちていた髪の毛がその証拠さ」


 指で一本の髪の毛をいじりながら、彼は言う。それは間違いなくわたしの髪の毛だ。さっきぶつかったときに抜けたのだろうか。そんなことするなんて、寛大なわたしでも受け止めきれない。正直気持ち悪い。入学初日から制服崩すのもあり得ないし。

 黒髪の美少年へと内心で悪態をつきつつ、わたしは担任からの指示通り、廊下へと出た。春だからかな、少しだけ肌寒い。


「おう、オマエも立たされてるのか?」


 目を向けると、金髪の少年が立っていた。耳に黒のピアスをしてるあたり不良だろうか。勝気な目つきからはガラの悪さが滲み出ている。


「オマエ、名前ーー」

「おい、さっきのは冗談だ。さっさと中に入れ」

「わーい!」


 担任から迎えられ、わたしは教室へと戻る。そのとき、背後から唸り声のようなものが聞こえた。


「ちくしょう……何でオレは入れてもらえないんだ……!! ここの生徒じゃねぇだけなのに……!!」


 ただの不審者だったんだ。じゃあ、どうでもいっか。


 3


 入学式が終わって明日からの説明が始まったところで、わたしはあることに気がついた。


「どうしよう、バッグ忘れちゃった……」


 どうりで身体が軽いと思ったよ。

 周りを見ると、担任を含めたみんながわたしのことを凝視していた。そんなに見つめて、わたしが可愛い顔面してるからって、ダメなんだぞォ☆


「なんだオマエ、筆記用具忘れたのか?」


 とりあえずオマエ呼ばわりした担任の言葉は無視して、わたしは左隣の席のオトコの子に話しかけた。


「ごめん、ペン貸してくれない?」

「何で?」


 その人は無表情にぼそりと呟いた。黒髪に気だるげな眼をしたその人は、頬杖をついてわたしの顔をまじまじと見つめている。このオトコ、惚れたわね?


「ありがとう、借りるね!」


 わたしは彼の善意を無駄にしないように筆箱からシャーペンとボールペンを一本ずつぶん取った。彼は相変わらず呆然とわたしのことを見つめていた。ふふん、お礼にわたしの麗しい顔面を好きなだけ眺めるがいいわ。ほんと、オトコって単純ね。


 4


 昼休みになった。わたしは購買部へ向かう途中で重大な事実に気づいた。


「あっ! 財布も持ってくるの忘れたッ!!」


 ショックと同時に昼食がとれない可能性が脳裏をよぎり、わたしは愕然とする。


「どうしよう、お弁当も持ってきてないし。昼食を抜くなんて、女子じゃあるまいし……」


 ふらふらと中庭を徘徊する。腹の音がオーケストラさながらの音を奏でる。あれ、これでお金取ればいいんじゃない?


「ねえ」


 頭上から降ってくる声に顔を上げると、五メートルはあろう高い木の枝に座る男子がこちらを見下ろしていた。ヴィジュアル系かよとつっこみたくなる白い髪に目元が覆われ、ヘッドフォンを首にかけている。正直、タイプじゃない。


「今の音、君の腹の音が奏でたんだろう?」


 途端に恥ずかしくなり、わたしは隠すように腹部を押さえた。こんなことなら、ちゃんとチューニングしておくべきだった。


「よっと!」


 前髪の長い白髪の人は軽々と枝から飛び降り、そのまま顔面から地面に不時着した。


「うぎゃッ!!」


 超絶ダサかった。つうか何その髪? カッコいいと思ってんの?

 罵倒罵声を呑み込み、その場から立ち去ろうとすると、ふんわりと風に乗って美味しそうな匂いが鼻腔を刺激した。


「美味しそうな匂い……!」


 鼻をヒクヒクと機能させ、わたしは匂いを辿って歩き出す。


「身体が勝手に〜」

「うげぇッ!!」


 足元でバキッと音がしたけど、食欲の前では取るに足らない些細なことだよね。


 5


「ここは……職員室?」


 辿り着いた先は職員室だった。ガラガラという扉の音に気づいた担任がこちらを向く。


「なんだオマエ、昼飯でもたかりに来たのか?」

「えっと、いやあ……」

「隠さなくてもわかる。さっきからずっと腹の音が聞こえていたからな」


 もじもじとするわたしに担任は眠たげにも不機嫌そうにも見える目を細めて告げる。その後ろの窓からは中庭が見える。なるほど、ずっと見られていたのか。やっぱりこの人、変態なんじゃない?

 でも、正直に言えるわけない。入学初日から、昼食と有り金全部寄越せなんて、絶対に……!


「じゅるる……」

「欲しいなら素直に言えよ……」


 結局空腹に負けて、担任の弁当を間近でガン見してしまうわたし。でもでも、可愛いわたしの顔面をおかずに、あなたは白米を何杯でも食べられるでしょ? それなら、残りのおかずをわたしに譲ればウィンウィンじゃない?


