ゲームオーバー
「お怪我は、ありませんか?」
目を醒ますと、うら若い少女に顔を覗き込まれていた。暗い地下深く、水晶が散らばる石畳の上に仰向けとなった俺を介抱している。
衣服を身に着けていないせいか寒気を感じる。少女は俺の痴態に赤面する様子もなく、こちらへと不安そうな眼差しを向けている。
「あ、ああ……大丈夫」
「あの、貴方は一体……」
俺は身体を起こし、頭を擦る。どうも記憶が混濁している。自分の名前を思い出せない。
「とりあえずこれを……」
少女は自身の上着を脱ぎ、俺の方へと掛けた。親切心が身に染みた。俺は上着を握り締め、唇を震わせた。
「え……?」
少女が目を丸くした。何事かと自身の頬に触れると、しっとりと湿っていることがわかった。
「何だこれ……?」
俺は目元を拭った。何度も何度も拭った。しかし、涙は止めどなく溢れてくる。
「何か悲しいことがあったのですか……?」
少女が恐る恐る訊ねてくる。俺は頭を振って、少女を安心させようとした。しかし、感情と行動が一致せず、少女を余計に困らせるばかりだった。
「あ、血が……」
水晶の破片が腕に刺さったのだろう。出血した俺の腕へと少女が手を伸ばす――
「――ッ!」
刹那、脳裏にある光景が過った。崩壊する世界。手を伸ばす少女。悪意が
俺は天を仰いだ。狭い天井の向こう側に果てしない青天井が見えた気がした。
「……そうか」
俺は
「あの、大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫。少し切り傷があるくらいで、他は何も」
手を開閉し、異常ないことを少女に証明する。少女は安堵した様子で立ち上がった。
「ひとまずここから出ましょう」
「うん」
細い通路を先導する少女の後を追う。道中、記憶のない俺へと村のことや世界のこと、自身の家族について語ってくれた。とても他人想いの良い子だ。こんな子を辛い目に遭わせてはならない。
絶対に。
「それで――」
少女が振り返る。しかし、暗い通路で俺を見失ったようだった。
「あれ……?」
少女は顔を青くして俺を呼び始めた。俺は物陰に隠れ、そのまま別の通路を進んでいった。
辿り着いたのは四方を奈落に囲まれた祭殿のような場所だった。人の気配はなく、完全に俺一人だった。
祭壇の縁に立ち、俺は奈落の底を見下ろした。永遠の闇。底知れぬ恐怖。だが、不思議と心は落ち着いていた。
落ちたら苦しいだろうな。
落ちたら痛いだろうな。
落ちたら死ぬだろうな。
それでいいと思った。俺が為すべきことはただ一つ。この世界の人々に平和をもたらすことだ。
いや、違う。この世界を存続させることだ。
『お前に世界は救えない』
魔王の台詞が脳裏を過る。その通りだ、と思わず口角を上げた。さすがは魔王。いや、俺自身か。よく心得ている。
元凶は俺だ。世界を救うことなど、世界を平和にすることなど俺にできるはずがない。俺の根源は悪だ。黒く染まった心は決して無色透明には戻らない。
世界を闇から救うためには、善良なる心で照らすよりも先に闇自体を排除しなければならない。
祭壇から身を投げ出し、俺は吐き出した。
「ざまあみろ」
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