プロローグ

「大丈夫ですかッ!?」


 耳に響く高い声に俺は覚醒した。上半身を起き上がらせ周囲を見渡す。青々とした芝が一面に広がっている。

 どうやら十代半ばと思しき少女に介抱されていたようだ。不安そうにこちらを見つめる少女へと、俺は無意識のうちにある問いを口にしていた。


「この世界に魔王はいる?」

「え……? 魔王、ですか……?」


 少女は顎に人差し指を添え、視線を空中に彷徨さまよわせた。


「おとぎ話にいるような、悪い王様のことですか? 私の村にはいませんけど……もしかして、貴方はどこか異国の地から、悪い王様に追いやられてきたんですか?」


 その返事に俺は身体をくの字に折り曲げた。狼狽する少女を気にも留めず、俺は嗚咽を漏らした。

 どうしてこんなにも感情が揺さぶられるのだろう。自分の名前も出自も、何もかも思い出せないのに、魔王がいない世界に安堵する俺がいる。

 人の悪意に侵されていない、綺麗事の世界が眩しく感じられた。


「……違う、よ」


 俺は身体を起こし、赤く腫れ上がった目を擦り上げる。


「俺はやり直しに来たんだ」

「やり直し、ですか……貴方は一体、どこから来たんですか?」

「俺はどうやって現れたの?」

「私が訊いているんですけど……」


 少女は困惑した面持ちで、こほんと咳払いをする。


「突然この辺りが光って、『流れ星かな?』と思って駆け寄ってみたら、貴方が現れたんです」

「脳内お花畑だね」

「表現悪くないですか?」


 少女は不満げに口をへの字に曲げた。

 俺は青空を見上げ、「だって」と指を上向きに立てる。


「今、昼間だし」

「イ、イレギュラーだってありますしッ!」

「ふうん」

「何ですか、その目はッ!」


 幸せな夢だ。こんなにも長閑のどかな時間を過ごすのはいつぶりだろうか。


「いつぶり?」


 独り言を口にすると、少女は首を傾げた。


「何か言いましたか?」

「……いや」


 何度目だろうか。断崖から飛び降りる夢を何度も見た気がする。あるいは、鋭利な刃物で喉を掻き切る夢か。はたまた、魔王を打ち倒し世界が崩壊する夢も見た気がする。

 全部夢だろう。この世界こそ本物だ。この世界の在り方こそ、俺が望んでいたものなのだ。

 ここはきっと、俺のための世界なのだろう。


「いい世界だな、ここは」


 両手を芝について、再び青空を仰ぎ見る。

 俺は、この世界を構成する『真理』へと辿り着いた。


「……ようやく、生きられるんだな」


 この世界は――魔王不在の正当性を証明している。



 了

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スクワレルセカイ 万倉シュウ @wood_and_makura

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