「あの……」


 そのとき、背後から弱気な声に呼び掛けられた。振り返ると、そこにはプリン頭のオトコの人がコンビニ弁当を差し出して立っていた。ブレザーの下にパーカー着てるけど、それってこの季節に必要なの?


「よかったら、食べますか? 盗品で良ければ、ですけど……」


 彼は警察に連行されていった。パトカーを見送りながら、担任は腕を組んで息を吐き出した。


「まったく、入学式当日に窃盗なんてな」


 プリン頭の彼から貰った弁当を頬張っていると、目の前に男性が近づいて来て敬礼をした。


「ご協力ありがとうございます!」


 警察の方だろうか。薄いブルーのシャツの上に防弾チョッキを着用している。帽子の下から短い黒髪が覗き、整った顔立ちから誠実そうな印象を受ける。

 警察の人はウィンクをして、爽やかに声を上げる。


「次はあなたの心を逮捕します☆」


 その人も同僚の手によって連行されていった。


「わたしのせいで、二人も……」


 わなわなと震えながら、わたしはにんまりと微笑んだ。


「わたしがあまりにも可愛いから、むふふ……!」


 ガンッ、と頭に鈍い痛みが走った。何事かと見上げると、担任がオーバル型の眼鏡越しにわたしを見下ろしていた。


「おい、さっさと戻るぞ。グズグズしてんじゃねぇぞ、このノロマッ!!」

「な、何なのこいつッ……!?」


 一足先に戻っていく担任の背中を睨みつけてわたしは吐き捨てる。ツーブロックの頭髪を後ろに撫で付け、ピアスまでつけている教師風情に言われたくない!


「わたしに暴力振るうなんて、タイマン張りたいの……!?」


 憤怒と憎悪に燃えつつ、わたしは胸元を押さえる。


「だけど、何で……?」


 胸の奥でうずく痛みに目をつむる。


「胸が……痛い……!」


 次の瞬間、わたしはその場に顔面から倒れた。


 6


「うーん、ここは……?」


 目を覚ますと、白い天井が飛び込んだ。遂にわたしも異世界転生? 転生なんかしなくたってチート級の能力を持ってるのに、世界はわたしに従順なのね。


「お目覚めですか」


 目の前に白衣を着た若い医者が現れた。スクエア型のシルバーフレーム眼鏡はわかるけど、銀髪はやり過ぎなんじゃない? 銀色ってそんなにカッコいい?


「貴方は過度のストレスにより倒れました」

「ウヒョーッ! 何でーッ!?」

「お目当ての相手が現れないことに憤りを感じ、それがストレスとなったようです。よって、今すぐにホストクラブへ通ってください」

「そ、そんなッ……この年でホスト通いだなんてッ……!」


 お金ならわたしの美貌でいくらでも工面できるけど、恥晒しもいいところだわ。わたしはイケメンに仰がれる立場であって、自分から歩み寄る立場にはないのよ。


「な、何か他に方法はないんですか……?」

「あります」


 医者は眼鏡をくいっと持ち上げた。その仕草、いる?


「恋をすることです」

「恋をッ……!?」


 その瞬間、わたしの美しさが数万倍まで跳ね上がった。『恋』という単語に触れる度に、わたしの脈拍は加速していくの。そして、脈拍の加速が細胞を活性化させて、わたしの美しさは永遠のものとなる。

 けど、愚かなあなたたちはおしとやかな大和撫子やまとなでしこがお望みなんでしょう? 仕方ないわね、わたしが理想的な女ってやつを見せてあげるわ。


「こ、恋だなんて、そんなッ……!」

「照れてんじゃねえよ、このドブス」

「は、何でいるの?」


 枕元に担任が立っていた。こわ。何でいるの? ストーカー? このロリコン! ま、わたしの前では人類みんなロリコンなんだけどね。


「担任なんだから仕方ないだろ。つうか、やめろその顔」


 麗し過ぎて自我を抑制できなくなるって? うふふ、仕方ないわね。変顔でもして魅力を半減してあげる。だけど、逆に可愛くなっちゃったらごめんあそばせ。


「……この世の終わりかよ」


 絶世の美人って言えばいいのに。理系のくせに詩人なのね。


「心配しなくても貴方の周りには多くの相手がいるでしょう? それでは、今日の出会いをプレイバックしましょう」


 医者が指を立てて喋り始めた。


「登校中に出会った一年C組、井上。廊下で出会った不審者、井上。ペンを貸してくれた一年C組、井上。木の上にいた三年C組、井上。弁当泥棒、井上。元警察官、井上。一年C組担任教師、井上。そしてC病棟の医者、この私井上です」

「うーん、あの井上とあの井上もいいけどなあ〜」


 八人の井上――通称『イノウエイト』。欲を言うなら、黒髪長髪猫耳男子が好みなんだけど、贅沢は言えないわね。わたしが選べば、自分からなってくれるでしょ。

 いいえ、わたしが選ぶ必要なんてないわ。だって、みんながわたしを振り向かせればいいんだもの。


「うふふ、楽しくなってきたわ〜」


 こうして、わたしの甘酸っぱい高校生活が始まった。



 ☆おしまい☆

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